今週は少しおセンチな気分で星の話を。
群青の空の中を一筋の光が降りていく。その小さな身体にたくさんの希望を載せて、幾重の年と距離を旅した彼は、役目を終えて光り輝き散っていった。
今日ははやぶさの日。8年前の今日、小惑星探査機のはやぶさが地球へと帰還したのだ。その身を犠牲にしながら、科学の発展のために重要な贈り物を残して。
ひそかに天文を愛してきた私にとっても、はやぶさの成し遂げた偉業は記憶に新しく、そして鮮烈な経験だった。目をつぶっていても、あの映像がすぐに思い出せるほどに。
そんな日に少しセンチメンタルになったのか、私は事務所の窓から空を見上げていた。もう日が暮れてしまって黒く染まった空のカーテンには満点の星が広がっている。
どれもこれもが、遠く離れた場所から、地球まで光を届けている。それは、まるで……。
「どうしたの? ちょっと元気なさそうだけど」
そうして呆けていた私を心配してくれたのか、加蓮が私の隣に立って、優しく尋ねてくれる。
「あ、ああ。ごめん。少しぼんやりしちゃってね」
「またロマンチックなことを考えていたんでしょ? 星を見上げて、あの星に行きたいなー、とか?」
「そんなとこ、かな?」
気分を変えようとしてくれたのだろう。お茶目に目を細めて言う加蓮に苦笑いを返す。
ただ、自分でもなぜここまで感傷的になったのかはよくわかってはいないのだ。少しだけ心がフワフワしているというか、心ここにあらずというか。
私の心の内の不安定さを察したのか、今度は奏が微笑みかけてくれる。
「言葉にならない感傷なら、逆に話して楽になることもあるけれど、どうする? 私たちは取り止めのない話でも喜んで付き合うし、それを望まないなら、ただ傍にいるけれど?」
私もそう言うときはあるから、と理解を示してくれる奏。加蓮も、私も付き合うよ、と背中をぽんぽんと叩いてくれた。
「それじゃあ、ちょっと気分転換に行こうか」
何事もそうやって心ごと寄り添ってくれる人がいるというのは幸運なことである。優しい二人に感謝して、私はちょっとした場所移動を提案した。
「まだまだ天の川は見えないかな。ごめんな、こんなところまで連れてきて」
私は夜空を見上げながら呟く。
「ううん、大丈夫よ。……いい場所ね。私は好きよ、この開放感。自分が大きな世界の一部だって思えるもの。ちょっとだけ怖くて、けれど孤独ではないって教えてくれるようで」
奏はそんなことを感傷たっぷりに言う。ベンチに腰掛けて、上を見上げる様子はやはり、少しだけ大人っぽくて綺麗であった。
私たちがやってきたのは事務所ビルの屋上。風が穏やかな等は、昼時の隠れたランチスポットして有名だが、流石に夜となると人は私たちしかいないよう。私たちにとっても馴染み深い場所だが、時間帯が変わると途端に雰囲気が一変していた。
「改めて来ると、やっぱりすごい事務所だね、ここ。ほら、下が遠くて怖いくらい!」
「加蓮ー! 頼むから落ちないでくれよ!」
「そんな危ないことはしないって!」
手すりをしっかりとつかみながら、下を覗き込む加蓮にちょっとだけ不安に思い、声をかける。加蓮も、すぐに満足したのか、スキップしながら戻ってきてくれたので、一安心。隣に腰かけた彼女に、私はココアの缶を渡した。
「ありがと! ホットなんだね?」
「まだまだ寒いくらいだからね。それに、夜空の下ならホットココアって相場が決まってる」
「それも、Pさんのロマンかしら?」
「そういうこと。満天の星、とまではいかないけれど、センチメンタルな星空の下で体を温めるってのは良いもんだ」
学生時代はそれを一人でやっていたが、今は付き合ってくれる人が二人もいる。そう思うと、何でもないココアがさらに美味しく感じられた。
「この星空の下を、はやぶさは帰ってきたのね……」
「……知ってたんだ」
「ほんとは、私も奏もピンとは来なかったの。だから、スマホで調べて。ほら、Pさんもはやぶさの小さい模型、部屋においてるから、それかなって」
「二人とも、やっぱり名探偵になれるよ」
やっぱり、この二人には隠し事は無理だな、と改めて納得して、熱いココアを飲んでいく。そうして、ほっと溜息を吐くと、すごく素直な気持ちがあふれてきた。
「二人はまだ小学校くらいだった時かな……」
「そうね……。私はその時、映像を見ながら思っていたわ。何年にも及ぶ旅は無視していたのに、無事に帰ってきたら途端に大喜びなんて、現金だなって」
「はは、辛辣だね」
「今よりも、もっと捻くれていたときだもの」
奏はコロコロと笑う。私の頭の中では、少し冷めた目でニュースを見ている様子が容易に想像できた。今は、きっと私たちと一緒に楽しんではくれるだろうけど、昔の奏なら、そう思うのも仕方ないかもしれない。私自身も心のどこかではそういう思いは抱いていたし。
