アイドルの仕事も多様だが、アイドルの活動場所も同じくらい色々な場所がある。ライブハウスに、デパートに、コンサートホールに、果てはドーム。ファンとの距離や、動員数、そういった特徴も様々だ。
その中で、テレビという場所が果たす力はまだまだ大きい。それが全国区なら影響力は絶大。よりファンを増やそうとしたら、テレビ出演は大きなチャンスとなる。
ありがたいことに、加蓮たちも有名になるにつれて、多くのテレビ仕事が舞い込んでくるようになっていた。そして、多様なテレビ番組の中には、こんなものもあるわけで……。
「北条加蓮さん。次が、最後の問題」
スポットライトが当てられたステージで、厳めしい顔をした初老の男性が鋭い視線をつくる。それが向けられているのは、緊張に顔を固める加蓮だ。
「この問題に正解すると、賞品の金のポテト獲得です!」
続いて声を張り上げるのは、司会者の隣に立つアナウンサー。超高級品らしいフライドポテトのパネルを持ち、客席へと掲げる。文字通り、金色に輝いているそれに合わせて、客席が湧き上がった。
(そして、加蓮も……)
「……っ!!」
めっちゃくちゃ気合が入っている。
ぐっと、小さな手を握り込み、装飾された解答席の後ろで決意の表情。絶対に、ポテトを手に入れると、執念すら感じる。正直に言えば、私にポテトの価値はわからないが、加蓮があそこまで本気なのを見ると、余程の逸品なのだとは理解できた。
そんな加蓮を満足げに見て、司会者は朗々と問題を読み上げる。
「それでは、ラストクエスチョン!
北条さんの大好物であり、今回の賞品でもあるフライドポテト。その発祥の地を自称し、博物館まで建てている街は、どこでしょう?」
1.ベルギー:ブルッヘ
2.フランス:パリ
3.アメリカ:ワシントンDC
4.イギリス:ロンドン
「奏は分かるか?」
「……さすがに、わからないわね」
「アメリカじゃないかな? ジャンクフードだし」
「風評としてはイギリスの方がそれらしいけども。1番はどうかしら? 他の選択肢と比べて知名度は落ちるし、十分にありえそうじゃない?」
「でも、フライドポテトって、有名な料理だし、大都市発祥じゃないかな……」
あーだこーだ。控え席に座る奏と小声で話す。博識な奏はいち早く良い結果で出番を終えていたが、この問題には珍しく困り顔。
一方、当の解答者である、加蓮はと言うと。
「……ふふっ」
「見てくれ! 加蓮が笑ってるぞ……!!」
「漫画みたいな台詞回しね」
加蓮は不敵に笑っていた。それは、答えが分かっているということか。それとも、分からないなりに、覚悟を決めたということか。
どちらにせよ、ロマン主義の私にとっては、王道な挑戦展開。テンションを上げざるを得ない。
だが、司会者もさるもの、景品に立ちはだかる門番として、加蓮の笑みを受け止めると、淡々とルールを告げていく。
「アシストツールはすべて使い切っております、北条さん。もはや自力で勝ち取るしかありません」
「大丈夫だよ。私は、この手で未来を掴み取る。もう、止まってなんていられないから……!!」
「素晴らしい心構え! ですが、それが通るかは貴方次第!!
さあ! 解答を、どうぞ!!」
ゆっくりと、加蓮が口を開いて、
「……1」
静かな声だった。
静寂が広がる会場。かすかな咳払いさえ、反響し、伝わるほどに。それは、加蓮の緊張が伝ったためだろう。
司会者は顔色を変えない。彼は、一秒、二秒と加蓮を見て、カメラを見て、手元を見て、を繰り返す。そうして、彫りの深い顔をしかめると、
「……」
「……っ」
「……!」
「……(こくん)」
「……!!」
「いや、喋れよ!!?」
「この司会者さん、タメが長いのよ」
いくらなんでも長すぎる。こら、スタッフ! 『ここでCM!』じゃない!! それにCM中なのに、まだにらみ合ってんじゃないか!! こっちだって、黙っているのは辛いんだよ!!
CMがあけても、まだ五分ほど。無言による加蓮と司会者の応酬が続き、司会者がとうとう折れる。
「ファイナル、アンサー?」
小さく呟いた最終確認。
加蓮は躊躇わず……。
そんな番組終了後。
「やったー! ポテトー!!」
控え室で、加蓮は小躍りしながらギフトカードを胸に抱いていた。頬を染めて、神谷さんをからかっているときのような、幸せそうな顔。
そんなリアクションで分かる通り、あの問題の答えは1番。皺だらけの司会者も悔しそうに祝福しながら、賞品を加蓮に手渡すことになった。
ただ、そのポテトの貴重さが分からない私たち、特に奏が少しからかいたげに、加蓮を見る。
「そんなに欲しかったの? このポテト」
「奏はわかってない! これは、普通のフライドポテトじゃないの。最高品質のジャガイモを、一流シェフが調理したポテト。ポテト界の王様なんて言われてるんだから!
