皆さま、イベントはお楽しみでしょうか? 筆者も時間を見つけては走り回っています。
私見ではあるが、秋というのは四季の中で一番、旅に向いている季節だと思う。穏やかな気候に、おいしい果物、外を見れば彩り鮮やかな景色ときた。それに加えて暑さや寒さに煩わされることもない。
そうだ旅をしよう。
そう言いたくなるのは仕方ないではないか。
「それで選んだお仕事が紅葉狩りの写真撮影」
「しかも山奥でなんて、いかにもPさん好みね」
「きっと楽しいぞ、紅葉狩り! 二人にも似合う!! 秋を感じられる!!」
私はテンションを上げて二人に満面な笑顔を向けた。秋らしさを前面に出した雑誌のグラビア撮影。ついでにファンクラブの人たちへの特典にも。と、考えて、私は鮮やかな紅に染まった紅葉林を撮影場所に選んだ。
今は、そこへ向けての移動中。けれども、二人から帰ってくるのは、苦笑い。それはなぜかと聞いてみると。
「紅葉狩りは初めてだし、楽しいと思うよ?」
「私も経験ないから紅葉狩りには期待してるの」
撮影内容や活動自体には肯定的。二人も紅葉狩りは楽しみにしてくれているのだろう。加蓮は衣装以外にも、ハイキングによさそうな靴を持ってきているし、奏もピンクの小さなデジタルカメラを、バッグにしまっている。
二人にとって問題なのは。
「……何時までも景色が変わらないね」
「東京じゃないもの……。田畑と森と、澄み渡る青空。好ましい景色だけど、そうね、一時間は長いわ」
加蓮と奏が同時にため息をついた。
撮影は明日。場所は某県の山奥にある紅葉林。そうとなれば、移動時間だけでも大層なものだった。加えて、私たちの移動手段はバス。それもローカルの、よく揺れる、人のいないバス。
撮影場所であるハイキング場までは一時間ほどの行程だったのだが、今はようやく半分過ぎたところだ。加蓮たちも最初のうちは外を見つめて楽しそうにしていたのだが、あまりにも景色が変わらないので、少し飽きが入ってきてしまったのだろう。
「Pさん、どうしてバスを選んだの?」
加蓮が少し頬を膨らませながら尋ねてくる。確かに、電車で行けば、もう少し早くつけるのだろうが。私にだってちゃんと選んだ理由はある。
「だって、風情がないし」
「もう、このロマン男」
私が肩をすくめて弁明し、奏がため息を吐いた。
そうは言っても、せっかく秋を感じられる仕事なのだ。ただ単に、紅葉を見て、綺麗だね、可愛いね、では撮れる絵にも雰囲気が乗りにくい。特に奏と加蓮は過程も含めて絵を作っていくタイプだ。田舎特有の、ゆったりと流れる空気を感じた方が、きっと撮影にもいい影響が出ると思える。
そう説明すると、奏も加蓮もなんだかんだと納得したようにうなずいてくれるのだが……。ゆったり空気がもたらす退屈だけは如何ともしがたい問題だった。
それから五分ほど、私たちは互いに、書類を確認したり、文庫本を読んだり、携帯を弄ったり。
ふと、外を見ると、窓のところに赤とんぼが並走していた。東京でも、ちらほらと見れるようになったが、涼しい、こちらの地方の方が数は多いよう。十匹ほどの編隊が空へと昇っていく。退屈なのには違いないが、こうした風情というのは良いものだ。特に、都会で生きる人間には必要だと思える。
そうして外の景色へと、意識を飛ばしていた私。不意に、席の隣に重みが加わった。横を見ると、そこには加蓮が座っている。客がいないので、私たちは三人それぞれに二人席を占有していたのだが。
「なんで座ってるの?」
「暇だったし、Pさんにかまってもらおうと思って」
「……運転中に歩くと危ないぞ」
「だいじょーぶ。そんなに揺れてないし」
言外に元の席に座りなさいと訴えるが、私のことはお構いなしに。加蓮はほわほわと、可愛く笑顔を咲かせている。少し機嫌は戻ったようだが、私としてはこの後の展開が怖い。そして、向かい側に座る奏はといえば、
「……」
無言でこちらを見つめていた。
とはいえ、加蓮の行動を咎める様子もなく……。
「奏はじゃんけんで負けたから。まずは、私が十分間、Pさんの隣ね」
「十分間、私はおもちゃか」
預かり知らぬところで決まった運命を知った私。長いなー、と。椅子に体重をかけて天を仰いだ。退屈を募らせた加蓮が隣に座っている。場所は逃げ場がないバスの中。これから何をされるか怖くて聞けない。
「もー、さすがにバスの中だし、変なことはしないよ?」
「バスの中でなくとも、しないで欲しいんだが」
「……ここで満足しないと、明日、Pさんが紅葉に埋まるかもしれないね。なんだっけ、あれ、スケキヨ?」
