今日はイベント開始前に、こんな話があったかもなぁと考えた話になります。なので、コミュと齟齬がありますが、その点はご了承ください
それは、すっかりと涼しくなった日の出来事だった。
私はいつものデスクに向かい、黙々と作業中。ふと肩の凝りをほぐしながら、外を見ると、広がるのは変わらぬ都会の景色。ビルのイルミネーションに、下行く車の大行列。人口の星とはよく言ったもので綺麗なもの。ただ、毎日、本当の星を見上げていると少し物足りないとも思ったり。
時刻は夜十時。
この頃になるとめっきり気温が下がってしまい、背広を羽織らないと寒いくらいだ。
部屋には私一人。うちの姫様たちは仕事を終えて、とっくに家路についている。私も仕事自体は終わっており、あまり長く会社にいるとちひろさんには怒られることになるのだが……。
少しだけやりたいことがあって、私は一人、無断の居残りをしていた。
それもあと少しで終わり。明日は大事な用事もあるし、また加蓮と奏に心配をかける前に、家へ帰って休もうと、最後の手間に集中して。数分後、ようやく作業が終わる。後に残る仕事は、それを持って事務所から帰るだけ。そのはずだったのだが……。
オフィスのドアがおもむろに開いて、
「まだ残っていたの?」
不意打ちの声が飛び込んできた。
「!?」
その展開に、私は背筋をピンと伸ばして驚いてしまう。帰ったはずの奏が、そこにいたのだから。
彼女がいるのは予想外。さらに、私の残業は彼女にだけは見せてはいけないもの。私は企み事がバレていないかと不安になるが、彼女が声をかけたときに、とっさに右手がソレを引き出しに放り込んでくれていた。
グッジョブ、私の右手。本当に良い仕事をした。いつもいつも驚かされ、鍛えられた反射神経がこんなところで役に立つとは。
そんな私自身に安堵していいのか、嘆けばいいのか。私は微妙な気持ちになって息を吐く。
さて、私の心をかき乱した奏はというと、見た目はいつも通りだ。からかうように微笑んで、私のそばまで歩いてくる。腰の後ろで手を組んで、モデルみたいな歩き方。なんだか、纏っている雰囲気も大人のようで。
私の目はくぎ付けになる。
「あら、見とれてくれるのね? いいわよ? 今は誰もいないのだから……」
やはり見た目は奏は上機嫌。そして、彼女との距離があっさりと半歩の距離まで近づいて。口から零れるのは、ささやき、惑わす小悪魔の問いかけ。何かに期待した顔に深夜の事務所。彼女が言う通り他には誰もいない。見られることもなく、彼女は無防備で、さらにはどこか誘うような。
だから、彼女に私は……。
「ていっ!」
「いたっ!?」
軽くデコピンを打ち込んだ。元より女性に傷をつけるほど紳士を捨てたわけではないから、痛くはないほど軽く。けれど奏は思わずといった様子で、可愛く悲鳴を上げる。私の行動は、さしもの奏も予想外だったのだろう。
少しだけ奏を上回れた。本当に、久しぶりに。……ちょっとだけ。
すると奏はどこか拗ねたような視線を向けてくる。先ほどの大人びた雰囲気は少し薄れて。その目は『不満だ』と訴えているが、私にとて言い分はある。
私は壁にかかった時計を指さす。
「今、何時ですか?」
「そうはいっても、丑三つ時には遠いわよ?」
今日はごまかしてもダメ。
「い、ま、何時ですか?」
今度は少し強く言う。
「……夜十時」
すると奏もしぶしぶと答える。その通り。すでに夜遅く、奏が事務所にいていい時間ではないのだ。先ほどは加蓮と一緒に帰っていったのに、何を思って戻ってきたのか。
私は怒っています、と態度でアピール。すると、やはり奏も申し訳ないと思っていてくれたのだろう。小さく頷きを返してくれた。その様子に私も息を吐き、肩の力を抜く。
ともあれ、奏がこんな時間に考えもなしに戻ってくることはない。そして、明日に控えている仕事を考えれば……。きっと、彼女なりに色々考えてしまったが故の行動だ。ならば、私がプロデューサーとしてするべきことは一つだけ。
「よし、送るから帰るぞ。で、少し話をしようか」
