左の親指が痛くなってきましたが、まだまだ頑張ります!!
「よーし、運ぶぞ……。一、二、三!」
腰に力を入れて、掛け声とともに持ち上げる。途端に腕にのしかかる、したたかな重み。普段は重いものを持つことが少ないので、腰も悲鳴を上げていた。
本棚はさすがに大きいだけあって、持つのは少し大変で、ゆっくりとしか動かすことができない。それでも、二人の綺麗な声にサポートを受けながら、部屋の外へと持ち出し、廊下へと置いた。
腕が重みから解放されると、途端に吹き出すのは汗。
「ふぅ……」
大きく息を吐き、呼吸を整え、首にかけたタオルで汗を拭きとった。空調が聞いているはずなのに、妙に体が熱い。比べるのはあまりにも失礼だが、これよりも激しいレッスンを繰り返し、そして笑顔を咲かせているアイドル達への尊敬の気持ちが沸き立ってきた。
あとで甘いものを奢ってあげよう。なんて考えが頭をよぎる。ただ、あまり休む時間もないので、すぐさま部屋へと戻らなくてはいけない。まだまだ、やるべきことはたくさんあるのだ。
最後に大きく、上を向きながら息を吐き。オフィスの扉を開けると、全開の窓から、涼しい秋風が流れていて、汗を乾かしながら、体を冷ましてくれる。その部屋で待っているのは、
「お疲れさま、プロデューサーさん。でも、まだ一つ目よ? もう応援が必要かしら?」
奏がそんな労りの言葉を送ってくれる。以前にチアガールの仕事も行ったから、そのテクニックで応援してくれるのなら、さぞ元気が出るだろう。だが、まだまだ甘えるわけにはいかない。
「まだ大丈夫だよ、ありがとう」
「そう、それならいいのだけれど。私たちと違っていきなりの運動だし、無理したらダメだから」
微笑む奏に頷きを返す。彼女は今、三角頭巾にマスク、ジャージにエプロンという格好で埃を落としていた。何とも家庭的な格好で、新鮮な感じ。そして、同じ格好の加蓮も掃除機をかけながら、埃だらけだった本棚の裏を綺麗にしてくれていた。
「うん、きれいになった!」
と、達成感溢れる笑顔。どれどれと覗いてみると、加蓮が言う通り、そこにはもう埃一つなく、部屋をいただいた時と同じような光る床が見えていた。
「ほんとに綺麗になったなあ」
「ふふん、私もやるものでしょ? 少しは家庭的なところもアピールしていかないと!」
誰にアピールするつもりだ、誰に。なんて、私は苦笑い。しかし、加蓮の言葉通り、二人が手伝ってくれるおかげで、みるみる部屋がきれいになっていく。そんな姿を見ると、プロデューサーである私が力を入れないわけにはいかない。
「うぉおおお! パワー!!」
景気のいい掛け声とともに共用机を持ち上げる私。さぞ私はパワフルに見えているはずだ、なんてロマンに酔っぱらった頭が考えるけれども、
「うーん、それはセンスがないかなー」
「もう少し重いものじゃないと、画にはならないわね」
二人からの評価は散々なもので、私はあえなく肩を落とすのだった。
9月24日、清掃の日。その記念日にあやかって、今日は事務所を挙げての大掃除が行われていた。
夏の繁忙期が終わったので、寒くならないうちに埃を落としておこうと、毎年恒例のイベント。もちろん、共用施設は、プロにお任せするのだがオフィスくらいは自分たちで掃除をしようと、各プロデューサーがそれぞれのやり方で掃除を行っていた。
まず事前に五十嵐さんによる猛烈お掃除レッスン。座学から実地までの5ステップをマスターしたプロデューサーたち。準備は万端。
そんな日なので、元々奏と加蓮は休みとなっていた。けれども、二人は去年と同じく、掃除を手伝うと申し出てくれた。事務所全体でも、仕事が入ってしまっていた子は除いた、全員が参加してくれていて……。改めて事務所の子たちは皆、いい子だと思わされる。それに応えるために仕事を頑張らないといけないとも。
「よしっ、次……」
その気合に任せて、私は次にロッカーを持ち上げた。私が普段、スーツの替えなどを入れていたソレ。持ち上げると結構重い。
二人が心配そうに私を見てくれるが、大丈夫と顔で返事をして、廊下へと運び出す。
さすがに二人に重いものを持たせたり、怪我をさせるわけにはいかないので、奏と加蓮の仕事は、埃落としと掃除機がけ。私が主に家具の搬出をしなくてはいけないので、そういう掃除仕事をしてくれると、とても助かる。
廊下にロッカーをゆっくりと置く。すると、各階から物を動かす大きな音が聞こえてきた。同僚たちが働いているのだろう。ただ、その中にはこんな声が混じっていたり。
『こら待て助手! それを動かすと!! ほら見たことか!?』
上層から池袋博士の叫び声が聞こえてきたり。ついで爆発音。
『うぉおおおお!! ボンバー!!』
なんて日野さんの叫び声と、ドスンという大きな音。
『お掃除中のみんなー、差し入れだよー』
『元気になるおくすり、無料配布チュウー!!』
私たちの部屋にも不吉な配達人が迫っているようだ。
