加蓮も奏も、いつ見てもオシャレで、すごいなって感心するばかりです。
「香りって不思議よね。こうして華やいで、残るのは一刹那。けれど、その一瞬だけでも十分。酔いしれて、魅了されて、そして記憶にさえ結びついてしまうの」
シュっと一吹き。
それだけで何でもない部屋が変わる。広がる、春の豊かな香り。野花のように、密やかに。涼風のように、繊細に。嗅ぐのは初めてなのに、その香りが春を想起するのは何故だろう。
いつか、覚えていないほどの昔の記憶か。それとも、今、春を振りまく、魅力的な笑顔のおかげか。
奏は呆けた私を見るなり満足げに微笑んで、手の中の小瓶を机に置いた。
ラベルも何もなく、ただ、薄青色の液体だけが微かに揺れるソレは、どこか宝石のようなきらめきを湛えている。添えられているのが、芸術品のような奏の指なのも、眩しく見えた原因だろうか。
続いて、可憐な声が空気の彩りを変えていく。
「じゃあ、私は、これかな」
加蓮が小瓶を一振り。エメラルドの軌跡を描きながら広がった香りは、加蓮のウィンクと同じような悪戯な感傷をもたらした。ちょっと刺激的で、それでも爽やかな。どこまでも幸せに満ちた香り。
加蓮もそれを気に入ったのか、目を細めて、すんと息を吸い込むと、強い頷きを一つ。
「うん、良い香り……。私はこれにしようかな」
「そうね、加蓮に似合うと思うわ」
「そういう奏は?」
尋ねられた奏は、そうね、と呟きながら色とりどりのガラスを見比べて。最後には笑みを零しながら一つをつまみ取った。顔の間近に寄せて、青い光を唇に灯しながら、囁くように。
「最後のこれ」
「へー、ちなみに理由ってあるの?」
「しいて言えば、誰かさんが一番、好きそうだったから。なんて、言ったら乙女らしいでしょ?」
私はそんな奏の言葉に、ポーカーフェイスを保とうとしたが、くすくすと笑う二人の様子を見るに、それは失敗していたのだろう。いちいちドギマギしていては心臓に悪いが、こればかりは止められない。
私たちの部屋に違った色をもたらしてくれた、華やかな香りたち。それは、なじみ深い仲間から貰った、試作の香水だった。
『色々作っちゃったから、あげるー』
なんて、突然やってきては、十個ほどを置いていったのが誰かなんて、もはや言わずとも分かるだろう。嵐のように去って行こうとする彼女を引き留めて、安全かどうかだけでも確認するのに苦労させられた。今頃は担当Pとフレデリカさんと一緒に、アマゾンに着いたころだろうか。
一週間ばかり留守になるから、ラボの中を整理して、試作品を持ってきてくれたそうな。
一ノ瀬博士謹製ということで、二人ほどではなくとも、彼女に巻き込まれがちな私は戦々恐々とさせられたが、それは杞憂に終わり、二人によってどれも、『無害な』香水であることも分かっている。
その上で部屋に広がった香りを楽しんでみると、今さらであるが、化学者としての一ノ瀬博士の腕が素人にも理解できた。
香水は化学物質の組み合わせによって、『らしい』香りを生み出すもの。仕事の都合上、製造方法を知る機会があったが、一滴一滴を慎重に組み合わせて、時間の経過による変化すら個性にしていく、繊細な作業だった。
二人に倣って、ピンク色の小瓶を摘まみ上げ、ふたを開けて手で扇いでみる。すると、桜だろうか、ついこの間に催した花見を思い起こさせられた。だが、材料に花びらの類は使用していないだろうし、私だって、桜の花の香に、覚えるほどの印象はない。
知らないのに、知っている。そんな人間の感覚を惑わせるその技術は、魔法とも言い換えられるだろう。
小さくも技術の結晶を、興味深げに見ていた私に、加蓮が語り掛けてくる。
「ねえねえ、Pさんもどれか選んでみる?」
「えっと、私も?」
「うん。オシャレに良いんじゃない?」
私と香水と言うと、先年の取れない香水騒動を思い出してしまうが、今回は二人により、しっかりと安全も確認されている。それなら、せっかくの機会であるし、少し冒険してみたい気持ちもあった。きっと、部屋に広がった上機嫌に影響されたのだろう。
「男の人が付けるなら、これなんてどうかしら?」
「あ! これ、さっき良いなって思ってたんだ。でも、ちょっと私たちには合わなくて。Pさんには、ちょうどいいかもしれないね」
二人が選んでくれた、黄色い小瓶を手に取る。嗅いでみると、強い癖はない。けれども、存在感がないわけではないなんて、矛盾をイメージさせる。