私は荷物を手に取ると、うつむいたままの奏を連れて事務所を出るのだった。
私たちの事務所から駅までのルートはいくつかあるが、今日、私が選んだのは、その中で一番静かで、人が少ないルート。夜闇に照らされた海辺の道だ。この道は奏も気に入っている道で、二人してたびたび歩くこともある。例えば、彼女の誕生日などに。
暗い夜道に、二人だけのゆっくりな散歩。靴音だけが夜のしじまに響いていく。
既に奏の家には仕事の都合で遅れるとの謝罪を入れておいた。あと三十分ほどなら時間をとれるだろう。その五分を互いに無言で歩く事に使って。秋の風が冷たく、私の頭も覚まし、考えをまとめてくれる。
その静寂を破ったのは、奏の小さな呟きだった。
「……ごめんなさい」
それは何に対しての謝罪か。夜遅くに戻ってきたことか、私に家族へと頭を下げさせてしまったことか。それとも、今の心の内で考えていることについてか。聡明な奏のことだ、たくさんのことを考えてしまったのだろう。
ただ、私も彼女に言うことがある。
「こちらこそ……。ごめん」
足を止めて彼女へと謝った。だが、私の言葉に、奏は少しだけ眉をひそめて首を横に振るのだ。
「そんなこと、言わないで。貴方が悪い事なんて何一つないんだから……。簡単に頭を下げたりしないで」
表面上の謝罪なんてしないでほしい。そう、奏は言う。だが、それは奏の間違いだ。私には確かに非があるのだから、謝らなければいけない。アイドルとプロデューサーは一心同体。先輩の言ってくれた言葉は、成功の時にも、失敗の時にも働く。
「私だって、間違ったことをしたさ」
「……何のこと?」
「奏を不安にさせたこと。プロデューサーとして、絶対にやってはいけないことだよ」
奏が仕事の前に不安を持ち込まなくていいように、輝く舞台に行けるように整えるのが仕事。それを果たせなかったんだ。
だから、ごめん。
もう一度頭を下げると、奏はうつむき、唇をきゅっと噛みしめてしまう。夜の影がそうさせるのか、どこか泣いているようでもあり。私は彼女に素直に尋ねてみる
「……明日からの仕事のこと、かな?」
奏の感情は複雑で、わかりにくい時もある。長く一緒にいても、確かに、そんな時がある。けれど、加蓮と違って表に出さないだけで奏の心も同じくらいにまっすぐだ。だから、今回の原因については、私は自信をもって答えられる。
その証拠に、奏の肩は少しだけ震えを見せた。
私が確信を持てるのは、それくらい。実際に彼女が何を迷い、相談したがっているのか。心の内を見透かす能力なんてない私は、正確に知ることはできないから。後のことを話してくれるかは、奏次第だ。だから、奏が少しでも話しやすいように、会話だけは途切れさせないことにする。
「明日は海外だもんな……。もう、荷造りは終わった?」
「……ええ、必要なものは全部しまい込んだわ」
「じゃあ、パスポートの写しとか、予備の財布は? パスポートやチケットは先輩が預かってるとはいえ、用心に越したことはないから」
「貴方に言われた通り、三度は確認したから、大丈夫」
それらを忘れると、現地での不安が途端に増すのだ。私は四度は確認する。
「それは、少しやりすぎじゃない?」
「……四度確認したら、そのままバッグの外に置き忘れたことがあったな」
「ふふ、Pさんがそうして慌ててるところ、想像できちゃうわね」
私が肩をすくめると、ようやく奏の顔がほぐれてくれた。
その後も、時程や、いざという時の緊急連絡先。私への連絡方法などを一つ一つ確認していって。奏がすべて確認していることに、逆に私が驚かされてしまう。本当に、この子はしっかりしている。私なんかよりも、よほどだ。
けれど、それは『何もしなくていい』とはイコールではなくて。
私から確認したいことを全て尋ね終えると、奏は少し息を吐き出し、私から目を離して空を見上げる。そうして、ぽつりと心を零してくれた。
「……やっぱり、私はまだ子供なのね。Pさんにも心配かけてばっかりで。ありがとう、気遣ってくれて」
奏の顔に浮かんでいたのは、少しの自嘲の色で、私は言葉を閉じて考える。
