二人とも最高を更新して、けれどまだ先がある、そんな先々が楽しみな結果だったと思います!
そんな二人を書く事がやっぱり楽しくて、復帰となった今作。これからは週一回水曜日更新を目途にしていこうと思います。
5月23日「キスの日」
5月23日。
総選挙の結果発表やお祝いの席が少し落ち着いて、私たちも皆、日ごろのアイドル業務へと戻っていた日のことである。私と奏はとある式典に参加していた。少しシックな装いの会場には一般客に加えて、多くの報道陣も集まっている。
私が少し離れたところから、スポットライトが当てられた舞台を眺めていると、
『それでは、今年度のキスしたいアイドルNo.1に輝きました、速水奏さんの登場です!』
ナレーターの言葉と、それに続く大きな拍手と共にドレスに身を包んだ奏が壇上に現れる。今日は一段と気合が入っているのか、妖艶さが常の5割増しくらい。登場の瞬間からフラッシュの雨が降り注ぐが、ひるむことなく奏は一歩一歩、歩みのたびに魅力を振りまいていった。
『今日はありがとう♪』
と、マイクの前に立った奏は観客へ向けて、おもむろにキスを投げて見せる。ゆっくりと、深い水底へと引きずり込むような、そんな小悪魔なキス。居並ぶ観客の何人かが胸を押さえて蹲ったのは見間違えじゃないだろう。そして、後方から女の人の断末魔のような悲鳴も聞こえる。
彼らは本当に無事なのだろうか、と私も少し胸を押さえながら、あえて他人事のような感想を考えた。
今の歳でこの様子なら、もっと成長したらどうなってしまうのだろうか。考えても栓のないことだが、私ももっと耐性をつけていかないと、飲み込まれてしまいかねないし。そんな将来も少し楽しみな私がいる。
奏はそんな観客の様子にも楽しんだように微笑みを向けて、ついでとばかりに少し私の方向へもウィンク一つをよこしてくれる。そうしてたっぷりと時間をかけて、ファンサービスを行うと、マイクに向かって感謝の言葉を述べていった。
5月23日はキスの日。奏にとってこれほど似合いの日はないだろう。私としてはキスアイドルというくくりでプロデュースはしているつもりはないが、奏の仕草や言動から、やはり、特徴として取り上げられることも多い。
そうすると、モノクロームリリィとしても例のガムのCMやら唇やキスに関連した仕事が舞い込んでくることも多く、加蓮も奏に刺激されて、機会を与えられるたびに大人の魅力を獲得していく。
彼女たちにからかわれる私人としての私は、そんな魅力が増していく彼女たちに時折困らされたりもするのだが、第一にプロデューサーとしての私はそうやって二人の魅力が広まっていくことが嬉しくて仕方がなかったりもするのだ。
今日参加したのは、そんなキスの日にちなんで、キスでイメージされる芸能人が集まった式典。化粧品業界が中心となった表彰式である。
壇上には演技派のベテラン俳優や、キスを持ちネタとする芸人さん、そして若手の男性モデル等、錚々たる面々が集まっているが、その中に並び立っても奏は見劣りせずに存在感を放っているのは、流石というべきだろう。
総選挙の結果を自分のモチベーションへと昇華した奏は、今日も一層魅力的に輝いている。
『それでは最後に。速水さん、今のお気持ちをどなたに伝えたいですか?』
『もちろん、いつも応援してくれる大切なファンのみんなに。……いつもありがとう、愛してるわ』
と、もう一度追い打ちの投げキッス。さらにどよめく会場、明らかに温度が数度上がっただろう。だが、その中で先ほどの女性の声が聞こえないのは不安だったり。果たして、無事でいるのだろうか。
そんな不安を抱きつつも、会自体は滞りなく終わって。終演後も、外に救急車が呼ばれる様子はなく、私はそっと胸を撫で下ろした。
式が終わってしばらく経って。私は奏と合流しようとスタッフの人波の中をすり抜けていた。しばらく探していると、奏を舞台袖に見つける。
