モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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加蓮は犬っぽい、猫っぽい?


4月19日「飼育の日」

 走る。

 

 走る。

 

 爽やかな春の風の中を、芝生を踏みしめ、思い切り。風鳴りが耳元をくすぐるが、もっともっと、そうして彼方を駆ける、小さな影へと追いつくために。私は、懸命に足を動かしていた。

 

 あと一歩、もう一歩。

 

 そうすれば、幸福に包まれることができる。この世の物とは思えない、安らぎを感じることができる。そのためなら、もっと力が出せるし、スピードも出せるはず。

 

 息が上がろうが、構わない。

 

 そして、

 

「ゴール! Pさん、お疲れ様♪」

 

「……っはぁ!」

 

 加蓮の声に迎えられるなり、私はまだひんやりとする芝生へと飛び込み、身体を沈ませた。仰向けになって、青空の下、荒い息を零す。肋骨の奥から、痛いほどに動悸。そのまま、運動後のジンとした痺れに体をゆだねていると、小さな影がぴょんと飛び込んできた。

 

 汗にまみれた顔に、温かい感覚が広がる。

 

 ああ、こんなに愛らしい者がこの世にいるなんて……。

 

 私は破顔して、彼女を抱きしめながら名前を読んだ。

 

「ハナコは元気だなぁ」

 

「わうっ!!」

 

 褒められたことが嬉しいように、ハナコは一声を上げて、また頬をなめてくれる。長い柔毛の奥の、つぶらな瞳は宝石のようで、人とは違う、純粋な感情まで見えてくるよう。かわいい、ほんと、かわいい。抱きしめたら、温かく柔らかいのだから、もう反則だ。

 

 渋谷凛さんの愛犬であるハナコ。その彼女を連れて、私と加蓮は散歩に来ていた。

 

「ハナコ、楽しそうだね~。Pさんにかまってもらって嬉しかった? うれしかったんだ~」

 

 もふもふっぷりを満喫する私を、加蓮が覗き込んでくる。

 

 すると、私よりも加蓮の方に慣れているからか、ハナコはぴょんと私の腕から飛び出し、加蓮へとダイブ。その愛らしい仕草に当てられたのか、加蓮はハナコを抱え、頬釣りをしながら甘い声を上げた。

 

 猫かわいがりならぬ、犬かわいがりの加蓮。ハナコを見つめる目が、デレデレである。今まで見たことがないくらい、蕩けている。今日は運動しやすいパンツスタイルなので、加蓮も芝生に転がりながら、ハナコの体を撫でていき、その蕩け具合は増すばかり。

 

 私は、そんな加蓮と、なされるがままに尻尾をぶんぶん振っているハナコに苦笑いをしながら、上半身を起こし、腰に付けたペットボトルを口に運んだ。スポーツドリンクをのどに通すと、ふぅと一息。

 

 ハナコと少しの距離を競争してみたが、久しぶりの全力疾走はきつかった。日ごろの運動量をもう少し見直した方が良いかもしれない。犬とはいえ、小型犬のハナコと同着になってしまったのは、果たして良いのか、悪いのか。

 

「かれんー、そんなに可愛がって、明日家に帰すときにごねるなよー」

 

「それは私の台詞だって! 私はいつでもハナコと会えるもんね」

 

「うっ! そ、それはそうだけど」

 

 一日だけとはいえ、こんなにハナコの愛らしさを知ってしまったのだ。私は、この子のいない世界に耐えられるのだろうか。

 

 そんな会話で分かる通り、この場に、ハナコの飼い主である渋谷さんはいなかった。そもそも東京にいない。担当Pである先輩と一緒に、出張に出ている。ハナコが私たちと一緒にいるのも、それが理由だった。

 

 本当なら、渋谷さんの家でお留守番のはずだったハナコ。だが、運悪くご両親も仕事の関係で遠出してしまう。

 

 悩んだ渋谷さんを待っていたのは、アイドルによる壮絶なハナコ争奪戦であった。

 

 可愛らしいハナコを一日でもお世話したいと、渋谷さんと仲いいアイドルたちが、こぞって手を挙げ、決勝戦は神谷さんと加蓮の一騎打ち。そして、手汗を握るような、握らないような、神谷さんの照れた叫びが響いた死闘の末に、加蓮が一日飼い主の座を射止めた。

