モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

5 / 99
花嫁のカード、どれも良い


4月14日「オレンジデー」

 4月14日、オレンジデー。

 

 私と加蓮はとある飲料品メーカーの新作オレンジジュースのプロモーションにきていた。しばらく前から進行していた企画で、今日が総仕上げ。最近封切られた、加蓮が主演するCMに合わせ、ミニコンサートを含めた広報ステージが予定されている。

 

 ただ、それはあと半日ほど後のことで、今は衣装の最終確認と後々に使うための写真撮影。

 

 私の視線の先、加蓮は沢山のオレンジ色の中、煌めく笑顔でカメラに向かっている。その姿は、私の想像なんて簡単に飛び越えるほど似合っていた。

 

 考えてみればそれもそうで、加蓮とオレンジ色は縁が深い。トライアドプリムスでの彼女のパーソナルカラーはオレンジであるし、髪の色や、少し小麦色の入った肌はオレンジを連想させる。なので、私も企画を聞いたときは、すぐに加蓮を推していた。

 

 ちなみに奏にはブルーベリーのイメージがある。私の勝手な想像ではあるが。何時か、そんな仕事を取ってきたいな、なんて。そんなことを考えていると、

 

「ねえねえ、Pさん、可愛いでしょ!」

 

 加蓮の楽しげな声が耳に飛び込んできた。その方向を見ると撮影に一区切りがついたのか、加蓮が私のところまで駆け寄ってきていた。加蓮は目の前で止まると、その場でくるり一回転。

 

 そうすると、ふわり、フリルがふんだんに使われたドレスがひらめき、私はそれにしばらく目を奪われてしまう。オレンジをコンセプトにしたそれを着込み、舞い踊る加蓮は、まさしく童話の姫のように美しく、可憐に見えたのだ。

 

「あ、ああ。可愛い。うん、すごく」

 

「やった!」

 

 可愛い。

 

「喜んでもらえて嬉しいよ。実は、オレンジの被り物をする案も面白いと思ったんだけど、こっちにしてよかった」

 

 巨大なオレンジをかぶり、それが展開して衣装となる、というのは画期的なアイデアに思えたが、何やら嫌な予感がしてストップをかけたのだ。

 

「えー……」

 

「いや、ロマンあるだろ、巨大オレンジ」

 

 すると、ほにゃりとした笑顔が一転、加蓮は冷たい目を向けてくる。あ、まずいと思ったが、考えていた以上に第一案は不評だったらしい。

 

「ねえ、Pさん。私、あなたのプロデュースにはすごい感謝しているし、信頼しているけど。時々、すごいセンスするよね……。悪い意味で」

 

「むう。ダメか」

 

「ダメ」

 

 まったく、もう。と、加蓮は途端に頬を膨らませてしまった。

 

 私はあわててごめんごめんと謝る。けれど加蓮は悪戯すきな笑みでこう言うのだ。

 

「だーめ、乙女のときめきを台無しにしたんだから。しばらく許さないよ」

 

「どのくらいまで?」

 

「んー、Pさんが、おいしいジュースを買って来てくれるまで」

 

 加蓮は小さくウィンク。

 

 思わず、そのくらいお安い御用でございます、お嬢様。などと、調子に乗って言ってみると。加蓮はすぼめた口を崩して、笑い出した。よほど似あわなかったらしい。年がら年中スーツ姿なのだから、そう悪くはないと思うのだが。

 

「もー、そこまでされると逆にはずかしいじゃない! ほらほら、行って行って! のどがカラカラの加蓮ちゃんにすっきりした飲み物をくださいな、ってね」

 

 そうして笑顔の加蓮に背中を押される。確かに撮影はまだまだ続き、午後はステージまである。これからの長丁場を頑張ってもらうためなら、少しの労力くらい、安いものだ。

 

 手を振りながら撮影に戻る加蓮を少し目に焼き付けて、少々駆け足で買い出しに向かったのだった。

 

 オレンジデー。

 

 オレンジの花言葉が『花嫁の幸せ』であることにちなみ、バレンタイン、ホワイトデーに続く第三の恋人の日として盛り上げていきたいと、ここ数年いくつものイベントが企画されるようになった記念日。

 

 とはいえ、バレンタインなどと比べると日本ではまだまだマイナーなイベント。今日のステージも、定着を目指して企業が必死に考えた企画なのだろう。奏はそれに商業主義万歳ね、なんて少々ひねた意見を述べていたが、私としては二人の魅力を広める機会である。商業主義万々歳! そう声高に叫ぼう。

 

 そんな大きな期待を背負ってのイベント。開始前は少しの緊張もあったのだが、途中、スタッフさんの楽しそうな顔とすれ違い、少し踊りだしたい気分になった。彼らの笑顔は、加蓮の仕事ぶりが好評な事の何よりの証だ。

 

 そうしてペットボトル片手に上機嫌で戻ると、加蓮はオレンジ色の風船に囲まれて楽しそうに踊っていた。

 

 ひらりひらりと。ステップを刻むたびに髪が広がり、ドレスが波打っていく。

 

 笑顔を満開に咲かせて。目をキラキラと輝かせる。それが周りに伝わり、全てが明るく、幸せな風に包まれていくのだ。

 

 それはまさしく童話のシンデレラであり、かつて彼女が語ってくれた夢のようで。

 

 不意に出会った頃のことを思い出した。スカウトした時の、今より少し捻くれて、寂しそうな目。しばらくの間はレッスンをしてもらうのにも苦労していたこともあった。そんなハラハラして、楽しかった過去の日を。

 

「……」

 

 すると、花嫁の日なんて意味にあてられたのか、目が滲んできてしまう。まいった、と慌ててハンカチを取り出した。まだまだ若いつもりでいたが、いつの間にやら父親気分になってしまっているとは。

