モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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ローマといえば何か、と考えたときに出てきたのは「舞台」でした。

そんなわけで、奏と演技のお話です。


4月21日「ローマ建国の日」

 舞台というのは不思議なものだと思う。

 

 テレビのように彼我が区切られているわけでもない。あるのはちょっとだけの高低差と、幕のみ。それも題目が始まる前で、一度幕が開いてしまえば物質的な隔たりは此方と彼方にはないのだ。

 

 けれど、ほんの近い距離にもかかわらず、私は彼方を違う世界のように認識してしまう。

 

『私は今を生きて、死んでいる。永遠の命、それを満たすものはどこにあるのか』

 

 ナレーションが流れる中、人影が闇の中から現れる。

 

 一筋の光。

 

 降り下りたそれが一人の少女の姿を浮き彫りにする。

 

 常とは違う白いドレス。それと正反対な黒い手袋。それは身に架せられた業の象徴なのか。

 

 吸血鬼。悲しき永遠の住人が今日の奏だ。

 

 舞台の中。スポットライトに照らされた奏は緩やかな身振りを加えながらマイクへ向かって言葉を紡ぐ。

 

 それは遥かな昔の吟遊詩人のようで。

 

 言葉が空間にしみわたっていくたびに人々はほうと息を吐く。臓腑の奥からせりあがっていく感嘆と、畏怖の心。

 

 次第に演者が増えていく。

 

 吸血鬼が拾った一人の少女。彼女を狙う奴隷商。少女の探し求める父親。そして、吸血鬼を仇と狙う剣士。

 

 今日の演目はそんな彼らの物語を紡ぐ、朗読劇。

 

 ドラマや舞台演劇とは異なり、動きが制限される中、表情と声でどれだけの演技をできるのかが課題。

 

 だが、それに対しても奏は演技者として卓越した才能を発揮する。

 

 吸血鬼の抱えた葛藤。隠し切れない小さな命への愛。そして、決断を下す強い瞳。声と表情だけでない。息遣いと音圧。現地でなければ体感しえないそれを用いて、舞台空間を広げ、観客を物語の世界へと没入させていく。

 

 ラストシーン。

 

 吸血鬼は震える声を必死に抑えながら旅立つ。その瞳から一筋の涙が。

 

 

 閉幕。

 

 

 その一拍の後、緊迫の空気が弛緩していく。じんとかすかな脳のしびれ。ふと見ると私の手も震えていた。次第に観客の間に温かさが戻っていく。

 

 万雷の拍手の中、奏はひときわ丁寧な礼を示した。

 

 

 

 舞台裏。スタッフへの挨拶や来客対応を終えた私は奏の元を訪れた。ノックの後に控室に入ると、奏は椅子に腰かけ静かに目を閉じている。

 

「奏」

 

 私が一言声をかけると、彼女はゆっくりと目を開けた。少しぼんやりとした、彼方を見つめるような瞳。

 

 私はそれを見て、

 

「ほい」

 

「きゃっ!?」

 

 冷たいジュースの缶を頬へとくっつけた。思わず出てきたのは、ほんとにたまに聞くことのできる可愛い悲鳴。

 

「……Pさん」

 

「お疲れ様」

 

 そう告げると、奏はじっと私の目を見て、それから仄かに頬を緩めた。

 

「ふふ、ええ、ありがとう。……けれど、乙女の頬に悪戯するなんて、悪い人ね。女の子を起こす手段なんて古今東西キス以外ないのに」

 

「あいにくと日本は情熱の国じゃないのでね」

 

「あら、それじゃあ、そこまで連れて行けばキスをくれるのかしら?」

 

「それは保証できないけど、行きたいなら、いつか連れていくよ。約束する」

 

 楽しみにしてる、なんて奏は笑って。一口、ジュースを口に含む。

 

 ちょっと乱暴な、その仕草も絵になった。

 

「どうだった? 今日の舞台」

 

 のどを少し動かして、奏は落ち着いたように息を吐くと質問をくれる。私は言うことをもう決めている。

 

「最高だった。また最高を更新したと思う」

 

「そうね、うん。私も、すごく充実してる。まだ彼女の心が私の中に住み着いているもの。どこまでも人恋しくて、それでも憎まずにはいられない、悲しいあの娘が」

 

