9月5日といえば、私にとって忘れてはならない日。忘れたくない日。何よりも祝いたい日。なにせ、私の大切なアイドルである北条加蓮がこの世に生まれた日なのだから。
ただ、去年の誕生日は、加蓮にとって、少し恥ずかしい日にもなってしまったのだろう。私たちの思いが暴走して、本気で祝いすぎたためか、加蓮が思わず泣いてしまったから。とても素晴らしい会だったのだが。その後は恥ずかしさからか、二日ばかり、加蓮は顔を真っ赤にしながら不貞腐れてしまったり。
かすかに聞き知るところ、かつての加蓮の誕生日は寂しいものだったというので、彼女にしても複雑な思いがあったのだろう。
では、前回を踏まえた今年はどうするか? 加蓮が泣かないように少しは手加減するべきだろうか。普通にお祝いして、楽しかったね、で終わらせるべきだろうか。
否。そんなわけはない。そんなことはあってはならない。
いっそ、もっと感動させてやろうというのが、私と奏の考えだった。
いつにもまして気合が入る私や奏。城ケ崎さんや渋谷さん、神谷さん達、アイドルの仲間たちを巻き込み、加蓮のサプライズパーティーの準備はひそやかに、しかし、しっかりと進行している。
プレゼントや特大のケーキ、ポテトの準備。私もプレゼントをかなり前から準備をしたり。
この調子なら、必ずや加蓮を大喜びさせることができるだろうと、私たちはその未来を心待ちにしていた。
そんな、加蓮の誕生日が間近に迫ったある日。
私は加蓮の尋問を受けていた。
それは曇り空の日だった。何となく湿気が多く、じめじめっとして気分が上向かない日。そして、その日は加蓮と二人きり。奏はLiPPSの活動で遠出していたため、不在だ。
その時の私は、いつもなんだかんだと大騒動を起こしてくれる五人のかしまし娘を城ケ崎さんのプロデューサーと、羽衣小町プロデューサーの二人に任せて一安心。からかわれる相手が一人になったことに肩をくるくると回していた。
そんな私を、加蓮が連行したのだ。ご丁寧に手錠まで持ってきて。
「Pさん、ちょっと来てね」
なんて素晴らしい笑顔とともにガチャリと私の手に手錠がつけられた。
そうして連れていかれたのは、誰が作ったのか、警察ドラマでよくある取調室。ほんとに誰だ、事務所にこんなところを作った奴は。あれか、暴走婦警か? おそらく間違いないだろう。次いでに加蓮が持っている手錠も、彼女の物だろうな。
ともかく、私はいつものように周囲の生暖かい視線を受けながら連行され、取調室の固い椅子の上に座らされる。手は手錠によって椅子に結び付けられて。
そして刑事の位置に座った加蓮は、私に向かって。
「で、どこまで決まってるの?」
と、問いかけてきた。うちのもう一人のアイドルから学んだだろう、妖艶な表情。刑事というよりは女スパイか何かのようで。
「……何のことでしょう?」
私はとぼけることに決める。
もちろん、私は加蓮が言いたいことは分かっていた。彼女の誕生日サプライズパーティーのことだ。もちろん、サプライズなので、加蓮に内容を知られるわけにはいかない。
私が決意と冷や汗と共に、完璧なポーカーフェイスを浮かべていると、加蓮は「ふーん」などと暗い笑みを浮かべた。そして、ゆっくりと視線を送りながら立ち上がり。すたすたと私の後ろに回ってくる。
「ねえ、Pさん……」
ふっ、と加蓮の甘い香りが後ろから伝わってくる。次いで、首に手が回され、背もたれ越しに加蓮がもたれかかる。私は汗が噴き出して、どうにもならない。文字通り、私の命運は加蓮に握られているのだ。
耳元で心地よい加蓮の声がささやかれる。
「お、し、え、て」
頭の中がとろけさせられるような声だった。見事な尋問術に、私は口を割りそうになる。
「ぅぬ……、ダメだ!!」
「だめぇ?」
「……」
鉄の意思かはともかくとして、秘密は守り切った。
十分くらい、天国のような、主に地獄のような時間が続き……。