どうやら共演者の皆さんと談笑していたようだ。普通なら物怖じしそうな大物を相手に、上手く話を続けているようで、時折楽しそうに笑う様子も。
だが、私を見つけたのか、奏は彼らに何事かを話すと、その場から離れて私の方へと駆け寄ってきてくれた。
「もう少し話していてもよかったのに」
私が苦笑いしながら言うと。
「流石にアカデミー賞俳優相手は緊張してしまうもの。Pさんとの方が気が休まるの」
なんて、冗談めかして笑顔をくれる奏と共に控室へと戻る。
お互いにドリンクを飲んで気を吐いて。一段落。落ち着いたところを見計らって私はスタッフから渡された記念のメダルを奏へと渡した。
「はい、今日はおめでとう。素敵だったよ」
「ありがとう、Pさん。でも、キスアイドルとして受賞というのは嬉しいけれど、不思議な気分ね」
奏は少し苦笑い。確かに年齢的にはアンバランスではあるし、私のように奏の実際の姿を知っていると猶更。……いや、普段もそこまで変わらない気もするが、まあ、気持ちは分かる。
だが、よい結果をいただけたのは、それだけ奏が魅力的で、世間やファンの皆さんも奏の虜になっている証拠だろう。
「褒めてもご褒美はキスしかないのだけど。お望みなら、今この場所であげましょうか?」
「それをもらうと困るんだけどなあ」
私が頬を掻いて誤魔化すと、奏は
「残念ね」
、なんて。すると、奏はふとした悪戯を思いついたように、少し流し目をよこした。
「そういえば、さっき言い寄られたのよ。俺とキスしてみないか? なんて、あのモデルさんに」
と、挑発するように言葉を放る。
「ふーん」
気のない返事が私の口から漏れ出る。
「あら、嫉妬してくれないの?」
そうやって言うときは上手く躱した時だと分かっているからね。
私は冷静にそう言う。だが、奏は私の顔やら手足をじっくりと観察するように見て、
「で、本音は? ふふ、見ればわかるわね」
とりあえず、そのモデルさんは要注意リスト入りである。まあ、奏の様子を見るとお互いに冗談の言い合いだったのだろうから、そこまで心配していないが。
「ほんと、わかりやすい人なんだから。そこが良いのだけど……。慣れないポーカーフェイスは諦めて、もっと正直になったほうがいいわよ?」
なんて、奏は楽しそうに言うのだった。
「にしても、17歳のアイドル相手になあ……」
少し釈然としない私は腕を組んで、ちょっとばかり顔をしかめた。
「でも、Pさんも知ってのとおり、キスしないか? なんて簡単に言ってくる人は実際に多いのよね。……そんなに軽い女に見えるかしら?」
奏も少し思案顔。
「そんなことはないさ。ただ、チャンスに賭けてみたいって人がいるのは分かるかもしれない」
雰囲気は年齢以上に大人びてはいるし。何より奏は魔性というか、惹かれる雰囲気を纏っている。痛い目を覚悟で手を出してみたい、なんて不埒者もいるだろう。
ただ、そんな物言いの人は奏には相手にされるべくもないのだが、
「そうね、私を本気で欲しいって、身を滅ぼしてでも求めてくれる人なんて、そうそういないもの。どこかの誰かさんみたいな人は、ね……」
さあ、誰のことかな。
意味深な目線を向けてくる奏から目を逸らす。と、途端に悪戯っ子のような雰囲気を纏い、窘めるように言うのだ。
「良いの? そんなつれない態度していると、ふらふらと何処かへ行っちゃうんだから」
「ほんと、それは止めて、お願い」
一ノ瀬博士のようなことされると地の果てまでも探しに行かなくてはいけないじゃないか。同期のチームの惨状を知っている私は拝むように哀願する。奏にはせめて、そんな失踪癖は持ってほしくないのだ。
「どうしようかしら? 誰も知らない場所に逃げて、追いかけてくる貴方と逃避行なんていうのも楽しそうじゃない?」
「私の気が休まらないよ、それだと。そりゃ、いざとなったら地の果てでも探しに行くけど」
いつかは宇宙の果てに連れて行ってあげるのだから、地の果てくらい近いもの。そう言うと、奏は声を上げて笑って。