 奏は演技をするとき、役へとひたすらに没入していく。演技と普段の自分を切り離し、役へと変化した速水奏を演じ切る。

 

 そうして演じきった後、こうして役を演じた結果を静かに受け入れて、再び速水奏へと戻っていくそうだ。

 

 不意に下から私を見上げるように、珍しく幼い表情を浮かべながら、奏は手を私に差し伸べる。

 

「Pさん、ちょっと手を貸して?」

 

「う、うん?」

 

 静かな奏の頼みに怪訝思ったが、右手を差し出した。

 

「そう、この手」

 

 奏は私の手を静かに握る。両手で包み込むように。少し震えて冷たい温度が私の手へと伝っていく。

 

「じゃあ、今度は私の目を見て」

 

「それは、どうして」

 

「お願い」

 

 言われ、奏の瞳へと目を向ける。劇中では鋭く細められていたそれは、今は静かに私を見返していた。

 

 見ていると吸い込まれそうになるのを、懸命にこらえる。

 

 しばらく、手の温度を感じながら、彼女と無言の時間を過ごす。

 

 不意に奏は大きく息を吐いた。

 

「……ありがと」

 

「何か役に立ったかな?」

 

「ええ、とても。……自分で感じるよりも、誰かに認めてもらうことでわかる。そんなことも多いから。それが貴方なら猶更ね」

 

 少しだけ、心細そうな声に、胸の奥でひやりとしたものが伝った。

 

「……無理はしてないよな」

 

 それを拭いたくて、少し、言葉に硬さが混じる。

 

 けれど、奏はにっこりと安心をくれるように笑顔を見せてくれた。

 

「それは大丈夫。楽しかったわ。本当にやり切った充実感もある」

 

 そういって笑う奏はすっかり元に戻ったようだった。その様子に安心して胸をなでおろす。

 

「本当に不思議ね」

 

 奏はそう言葉をこぼした。

 

「演じているときは私が私じゃないみたい。大女優に、女子高生、騎士に、吸血鬼に、もっとたくさんの人生を演じて。

 

 昔の私ならどうなってたのかしら、あやふやになって。蕩けてしまったかもしれない」

 

「それは、怖いね」

 

 私は想像するしかないが、一人の人生を生きるのに必死な私ではそんなに多くの人生を背負いきることはできないだろう。

 

 いつも思う。奏という細い躰にどれだけの人生と視線が集まっているのか。それは、彼女にとって負担になっていないのか。って。

 

「ふふ、貴方のほうが怖がってどうするの?

 

 大丈夫よ。貴方が見てくれているだけで、舞台の私は『アイドルの速水奏』でいられるんだから。何を演じていても、何になったとしても、私は貴方のアイドル。……だから、目を離したらだめよ」

 

 そっと手にかかる力を感じる。とても重いけれど、決して重荷じゃない。

 

「そんなこと、しないよ。何時だって奏には夢中にさせられるんだから」

 

 奏を見ることに飽きるなんて、一体どんな天変地異が起きればそうなるんだ。

 

 そんな未来を私は一片も想像できない。

 

 奏はそんな私を見て、しっとりと頬を緩ませた。

 

 とても魅力的な、どこまでも飽きさせない等身大の女の子の表情。

 

「じゃあ、もっと夢中にしてあげる。もっともっと、成長する私を見せてあげる。そんな嬉しい言葉をくれるPさんに、二度と私から離れられないくらいに、ね」

 

 そうやって、普通の女の子は楽しそうに笑うのだった。

 




速水奏と演技

演技上手と評されて、実際に演じていると述べるセリフも多いなど、奏と演技は切り離せませんよね。どのカードでも表情が真に迫っていて、どきりと心が奪われます。
そんな奏ですが、普段の姿も演じているのか、というとそれは違うと思っている筆者。きっと、Pの数だけ奏の解釈も多くなるのでしょう。その謎めいたところも奏の魅力ですね。



本日は速水奏役の飯田友子さん、宮本フレデリカ役の高野麻美さんが出演された朗読劇を見てまいりました。やはり、劇を間近で見られるというのはとても素晴らしい経験でした。

明日も上演され、当日券もあるそうです。もし皆さまご興味あれば如何でしょうか?


中間発表も迫ってきました。投票もう済まされたでしょうか?
ドキドキワクワクの中間発表、二人がどの位置に立てるのか、楽しみです。
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