実は弱かったりしたら可愛いと思いますが、強くてもカッコよくて好さそうです。
私事ではあるが、実は私は車を持っていない。運転免許自体は取得しているのだが、使うとしても、もっぱら社用車だ。この東京という大都会、駐車場を探すのも一苦労。いたるところに鉄道網が張り巡らされており、駅の配置は細かすぎるくらい。
東京に住んでいる限り、車を積極的に使わなければいけない場面というのは、実は少ない。
そして、私が車で出勤しないことには別のメリットもある。大人になると、絶対に車に乗ってはいけない日もあるのだ。例えば、こんな大人らしい食事時など。
「それじゃあ、二人の仕事の成功を祝して、乾杯!」
「「乾杯!」」
僭越ながら、私が音頭をとらせてもらった。三つのグラスが涼やかな音を響かせて、無礼講の合図を知らせてくれる。時間はちょうど夕食時、私と奏がいるのは少しこじゃれたレストラン。
そして、今日、テーブルを囲むのは私たちだけでなく、
「うふふ、美味しいですね。さすが海を渡ってきたお酒」
おいseaと言いたいのだろうが、あえて反応しない。見てるだけ。
「そんなにしーっと見られると、照れちゃいますよ?」
seeだけに。
「今日も絶好調ですね、高垣さん」
少し面白かったので、苦笑いしながら私は両手をあげた。そうして降参を彼女に示す。私たち二人の目の前で、高垣楓さんが上機嫌にワイングラスを傾けていた。
「ええ、もちろん。今日は奏ちゃんも一緒ですし、プロデューサーさんとは初めてのお食事ですから♪」
確かに、知り合ってから長いが、高垣さんと食事をするのは初めてだった気がする。パーティー会場などではご一緒することもあるが、あれは厳密な食事とは言いづらいものがあるから。高垣さんも楽しみにしてくださっていたら、恐縮だ。
少し照れ隠しを含めて、ワインを口に含んでみる。うん、口触りも良くて飲みやすい。私は渋い味は少し苦手なのだが、注文通り、楽しく飲めるお酒だった。
今日は奏と楓さんの仕事が、無事に終了したことを祝して、ささやかな打ち上げを開いていた。
今回の仕事を期に始動した二人のユニットもいくつか仕事が決まってきているし、一つ、プロデューサーである私も高垣さんとお話をしておきたかったところ。そんなときに、奏の方からディナーのお誘いがあった。高垣さんとの予定が入っているので、私もどうかと、言ってくれたのだ。
ところで、私としては珍しいことに今日はほどほどに飲酒を解禁している。
高垣さんが一緒なのが理由としては大きい。自分一人だけが酒を飲んでいる場面というのは、中々に居心地が悪くなってしまうものだし、私も、せっかくだから美味しい酒を飲んでみたかった。
そんな私が一口目のワインを楽しんで、グラスをテーブルに置くと、奏がこちらを見ていた。興味深そうな瞳。
「貴方がお酒を飲んでいるところ、初めて見るわね……」
奏がぽつりと零したのは、そんな少しの驚きを満たした言葉だった。そういえば、彼女たちの前で酒を飲むのは初めてだったか。なんて、それを聞いて思い出したり。
「打ち上げやパーティの会場で、貴方、頑なに飲んでなかったじゃない? てっきり、飲めないか、弱いとばかり思っていたの」
よく見てるな。なんて、改めて奏の観察力に感心する。けれども、それが分かっているのなら、あの約束はどう思ってか。
「……そう思ってた割に、将来の酒の約束はしたよね?」
奏の酒が解禁になったら真っ先に飲もうという約束をしたのは、随分と前のことだ。
「ええ。もしそうなら、うん、色々と期待できると思ったから……」
「何する気だったの!?
