イベントでの奏の衣装が、初期SRの蒼翼チックだったのは個人的に熱いポイントです。
9月21日、ファッションショーの日。
アイドルの仕事は多岐にわたる。歌や踊りや、それらを発表するライブやドラマ。そして、その中には写真集などのヴィジュアルが求められること、もちろん多い。
そうでなくても、人が他人と出会ったとき、最初に認識するのは見た目。
アイドルにとって、歌よりもダンスよりも、人を引き付ける容姿を持っていることはファンを得る最初の条件ともいえるかもしれない。その容姿といっても美貌、可愛らしさ、愛嬌など色々と種類があり、化粧や服装で魅力が変わるなど、本当に奥が深いものだ。
本日、事務所の主催で開催されたのは、いつもステージドレスを注文している会社や、取引のある服飾店と共同でのファッションショー。アイドル達が思い思いの服装を選んで、魅力を競い合う催し。
もちろん、奏と加蓮も参加することになっている。なので、私は会場となるイベントスペースで控えていた。
今、私がたつのは観客席の近く。会場の入りは満員御礼。多くのアイドルが参加するとあって、世間の注目も高く、それに合わせて装いも本場のそれに引けを取らない本格的な物を用意している。
純白のランウェイに、レッドカーペットが敷かれたり。演出用の機材や仕掛けも多彩に備え付けてあったり。相変わらず、やると決めたら、とことん。うちの事務所らしい。
そんなファッションショーだが、実は、少し面白い風習がある。
イベントまで、プロデューサーは担当アイドルの衣装を知ることができないのだ。
普段のイベントの場合、アイドルたちの意見も取り入れながらだが、プロデューサーがデザイナーと交渉しながら話を進めることが多い。けれど、このイベントでは、アイドル自身が着る衣装を選ぶことになっている。プロデューサーは内容には干渉せず、デザイナーとアイドルで衣装を作っていく。
(だから、毎年、驚きがいっぱいだよな……)
普段はフリルたっぷりのドレスを着ているアイドルが、クールでカッコいい服を着たり。一方で、普段着ぐるみを着たり愉快な演出をする子がお姫様のような衣装を着たり。そうして会場投票で一位も決定する。
ちなみに、去年の一位は一ノ瀬博士。あの男装は、中々堂に入っており、会場の度肝を抜いていた。
そんなイベントなので、今日は観客だけでなく、普段一緒に仕事をしているプロデューサーの目も明かしてやろうと、気合を入れているアイドルも多い。
なので、私も加蓮たちには直接会わず、電話で確認を済ませて、本番を迎えたることになった。さて、二人はどんな衣装を選んだのだろうか。
灯りが落ちて、ショーの幕が上がる。華々しいアイドルの行進、その栄えある第一陣は、
「みんなー! になと一緒に踊るですよー!!」
元気な声が、広い会場中に響き渡る。BGMは遊園地のような、陽気で明るいもの。
妖精がモチーフだろうか? 羽が付き、可愛らしいフリルを着た市原さんがステージから飛び出て、踊りながら行進を始める。そうした奇抜さは、ウチの事務所らしいし、会場もほんわかした雰囲気に包まれていった。
だが、続いて出てくるアイドルは会場を混乱の中に叩き落す……。
「私もになちゃんと一緒に踊りますよ♪」
高垣さんだった。
高垣さんがいた。
同じような着ぐるみを着た高垣楓が飛び出してきた。
「うっそだろ?」
思わず声が漏れてしまうが、それは会場の総意だったと信じたい。
市原さんと合流した高垣さんは、一緒に手をつないでダンスを踊りながら、時には少し歌ったり、ステップを踏んだり。見惚れるほどのパフォーマンスと身に着けた着ぐるみが変な相乗効果をもたらして、なんと反応したらよいのかわからなくなる。
なので会場にいる人々は口をあんぐりとさせながら、彼女らの奇妙な行進を見守るしかなかった。
いや、世間で言われるイメージの割に、高垣さんの実態はあれなのだが。市原さんと踊る高垣さんは、それはそれで似合っているというか、和むのも確かなんだが!