大人と子供。私は終ぞ、その明確な境界など分からないまま過ごしてきた。事実として、私は大人でありたいとは思うけれど、心根は子供のようだと言われることが多々ある。大人と子供に境界はないのだ、なんて頭のいいひとは言うかもしれない。
だが、今、目指すべき誰かを見つめている奏にとって、その違いこそが大きな重みとなってのしかかっているのだろう。
いくら大人びているように見えて、いくらしっかりしていても、奏はまだ大人ではないのだから。
奏は目線を私に戻し、少しうるんだ瞳で語りかけてくる。
「……Pさん、私がこのお仕事をもらったとき、話したことを覚えてる?」
それは、もちろん。
「『今回の仕事は、一人でやりたい』だったね?」
その言葉に奏は頷いた。
今回の仕事は長期の海外ロケ。私と、今回の奏の仕事相手となる彼女のプロデューサー、どちらかが代表して付いていくことになっていた。そこで、奏は私に、同行しないように頼んできたのだ。
「貴方を信頼していない、なんて、そんなことは決してないわ。きっと、一緒に来てくれたら何より心強いし、私は貴方に頼ることができる。
けれど、今回だけは私一人で彼女と向き合いたかった。私の全力であの人に並ぶことができるのか。あの気高い姿に挑戦したかった……」
私は、奏がそのことを告げた時を、はっきりと覚えている。少しの緊張を涼やかな顔に隠しながら、決意を告げたことを。だから私は奏の希望を受け入れた。もとより加蓮の活動もあるし、先輩プロデューサーには全幅の信頼を置いている。だから、あとは奏の心次第だった。
今の奏はその時とは違っている。あの時、隠した不安を抱え込んだような。少しだけいつもより前かがみの背中。
「でも、いざ、明日からお仕事。その時になって……。いつも輝いて、憧れてきた彼女。あの人に負けたりしない。そう決めたつもりだったけれど、ただのやせ我慢だったのね。
だって、あの人に挑むとき、いつも私は支えられてきたもの。Pさんに、加蓮に。私は一度も、勝ったことが……、追いつけたことがないのに」
明日からはたった一人なんて
それでも、決定的な一言だけは封じ込めて。奏は、彼女の心のように、荒々しく静かな言葉を吐き出した。
冷たい風が吹く中、微かに肩を震わせる奏を見つめる。
順位があるわけではないのだ。奏と彼女、高垣楓の間には。
それでも、奏はずっと高垣さんを意識してきた。彼女の中に目指すべき姿を見出して、追いつきたいと、静かな炎を燃やしてきた。決して顔に出したことはない。でも、長く見ていればわかること。
そして、先の総選挙。結果が全てではないけれども。奏は去年よりも成長して果敢に挑み、高垣さんにわずかに至らなかった。
私は奏の気持ちをわかるなどと、そんな傲慢なことは決して言えない。言えないが、彼女の気持ちに寄り添いたいと思ってきたから。今は、知ってると言わせてほしい。
悔しかっただろう。悲しかっただろう。その気持ちを表に出すことはないが、奏は誰よりも繊細で、気高いのだから。
だから、今、少し足踏みをしてしまった奏に言いたいことは一つだけだった。
「じゃあ、高垣さんに追いつく日が来たな」
私ははっきりと言い切った。誰も聞いてはいないだろうが、満天の星の下で宣言した。あの舞台で金星や木星がどれだけ明るく輝いていようとも知ったことか。どれだけ他の星々が輝いていようとも知ったことか。
奏は追いつく。
今だって、負けているなんて思っていない。
私の子供じみた宣言。それを聞いた奏はその綺麗な金色の瞳を見開いて、唇を震わせながら。つぶやき声が彼女から漏れる。
「Pさん……、貴方、私の言葉を聞いてたの?」
信じられないと、そんなことを言う奏。だが、私はしっかりと頷く。
「一字一句ね」
「それで言うのが、その台詞?」
「冗談で言うほどユーモアがあるわけないじゃないか、私に」
私は奏を見つめながら、ゆっくりと口を開く。
「奏。不安に思う気持ちは、諦めた相手に持つ感情じゃないよ。諦めてたら、真剣に悩めない。いつか追いつけるって、奏だって信じているし、その目標が目の前だから、不安になれるんだ」
