誰も知りたくはないだろうが、私の食生活について少し話をさせてほしい。
以前に語った通り、私は基本的に夕食は自炊。朝食もその残りを使って簡単に済ませている。問題は昼食。特に弁当などは用意しない。
これにはウチの業界の事情も関係している。例えば、ライブを初めとしたイベントの場合、先方がお弁当を用意してくださる。外回りの仕事の時は、二人と一緒に外食をすることがほとんどだ。わざわざ弁当を持っていかなくてもよい。
ただ、悩ましいのは事務所で取るとき。方法は二つある。一つは食堂だ。ただ、食堂は奏や加蓮を初め、アイドル諸君が食事をしていることが多く、何となく、その姦しい空間に気恥ずかしさを感じてしまったり。同期たちや、アイドルに誘われない限りは中々足を運ばない。
もう一つが、購買だ。事務所のエントランスにスペースが作られ、そこで手作り弁当が販売されている。ラインナップも豊富で、お財布にも優しい。私の場合、そちらで買わせてもらうことが多いのだ。
前置きはともかく。今日も私は昼時に購買へ向かっていた。
鼻歌を歌いながら、階段を降りていく。すると、弁当屋の待ち列の中に、ウチの子の姿を見つけた。
「あれ、加蓮?」
間違いなく加蓮。彼女はなにやら楽しそうに待ちながら、スマホをいじっている。だが、どうしたのだろう? 今日は奏がLiPPSの仕事で外に出ているので、他の友人たちと食事を共にするのかと思っていたのだが。
気になった私は、階段を少し早足で降りると、加蓮のところまで向かうのだった。ちょっと離れたところから、手を降りつつ声をかける。すると彼女は私に気づいて、手を振り返してくれた。
「あ! Pさんもお弁当?」
「私はいつも通りね。けど、加蓮は珍しいよな? 今日は弁当なの?」
聞いてみると、意外なことに加蓮は首を振る。
「ううん、ちがうよ。さっき、凛たちと軽く食事はしてきたの。で、今日のお目当てはアレ」
そう言うと、加蓮は購買の脇に立てられた小さな旗を指さす。そこには、
『手作りミニコロッケ新発売』
と美味しそうなコロッケの絵が写っていた。それを見て、私は、ははぁと納得がいく。
「なるほど、ポテト狙いか」
「うん。歩いていたらね、良い匂いにふらふらって引き寄せられちゃって♪ ほら、見て! 美味しそうでしょ?」
何て、年相応にはしゃいだ声が耳に飛び込んでくる。そんな、ワクワクして、目をキラキラと輝かせている加蓮を見て、体調管理とかうるさいことは言わないことにした。加蓮もジャンクフードが好きなだけあって、その分の自己管理はしっかりしているから、まったく問題にはなっていないのだ。
ただ、そうして楽しみに待っている加蓮の様子を見ると、私も無性に、そのコロッケを食べたくなってしまい……。
思い立ったら吉日とばかりに、すぐに後方に並ぶ。
そこからは少しの間は空腹との戦い。それに耐えた数分後、目の前にいくつもの弁当と、芳ばしいコロッケの香りが広がった時、大きく腹の奥が動くのを感じるのだ。
店先に並んだコロッケ。アイドル達のちょっとしたおやつにもなるように考えられているのか、サイズが小さく抑えられたそれは、揚げ立ての印に熱を放ち、衣が金色に輝いている。なるほど、これを前にすれば加蓮でなくとも食べたくなって当然だろう。
私はすぐ、簡単な幕内弁当と一緒に大きいサイズのコロッケを買った。そうして列の外へと出ると、加蓮は律儀に私を待っていてくれて。そして、二人でオフィスに戻るとソファに座って、お茶と一緒にコロッケを広げる。
カリカリの衣に豊かな香り。見るからに、美味そうだ。その感想を抱いたのは私だけではないようで。
「Pさん、お先に♪」
なんて、加蓮はさっさと一口目を食べだした。そして、そんな彼女に急かされるように、私もコロッケを口に運ぶ。
「いただきます!」
サクっと一口。それだけで、味が口の中全体に広がっていく。甘いジャガイモに香り豊かなひき肉と野菜のコラボレーション。特に最高といえるのは、やはり主役のジャガイモだ。きめ細かくすりつぶされたジャガイモはふかふかとして、それでいてなめらかな舌触り。
それらが芳ばしい衣の中に閉じ込められているのだ。サクサクとした食感とのギャップが、得も言われぬ食感を産みだす。味から感触から何から何まで楽しむことができる。
「はふぅ、幸せだ……」
気がつけば、一息に食べ終えてしまっていた。私はだらけ切った感嘆の声で、弁当屋のおばちゃんを称賛する。素晴らしい腕前である。なんて料理評論家みたいに。