「もー! いいじゃない! 少しくらいは私に教えてくれたって! 私が主役なんだよ!?」
いやいや、主役だからこそ、言えないじゃないか。そんな私の無言の抗議は無視される。加蓮は私を椅子から解放すると、駄々をこねるように私の肩をつかんで、ぶんぶんと揺さぶった。私はそんな彼女のなすがまま。
「とはいってもなあ、みんな頑張って用意しているんだから。私だけが話すわけにはいかないよ」
「もぅ。どーせ、Pさんや皆に泣かされちゃうんだからさぁ……。少しは覚悟させてくれてもいいじゃん……」
口をすぼめてうつむく加蓮。なんだか仲間外れにされたような、そんな寂しさが伝わってきてしまい。必要なこととは言え、なんだか彼女に対する申し訳なさが募ってしまう。なんだかんだと、私は彼女たちに甘いのだろう。
そのすまないという気持ちが、口をついて出てしまった。
「加蓮、約束するよ。ちゃんと加蓮が楽しめる会にする。それに、加蓮が望むなら、何か埋め合わせもするからさ」
「……埋め合わせ?」
加蓮が表情を隠しながら小さくつぶやく。
「ああ。買い物とか、食事とか。好きな時に付き合うし、他のことでも。だから、ほら、機嫌直して」
その、私が言ってしまった言葉こそが、まさしく小悪魔が求めていたソレだったのだろう。加蓮は途端に、にやりと口を弧にして顔を上げた。
「それじゃあ、今から私の共犯になって。Pさん♪」
「はぃ!?」
「逆、サプライズパーティー?」
私は間の抜けた顔をして加蓮に尋ねた。加蓮はといえば、尋問室から私たちの部屋へと場所を移し、ソファの上でご満悦な笑顔で頷いている。
「そう、逆サプライズ! 私のパーティーの時に、私がみんなにサプライズでお祝いするの」
「えっと、加蓮の誕生日なのに、みんなを?」
「だって、私だけ一方的に驚かされたり、お礼を言うなんて不公平じゃない! でも、誕生日だし、せっかく驚かすなら良いことしたいし。だから、みんなにもサプライズを仕掛けるの。
例えば、奏には新曲発売のお祝いでしょ? ヒーロー映画出演のお祝いでしょ? 凛もアニバーサリー曲。奈緒にはライブの主演記念!」
つまり、加蓮は自分の誕生日に、自分だけでなく周りのみんなのお祝いもしてしまえというわけらしい。そして、なぜ私がその共犯に選ばれたかといえば。
「Pさんなら、みんなに黙ってケーキの注文とか、いろいろと頼めるでしょ? みんなが勘付きそうなら、私に知らせることもできるし」
「……加蓮さん。それは世間でいう二重スパイというやつでは?」
「正解!」
結局、サプライズの内容をばらせなどという無茶な頼みは断られると思っていたのだろう。ただ、そこで私が申し訳なく思って、隙をみせるから、そこで引きずり込んでしまえと。本当にスパイみたいな手口だった。
「それって、あとでみんなからつるし上げをくらうやつじゃない……」
「だめ?」
「いいよ」
私はその先の未来を想像してうなだれるが。結局は加蓮の可愛い頼みごとを聞くことにする。私一人の犠牲でみんながハッピーになるのなら、それが私の幸せである。それに、逆サプライズという響きには、何かロマン心を刺激された。
それに、みんなも一緒に祝いたいというのは、とても加蓮らしい優しい提案だと思ったからだ。
そして、その日から私と加蓮による密やかな企みが開始されたのである。
……奏には何度も不審な目を向けられていたことは、気にしないことにする。あれは、たぶんバレていた。
加蓮の誕生日まで残り二日と迫った日。私はみんなの目から逃れて、こっそりととある部屋へと移動していた。そこは小さな応接室で、加蓮との逆サプライズパーティーの会合場所としたところ。そんな風に移動していると、自分が本当のスパイとなったようで、少しだけわくわくしたり。
その小綺麗な部屋へ入ると、加蓮はすでにやってきていて、私に小さく手招きをくれる。私は導かれるまま、小さなソファに座る加蓮の隣に腰を下ろした。……もともと応接室なのだから、もう一つくらいソファがあるはずだが。