だから、今の奏は、あと一歩のジャンプで高垣さんに並べる位置にいる。
それが誇らしいし、そんな気持ちを持てるのなら、きっと一人での仕事も乗り越えることができると確信している。むしろ、今日、相談に来てくれて、それは深まったくらい。
それに、私だって彼女たちに思う気持ちあるのだ。
「……高垣さんもだけど、プロデューサーの先輩もすごいだろ?」
「え、ええ。そうね、いつもすごい仕事を持ってきて、敏腕なんて呼ばれているわ」
「それでどれだけ仕事してるのかって思って、昔、仕事を覗いたことがあったんだ。そうしたら、あの人は一日中、高垣さんの世話だけしてた。高垣さんのギャグをほわほわ笑いながら採点したり、気が乗らない彼女を引っ張って行ったり、で、夜は大人組の飲み会で介抱役。
あの『仕事ぶり』で、あんな良い仕事をとってくるなんて、どんな魔法を使っているのかって。正直、追いつけるとは思えなかったし、落ち込んだよ」
まさに雲の上の人。私はああはなれないと、諦めていた。
そう素直に言うと、奏は私の手を取って、怒ったように眉を顰めるのだ。
「そんなことないわ……! あなただって……!!」
私は認めないと、そう思ってくれている。私はそんな大切な人に頷きを返した。
「そう思ったのが、奏達に出会うちょっと前の話」
「え……」
私は元々、人に誇れるものなんて無い人間だった。だから、最初はあの先輩に悔しさを抱けるべくもなかったのだ。けれど、私はその後、加蓮と奏に出会えたから。二人をトップにすると決めて、三人四脚を始めたときから、それは変わった。
「今はさ、悔しいって思えるんだ。あの人がすごい仕事をするたびに、負けてられない、私も奏達をもっと輝くステージに連れていけるって。奏のプロデューサーとして、あの人に負けてないって信じられる。
そりゃ、今でも、やられたって思う時はあるし、不安に思う気持ちも時々出てくるけれど。あの人に追いつけている。そんな勇気をくれたのは、奏たちだよ」
それでも、総選挙の時は堪えさせられた。あの二人、大人しくしていると思っていたら、いつの間にやら上位に食い込んでいたのだから。あれは参った。
次はそうはさせん。
そして、その心をくれたのは、奏と加蓮だ。奏が高垣さんに並ぶことだって無謀だとは思っていない。
「だから、私は奏の今回の仕事をあまり心配していない。まあ、海外だから体調とか安全は心配だから、夜眠れなくなったりもしたけど。高垣さんとの仕事に関しては、全くね。ずっと君を見てきたから、奏なら、高垣さんに並べる。そう断言できるから、この仕事をとってきた。
君が、私に信じさせてくれたから。
……奏はどうかな? 今でも、高垣さんに、かなわないって思ってる? どうやっても追いつけないって、そう思う?」
奏はその問いかけに、すぐに答えた。首を横に振ることで。
彼女がうつむいた顔を上げると、そこには強く輝く金の瞳。一番星と同じ色、私に希望をくれた神秘の色だ。
「……ううん。アイドルの速水奏なら、貴方が作ってくれた私なら、きっと追いつける。虚勢の仮面を、大人の衣を、大きな嘘を身に纏ってでも、楓さんに並んでみせる。
私はもう、たった一人の、ただの速水奏じゃないのだから」
少し声を震わせながら少女は宣言してくれる。だから、私は素敵なアイドルにふさわしいように、精一杯格好をつけて、こう返すのだ。
「それじゃあ、奏、高垣さんを飲み込んできな」
今は少しだけ敵わないのなら、隣に並ぶついでに、吸収してやればいいのだから。そう、いかにも決めた調子で言うと。
「……それ、サメ映画みたいな台詞ね」
奏が力が抜けたように呟いた。
「それを言っちゃあ、台無しじゃない!?」
私は天を仰いで、嘆きの声を上げる。せっかく景気いいこと言ったのに。台詞のチョイスがB級とは、締まらないじゃないか。
けれど、そんな私に、奏は声を上げて笑ってくれる。
