「ねえ、少しいいかしら? ちょっと付き合ってほしいのだけど」
4月25日。奏はふと真剣な顔で私に尋ねてきた。
誤解を恐れずにいえば、奏は面倒をかけないタイプだ。仕事は何でもこなしてくれるし、その現場全てで最高のパフォーマンスを続けてくれている。
普段のからかいはほんのご愛敬。
何か頼みごとをされるときでも、自然体な雰囲気で尋ねてくることが多かった。
そうした何時もの面から見ると、今の奏は少し違った雰囲気で。
「もちろん、どこへ?」
私は一も二もなく頷くのだった。
「ありがと、Pさん」
そんな小さな感謝の言葉に私は少しの不安を感じ……。
「で、どうしてこうなってる」
「ふふ、楽しいわね♪」
そんなシリアスなムードはそれほど長く続かずに。私は奏に連れられて、都会のど真ん中を歩いていた。それも仕事をするわけでもなく、つまるところ、ウィンドウショッピング。
「たまにはいいでしょう?」
「そりゃ良いけれど。奏、買い物長いからなー」
仕事は終わらせてきたから良いとして。以前も多くの荷物を持つことになったの忘れてないぞ。
「あら、ひどいわ」
そんな風に笑うと、奏は私の腕に自分のそれを絡ませて、そっと体重をかけてくる。奏は決して重くはないのだが、その温もりだったり感触は私を戸惑わせるのに十分だった。
珍しく鼻歌なんて歌いながら。奏は私を連れて、おしゃれな街角をふわふわと。
「いつも思っていたのよ。Pさん、同じような服ばかり着てるし。休日もスーツでしょう? もしかして私服とか、持っていないのかなって」
そういう奏に私はとっさに反論しようとするのだが。
「いやいや、そんなことは……。まあ、着ることめったにないけど」
あれ、私服に着替えたのいつだったっけ。等と呟くと、奏はため息を吐いて、ほんとうだとは思わなかったわ、と。
「もう! だめよ、少しは自分の生活も豊かにしないと。心の余裕と楽しみは想像の源。夢を作る仕事なら、気をつけないと」
確かに、言うとおりである。二人のプロデュースの楽しさにかまけてしまっていたが、もっと生活に喜びを満たさなくてはいけないかもしれない。うんうん考えていると。ぎゅっと腕に奏の体が押し付けられる。
「ふふ、それじゃあ。今日は私がPさんをプロデュースしてあげる。普段と逆ね♪」
心底楽しそうな奏は、私をあちらこちらの店へと連れまわす。
さすがに女の子はこういったおしゃれな街をよく知っている。路地裏の小さな店にはおしゃれな小物。見るからにワイルドな店にはレザージャケットやどこかアメリカンな服。
普段私が向かうことはない店に入っては、奏は楽しそうに私を着せ替え人形としていく。アイドルのプロデューサーなので衣装デザインの参考にするためにも女性向けのトレンドにはアンテナを張ってはいる。
けれど、自分の服というのには中々無頓着であった。
「あら、こういうのもいいんじゃないかしら?」
「いや、流石に派手すぎるだろ」
虎柄のジャケットにサングラス。奏はくすくすと笑っているので、その褒め言葉と思われるものも信用ができない。
「Pさんはロマンチストなのに、こういうところは保守的なんだから。もっと冒険しないとだめよ?」
「奏にそう言われる日が来るとは」
「私だって挑戦する楽しさは教えてもらったもの、他でもないPさんにね」
それじゃあ、次はこれ。と新しい服に袖を通す。これはまたおしゃれなジャケットだけど。
「いいのかな、こういうのも……」
「Pさんも素材は良いんだから、堂々としていれば似合うわよ。うん、かっこいい」
なんて、奏はおだててくれる。私はついその気になって少し鏡を見つつ姿勢を正してみたり。なんか、似あっている気がしてきた。
「……買ってみようかな」
「それじゃあ、その服を来て、デートの続きと行きましょう」
デートという所は否定してもいいかな?