 

「ほんと、今日がオフでよかったー!」

 

 加蓮がハナコを抱えて、立ち上がり、歓喜の舞をぐるりぐるりと踊っていく。ハナコを預かるのだから、今日はオフ。奏も、高垣さんと、そのプロデューサーと一緒に北海道に出ているので、ちょうどよかった。

 

 だが、なぜ加蓮の休日に、私もいるのかと言われると……。

 

『プロデューサーさん? また有給消化してませんよ?』

 

 などと、怖い顔をした蛍光緑の有能悪魔に迫られたからである。今年から色々と厳しくなるなかで、残業を繰り返していたのが問題だったよう。休みを取れとせっつかれてしまったのだ。

 

 そして、休日に何の予定もなかった私を、加蓮が誘ってくれて今に至る。

 

『フルマラソンするんだから、ちょっとは運動しないと!』

 

『そんなこと、ひとっことも言ってないんだけど!!?』

 

 何度も念押ししているのに、奏も加蓮もそのつもりで動いているのが怖い。このままでは、年末辺りに勝手にエントリーされていそうである。

 

 閑話休題。

 

 そんなわけで、私は加蓮の誘いを受け、ハナコと共に近場の運動公園にやってきていた。長い毛の犬は、気温が高すぎてもダメらしいが、今日は風も涼しく、ちょうどいいくらい。ハナコも、芝生の上でゴロゴロと転がって楽しそうである。

 

「はい、Pさんも撫でてあげて」

 

 十分に可愛さを堪能したのだろう。加蓮からハナコを受け取り、私も腕でそっと包んで一撫で、二撫で。犬を飼育した経験がないので、力加減が分からず、恐る恐るだったが、ハナコは気持ちよさそうに目を閉じてくれた。

 

 横に腰を下ろしながら、加蓮が静かに言う。

 

「なんか、やさしい顔してるね」

 

「いつも、こんな感じじゃないか?」

 

 あまり、怒るのは得意じゃない。それこそ、仕事で怒ったことなんて数えるくらいしかないはずだ。例外は、加蓮と出会った後の一回くらいだろうか。

 

「それは、そうなんだけど。なんか、優しさの種類が違うっていうのかな? ほら、私たちの時と違って、子供の面倒見ているみたいな」

 

「うーん、そうなのかな」 

 

 ハナコを撫でながら、考えてみる。確かに、そうかもしれない。加蓮と奏もしっかりしているから、ハナコのように、触れたら壊れそうな不安はない。信頼しているし、私の方が二人に翻弄されっぱなしだから、気が抜けないところがある。

 

 それと比べると、この腕の中にいる命は。

 

 ぎゅっと、ハナコを抱く手に、力を込めてみた。ふわふわした毛皮の奥の、細い体が露になる。どくんどくんと、人と違う鼓動と、熱いほどの体温も伝わってくる。確かな命の感触と、それを支える、不器用な私の手。

 

「なんか、ちょっと怖いな」

 

「……そうだね」

 

 私を安心させるようにか、加蓮の手のひらが、そっとハナコの頭を撫でる。不意に黙った私たちを、小さな頭がきょとんと見上げてくる。なんの心配をしていない、愛くるしい顔。

 

 加蓮が、そんなハナコを見つめながら、目を細めた。

 

「私、小さい頃は犬が飼いたかったんだ。……ううん、犬だけじゃなくて、猫とか、ハムスターとか。私がいた場所じゃ、一緒にいられない子たちを飼ってみたかった」

 

「……今はどうなんだ?」

 

 加蓮は、ハナコをわしわしと撫でながら、少し悩んだように眉をひそめる。ちょっとの頷き。

 

「今は……、ハナコみたいな子と毎日いられたら楽しいなって思うよ。けど、私は凛みたいにしっかりしてないから、どこかで傷つけちゃいそうで」

 

 加蓮の言葉は、心細さと、それでも確かな芯があった。自分が飼い主となる。その義務と責任がどれだけ大きいのかを、渋谷さん達から知った、今の加蓮。だからこそ不安だというけれど、そんな加蓮の気持ちは、