「あはは! もうっ、やっぱりPさんにカッコいいだけの台詞は似合わないわ。だって、貴方はロマン大好きで、大人なのに、ちょっと子供みたい。そこが誰より魅力的で。……信じられるのだから」
「じゃあ、私も敏腕プロデューサーでいいのかな?」
「ええ。他の誰かが否定するなら、私がいつでも証明してあげるわよ。
……そうね、らしくなく力が入りすぎていたみたい。たとえ、貴方たちが傍にいなくても、私は一人じゃない。こんな簡単な真実にも気づけなかったなんて」
笑いながら、目元の光るものをぬぐった奏は、そのまま、すっと唇に指を当てて、
「ねえ、私のことをちゃんと見てくれているPさん……。もう一歩の勇気が出せるモノ、くれないかしら?」
片目を閉じた。いつものライブ前のような、彼女にとっての特別で普通な問いかけ。
私は喜んで応じることにする。
あと一歩、距離を詰めて。
奏が少し、のどを動かした。それは、期待するように。
なので、私は彼女が求める物を贈る。
「それじゃあ、これ、持って行って」
そうして、私は奏に、あるものを手渡した。
「もうっ、Pさん……」
「手作りのお守り。けっこう、出来もいいだろ? 加蓮の分と二つ分。中に私と加蓮からの手紙入れておいたから、向こうについたときにでも読んでくれると嬉しいな」
加蓮からは、
『面と向かって言うのは恥ずかしい事も書いたから、絶対にPさんには見せないでね』
などと言付を頼まれている。
「加蓮らしいわね……。それで? Pさんは何を書いてくれたの?」
「それは見てのお楽しみに」
「……それじゃあ、今すぐ見るとしましょうか」
「ちょっと!?」
私が慌てて止めようとすると、奏は笑いながら、ひらりひらりとその手を躱す。
「なんてね♪ 大丈夫よ、不安になった時、大切に読むわ。……嬉しい。
でも、もっと一瞬だけの大切な時間、くれてもいいのに。それは少し残念だわ」
なんて、調子とは裏腹の本気の言葉。
ちょうどいい。私だって、あと一つ、言っておきたいことがあるのだから。
「……さっきさ、奏、言っただろ? 『心配させるのは奏が子供だから』だって。
けど、私が奏を心配しているのは、子供だとか、アイドルだとか、そんな陳腐な理由じゃないからな。それだけは誤解しないでほしい。
……奏のことが大切だから心配してるだけだ」
ただ子供だという理由だけで、私はあれこれ世話を焼けるほど、人間出来ていない。だから、そんなことをするのは奏と加蓮くらいのものだ。気恥ずかしくも、言いたいことは言うべきだと思い、奏に告げる。
すると、奏に浮かんだのは、今度こそいつも通りの、からかい上手で蠱惑的な表情。けど、どこか本心を隠しきれていない嬉しそうな顔。
「……ねえ、それ、誤解してもいいの?」
「それはダメ」
「ふふ、私は誤解したいな……。それじゃあ、それはただの嘘?」
「嘘をつけるほど器用じゃないのは、奏が一番分かってるだろう?」
奏が求めている答えとは違うかもしれないが、そう思う私の気持ちだけは、本当だ。まったく、気恥ずかしいことを言わせるんじゃあないって。
私がにわかに顔を熱くしながら言い切ると、奏は笑顔を浮かべて頬を突っついてきた。今だけは肩の力を抜いた、速水奏としての時間を楽しんで。そして、最後に輝く笑顔を向けながら奏は決意を贈ってくれた。
「……ありがとう、プロデューサーさん。お守りに、言葉に。勇気、たくさんもらったわ。
そこまでしてくれたのだもの、貴方の期待に応えないとね。成し遂げた、その瞬間は見せられないかもしれないけれど。追いついて、あの人に並んだ私を見るのは、貴方が一番乗り……」
だから、
「思い切り魅了しちゃうから、覚悟しないとダメだよ」
そうして笑顔と決意を残し、奏は旅立っていった。
そんな話があったのが、少し前のこと。
「なるほど、なるほど。それで奏はあんなに上機嫌だったんだ」
「奏……。結局、話したとは」
「うん。今って海外電話も気軽にかけられるから便利だよね♪」
秋の昼下がり、私と加蓮は事務所のオフィスでソファに座りながらお茶を飲んでいた。話題は奏の大きな挑戦の話。奏が海外出ているときも、加蓮は電話をかけていたと聞いたが、あの出発前夜の話までしていたとは。
