モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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イベントも四日目迎えると、厳しいですね。

みなさん、頑張って!


9月23日「万年筆の日」

 アイドル事務所の日々の業務といえば、多くの人は華やかな姿を想像するかもしれないが、実際には一般的な事務仕事の方が多いくらい。アイドル達がレッスンに勤しんでいる間、プロデューサーは各種の書類や資料を作ることがほとんどだ。

 

 プロデューサーという名前の一会社員。私も、例にもれず書類仕事の真っ最中。

 

 しかも、手書きで回答しなければいけない書類がたまっていたので、パソコンはわきに置いて、机の中からペンを取り出して。

 

 良く手になじんだ、黒のボールペン。書き心地が好きで、随分と前から同じものを使用している。それを使って、さらさらとサインをしたり、書き込んだりしていると、なんだか気分がよくなってきた。比喩でなく、魔法を書いているような。

 

 白紙の紙に綺麗に文字を書けたときなんて、不思議な達成感を感じる。

 

「フンフンフフーン プロデリカー」

 

 私は書類を捌きながら、その上機嫌に体をゆだねて鼻歌をかすかに歌っていた。

 

 そうしていると奏と加蓮が部屋へと戻ってくる。今日もレッスンは無事に終わったようで。少し疲れているが、まだまだ元気な若者の空気が部屋にやってきた。

 

 帰ってきた二人へ、私は陽気に声をかける。まだまだ文字の魔法は解けていない。

 

「二人とも、お疲れ!」

 

「……おつかれさまー。もうヘトヘトだよ。……でも、なんだかPさんは元気だね?」

 

「私たちがいない間に、こっそりお楽しみ? 隠れてパフェでも食べに行ったのかしら?」

 

 なんて奏が探り探りという視線で尋ねてくる。確かに、甘いものでも食べてきたら、これくらい上機嫌になるだろうが。今日はそうではない。

 

「そういうわけでも無いけど、何となく気分が良くてね」

 

 私はひらひらと手を振りながら答える。すると、奏はデスクの近くまで歩いてきて、私の手元をじっと見て。そうして、何かに気づいたように、眼を弧にして耳元でささやいてくるのだ。

 

「……もしかして、字がきれいにかけたから、上機嫌だったの?」

 

 なぜバレた。

 

「あ、図星の顔。奏、よくわかったね」

 

「文字には書いている人の気持ちが出るのよ? 今のPさんの文字は、だんだんと昇り調子で筆がのっているから。きっと書いていて楽しくなったのね」

 

「……正解」

 

 素直に答えると二人は口を押えて面白そうに笑ってしまう。一方、何だか子供っぽいところを見られてしまった私は、顔が熱くなってきて。それをごまかそうと下手な口笛を吹いてみたり。

 

「別に隠さなくていいのに。楽しくお仕事ができたんだから、よかった、よかった」

 

「くそぅ、子ども扱いして……」

 

 加蓮なんて頭をぽんぽんと叩いてくる。ええい! 機嫌がよくなったんだから仕方ないだろ!?

 

「ごめんごめん。私だって気持ちはわかるよ? ほんとに。手帳を綺麗に書けたり、ネイルの細かいところが上手くいったら嬉しくなるし」

 

「ええ、それに私たちのために仕事してくれているのだから、堂々としていればいいのよ」

 

 そうはいっても、ちょっと面白そうな顔しているのは何故だろうか。

 

 私は何とも微妙な気持ちを書類に叩きつけるべく仕事に戻る。先ほどと同じように、ペンですらすらと文字を書いて……。ただ、二人はなぜか、私の手元を見たまま。まだ何か気になることでもあるのだろうか?

 

 尋ねてみると、

 

「ううん。Pさんの文字をまじまじと見るのって、初めてだなって思って」

 

 加蓮が先ほどとは違う、面白そうな顔で言う。私の書く文字に、何か楽しいことがあるのだろうか?

 

「ほら、文字って人によって雰囲気が違うでしょ? 凛の文字は凛としたカッコいい文字だし、奈緒のは奈緒って感じの、ちょっと力入った文字だし。それでPさんの見ると……」

 

「やっぱり男の人の字をしているから、興味深いのよ。私たちの字とは全然違うわ」

 

 そういうと、奏がペンを催促してくる。渡してみると彼女は捨てる予定のコピー紙を取り出し、その余白に文字を書いて、私に見せてくれた。

 

「ほら、見比べても違いは一目でしょう?」

 

 それを見て、私は頷きを返す。

 

 彼女が書いたのは、私が書類に書いたものと全く同じ文章。だが、奏の文字は細く、それでいて女性らしさを残した文字だ。私の角ばったそれとは全く違っている。

 

