奏さんイベントがこれだけ盛り上がるのは嬉しいことです。
以前に話したことがあるが、私は昼食の時、主に社内の購買を利用している。なんと言っても作りたての熱々弁当の魅力。お弁当屋のおばちゃんたちの真心が込められた温かいご飯を食べつつ、残り半日を頑張る体力を蓄えるのだ。
私の生活にとって、そんな購買は必需品だったといえる。
それが無くなると、私はどうすればいいのかなんて、考えたことがなかった。
「えっ!? 明日からお休みですか!?」
いつも通りの昼休み、私の悲痛な叫びがエントランスホールに響いた。
色とりどりの弁当を見比べて、今日、私が選んだのはハンバーグ弁当。それの代金を払っていると、レジ打ちのおばちゃんの横に、大きく書かれた文字を見つけてしまった。それは、
『来週はお休みします』
という簡潔な文字。慌てておばちゃんへと確認すると、どうやら店員の皆さんが海外旅行に行ったり、孫の結婚式にでたり、ぎっくり腰になったりと、外せない用事が固まってしまったそうで。仕方なくお休みとなったそうだ。
おばちゃんたちにも自分たちの生活がある。だから、こういうことがあるのは当たり前かもしれない。
「ごめんねー」
陽気に微笑むおばちゃん。彼女たちが休むことに問題はない。ただ、問題は、来週の昼の食事を、どうすればいいかを考えなくてはいけないことだ。
そして翌週、月曜日。
私はオフィスにて、自作の弁当を広げていた。
土日の間、私はよく考えた。コンビニ弁当は少し味気ない。加えて、それを食べているのを見ると、加蓮や奏が心配してくるからやめておく。
それでは、食堂へ行くのはどうか? 考えてみたが、向かった瞬間に一ノ瀬博士やらが面白そうに悪戯を仕掛けてくる気がして。
一週間くらいなら、自力で何とかなるのではないか? そう思ったのだ。
そうして持参したプラスチックの弁当箱を見る。それは少しだけ古びていて、使っていた大学時代から、随分と時間がたったな、なんて懐かしさを感じるもの。あの頃はソコソコに簡単な自炊を行ったりしたものだが、今ではその時の記憶は薄れてしまっている。
さて、そんな懐かしさに浸る時間もあまりないので、食事をするべく、私は弁当の蓋を開けてみた。
だが、
「寄ってる……」
私は目を平らにして、弁当箱を見つめ、溜息と共に呟く。
弁当の難しいところは、作っていた時の味や、見た目を維持することが難しいこと。私の弁当は、通勤電車やら何やらで動いてしまったからだろう。ご飯は片側に寄って、潰れてしまっていた。
さらに、そうして空いたスペースに短く切った野菜は舞い散って、サラダの体をなしていない。さらに簡単に炒めたメインディッシュたる肉。しかし、そこから出た汁は、あちらこちらに染み出してしまっていた。
ざっくばらんに言うと、見た目は相当に悪い。
とはいえ、さすがに自分が作ったものなので、残念に思いつつも手を合わせて食べ始める。見た目と味に相関はないにせよ、見た目相応の味だった。
そうして私がもしゃもしゃと昼を食べていると、二人が部屋へと戻ってきた。
「ただいまー」
「戻ったわよ」
そんな二人へ私は、手を挙げて挨拶。今日はずいぶんと食事が早かったなぁと思っていると、加蓮と奏が弁当箱を見つけた瞬間に机までやってくる。
常ならず大股で勢いよく。
私が見知らぬ弁当箱を持っていることに驚いたのか。どことなく、加蓮が険しい顔で、奏が怖いほどの無表情。
けれども、私の弁当の惨状を見た瞬間にその険は取れて。二人はなぜか安心したのか、ほっと胸を撫でていた。一体どうしたというのだろうか?