犬神家かよ! しかも、埋まっているのはスケキヨじゃないのだ、実は。加蓮が指を頬に当てながら首をかしげると、奏も向かいの席から、
「せっかく紅葉林なのだから、菊人形の方がいいんじゃないかしら?」
なんて物騒なことを言ってくる。
「それ、首落ちてるやつだよね!?」
犬神家の菊人形。子供のころにドラマで見て以来、トラウマである。それはさすがに冗談だとはわかっているのだが。微笑みを浮かべた奏がスケタケ、スケタケとつぶやいているのが恐ろしい。
「だから、そんな未来が来ないように、今だけ我慢してね♪」
戦慄を顔に浮かべて、冷や汗をかく私。加蓮は少し身を寄せてきて笑う。彼女は未来を回避するために私に構えと言っているのだ。
それが対等な取引ではないことはわかっている。もはや私には未来が予知できていた。
どれだけここで彼女が満足しようとも、明日、私は紅葉まみれになると。
ともあれ、加蓮が暇で仕方ないというのなら、私も付き合うのにやぶさかはない。ゲームでも、話でも、なんでもしようという気になるのだ。しかし、そんな簡単な話になるはずもなく。
「こらっ、加蓮、離れなさいって」
「だめ。ほらっ、さっきからガタガタ揺れて危ないから」
「さっき、揺れないからってこっちに来たじゃないか……」
加蓮がなぜか右手に組み付いてくる。夏ではないので、熱くはないのだが、それ以前に色々と問題である。柔らかいやらなにやら。それでも全く嬉しくないのは何故だろう?
そのまま私が加蓮をなんとかかんとか引き離そうとし、そのたびに加蓮がくすぐったりと邪魔をしてくる。そんなバス内の一大決戦が繰り広げていた時、不意にバスが停車した。
何事かと外を見てみると、バス停があった。
もちろん、市営バスなのだからバス停に止まるのも当然。だが、ここまでほとんど客は乗ってこず、ほとんど素通りしていたから失念していたのだ。
ドアが開き、乗ってきたのは、どこか上品な老婦人。
彼女にとっても、さえない一般男性の私はともかく、可愛いらしい二人がいることは驚きだったのだろう。物珍しそうに目を見開いて、丁寧に頭を下げてから、席へと向かおうとしていた。ただ、その足は不自由があるようで。杖をつき、どこか足取りは危なっかしい。
私はそれを見て、立ち上がろうとして。
「あ、私が……」
通路に近い加蓮と奏が先に動いていた。二人でご婦人に手を貸し、席へ誘導していく。特に加蓮は、過去の経験からか、手慣れた様子。ご婦人はそうして、私たちの近くの席に座るのだった。
「ありがとうね。お嬢さんたち」
「ご迷惑ではなかったかしら?」
「全然! 嬉しいわぁ。ここ辺りは若い子は少ないのよ。それなのに、こんな素敵な子たちに会えるなんて。今日はいい日だわ」
ご婦人は、朗らかな笑顔で二人にお礼を言う。二人も、少し照れくさそうな様子だが、やはり嬉しそうに頬を緩める。するとご婦人は二人が私の隣に座ったのを見て。
「あら、皆さん、仲がよさそうですけど……。もしかしてご家族かしら?」
そんな嬉しいことを言ってくれるのだ。ただ、残念ながらそれは間違いなので、私はやんわりと否定するために口を開く。
「いえ、実は……」
だが、
「わかる? 実はそうなの!」
「かれん!?」
加蓮がそれはそれは面白そうな顔で、いや、楽しそうな顔で私の言葉を遮った。そして、ご婦人は、加蓮の隣で顔を白黒させている私を見ても、加蓮の悪戯だと思わなかったのか、続けて。
「わかるわよぉ。こんなに仲が好さそうなんですもの? けれど、みんなお若いから、どういうご家族なのかしら?」
なんて話を広げていく。こうなると会話は加蓮のペースだ。
「おばあちゃんは、どう思う?」
加蓮がまだなんとか誤解を解こうとしている私を抑えながら、尋ねてしまう。ご婦人はしばらくの間、悩まし気な顔をして。一分くらい考えたのだろうか、今度は爆弾を投下した。
「わかったわ! そちらの落ち着いた子がお兄さんの奥さんで、あなたが妹さんでしょう? これでも、人を見る目は確かなのよぉ」
ご婦人、貴方は調子よく笑っているが、大間違いである。そもそも大前提からして間違っているから、この車内は間違いだらけなのだが。ただ、私としてはその言葉を聞いた加蓮たちの反応が怖かった。
ぎこちなく首を動かすと、向かいの奏は澄ました顔。だけれど、目だけは『大勝利!』と言わんばかりに爛々と輝いている。そして、隣の加蓮はといえば……。
「いもうと……、よりにもよって妹……」