「片付けちゃった♪ まぁまぁ、遠慮なく座ってよ!」
ということらしい。それはともかくとして、小さいソファだから、かなり加蓮との距離が縮まってしまい。加蓮は楽しそうだが、私としては少し緊張が勝ってしまう。そうしていたずら笑顔を浮かべる加蓮に、私は懐から厚い封筒を取り出して手渡した。
緊張を隠そうと、少し芝居がかった口調で。
「……これが約束のブツだ」
「ふふ、ご苦労、プロデューサー君。でも、あはは、やっぱりPさんはスパイとかかっこいいのは似合わないって!!」
まったく、なぜ笑うのか。少しは様になっているはずだぞ。たぶん。ともかく、私は肩をすくめながら、持ってきた品を机に並べていく。
「方々を探し回って、選りすぐりの逸品を選んできたから。気に入るのがあればいいんだけど」
置かれたのは、加蓮と私や奏、みんなで写した写真だ。それも仕事の物ではなく、仕事の合間のちょっとした息抜きや、遠出した先で遊んだ写真、そして、私たちのオフィスでのんびりしているところ。
世間でいうところのオフショット。
加蓮も加蓮で、自分のスマホなどで撮ったみんなとの写真を集めて持ってきている。
その目的はアルバムづくり。逆サプライズパーティーなのだから、全て逆。みんなのお祝いもするし、みんなとも共有できるプレゼントを用意したかった加蓮。それなら、みんなとの思い出を集めてアルバムを作ろう、と提案したのは私。
こういうみんなが写ったアルバムなら、パーティーの最中にみんなで回し読みし、思い出を話せる。それに、終わった後は加蓮に思い出の詰まったプレゼントとして送れる。我ながらいいアイデアだと思えた。
そうして私たちは写真を一枚ずつ見ながら、アルバムを作り始めた。ともあれ、あまりしんみりするのが嫌だと言う加蓮の意向に合わせて、写真はなんとなく愉快なシチュエーションを選んだもの。
「あはは! これっ、奈緒が変な顔してるー! ほらほら、Pさん。こっちも面白いよ」
「それ、私が一ノ瀬博士に実験台にされてるやつなんだけど。……それも載せるの?」
「もちろん! ふふっ、髪の毛が七色になっちゃってるね。奏の面白い写真も欲しいけど……。さっすが奏、なかなか隙が無いなぁ」
「そこはそれ、伊達にプロデューサーはやってませんよ」
「と、いうと?」
「……秘蔵写真はこちらに」
「あーあ、いけないんだ♪」
そのことに関してはありがとう、レイジー・レイジー。奏をやり込められる人間はなかなかいない。
私はにやりと笑って加蓮に写真を差し出す。自ら地雷原に踏み入れている自覚はあるのだが、奏もこの写真なら笑ってくれるだろう。あとで私のお仕置きは確定しただろうが。
私たちは肩を並べながら、何枚もの写真をアルバムに添えていく。あれがいいかな、これがいいかな。そんな風にあれこれと言い合いながら並べていくと、思い出が形になっていくようで胸が熱くなる。そうしていると、加蓮が言葉を零した。
「……なんか、いいね。こういうの」
ささやくような、染み入る声。
それに返したのは、私のたった一言。
「うん」
「それだけ? 家族みたいだな、とか、もっと続けたいな、とかそういうロマンチックな感想ないの?」
加蓮が苦笑いしながら肩を叩く。ただ、私はこの空間にいることを言葉にはしたくはなかったのだ。何だろうか。ほっとするような、少し緊張するような、それでいてワクワクするような。何とも言えない気持ちが湧き上がってくる。そう伝えると、加蓮はわずかに頬を染めて、
「ほんと、たまにズルい」
そんなことを口をとがらせながら言う。そして、私の一番変な写真をアルバムに載せてしまうのだった。
アルバムはだんだんと形になっていく。パズルのピースがはめられていくように、加蓮の笑顔と努力の記憶が彩り豊かに映し出されていく。