「……ふぅ。Pさん、そのお弁当、自分で作ったの?」
気を取り直したのか、加蓮がほほ笑みながら尋ねてくる。先ほどの奇妙な行動に疑問を抱きつつも、私は素直に頷き、口を開いた。
「ほら、今週、購買休みだろ。で、他に作ってくれる人もいないからね。たまにはいいかと挑戦してみたけれど、やっぱり失敗した」
「ふーん、作ってくれる人、いないんだ……。で、Pさんの頑張ったお弁当は。あらら、ほんとだ。寄っちゃってるね」
私が弁当を見せて、加蓮が苦笑い。奏も微笑みながら的確な評価をしてくれる。
「……そうね。貴方の食事量だったら、もう少し小さいお弁当箱を用意した方がいいんじゃないかしら? ご飯はもう少し量を足して隙間を無くして。それで余ったスペースにおかずを詰め込むのよ」
「な、なるほど」
さすがに、よく知っていると思い、私は思わず声を漏らす。
「たしなみと少し経験が多いだけよ。それに……」
奏は、ちょっといい? なんて断ると、割りばしで弁当箱からお肉の切れ端を拝借。それは止める間もなく、彼女の艶めかしい唇へと吸い込まれていき。
「うん♪ 私には少し塩辛いけど、美味しくできているじゃない」
私が呆然としている間に、味見した奏は、笑顔で誉め言葉までくれた。
彼女が気にしていないのならいいが、なんか少しの気恥ずかしさもある……。そうして自分が作ったものを、美味しいと言ってもらえるのは嬉しい。
「奏だけ? 塩っ辛いのなら、私、好きなのに」
「それじゃあ、加蓮も試してみる?」
「もっちろん!」
こらこら、君たち。この弁当の持ち主は私なんだけれどね。
「いただきます!」
やっぱり止める間もなく、加蓮も私のおかずを持っていってしまった。そして、それはあっさりと笑顔の加蓮の口に消えていく。普通に食べているけれど、本当に、二人は文句ないのだろうか。
加蓮はそれをゆっくりと噛みしめるように食べて、にわかに上機嫌になって感想をくれる。
「あ! 私は好きだよ、この味付け! ふふ、Pさんと味の感覚似ているのかな?」
加蓮、ジャンク好きだからね。
「うーん、単に男は醤油多い方が好きっていうだけかもしれないし」
「そこは似ているねって言ってくれる方がポイント高いんだけど。まあ、今日はPさんの手料理食べれたし、いいかな♪」
加蓮はそう言ってほくほくと頬を緩めてくれた。
元々、この弁当は突然の思い付きで作ったものだった。見た目も悪いし、正直なところ、明日は止めておこうかと思っていた。けれど、こうして二人が褒めてくれるのを見ると。
「明日も作ってみようかな……」
なんてやる気も出てくるのだ。
そして明くる日の昼休み。前日の宣言通り、私は自作の弁当を共用机に広げていた。今日は向かい側に加蓮と奏も座っている。彼女たちの手の中にも小さな弁当箱。
昨日、私が再びの弁当作成へ意欲を燃やした時、二人がせっかくだから全員で弁当の品評会をしようという提案してくれたのだ。
さて、料理を勉強しているという二人に、果たして改善版ランチはどう見えるのか。
ライブ前のようにドキドキしながら蓋を開き、
「よ、よかった……」
今日は安堵のため息をつく。見下ろす小さな箱には、今日は寄ることなく白米と野菜や肉がそのままの姿で収まっていた。少なくとも、ごちゃりとしたものを二人に見せなくても済んだ。
「昨日、二人がアドバイスくれたおかげだな」
昼休みの後も、本を持ってきてくれたり、メールで作り方を教えてくれたりと色々と手を焼いてくれたのだから、感謝するしかない。
そう言うと、二人は少しだけ驚いた顔になって。
「Pさん、結構器用よね。色々と意見は言ったけど、一日でこんなに変わるなんて」
「そ、そう?」
「うん。すごいと思うよ。見た目は綺麗。それじゃあ、味は……」
加蓮がおかずをちょいと取っていき。けれど、その顔が驚きに変わる。
「あれ、ちょっと薄味になってない!? まさか奏に合わせたの!?」
加蓮はそういうと、悔しそうな顔で私を見てくる。そうはいっても、今日はこっちの味付けにしたかったのだから、仕方ないじゃないか。
「……こうなったら、私好みの味付けをしっかりと教えてあげないと」
「それはどうかしら? 私だって、自信あるわよ。月並みな言葉だけど、気持ちも込めたから、ね」
そうして加蓮と奏は自分達の弁当を私に突き出してくる。どちらも丁寧に手が込められていて、見ただけで楽しくなる華やかなお弁当。それを持った彼女たちの目は、ぎらぎらと燃え盛っていて。
「さあ、Pさん?」
「どっちを味見する?」
この奇妙な品評会は、購買のおばちゃんが帰ってくるまで、毎日繰り返されることになる。
良かったことは、私の夕飯のレパートリーにトン汁以外も追加されたこと。大変だったのは、二人の好きな味付けを記憶しないといけなかったこと。
でも、たまには彼女たちと食卓を囲むのも楽しい、なんて期待して。時折、私は弁当を作るようになった。