すれ違った一瞬だけで爽やかさを感じさせるような、纏う雰囲気を変えていく香水だ。
「香水って、ヴェールみたいなものなの。つけた人の周りを明るくして、守ってくれる。もちろん、香りが強すぎたら、本当の自分も見えなくなってしまうけれど。これくらいなら、貴方の魅力も増すはずよ」
「私たちも、Pさんが良い香りなら、楽しくなるしね。あ、もちろん、普段が変ってわけじゃないからね?」
「はは、分かってるよ」
確かに、香りを纏って、雰囲気を変える。二人と過ごすようになって、そういう変化にも理解を深めることができた。何より、アイドルの傍に控える仕事上、身の振る舞いには気を付けているが、こういう小道具を試すのも、一つの挑戦としていいかもしれない。
私が頷きを返すと、二人はぱっと、笑顔で顔を見合わせた。
「今日は、私たちがPさんをプロデュース、だね」
「スーツ姿も様になっているけれど、たまには遊び心が必要だもの」
さて、それじゃあ、まずは親しい仲間に披露してみようか。羽衣小町のPは、化粧の類にも詳しかったし、色々と合わせ方とかをアドバイスしてくれるかもしれない。
そんなことを考えながら、小瓶をころころと手のひらで転がす。
「一ノ瀬博士も良いものを作ってくれたな。あとで、ちゃんとお礼を言わないと」
暴走するのが玉に瑕だが、やはり、市販品とは一味違う。そして、それは事務所内だけでなく、ここ一年で世間にも広まるようになった。例えば、彼女がコラボ企画で作った香水は、一躍ベストセラー商品となっている。アイドルというネームバリューだけでなく、純粋に良さが広がった結果。
他にも池袋博士が、子供向けのロボットオモチャを発明しており、それも前年度のベストセラーとなっていた。
あくが強い、なんてうちの事務所は言われがちだが、それが強み。私としても、こうした仕事をしていなければ、こんなにすごいアイドル達と出会えなかっただろう。加蓮と奏と出会えただけでなく、事務所は私にたくさんの縁を紡いでくれている。
私も、そんな縁に感謝を込めて、加蓮と奏の世界を広げていきたいと思っているが、
(……そうだな)
香水を見ながら、ふとアイデアが浮かんだ。
「二人とも、商品のプロデュースとかしてみない?」
「……それって、志希みたいに?」
「うん。技術じゃなくて、アイディアを出すって形で。二人のセンスなら、私だって自信もって推せるし、実際に評価されてる。何か作ってみたいものがあったら、実現できると思うんだ」
奏も加蓮も、自分の世界観をもって、それを実現できるファッションセンスを持っている。ティーンのファンには、二人に影響を受けた人も多い。今の時代のカリスマといえば、城ヶ崎さんが有名だが、二人だって高く評価されているのだ。
商売という観点からも、何より二人の可能性を広げるという点からも、いいアイデアだと思った。
提案後、二人は考えるように、数秒黙ったが、すぐに顔を上げる。瞳の中に楽しさがあふれ出していた。よかった、どうやら、二人にとっても提案は気に入るものだったようだ。加蓮なんて、こぶしを握り締めて、やる気満々の様子。
「私たちのブランド、かぁ……。あー、もーっ! 想像したら楽しくて仕方ないんだけど! Pさん、期待させたんだから、ちゃんと実現させてよね!!」
「加蓮ったら、はしゃいじゃって」
「そりゃあ、憧れますし? そういう奏だって、唇、ちょっとうずうずしてるのは、どうしてかなー?」
「私だって、年相応の女の子だもの♪」
まだ企画も何も始まったばかりだが、先例は事務所の中にもたくさんいる。決して、無茶な話ではない。ただ、方向性くらいは決めておくべきだろう。私は頭の中で、二人が得意なこと、興味があることを並べていく。そして、モノクロームリリィというユニットの方向性からいっても……、
「例えばだけど、加蓮はネイル、奏はリップのプロデュースをしてみる?」
こういうコラボブランドというと服飾や小物が一般的。その中でも、世間での認知度も高く、二人が好んでいるのが今挙げたものだ。だが、提案に対して、返ってきたのは意外な答えだった。
「うーん、確かに、ネイルだったら自信もって提案できると思うけど」
「私もリップなら自信あるわね。でも……」
歯切れが悪い。理由を聞いてみると、
「せっかくPさんが作ってくれる機会だし、何かもっと挑戦してみたいんだ」
そういうことだった。ネイルもリップも、二人がそれぞれ得意なこと。上手くできるだろうが、それだけでは、少し物足りない。