中々に大きな傷を負ってしまったようだ。前の椅子に手をかけて、崩れ落ちている。壊れたラジオのようにぶつぶつと呟きながら。その比喩が適切な姿を、この目で見る日が来るとは。
(だが、加蓮。すべて君の蒔いた種だぞ)
そんな加蓮の様子を見たご婦人は、今度こそ何かおかしいと気が付いたようで。
「あら、間違えたかしら?」
なんて言うのだ。今しかないと、今度こそ否定するために私は口を開こうとして。
「そのとお……」
「間違っていないですよ。あの人が私の夫です。でも、加蓮ったら、妹扱いされるのが嫌みたいで。ふふ♪」
「かなでぇえええええええ!!?」
今度は奏が追いうちの燃料を投下した。会話が収集つかず、さらに燃えて燃えて、燃え上がる。奏に非難の目を向けると、彼女は
「なあに、あ、な、た?」
なんて言いながら素知らぬ顔で、投げキッス。えらくコテコテの夫婦像である。そして、奏を見る加蓮の目は、暗くよどんで、アイドルのそれではなかった。スケキヨも真っ青のホラーぶり。
ただ、世の中上手くいくことといかないことが交互に来るのが常。奏にもその法則は正しくあてはまるようで。先ほどから私たちを翻弄しているご婦人はまたも何かを考え付いたようだ。ぼんやりとした顔で、奏と加蓮を見比べて、口を開く。
「でも……、やっぱりおかしいわねえ。ご夫婦なら、隣に座るものだもの。あ、分かったわ! やっぱり、かれんさんが奥様なのね!!」
ご婦人、やはり間違える。こうなってしまえば、加蓮と奏の張り合いに残されるのは泥の沼だけ。
「加蓮、十分たったから交代の時間じゃないかしら?」
「奏ったら、そんなにお兄さんの隣がいいの? だーめ、ここは奥さんの位置だから」
「……こうなったら」
「……勝負つけるしかないわね」
二人して鋭い視線をぶつけ合うと、加蓮は奏へと向かっていき、何やらゲームをしながら私の隣席の争奪戦を始めるのだった。私はm少し寂しくなった隣の感覚を得ながら、疲れたため息を深々と吐く。するとご婦人は私に耳打ちしてきた。
「うふふ、本当に可愛らしいお嬢さんたちね」
「……やっぱり、最初からわかってましたね?」
ずっとご婦人の二人への呼び方は『お嬢さん』だ。二人を成人女性だとは思っていない。苦笑いと共にそう言うと、ご婦人もころころと声を楽しそうに転がす。
「ごめんなさいね。久しぶりに楽しい時間を過ごさせてもらったわ。……なんだか、貴方たち見てると、若いころを思い出してねえ。私の旦那さんなんて、お兄さん、あなたにそっくりだったわ。
本当にからかわれるのが苦手で、すぐ、そうやって面白い顔をするの」
その言葉に私は肩をすくませるしかない。からかい上手も、ここまで年季が入ったら大したものだ。奏も加蓮も、ご婦人と同じくらいの年になれば、こうなるのかもしれない。
けれど、さすがに年長者。ただからかうだけでなく、こんな言葉もくれた。
「貴方たちのご関係はわからないわ……。でも、かなでさんも、かれんさんも、貴方のことを頼りにしてるわよ。同じくらい大切に思ってる。女の子ってね、顔はお化粧で隠せるけど、目だけは嘘はつかないの。
大事にしてあげなさいね?」
その言葉に、私は微笑みながらしっかりとうなずくのだった。
しばらく後に、ご婦人はバスを降りて行った。もう、おそらくは出会わない、一瞬の邂逅。けれど、いつかあのご婦人が見るテレビに、二人が出ることがあったなら。その時は逆に驚かせることができるかもしれない。そんな可能性も考えられるのは、芸の道に生きる楽しみなのかもしれない。
ご婦人は最後に、奏と加蓮に、からかったことを謝って。そして、二人に綺麗な紅葉のしおりを渡していた。
少し不思議な、半分に切った紅葉の葉っぱを使った、二つ一組のしおり。何となく割符を思わせるそれを、加蓮と奏に一組ずつ渡してくれて。何やら男には秘密だと、こっそりと二人に耳打ちをしていた。
さて、その後直ぐに、二人がしおりの片方を渡してきたのはどういう意味があるのか。それはあるいは、数十年後に明かされるのかもしれない。ゆったりとしたバスでの出来事は、いつかの未来に楽しみをくれる、素敵な出会いだった。
ああ、そうそう、未来といえば。私の未来予知は確かに当たることになる。
紅葉の海でおぼれたプロデューサーというのは、世界で私ぐらいに違いない。
こうした緩い話を書くのは久しぶりですが、やはり楽しいですね。
それでは、ミステリアスアイズだけでなく、モノクロームリリィの応援もどうかよろしくお願いいたします!!