「けど、町行く人はどう思うかしら? こんな時は年上に見えるのも悪くないわね」
なんて、店を出るや否や、奏は再び体を寄せてくる。いつもよりも多めの笑顔はとても魅力的で。私は服とは不釣り合いな戸惑い顔のまま、再びの探索へと連れ出されるのだった。
もう日が暮れ始めている。
私たちは海を見つめながら自販機で買った缶ジュースを並んで飲んでいた。傍らにはいくつかの紙袋。
どれも私の服や、生活グッズやら。こんなに自分のものを買ったことは初めてかもしれない。
「綺麗な夕焼け。世界の全部が同じ色になって、融けてしまいそうな怖い色。けど、あなたと一緒ならそれも一興、かしら?」
「……すまん、うまい返しが思いつかない」
「あはは! そうだと思った。それがPさんだもの、仕方ないわよ」
本当に今日の奏は表情が大きく変わって。長く見てきた顔なのに、それでもますます魅力されていく。
「今日はどうしたんだ? いきなり」
「迷惑だったかしら?」
「そんなわけないさ。楽しかったよ、本当に」
「……ありがとう」
そっと私たちは寄り添い、沈みゆく夕陽の最後の名残を見送る。
「……あの時もこんな場所だったわよね。貴方が、私を求めてくれた場所。もう、随分と昔のことに思えるけれど。けど、本当に毎日が輝いていて。貴方が私を輝かせてくれたの……」
「奏?」
「ううん。特に何かあったわけじゃなくて、ね。ただ、忙しい日々の中で、何かやり残したことはないかって、そう思ったの。
だから、いつもお世話になってるPさんに、何かしてあげたかった。そんなこと言ったら少女趣味すぎるかしら?」
いたずらっぽくいう奏と、そんな可愛らしい言葉に呆とさせられる私。まったく、この子はいつもそうやって驚かせてくれる。
「いや、とても嬉しいし、そんな奏が魅力的だよ」
なんて、少し気障なことを言いたくなったのは、雰囲気に中てられたからか。
そうすると、奏は一歩、私との距離を縮める。瞬間、空気が変わるのが分かった。
「もう、いつもは雰囲気なんて考えないのに。こういうときばかり嬉しいこと言うのね。……ほんとずるい人」
お互いの息遣いの、その温度すら伝わってくる距離。少し赤らめた顔の奏はそっと、掌を私の手に重ねる。
「けど、そんなずるい人だから私はアイドルになったの。貴方の偶像に。誰かに見られる私が、私自身になるなんて。昔の私なら、きっと許せなかったのに……」
すっと伸ばされる手が私のネクタイをほどいていく。
首元に伸ばされた手がこそばゆく。けれど、私は奏の瞳に、声に、姿に魅了されて動くことができない。いや、この奏を見たくて、動きたくなかったのだ。
むき出しの肌に奏の手が触れる。耳の奥で、心臓の鼓動がうるさいほど。
「……Pさん、貴方から見て、私はどう? 貴方の望んだ、理想のアイドルになれている? 魅力的な、あの人たちを超えて、頂に立てるような……」
少しの不安に揺れる瞳に。私は迷いなく頷いた。
「もちろん。私が望んだ。そんな想像をはるかに超えていくアイドルが速水奏だ」
「……ありがとう、私のプロデューサーさん」
そっと、最後に温度を残し、奏が離れる。少し後ろを向き、そして、私に渡される細長い箱。
「それじゃあ、これは前祝いのプレゼント。Pさんが、貴方の言う宇宙一のアイドルのプロデューサーになる、その日のね」
奏に促されるまま開けたそこには、白と青の調和が美しいネクタイ。
「Pさん、私、きっとトップに立つわ。加蓮にも、憧れのあの人たちにも負けない、トップアイドルに。だから」
その時はそのネクタイを着て、隣に居てね。
奏はそう言うと、輝くばかりの笑顔をくれるのだった。
さて、少し遅れてしまいましたが、中間選挙上位入賞記念ということで、無事に二話分を投稿できました。
落とし物の日ということで、普段は二人が言いそびれた言葉だったり、行いだったりをテーマにしてみましたが、いかがだったでしょうか?
二人と出会って、私もまたいろいろな挑戦ができています。この小説もそう。日常生活でも多くの力をくれています。
そんな二人が共に頂へ立てる。そんな日を夢見て。
明日も二人へのプロデュース、投票、よろしくお願いいたします!!