……そりゃ、打ち上げって言っても、ああいうところは仕事だし。私は何かあったらすぐ動けるようにしてないと。それに……」
「それに?」
「いや、なんでもない」
間違っても、君たちから酒臭いなんて思われたくない、なんて少しの見栄っ張りもあるのだ。ただ、それを言葉にするのは気恥ずかしいので口ごもると、奏は何だか、可愛らしいものを見るような目を向けてくる。
「ふふ、それなら私からは聞かないであげる。あえてね」
「……ほんとに心読んでない?」
「読む必要は、感じないわ♪」
わかりやすいもの
なんて、楽しそうにジュースを飲む奏に、私は参ったと肩をすくめるのだ。そして、そんな私たちを見ながら、高垣さんはニコニコと楽しそうに笑顔を浮かべていた。
「本当に、奏ちゃんの言っていた通りなんですね、プロデューサーさんは」
どうやら、フランスでの生活中、色々と私のことも話題にされてしまったようだ。私の存在が、二人の話のネタになったというのは嬉しい事なのだが、奏がなんと私を言っていたかは気になるところ。色々と愉快なことが伝えられていないかと、恐る恐る尋ねてみる。
「……ちなみに、奏はなんて?」
「えーっと、『からかいやすい』ですとか、『分かりやすい』。あ、それに『驚く顔がかわいい』というのもありましたね」
予想通りであったが、やはりそういうことか。それが事実なのだろうから、文句のつけようもないのだけれど、もう少しオブラートが欲しい。
「あら、誉め言葉よ。それも、とびきりのね」
「うーん、そう思っておくよ。でも、高垣さんにってことは、先輩にも伝わってるな」
密やかにライバル視している先輩にまで私の惨状が伝わってるとなると、少し由々しき事態ではある。とは言っても、普段の事務所での様子で社員の皆には周知の事実だろうが。
私が頬を掻いていると、高垣さんはにっこりと笑って、うれしい言葉を贈ってくれる。
「でも、あの人もプロデューサーさんのことを褒めてましたよ? 貴方たちは本当に楽しそうにお仕事してるって。それに、加蓮ちゃんも奏ちゃんも、会うたびに魅力的になっているって。私も、もちろん、そう思います」
「……奏と加蓮のおかげです」
あー、もう、不意打ちでそういうこと言われると弱いんだ。
私は目じりに力を込めて、色々崩れないように踏ん張る。さすがに奏の前でそういう場面は見せたくない。なんて、珍妙な顔をしていたら、奏が嬉しそうにしながら、けれども少し私の袖を引いて呟くのだ。
「それは謙遜が過ぎるわよ? ここは素直に三人のおかげだって言ってくれた方が、嬉しいわ」
「……三人でやってきたおかげです」
「ええ、わかります♪」
全く、女性たちには敵わない。そして、楓さんも加えて、なんだか奏が二人いる気になってくる。そのおかげだろうか、高垣さんへ緊張感を抱いていない私がいるのも確かなのだ。きっと、私にとって奏との距離感は心地がいいものなのだろう。
そうして、私たちの素敵なディナーは、終始朗らかな笑顔と楽しみに満ちたものになった。特に、奏のフランス奮闘記など、大いに楽しませてもらった。
奏もいるので、ディナーの時間は少しだけ早めにお開きとなった。すでに時刻は八時半ほど。とはいっても、あの出発前夜と比べれば許容範囲で、少しのんびりできる時間。
私たちはレストランを出て、駅への道をゆっくりと歩いていた。
「……高垣さん、すごかったな」
私は大きくため息を吐く。多くの場合、すごいという言葉を高垣さんへ向ける時は、綺麗だとか、素敵だとか、そういう感嘆を内包してのすごい。けれど、今夜のソレはだいぶ意味あいが違って。
「貴方が一緒だったからかしら? いつもよりご機嫌で、ペースも早かったわね」
奏もうなずき、微笑んだ。
何かと言われれば、高垣さんのお酒の量だ。結局、二時間ほどのディナーの間、グラスは流れるように空いていき、最後の方はボーイさんの笑顔も引きつっていた。先輩が迎えに来た時には、彼の背中に伸びたカエルのようにへばりついていたほど。
噂には聞いていたし、実際の現場をいくらか見聞きしたこともあるが、彼女の親しみやすさを実感する。ついでに、先輩との仲の良さも。
そして、そんな高垣さんが上機嫌に話していた、彼女との共同生活を送った奏の苦労も、推し量れた。
「フランスにいた間も、大変だっただろ?」
奏、なんだかんだと世話焼きだから。