 

 そんな感傷の中、写真撮影はつつがなく終了するのだった。

 

「ねえ、Pさん。さっき泣いてたでしょ」

 

 見られていたか。と後悔したのは撮影が終わって、控室でくつろいでいたとき。加蓮が楽しそうに尋ねてきた。

 

 質問の形でありながら、まあ、見られていたので確信していたのだろう。からかいたそうな様子が隠しきれていない。なので、私はちょっと気恥ずかしく否定から始めてしまう。

 

「そんなことない」

 

「ふふ。だめだよ、誤魔化しちゃ。知ってた? Pさん嘘つくと片方の眉が少し動くの」

 

「ほんとか!?」

 

 慌てて眉を抑えると、加蓮は大きく声を上げて笑いだした。

 

「あはは。そんなことしたら嘘だってバレバレじゃない! もー、そんなだから奏にも私にもからかわれちゃうんだよ」

 

「また騙された……」

 

 加蓮はかわいい、かわいい、などとぽんぽんと肩を叩いてくれるが、されるがままの私は憮然とするしかない。

 

「ほら、すぐ拗ねちゃって。慰めてあげよっか?」

 

「からかった張本人が何を言ってるんだ、まったく」

 

「ふふふ。でも、泣いてるとこ見られちゃったPさんもかわいいけど。私を見て泣いてくれたんだよね。……うん、嬉しいな」

 

 Pさん泣かせられるアイドルになれたんだから、ね。

 

 言葉を残した加蓮は、一歩のジャンプで私の前まで飛んでくると、すっと私の腕を取り、自身のほっそりとした腕にからませる。

 

 突然だったので私はなすがまま。ぎゅっと力を込められた腕から、加蓮の温度が腕を伝う。

 

「加蓮?」

 

「このドレス、もしかしなくてもウェディングドレスだよねー。うら若き乙女に二度もドレスを着させるなんて。結婚できなくなったらどうしちゃお。

 こんな日だからかな? 私もちょっとはしゃいじゃってるね」

 

 いたずらっ子のような笑顔が隣にある。 

 

「あれ? Pさん、ドキドキしちゃってる?」

 

「ノーコメントで」

 

「ふふ。こんなに可愛いアイドルが腕を組んでるのに、ドキドキされなかったら私のほうががっかりしちゃうもの」

 

 そういうと、加蓮は私に体重を預けて、もたれかかってきた。

 

 いつもより近い距離で。それでようやく聞こえるような小さな呼吸と、静かな質問。

 

「ねえ、凛がウェディングの撮影をしたとき、担当さんに言ったんだって。『私の結婚式の時、プロデューサーはどこに立つんだろうね』って。Pさんは……アタシの結婚式の時、どこにいてくれるのかな?

 後ろで見守ってくれるの? それとも、付き添って……今みたいに横?」

 

 問われて考える。『花嫁の喜び』。いつか、そんな日も来るのだろう。誰か、信頼できる相手と出会い、幸せな新生活へと旅立つ日が。

 

「その時は、うん。傍で見られたら嬉しいことはないけれど」

 

「でも?」

 

「今はもっと、アイドルを楽しんでる加蓮を見ていたいな」

 

 そう正直に伝えると、加蓮は嬉しそうに目を細めた。

 

 最後にぎゅっと力を込めて。静かに、手を離す。

 

 目の前にある瞳にはきらきらと喜びが光り輝いていた。

 

「うん! アタシも、今はもっとアイドルやって、もっといろんな人に知ってほしい。北条加蓮っていう、貴方が育てたアイドルを、ね」

 

 それは、そう言ってくれたのは。

 

 私にとって、これほど嬉しいことはなかった。

 

「まったく、いつもからかってくれるくせに……」

 

「あれ、また泣いちゃう?」

 

「泣かないよ。それに、もう仕事の時間だ」

 

「残念。それじゃあ、もう一度、私のパフォーマンスで泣かせちゃおうかな。今度はごまかしきれないくらいに」

 

 そのぐらいの意気でやってくれ。まだまだ加蓮には見せてあげたい景色があるのだ。

 

 と、歩き出そうとする私に、後ろから加蓮は不意に言う。

 

「でも、アタシの結婚式の時、Pさんには後ろよりも、横よりも。もっと、いてほしい場所があるんだけれど。……ね、どこだと思う?」 

 

 その時の顔を見ることはできなかった。振り返った私に向けるのは、いつもと同じ可愛らしい笑顔で。

 

「なんてね♪ って奏の真似」

 

 そう私の肩を小突くと、加蓮はスキップしながらドアを出ていく。

 

「ほら、ぼやぼやしてると置いて行っちゃうよ!」

 

 引き留めたのは、どっちだ。と苦笑を浮かべ、私も小走りで後を追う。まだまだ加蓮に振り回される心地よい日々は始まったばかりだった。




加蓮のかわいさ。

加蓮は初期とのギャップが印象的ですよね。最初は少しつんつんしているし、言葉の上ではやる気もない。けれど、頑張った結果、綺麗なドレスが似あう素敵なアイドルになってくれます。

そうなると、もうプロデューサーに対する信頼感が強くて、守ってあげたいという気持ちでいっぱいに。筆者としてはシンデレラにはまったきっかけが『煌めきの乙女』のカードでしたので、加蓮はひたすら幸せにしてあげたいという思いがありますね。

そんな可愛くいじらしい加蓮にガラスの靴を! 



ウェディングに関連した日ということで加蓮回。加蓮はウェディングのシチュエーションが似あいますよね。如何でしたでしょうか。

明日からは新しい一週間ということで、彼女たちの友人たちにもちょこちょこと出てもらおうかと考えています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。