「お互いに変な隠し事はナシ。それが約束だから」
「で、それを私に話した理由は?」
「うーん。私もPさんと夜の散歩、してみたいなーって」
加蓮はそう言って可愛らしくウィンクを贈ってくる。だが、答えはノーだ。
「だめ。未成年はちゃんと帰りなさい。残業っていう面倒なことはね、若いうちはしないでいいの」
「そういうこと言うと、Pさんもおじさんみたいだよね」
「お兄さんだ! まだ!!」
いつも通り、私が叫ぶと、加蓮は分かったのか、分かってないのか、面白そうに笑うだけ。まったく、何度も言っているのに、分かってくれないとは、悲しい。
そうして私が肩を落とすと、おもむろに加蓮は隣に座ってきて、顔を覗き込ませつつ、
「じゃあ、今は夜の散歩はあきらめるから……。私がお酒飲めるようになったら、最初に誘って? それでその後に一緒に散歩! それでいいでしょ?」
その未来を待ち遠しそうに加蓮は尋ねてくるのだ。そんなに楽しそうにされたら、私に断る気持ちはない。私は加蓮に頷こうとして……。
「あら、Pさんとのお酒は、私が先の予定よ?」
奏が帰ってきた。
出待ちしていたのか、誤解するような絶妙なタイミング。
今日が奏の帰国日。先ほど、空港から連絡を贈ってくれたので、そろそろ到着時間する予定だったのは確か。その足元には大きなトランクがあり、今しがた到着したところだろう……。そして、このタイミングである。
「……いいところだったのに」
「抜け駆けは禁止、それが協定内容だったはずよね」
だから、悪く思わないでね。
なんて。帰ってきて早々、加蓮と奏が近くでバチバチと火花を飛ばし始める……。と思いきや、二人はすぐにパチンとハイタッチ。さっきの寸劇は何だったのか、軽く抱き合い、お互いの無事を喜んで。
「おかえり、奏!」
「ただいま、加蓮。はい、これお土産よ。加蓮が好きそうな、健康に悪い色をしたベーグル。本当にこれでいいの?」
「これがいいの! ほんとに買ってきてくれたんだ、ありがとう!! Pさん、さっそく食べよ!」
そうして、加蓮は鼻歌を歌いながら、わざとらしく奥の給湯室へ向かってしまう。部屋に残ったのは、彼女の意図通り、私と奏だけ。加蓮がせっかく気を利かせてくれたのだ。ご厚意に甘えることにする。
私と奏の目が、しっかりと交わされる。そこにあったのは、また一つ成長した、きらきらと輝くアイドルの姿。
「おかえり、奏」
「ただいま、プロデューサーさん」
きっと旅先ではたくさんのことがあったのだろう。高垣さんに振り回されただろうし、ユニットとして、一つの姿を描くためにぶつかり合うこともあったに違いない。
見ただけでそれが分かる。それくらい、帰ってきた奏は輝きが増していて。何より無事に帰ってきてくれて。私はそれが、何より嬉しかった。
そうして奏は、誇らしげに伝えてくれる。
「ちゃんと帰ってきたわよ。貴方の期待通り、楓さんと一緒に最高の私を作り上げて。だから、もう一度言うわ、私のプロデューサーさん。
魅了しちゃうから覚悟していてね?」
その言葉に、私は強くうなずきを返す。
奏が歩んだ、新しいステージ。それが見れるのは、もうすぐだ。
さて、本日15時から、ミステリアスアイズイベントが始まります。
……正直に言うと、複雑な気持ちもありました。このイベントが始まるということは、モノクロームリリィのイベントが遠のいた。そういうことでもありますから。
最近はモノクロームリリィの名前を出してくれる人も増えてきて、期待していたところも、正直あります。
でも、この話を書いているうちに、そんな小さな気持ちで、奏や加蓮のプロデュースができるのか、そんな思いになりました。
今年でなくても、来年がある。再来年がある。いつか、二人の曲やイベントが来る。その日を実現するために、落ち込んでいる暇なんて無いと。
なので……。
イベント期間中。毎日更新するから、お楽しみに!!
明日はバスの日! 久しぶりに緩く優しい話を書こうと思います