新しい分野を開拓し、もっと成長したい。二人の答えには、そんな向上心が満ちていた。
それを聞いて、私にだって堪らない嬉しさと、楽しさが溢れる。だって、二人はまだまだ、自分の可能性を模索している。もっともっと、成長したいと考えていると、伝わってきたから。
なら、そんな二人に方向性を示すのがプロデューサーとしての仕事。
「じゃあ、こういうのはどうだろう?」
ユニットにとって、オシャレが好きな女の子にとって、そして夢を追いかけるアイドルにとって、大切な仕事となるように私は一つの提案をしてみた。
後日、とある有名ブランドからコラボ商品が発表されることになった。それは、モノクロームリリィによるリップとネイル。けれど、少しだけ挑戦的なことも加えている。
「やっぱり、奏のセンスは良いね。ほら、私の指にもぴったり!」
「いつも、誰かを見ているからね。それに、このリップも良かったわよ? Pさんったら、ちょっと近づいたら真っ赤になっちゃったもの」
今回のコラボにおける発案者はそれぞれ、リップが加蓮で、ネイルが奏だった。二人の得意なことを交換した形だ。はじめは戸惑いも伴っていた二人だが、今の笑顔を見ると、いい結果を迎えられたと自信が持てる。
「いいアイデアだっただろ?」
「ええ、本当に。これなら互いに挑戦できるし、隣に専門家もいるから、アドバイスも貰える」
「ほんと、こういう時は凄腕プロデューサーっぽいから、ずるいよね。いつもは、からかわれてるのに」
「い、いや、そこは二人が原因なんだから」
とはいえ、こちらが用意したのは方向性だけ。こうして商品が無事に形になったのは、二人の努力と工夫のおかげだ。聞くところによると、既に女の子たちからは評判が高く、予約も殺到している。上手くいけば、第二第三段を企画できるかもしれない。
何より、
「楽しいお仕事だったね」
「加蓮?」
「いつもは買い物して、組み合わせるだけだけど、今回は自分の『好き』を形に出来た。世の中の女の子のあこがれを作ることができた。……だから、ありがとう」
加蓮は作り上げた理想のリップをじっと見つめて、噛みしめるように呟き、お礼を言ってくれる。そして、加蓮も奏も、この経験から一つ、学んだことがあるそうだ。
「なにかを作り上げるって、こういう気持ちなんだね。ふふっ、もしかしなくても、Pさんもプロデュース、面白いでしょ?」
「アイデアを出して、組み合わせて。それで、可能性をカタチにする。Pさんは、私たちのこと、すごいって言ってくれるけど。貴方も負けて無いわよ」
「加蓮、奏……」
ふとした思い付きから始まった仕事ではあったけれど、このコラボ企画も二人の世界を広げることに役立ったなら、これほど嬉しいことはない。
上を向き、じんと、感動を抱く私。だが、間近に気配を感じて、目線を戻すと……。
「と、いうわけでー」
「これは、Pさんへのお礼♪」
二人の笑顔があった。
二人が満面の笑顔と一緒に迫っていた。
全身から悪い予感がした。
「いや、ちょっと待ってくれ。そのネイルとリップは何なの? それに、それって一ノ瀬博士の香水……!」
「ふふふっ、この間、男の人用の美容も色々調べたんだ」
「それが意外と、楽しそうなのよね。だから、試してみたかったんだけど、身近にはPさんしかいないもの」
つまり、
「Pさん、今日は外に行かないでしょ?」
「いやいや、ちょっと、心の準備が……!!」
二人がやろうとしていることは分かるが、こちらにだって色々と覚悟が必要だろうに。実験台はいやだ!!
だが、結局は、二人に勝てるわけがなく、私は色々といじくりまわされることになってしまうが……。
「Pさんをプロデュースするの、楽しくなってきたんだよね」
「私たちだけじゃなくて、貴方も一緒に成長しましょ?」
「……ほどほどにしてください」
二人が楽しいなら、それでもいいか。
諦め、身を任せる私と、楽し気な二人の声。その後、当然のことだが、二人によってアレンジしてもらった私は、出先で評判がよかった。
だが、女性にも好評だったと聞いて、二人が不機嫌になったことに、責任はないと声高に言いたい。
最近はアイマスのコラボ商品が多く出ていますが、加蓮と奏ももっといろいろなグッズ出ないかな、と期待しています。
モノクロームリリィのユニット商品なら尚良し!
そんな未来を招くためにも、今年も頑張ってまいります。
それでは、今日もモノクロームリリィの二人に、幸運と清き一票をお願いいたします