「私は全然ピンと来ていなかったなー。宇宙とか夢とか、興味なかったし。あ、今はもちろん違うよ!!」
慌てて手を振りながら弁解する可愛い様子に苦笑い。
「分かってるって。で、私は……、そうだね。帰ってくるはやぶさを見て、正直、羨ましいって思っていたよ。歴史に名前が残る偉業で。まだまだ若かったから、いつかは私も同じくらいにでかいことをやりたいとかさ」
そして、
「その後、アイドルのプロデューサーになるときに思ったんだ。絶対にはやぶさみたいに偉大なアイドルをプロデュースするんだって」
アイドルは時に、星に例えられる。誰もが見上げ、うらやむ光り輝く存在。そんな星々の間を勇敢に旅して、誰よりも歴史に残ったはやぶさ。
そんな風に、一瞬でも歴史に残るような、そんな人たちをプロデュースできたら、それは素晴らしい仕事だろうって。
「今は、違うのかしら?」
その質問に、私は空を見上げながら、大きく息を吐き、答える。
「はは、そうだね。昔とは全然違うよ。加蓮と奏と出会ってさ。だいぶ欲張りになったんだ……。
ほら、はやぶさって最後はきれいに燃えて無くなっちゃったじゃない? もちろん、遺ったものはあるし、今も跡を継いで宇宙を旅しているはやぶさ2もあるけれどさ。最後は流れ星になっていなくなっちゃった……」
その儚さが人々を感動させたのも確かだ。だが、隣で笑ってくれている二人が、そんなことになったら。歴史に名前を残す代わりに永遠に消えてしまったら。
「それは嫌だって思った。だから、今の夢は、二人を宇宙一のアイドルにプロデュースすること。いつかは燃え尽きてしまう星でも、はやぶさでもなくて、いつまでも光り輝いて、宇宙いっぱいに夢を届けるアイドルを」
ただ、星を見ていたら、ちょっとばかりの不安が頭をもたげてしまったのだろう。
そう、素直に言うと、左右から頬が引っ張られた。
「いひゃい、いひゃい」
抗議の目線を向けると、奏は少し苦笑いして、加蓮はちょっとだけ頬を膨らませて。
「……なんで?」
「Pさんが子どもっぽいのは分かっていたことだけど。ちょっと寂しいこというんだから、お仕置き」
加蓮がこぼれるように笑って、今度は人差し指で頬を突っつき始める。
「そうね。私もお仕置き♪ 理由は加蓮と同じよ」
指がもう一本増えて、私は左右からの攻撃を捌くことができず、なすがままになってしまった。ひとしきり、そうして私で遊んで満足したのだろう。加蓮はふと、踊るように立ち上がると、夜天の下で大きく手を広げる。
「改めていうのもなんだけどね。私はPさんが見せてくれる夢が素敵だから、アイドルになろうって決意できたの。それで、私も同じように夢を世界中、ううん、宇宙いっぱいに届けるアイドルになって、北条加蓮を知ってもらうのが夢になった」
夜空いっぱいに告白するように、加蓮は上を向いて声を上げる。
「私も、同じ。何も知らなかった私をこの世界に連れてきて、夢を見せてくれたのはPさんよ。
アイドルとプロデューサーの夢は同じでしょ? だったら、一人で悩むなんて水くさいじゃない」
奏がそう言って私の手を取って立ち上がらせてくれる。そうして三人で立って、さっきと同じように星を見ると、その光も応援してくれている気がするのだから、不思議だった。
なんだか気恥ずかしくなって、私は頬をかく。
「……いや、ほんと、そんなに真剣な悩みじゃなかったんだけどなぁ」
「本音は?」
「小さな悩み事にも、そう言ってくれるのは嬉しい」
私は、ネクタイピンを気づかれないようにぎゅっと握る。まったく、ついこの間、勇気をもらったのに、また心配かけてしまったとは。
それなら、私はいつも通り、子どもっぽいロマンチストに戻るとしよう。
「さて、せっかくだから天体観測でもしようか! 実は、部屋に双眼鏡が隠してあるんだけど……」
「Pさんの机の一番下の段でしょ? しかも、三つ。用意がいいんだから」
「やっぱり知ってるんだ、敵わないなぁ」
「その代わり、Pさんには私たちの知らない星のことを教えてもらわないと、ね♪」
さてさて、私に教えられることがあるのやら。けれど、それなら、今度は星がよく見える場所に連れていかないとな。それこそ、はやぶさのように星が間近に見える場所まで。
アイドルマスターシリーズで筆者が好きなのは、決してアイドルとPが恋愛だけの関係でなくて、仕事のパートナーとしての信頼感が基礎となっているところだったりします。
アイドルがPに支えられることもあれば、Pもアイドルに勇気をもらって一緒にトップを目指していく。そんな前向きな勇気をくれるアイマスはやっぱり最高ですね。