尋ねると、奏はしみじみと実感するように、少しうつむき、息を吐く。
「こんなものじゃなかったわよ? 楓さんに甘えられたら、手に負えないくらいだったもの。……それでも、飲んでいる様子も可愛らしいのだから、困ったものだわ」
「確かにね。……楽しかったな」
ぽわぽわと笑顔を浮かべながらグラスを仰いでいる高垣さんは可愛らしく、見ているだけで楽しいくらいだ。これを止めようという気にはなれない。
久しぶりの飲酒であったが、本当に楽しく飲ませてもらった。他の成人アイドルや、プロデューサーたちが高垣さんとの飲み会を心待ちにしているというの頷ける。
そうやって私がからからと笑うと、横を歩いていた奏から視線が送られているのに気づく。彼女は、何やら思案顔でじっと私の顔を見ていた。なんだか、少し心あらずというか。
「……」
「……奏?」
「いいえ、仕方がないことを考えていたのよ。人は微かな仕草から幻想を生み出すもの。……ほんの少しの違いなのにね」
彼女の呟いた言葉が込める意味を、私は受け止めることができなかった。
それで構わないと言うように、彼女は一歩を大股で飛んでみる。さらりとした髪が、風に揺れた。どこか幻想的に見えるのは、私が酔っているからだろうか。奏は一歩先から振り向くと、
「ねえ、お酒を飲むのって楽しい?」
そう尋ねてくる。誤解でなければ、少し、羨ましそうな。けれども、少し意味合いは違うような。
私は考える。酒、お酒。私にとって、それはあまり重要でない気がするのだ。飲み会となればお酒を飲まずにはいられない。そういう楽しみ方もあるだろうが、私はそう思ったことが一度もなくて。むしろ、
「気が許せる人と飲めたなら、それは楽しいと思うよ」
「……そう」
気のない返事。
私はきっと、一人では、あまり楽しめない性質なのだ。誰かと一緒に楽しく過ごせる時間、お酒はその少しのアクセントとして存在してくれればいい。だから、誰か、親しい人と飲めれば、それが幸せなのだ。
なので、
「だから、奏と飲める日が来るのは、楽しみだな」
そんなことを言うと、奏はこめかみを押さえて、悩み深げにため息を吐いていく。
「……はぁ、時々、貴方が分からなくなるわ。鈍感を通り越して、鋭すぎるときもあって。ねえ、からかわれているのは、演技だったり……。いえ、そんなことはないわね、絶対に」
「そこまで器用なわけないだろうに」
それを言ったら、奏の方がよっぽどだ。長い付き合いでも、まだまだ謎だらけ。いつだって知りたいという魅力が尽きない。そんな風に、お互いに気づけることが多いというのは、良いことだろう。
「……そういえば、私、気づいたことがあるの。今日はプロデューサーさん、あれでも抑えていたでしょう? お酒」
いつもの調子に戻ったのか、悪戯な笑みを浮かべた奏が尋ねてくる。その眼は殆ど確信していると、嘘が付けない鋭いそれで。
「うっ、ばれてた?」
「楓さんがいたから遠慮していた、というのが本当のところかしら?」
何となく、食事の時に奏から視線を感じていたのだが、やはりばっちりと観察されてしまっていたようだ。私は少しだけ恥ずかしくて髪を撫でてしまう。
「さすがに、私が酔い潰れるわけにはいかないからね。実は、もう少しは飲めたり……」
それを正直に告げると、奏は口を押さえながらころころと笑う。なんだか、将来に面白いアイデアを見つけたような、そんな笑顔。
「……それじゃあ、私との未来では、遠慮しないで飲んでもらおうかしら? 貴方の可愛らしいところ、たくさん見れるでしょうから」
「酔っぱらった私なんて、ただ面倒なだけだと思うぞ?」
「それも貴方だもの。それに、安心して? 楓さんのおかげで人のお世話は得意になったから。Pさん一人くらい、ちゃんと介抱してあげるわよ」
そうして奏は楽しそうにウィンクをよこしてくれる。
私は想像する。
いつか、もう少し大人になって、さらに魅力を増した奏とおしゃれなバーでグラスを傾けるのだ。その時は今よりもっと遠慮なく、めいっぱい二人の時間を楽しんで。
その後、酔いつぶれた私を面白そうに弄りまくる奏まで想像して、吹き出してしまう。
「あら、遠い景色でも見えたのかしら?」
「そして、その時が楽しみだと思ってさ」
けれど今は、目の前にいる奏との時間。精一杯、今が素敵な時間となれるよう、二人の普通で特別な時間を、私は楽しむのだった。