「ふふ、そうやってすぐに探すと言ってくれる貴方なら大丈夫よ。Pさんから離れることはありえないから……。そう言うと重すぎる?」
等と言う。ちょっと期待するような、幼さの混じった視線に私は少し頬を熱くさせられた。
まったく、総選挙が終わって以来、加蓮と共に絶好調が続いているようで、ますます私は太刀打ちができなくなっているじゃないか。
結局、頬をかきながら、押し黙ってしまう。そうすると、奏は満足したように微笑むのだった。
こら、これ見よがしにドリンクを変な飲み方するのやめなさい。
そう言って、私はため息を吐く。ちょっとの沈黙。どうしたことか、奏はそんな私の様子を呆と少しの無言で眺めると、不意にドリンクを置き、私にむかって歩み寄ってきた。
「奏?」
尋ねると、
「そうね、すこし気まぐれなんだけど、刺激が足りなかったのかなって。Pさん、まだ汗をかいていないじゃない」
「いや、もう十分なんだけど!?」
あれか、ため息はいたのが悪かったのか。弁解しようとする私をよそに、奏は少しの熱を帯びたように妖艶な笑みを浮かべると、一歩一歩と距離が縮めてくる。
常のからかいなら、私はもっと必死に止めたはずだった。
けれど、近づいてくるごとに私は言葉を失っていく。
奏の目には真剣な色があって。私はいつでも、その色を前にして、誤魔化すことはしたくないと思っていたから。
「今日はキスの日。私も少しはしゃいでいるのね……。たまにはご褒美を欲しがったらダメかしら?
愛の証、契約の象徴。甘美に見えて、うっかり差し出すと容易く身を滅ぼす。口づけを捧げてくれるなら、私は貴方のもの……。プロデューサーさんはどうする?」
すっと、奏の熱が近づいてくる。
私はそんな奏に出会いのあの日を思い出す。今でも忘れられない、時間が止まったような瞬間と、奏の熱。浮かされているのは、私も同じかもしれない。
少しずつ、私たちの間が近づいていく。奏の魔性の性だ、なんて言い訳はするつもりはなかった。それを言うのなら、出会ったときから私は奏に魅了されているのだから。
あと少しで熱が伝わる。そんな距離を二人で保って。
「これ以上は、ダメ」
「……うん、そうね、十分ね」
奏は少しだけ私から離れる。顔を赤らめながら唇に指を添える。
「きっと、もう、確認なんて必要ないのね。私は貴方のもので、貴方のアイドル。それで、今は十分すぎるくらいだもの」
一人、言葉を飲み込むようにつぶやく奏。私はそんな彼女に少し見とれ、
「でも、これくらいのご褒美はちょうだい」
言うなり、奏が私の手の甲へと落とした唇を避けることができなかった。
少し濡れた、暖かく、柔らかい感触が手の甲から全身へと伝っていく。じんと染み入るそれに、なお一層私の顔は熱を帯びていった。
そんな少し慌てた私の様子を見て、奏は赤く染めた頬を緩めて、囁くのだ。
「ようやく汗かいてくれた。けど、これくらいで赤くなったらダメじゃない。もっといい反応を見たくなっちゃうんだから……」
そうして、人差し指は私の唇へと。
「ふふ、確認はもう必要ないの。けれど……、いつかの未来でもう一度教えて欲しいわ。あの時よりも情熱的に、狂おしいほどに。……私を求める貴方の心を、ね」
そう言って奏は楽しそうにキスを投げるのだった。
復帰の第一回目は奏とキスのお話。奏とキスは切っても切り離せませんが、中々に考察しがいもある題材だと思います。
奏にとってのキス。皆さんにも多様なイメージがあるでしょうが、私は端的に「契約」や「証明」といったイメージで。奏にとって人との結びつきの象徴。
そんな奏が最近のカードではキスを欲しがるセリフが少なくなっている、というのはプロデューサーとの関係性を考えると想像がはかどります。
奏はいろいろと考察を交えていくのも面白いですので、お時間があるときには台詞をじっくり読んでみるのも良いかもしれませんね。
それでは、今週も速水奏の応援をよろしくお願いします。