 

「それも、成長だよ。それに、こんなに優しい加蓮なら、立派な飼い主になれると思う」

 

 アイドルになって、多くの仲間と出会って、加蓮は優しさと思いやりを表に出すようになった。莉嘉さん達、年少の子に慕われ、面倒もよく見るようになった。今の、ハナコを思いやる気持ちも、責任感と、優しさと、思いやり。しっかりと未来を見据えていなければ、そんなことを考えることはできない。

 

 すると、加蓮は少し頬を染めて、照れくさそうに笑った。

 

「ふふっ、ありがと。そういうPさんは、どうなの? 動物とか、お迎えしたことある?」

 

 問われたので思い返してみるが、

 

「昔、縁日でもらった金魚を飼ってたよ。けっこう長生きしてね。十年くらいだったかな、もう、まんまるのコイみたいになってた」

 

「へえー。そんなに大きくなるんだ」

 

「魚もさ、エサをくれる人とか、分かるみたいで、近づいたら口を開けてぱくぱくしながら待っているんだ。かわいかったな……」

 

 ただ、そんな金魚にも寿命がある。最後には死んでしまった。朝起きて、水面にひっくり返っていた金魚を見た時の気持ちは、ぼんやりと残っている。悲しいとか、寂しいとか、そういう言葉では表せないけれど。

 

「最後は悲しかったけど、楽しい時間だった。だからかな、こうやってハナコと触れ合ってたら、いつかはまた、家族を迎えてみたいって気持ちにもなるよ」

 

 けれども、この仕事は不規則で遠出も多い。家で待っていてくれる家族がいないのなら、時期じゃないのだろう。

 

「ただ、大きな動物を飼ったことはないから、そこは不安かな」

 

 金魚の比でなく、大変だろうし。すると、加蓮はなぜか自信たっぷりに言うのだ。

 

「Pさんこそ、良い飼い主さんになれると思うよ。そこは保証してあげる」

 

「そりゃまた、なんで?」

 

「だって、すっごくめんどくさくて、手がかかる子でも、見捨てないでくれるんだから」

 

「……」

 

 加蓮は言ったっきり、ふいと横を向いてしまった。その顔までは分からないけれど、桜色に染まった耳をハナコが腕の中から興味深げにじっと見つめていた。まったく、照れくさいなら言わなきゃいいのに。

 

「手がかかる子の世話も、楽しかったんだ」

 

「……気まぐれな黒猫ちゃんみたいに?」

 

 加蓮は猫のように軽く握った手を胸の前で揺らして見せる。今度は、こちらが頬を赤くする番。

 

「前言撤回。悪戯猫と一緒だと、ドキドキして仕方ない」

 

「じゃあ、どっかに置いて来ちゃう?」

 

「残念ながら。一緒にいないと、もう、物足りなくなっちゃった」

 

 ハナコを腕の中から離してあげると、芝生の上でちょこんと座り、私たちの傍から離れないでいた。すごく可愛くて、お利口で、愛らしい。けれども、私にとって魅力的なのは、ちょっとわがままで、悪戯好きなお姫様。

 

「だから、これからも一緒にいて欲しいな」

 

 まだまだ、たくさんの思い出を共に作り上げていきたいから。成長していく彼女らを、一番近くで見ていたいから。

 

 加蓮は満足げに笑うと、ちょんと私のおでこをピンとはじく。そして、悪戯な子猫のように立ち上がると、ハナコと共に駆け出してしまう。

 

「ふふっ! そんなこと言っちゃって! たくさんからかわれちゃっても知らないよ?」

 

「もう、覚悟してるって!!」

 

 そんな、やさしくて、いたずらで、大切なアイドルのもとへと私も走り出す。

 

 これからも、隣に立って歩くために。




加蓮も奏も、動物衣装って未だないですよね。秋めいてを除いて。……バニーっ。

加蓮も奏も、猫コスとか似合いそうですが、いつか、そんなイベントが来ないかと期待しています。

それでは、今日もモノクロームリリィの二人に、清き一票をお願いいたします!!
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