「城ケ崎さん、これくらいでしたら、私だけで運べるのですが……」
「い、いいから、いいから! 二人の方が効率良いし!!」
なんて、隣の部屋から同期と顔を赤くした城ケ崎さんが一緒にテーブルを運び出していたり。お隣も大変だな、なんて。主に城ケ崎さんが。
「あら、どうしたの? 心ここにあらずって様子だけど?」
「いや、かくも賑やかな我が事務所かな……ってね」
「? ……そんなの、わかりきったことじゃない?」
「……そうだね」
本当に、賑やかな事務所だなと感慨に浸りながら、私も掃除へと戻っていく。よし、次はテレビを運ばないと。
そうして三人で、小一時間ほど掃除を行っただろうか。最後まで残っていた大型ソファーを同期のPに手伝ってもらいながら外に出して、大きな家具はすべて搬出が終了。今だけは壁に掛けた写真も段ボールにしまい込んであるので、真実、中には何も残ってはいない。
足を踏み入れると、まっさらな部屋。
加蓮と奏のおかげで、そこは本当に輝くほどに磨き上げられており、私は思わず感嘆の声を上げてしまう。
「毎年のことだけど、綺麗になるもんだな……」
それはどこか、懐かしい記憶を刺激した。小学校のころ、大掃除でワックスがけが終わった教室。何人かの友達と、スケートごっこなんて行った、遠い記憶。ピカピカになった床を見ていると、どうにもうずうずしてきて。
周りに誰もいないことを確認して、思わず滑ってみたり。
「おお、滑る滑る!!」
すうっと、部屋の端まで移動。私は年甲斐もない喜びに浸っていた。すると、
「みーちゃった♪」
「はっ!?」
驚き、振り返るとすぐそこにはニヤニヤとする加蓮と、呆れ顔でため息を吐く奏がいた。掃除が終わったので二人はいつもの制服姿。こんなに早く戻ってくるとは思っていなかったのに。
「見てた、の?」
「一部始終、ばっちりと。……もう、子供ね」
なんて、奏は母親みたいなことを言ってくる。返す言葉もなく、私は彼女たちへと平謝り。いや、冷静に考えれば謝ることではない気もするのだけれど。
そして、加蓮は私の行動を見て、何やら面白いことを考えたようで。目を輝かしながら、部屋の真ん中に陣取ると、ステップを軽快に踏む。ワンツースリーと、アイドルらしい素敵なダンス。
「ふふ♪ ほんとにつるっつるだね。広くて、今ならダンスも出来る。そうだ! ……ねえ、Pさん、踊ってみない?」
「いやいや、そんな子供みたいなことは」
もちろん誘いに乗るわけにはいかない私は、はははは、なんて乾いた笑いを浮かべて胡麻化そうとする。けれども、加蓮は一層、笑みを深めて私の手を捕まえようとしてくるのだ。
「もー、それをPさんが言うかな! ほらっ、待ちなさい。せっかくだし、ほら! 私と踊れる機会なんて、そうそうないよ?」
「ダメだって!? か、かなで!! 助けて!!」
思わず、奏へと救難信号。先ほどの行動に呆れていた奏だ、きっと止めてくれるはず。
しかし、
「Pさん、捕まえた♪」
背後からがっしりと腕がつかまれた。何事かと見れば、目を弧にした奏がいて。そのまま私はポイと加蓮へと引き渡されてしまう。
「ナイス! さっすが奏!!」
「加蓮、一通り済ませたら、私にもくれるわよね?」
「奏も!?」
「誰も見ていないもの。少しはハメを外しても、問題ないでしょ?」
ついつい、常と違う景色であったため失念していたことではあるが、ここは事務所のオフィスである。
人目もなく、他に誰もいない。私たちと二人の悪戯姫の根城。つまりは、いつも私がからかわれる場所であった。その場所にいる限り、加蓮と奏に敵うわけもなく……。
「Pさんはもう少し体を鍛えないとダメね。本当におじさんになっちゃうわよ?」
奏が楽しそうに微笑むと、ようやく私の手を解放してくれた。私は汗をかき、大きく息を吐きながら床へとペタンと尻をつく。
散々に踊りあかして十数分。
ダンスというのは、どちらかがリードを握れば、後はされるがまま。そして、私は二人に勝てるはずもない。
「ぜーっ、ぜーっ、きっつい!!」
「はい、お疲れ様! Pさん、お茶だよ」
加蓮が一杯のお茶を差し出してくれる。私は思わず齧り付くように飲み干して。けれど、全身を使った踊りに披露した体はがくがくとあちこちで筋肉が悲鳴を上げている。
もう、今日は肉体労働は勘弁!
なんて考えていたら。
「プロデューサーさん、荷物を入れる時間ですよ」
ドアからにゅっと顔を出した蛍光緑の悪魔による宣告が下される。外にあるのは、先ほど散々苦労して運び出した家具たち。私は満身創痍。
「は、ははは……」
「あ、あはは……。ごめんね、Pさん」
「……後でたくさん労わってあげるわ」
後日、私は掃除を一生懸命にこなしたと社長からお褒めいただくことになる。けれどもその証拠になった筋肉痛が、アイドルにからかわれた結果などと言えるはずもなく。そのことで二人から大いにからかわれ、慰められることになるのだった。