そして、気になるのは高垣さんの担当P、先輩がどんな反応をしているのか。
ゆっくりと後ろを見てみると、彼は『あいつ、やりやがった!』と言わんばかりに無言で笑い転げている。相変わらず懐が広いというか、図太いというか。
市原さんと愉快なお姉さんたちの行進は、顔を真っ赤にした着ぐるみの二ノ宮さんが出てきたところで、綺麗にオチがついたのだった。
波乱から始まった今回のショー。まだまだアイドルの行進は始まったばかり。
ぴにゃこら太をイメージした緑の衣装で出てきた綾瀬さんに、どんな手品を使ったのか金色の発光体と一緒に歩いていく一ノ瀬博士。フレデリカさんはなんとウェディングドレスだ。
皆が思い思いの恰好でパフォーマンスを繰り広げるが、心なし、皆、かなり挑戦的な衣装を選んでいる。普段のイメージを壊すような。……挑戦しすぎなような気もするが、それくらいがちょうどいいのだろう。
普段は見せないアイドルの素顔や意外さ、あるいは奇抜さというものは、やはり観客にも好評のようで。パフォーマンスにつられて、時に笑ったり、感嘆の声を上げたりと反応は上々である。
そうして楽しく、華やかな時間が過ぎていくと、私も、奏や加蓮がどんな衣装を選んだのかと気になりだして……。
そして……。
「「おぉ……!」」
現れたアイドルに、会場のどよめきが大きくなる。特に若い女性が、くぎ付けだ。数多の視線の先にいるのは、白い礼装に身を包んで、腰には剣を靡かせた麗人の姿。
「こうきたか……!」
私は思わず手を打って天を仰いでしまう。
それは加蓮だった。
いつもはフリルがついた女性的な衣装が多い加蓮。ダンスが主体のステージの時は、活発な格好をすることもあるのだが、それでも女性的イメージを外れたものは、めったにない。
けれど、今、加蓮が身に纏う衣装は、はっきりとモチーフが『王子』だと分かるもの。おそらく、神谷さんのステージ衣装をイメージしたのだろうか。表情や歩き方も凛々しい王子のそれだった。
そして、王子にエスコートされるのは……。
もう一人のアイドルが登場すると、またも会場のどよめきが大きくなる。今度は男性が多い。
白いフリルに、小さなティアラ。歩く姿はしとやかなソレで。
速水奏は、可憐な姫となっていた。絵本にでてくる姫が、そのまま現実に現れたような。
姫と王子。それは物語のモチーフとして広く知られてもので、楽曲やステージ演出でも使われるものが多い。ありふれていつつも、いつの時代も人々を魅了してやまないキャラクター。
だからこそ、それを演じ切るというのは難しい。誰もが皆、理想の王子や姫を心の中に住まわせているからだ。普段、二人が演じるのは逆のタイプなので、なおさらだ。
きっと、彼女たちはあえて、それをモチーフに選んだのだろう。そして、その果敢な挑戦でもって会場を虜にしてみせた。
『まだまだ可能性があることを魅せてあげる』
二人は、見るもの全てに告げているようで。私も、彼女たちの可能性を広げるために、一層の力を入れないといけない。そう思わされるステージだった。
さて、二人のステージが終わり、少しの空き時間。今、会場では観客による投票が行われており、一位が発表されることになる。このタイミングとなると、それぞれのプロデューサーはアイドルを労いに控室に向かったり……。
「ほーらー、待て待てー!!」
「ぅおおおおおおお!?」
……ひとまず、光る球を使って、担当プロデューサーを追い回している一ノ瀬博士は見なかったことにする。
さて、そのように慌ただしいバックヤードを通って、私は二人の控室へ向かう。ドアをノックをして返事を待ってから、扉を開ける。
「お疲れ様!」
そうして部屋へ一歩踏み込むと、
「……」
奏が目を閉じて立っていて、私は途端に身体を硬直させた。
まだ衣装はあの時のお姫様のまま。加蓮はといえば、私が開けたドアの影でこちらを見守っている。さぞ楽しそうな顔をしているのが気配だけで伝わってくるのだ。
私は微妙な顔をしたまま、奏を見つめて、
「ダメ」
「……つれないわね。せっかくのあつらえ向きの衣装なのに」
奏は肩をすくめながら目を開けた。
「この控室は王子様の城でも、森の花畑でもないからね」
ついでに、私はどちらかといえば魔法使いなので、役目に適当なのは加蓮だ。そんなことを言うと、奏は少し面白そうに目を光らせて。
「それもそうね……。加蓮、どうかしら?」
なんて標的を変えて、加蓮へウィンク。しかし、加蓮も慣れたもので、ひらひらと手を振ると、
「パス! 今日の私は男装したお姫様の設定なの。だから、私も王子様に目を覚まさせてもらう方」
「じゃあ、この場には王子様がいないということで、御開きにしよう」
私はそう言って事態を収拾しようとする。けれど、奏は悪い笑顔を浮かべて、こんなことを言うのだ。
「そうね、ここにいるのは二人のお姫様と、乙女をたぶらかす悪い魔法使い。……映画だと、魔法使いは倒される方じゃないかしら?」
悪い魔法使いとは人聞きが悪い。むしろ、こうして翻弄されるなんて間抜けな魔法使いではないか。私としては物理的に戦える魔法使いが理想的なのだが。
「それも面白そうだけど……。残念、まだ出番が残っているし、魔法使い退治は全部が終わった後かな?」
「ふふ、後が楽しみね、Pさん」
私は後が怖いです。
ともあれ、二人は元気そうで、この後の出番の準備も出来ているようだ。そして、身近で見ると、改めてだが……。
「どう? 一味違った私たち、目に焼き付けてくれたかしら?」
「カッコいい衣装も似合ってるでしょ? 今度はこういうステージを用意してくれてもいいんだよ?」
本当に、ほれぼれするほど似合っていて、少し恥ずかしくなってしまうくらい。
「ああ、近いうちに用意させてもらうよ。……ありがとう、二人の魅力、また教えてもらったよ」
長く一緒に仕事を行っていると、知らず知らずにイメージを固定してしまうことがある。そうならないように、意識しているつもりだが、今、私はこうして二人の魅力に驚かされている。気づかないうちに、考えが凝り固まっていた部分もあるようだ。
そんな私に、奏も加蓮が新鮮な驚きと発見をたくさんくれるのは、とてもありがたく思えることで。この職業が一人では成り立たないという、当たり前のことを強く思い出させてくれる。
「純粋無垢で可憐な姿も、輝きながら演じられる。これも、一つの成長ね」
「私だって綺麗でかわいいだけじゃない、主人公を目指すんだから」
笑顔と宣言をバックヤードに残して。私に大切なことを教えてくれた二人は、素敵なアイドルとして、素敵な舞踏会へと戻っていくのだった。
ちなみに、今年の最優秀賞は上田鈴帆師匠であった。
『ギャラクシースズホ』はズルいよ、ほんと。
イベント、走るの大変だ……