「ほんと、何個でも食べてられるよ、これ」
と横を見ると、同じく顔を蕩けさせた加蓮がいる。女の子が食べ物を美味しく食べている姿は可愛いというが、加蓮は本当に幸せそうに食べるのだ。それがジャンクでもポテトであっても、見ているだけで幸せになれる。
ただ、あんまりにも次を食べたそうに言うので、せめて一、二個で我慢してほしい。とは言ってみた。信頼はしているけど、念のために、軽くお願い。
「あはは、だいじょーぶだよ。私だってアイドルなんだから、そこはわかってます♪」
だが、ポテト騒動を知っている私は苦笑いを返すしかなかった。
そうして、二人そろって極上の手作りコロッケを食べ終え、少しお茶でリフレッシュ。のんびりとしていたら、加蓮が私へと質問してきた。
「Pさんもコロッケ好きなの?」
「そうだな。元々、好きだったのはそうだけど。ほら、家だと作るのに時間かかるだろ、コロッケ。ジャガイモふかして、潰して、それで最後は油で揚げる。なかなかそんな時間が取れないから、外食以外だと食べれない」
「つまり?」
「一人暮らしにはありがたい食べ物なんだよ」
商品だとわかっていても、何となく愛情を感じられるのだ。
「そういう加蓮は?」
「私の場合は、油がたくさん使ってあって、サクサクの食感が楽しいし、それに、ちょと大雑把な味付けが大好き」
「さすが、」
と例の禁じられたあだ名を呼びそうになり、とっさに口を噤んだ。
あはは、と苦笑いして誤魔化そうとするも、何を言おうとしていたのかは筒抜けのようで、あとでお仕置き、なんて小声で宣言される。何をされるのかが怖いものだ。
「けど、コロッケは愛情を感じる食べ物なんだね。Pさんにとっては……」
「手間暇イコール愛情ではないって考えてはいるけどね」
実家の母の味なんかを思い出してしまうのだ。
「ふーん」
と、そんなことを話すと、加蓮は少し考え顔をして、最後に楽しそうに笑うのだった。
翌日のお昼時。なぜか、前日に今日はお弁当買わないでね、なんて言われた私と奏はオフィスで静かに加蓮を待っていた。
「いきなりどうしたのかしら、加蓮」
と心当たりがない奏は少し困惑顔。けれど、ちゃんとお弁当を用意してはいない。
私としては昨日の今日なので大方の予想というものはできていたが、黙っておいた。加蓮がせっかく考えてくれているのだから、水を差すのは野暮ってものだろう。
「お待たせ、二人とも♪」
上機嫌で戻ってきた加蓮。その手には、大きなタッパーが抱えられていた。
「それ、どうしたの?」
「ほら、奏にも話したじゃない。ちょっと料理も勉強中だって。昨日、試しに作ってみたから、おすそ分け」
ご覧あれ♪ なんて声と共に広げた中には、ちょっぴり不格好だけど美味しそうなコロッケが口直し用のおにぎりと一緒に綺麗に並べられていた。
「味見してみたけど、ちゃんとコロッケになっていたから、食べてみて」
なんて、少しドキドキするように声に緊張の色が混じった加蓮へ、私と奏はお礼を言うと、さっそくコロッケへと手を伸ばした。
少しサクサク感は少ないし、ちょっとだけジャガイモもコロコロとしている。けれど、
「うん、美味しい!」
「ほんと、よく作ったわね、加蓮」
奏は驚いたようにそう言うと、笑顔で二口目を食べる。そんな私たちの様子に安心したのか、加蓮も座って、自分の分を食べ始める。
「でも、いきなりコロッケだなんて、どんなきっかけがあったのかしら?」
奏が食事の合間に加蓮へと笑顔で尋ねる。
「ひ、み、つ。でも、私の愛情がたっぷりと込められているから、二人とも大事に食べてね♪」
なんて、楽しそうな加蓮の笑顔も楽しみながら、私はちょっと甘いコロッケを楽しむのだった。
モノクロームリリィと料理
自分の中では二人とも料理が上手そうなイメージが強い奏と加蓮ですが、どんな料理が得意なのか、と考えるといろいろ想像が膨らんで楽しいですね。
奏はちょっと手間のかかる和食なんかを真剣に作っているのが似あいそうです。周子に料理を教わっていたり。
加蓮は人に食べてもらう料理はすごい気を使いそうですね。自分が普段ジャンクを好むのに、家庭料理は健康志向だった、なんて光景が目に浮かびます。
さて、明日から最後の3日間。とうとうここまで来ましたので、頑張って完結させてみせます。
それでは、明日も加蓮と奏に、清き一票を!!