「じゃあ、私も!」

 

 同じように加蓮も文字を書き記していく。今度は丸く、可愛らしい文字だ。二人とも、何となく性格が伺い知れるような、個性的な文字。

 

 最後に、僭越ながら、私ももう一度文字を書いて。三人の文字が縦に並んだ。人によって文字が違うのは当たり前かもしれないが、こうして見てみると、中々に興味深い。何だか文字が個性をもって踊っているようだ。

 

 けれど、可愛らしくしなやかな文字に挟まれた私の字は、二人に翻弄されながら、ぎこちないダンスを踊っているようで。

 

「字も私みたいになってる……」

 

「? 何を想像したの?」

 

 いや、何でもない。ちょっとだけ自分の想像で落ち込んだだけだから。

 

 そういえば、二人と一緒にいれば、サインや予定表などで文字も見ることは多いのだが、こうしてマジマジと観察するのは初めてだった。確かに二人が言うように、文字の特徴というのは興味深く思える。

 

 私がそんなことを考えながら、ふむふむと頷いていると、加蓮が何か面白いことを考えたように目を輝かせた。

 

「ねえねえ、Pさん! 名前書いてくれない?」

 

「名前って?」

 

「えっと、とりあえずは私たちの名前!」

 

 とりあえずというのはどういう意味か。私が疑問を浮かべると、加蓮は私の腕をつかみながら催促。ともあれ、彼女がどうしても欲しいというのなら、単なる文字だ。そんなに出し惜しみするものではない。

 

 私は加蓮の言う通り、二人の名前を書いてみる。すると、二人はまたも面白そうな顔で文字を見て、

 

「Pさんの文字で書かれた名前って、今まで考えたことなかったけど、改めて見たら、なんだか面白いね。書いてもらったのは思い付きだけど、うん」

 

「Pさんも律儀ね。簡単に書いてもいいのに、丁寧に書いてくれてるわ」

 

 そう言って褒めてくれたり、喜んでくれるのは、嬉しいこと。私の平凡な字が二人の楽しみになってくれるなら、望外の喜びだ。さて、そこまでは良かったのだけど、

 

「じゃあ、次にPさんの名前書いて?」

 

「? いいよ」

 

 すらすらとペンを動かして……。

 

 私の平凡な名前が白紙に書かれる。うむ、普通の名前だ。書いたそれを見せる。

 

「もう一個、同じの!」

 

 なんて加蓮は要求。それに従って、普通の名前がもう一つ増える。さて、私の名前なんかを手に入れて、加蓮は何がしたいのだろうか? すると、書き上げるなり、加蓮はその紙をひったくって、私の手の届かないところへ持って行ってしまう。

 

 その顔には隠しきれない悪戯心が浮かんでいた。

 

 あの顔は怖い。

 

「ありがとうPさん! それじゃあ、なにもしないから、持っていくね!」

 

「ちょっと待って!? そんなの、何かするに決まってるじゃないか!?」

 

 いまさらながら、何かをしようとしていることに気が付いた私は、椅子から立ち上がり悲鳴を上げる。しかし、一度決めた彼女を止められるはずもなく、加蓮は部屋を飛び出していった。

 

「……一体、どこへ行く気だ」

 

 私が呆然として呟くと、奏は微笑みながら、

 

「多分だけど、晶葉の所じゃないかしら?」

 

「……なんで?」

 

「ふふ、そこは貴方が考えなくちゃ。けれど、うん、とっても可愛らしいアイデアだと思うわよ?」

 

 そう言うと、今度は奏が上機嫌。楽しそうに鼻歌なんて歌ってる。と、そこで加蓮がバンと扉を開けて。

 

「奏も、ほら、行かなきゃ!」

 

 なんて奏も呼び出し。

 

「……お呼びのようだから、私も行ってくるわね。安心して、少しはブレーキ役もしてあげるから♪」

 

「……お願いします」

 

 奏は私の哀願に頷きつつも、最後にニヤリと怪しい微笑み。私に不安だけを残して部屋を飛び出していった二人。

 

 結局、彼女たちが何を企んでいたのか、私は分からないままであった。

 

 その後、何人かのアイドルから、からかい声で「おめでとー」なんて言われたのは関係があるのだろうか。城ケ崎さんだけは顔が真っ赤だったし。

 

 少し未来のことをつゆ知らない私は、ため息をつきつつ、静かになったオフィスにて書類へと再び手を伸ばす。気を取り直してお仕事再開、と思いきや。

 

「……やばい」

 

 書き損じ。

 

 ペンで書いた文字は書き直せない。そんな単純なことを覚えているべきだったのだろう、私は。

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