そこに、出会ったときのへの字に結んだ口や、何かに諦めてしまった顔はない。影が差して、先が見えないような目もない。そこにいるのは、精一杯人生を楽しんで、精一杯アイドルを楽しんでいる加蓮の顔がある。
ぱちりぱちり
一個ずつ思い出を当てはめて……。
すると、加蓮が持ってきた写真から、一つの思い出が零れ落ちる。
「……これって」
加蓮が呆然と、その写真を見つめる。それは、おそらく、加蓮が選んだ写真ではなかったのだ。きっと、彼女をよく知る人が、おせっかいを焼いて混ぜてくれたものだったのだろう。いつでも、彼女を心配して愛している人が。
ただ、それを見たときに私は迷ってしまう。加蓮のそれに、簡単に立ち入っていいのか。彼女が時に、私に見せたくないものを持っているのを知っているから。
だけれど、次の瞬間。そんな迷いを見せた私の腕に、加蓮がしがみついていた。顔をうつむき、隠しながら。どこか、涙ににじんだ声で。
「Pさんも、見ていいよ。ううん、見てほしい」
そっと手渡されたそれは、真っ白な写真だった。
まだまだ真っ白な人生の写真。その一ステップ目の。小さな小さな体が踏み出した、スタートライン。
『Happy Birthday』
加蓮とは違う、少し落ち着いた文字は、その人たちの願いそのもの。
私たちは、その小さく、大きな姿を見ながら、しばしの間口を閉ざしていた。時折思い出したように、加蓮が腕を震わせるが、私はそちらを見なかった。数秒ほどたって、加蓮が小さく口を開く。
「ねえ、Pさん。この子、この後どうなっていくんだろうね。きっと、苦しいこともあるし、もう生きたくないって諦めちゃうときもあるし、この写真を撮った人たちをいっぱい困らせちゃう」
私はその心細げな言葉に、頷きを返す。確かにそんな人生が待っているのだろう。けれど、それで終わりじゃない。
「そして、その子はアイドルになって、仲間と一緒にたくさん頑張って。たくさんの人の笑顔をつくって。トップアイドルになって、幸せになる」
私は噛みしめるように、その言葉を紡いでいった。全てがまだ叶ったわけではないけれど、まだ少し先かもしれないけれど、それが現在進行形の未来だ。
加蓮が息をのむ音が聞こえる。腕にかかる温度が熱くなっていた。
次の瞬間、加蓮はそれこそ、幸せいっぱいだと、そんな元気な声で返事をくれる。
「うん……。まだまだ未来のことだけど、その時にちゃんと笑顔でいられるように……。ふふっ、そんな未来を作るなら、Pさんは責任重大だね!」
「加蓮と会ったときから、ちょっとくらい大変なのはわかってたって」
からかうように言う私に、ようやく加蓮は笑い声をあげてくれた。
加蓮には言わないが、出会った時に、私は覚悟を決めていた。中途半端だなんて許されない。この子の人生を預かった責任が、私にはある。
「それじゃあ、加蓮。この写真はどうする? アルバムに入れるか、大切にしまっておくか」
「それは、もちろん入れちゃうよ! それでパーティが終わったら、この写真を入れちゃったおせっかいな誰かさん達に、このアルバムを見せてあげるんだ!!」
加蓮の顔を見る。少し涙がにじみながら、けれど喜びに満ちた笑顔がそこにある。
「あ! その時はPさんも同行してもらうからね。アルバムの名編集者だし、いろいろ見たり聞いたりしちゃった責任もとってもらいたいから!!」
それは、とても楽しい日になるだろう。言っておくが、加蓮。私にだってあの人たちに伝えることはたくさんあるからな?
その後に開かれたパーティーについて、もう語ることはない。
その日、笑顔を満開に咲かした女の子が、たくさんの仲間に囲まれる。そんな世界で一番幸せな日があった。
語ることはそれだけで十分なのだから。
担当の誕生日ほど嬉しいことはないですね!
それに合わせたデレステSSRも、アニバーサリーに誕生日!
加蓮が友人達と一緒な姿には目頭が熱くなります。
えっ? 私は取れたかって? 野暮なことを聞かないでください、天井行きそうです。