ほんと、未央達を巻き込んで、クイズ修業した甲斐があったよ!」
ジャンクフードなのに、高級品とはこれいかに。いや、そういう料理があるかもしれないが、見た目は普通のポテトである。
「あ、そういう顔するなら、Pさんにはあげないからね。全部、私で食べるから」
「そこまで言われたら気になるじゃないか! 一本だけでも!」
私も物欲には弱かった。
ともあれ、例のポテトが届くのは一週間後くらい。引換券だけは受け取って、今日はおしまいだ。しかし、私たちが持ち帰るものはもう一つある。
「さっそく帰ったら見るわよ」
奏がにっこりと微笑みながら、手に持ったバッグを掲げた。
今日、二人が参加した番組は国民的人気クイズ番組。先の加蓮への問題のように、各ゲストの好みをテーマにした出題をすることで有名だった。
予想通り、加蓮にはポテトやネイルを中心に。奏には芝居や映画を。
そんな趣味の隙間を縫うように、番組は難問を出してきたが、奏はマニアックなそれらをスルスルと解いて、あっさりとクリアしていた。あの司会者もあっけにとられるほどの鮮やかさ。加蓮の時、あれほどしつこかったのは、その悔しさもあったからかもしれない。
なので、奏も賞品を手に入れている。加蓮はポテトだったが、奏の場合は、
「映画百本セット、ね」
「ただのセットじゃないわ。名作の完全版セット。映画館で見る主義だけど、往年の名作が復刻上映されることは少ないのよ。だけど、ソフトを買うのもね」
これまた私にはピンとこなかったが、映画マニア垂涎の名作集とのこと。アイドルの稼ぎはあるとはいえ、完全版商法が横行する高価な映画ソフトを買いそろえることは気が引けていたらしい。そのため、好きな景品を選べるこの番組は、渡りに船。
こうして奏の、ひいては私たちの映画コレクションが充実することとなった。
二人とも、自分の望んだ景品を手に入れた結果。そして、アイドルとして番組に出て、手に入れたというのは感慨深いものがあるようだ。
「昔、テレビを外から見ていた時は、賞金とか持って帰らないはずだって思たんだよね。まさか、アイドルになって、答えが出るなんて思わなかったよ」
「番組によっても、仕組みは違うようだけど。加蓮もポテトアイドルになってまで出たんだから、これで没収されたら大変よね」
「ポテトアイドルなんて、呼ばれてないんですけどー」
「……いや、明日には広まってそうだな」
賞品は得られたが、もしかしたら失ったものもあるかもしれない。
(今の世の中、拡散力は馬鹿にできないからな)
加蓮の歓喜の表情を見たネットユーザーなどは、嬉々として広めるだろう。事実、去年から、加蓮=ポテトの認識は徐々に広まっている。
私の脳裏にポテトの被り物をして、バーガーショップのCMに出ている加蓮の姿が思い浮かんだが、すぐに頭を振り、愉快な妄想をはらった。それは別の仲間の得意分野だ。
「まあ、心配しても仕方ないさ。加蓮も奏も、趣味を取り上げてもらったから、ファン以外にも親近感が広がるかもしれないし。変な風評が出ても、次のパフォーマンスで覆せばいい」
「その言い方だと、次のお仕事は」
「ライブ、ね?」
私は二人へと強く頷く。
最近、テレビ露出を増やしていたのも、近くに控えた大型ライブの布石として。知名度を上げて、新規の客を増やす。もちろん、その中には好奇心だけ先行する人もいるだろう。けれど、二人が最高のパフォーマンスで魅せれば、見事にファンに変わることは、容易に想像できた。
宣言を聞いて、奏はクールに、加蓮は情熱的に、二人の気合が入る。
やっぱり、バラエティ番組もいいが、アイドルの仕事をしているときこそ、二人は『らしい』。二人を見て、さらに気合を充填した私は、さらに勢いをつけるために一つのアイデアを思いつく。
「よしっ! それじゃあ、戻ったら準備で忙しくなるし……」
私は、奏が持った映画ソフトの山から、一本を取り出し、
「その前に、景気づけに、映画でも見ようか!」
空へと掲げた。先の成功を祝した、パーティーを開くために。
だが、
「……あ」
「……はぁ」
「……ん?」
二人の応じる声はなかった。むしろ、加蓮は顔が引きつり、奏は面白そうに眉を緩ませながらも大きくため息。何が起こったのかもわからない私は、掴んだソフトを見て。
「……なんで?」
顔を青くしながら、つぶやく。
奏の話では、名作映画百選だったはずだ。ターミネーターとか、初代ゴジラとか、そういう名作の集合だったはずだ。それなのに。
「そのクイズの答えは、『傑作』だから。たしかに、傑作は傑作よ。……Z級の」
私が掴み取ったものは、俗にいうクソ映画。何の遊び心か、そんなものが一本だけ紛れ込んでいたのだ。
妙に高尚に作った表紙の奥から、チープなCGと迫力のない声が私を呼んでいる。
それを見なかったことにして、そっと袋へと戻そうとする私。だが、その手は、奏によってがっしりと掴まれてしまった。
「それをしまっちゃうなんてもったいないじゃない。百本の中の一本なんて、逆にレア。反面教師にして楽しみましょ♪」
「……Pさん、なんてもの選んだの」
「……気づかなかったんだよ」
そんな言い訳は何の役にも立たない。結局、私と加蓮は二時間の苦行を与えられることになった。
一方で後日、ライブは大成功の内に終了する。もしかしたら、逆に厄払いになったのかも、なんて。そして、加蓮の手に入れたポテトだが、
『ジャンクっぽくない』
と、加蓮には不評だったことは、ことさらに言うことではないだろう。
実写デビルマンの視聴を終えたカサノリです。
奏があれを見ていないことを望みます。
それでは、本日もモノクロームリリィに清き一票を!
よろしくお願いいたします!!