モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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今日は自然と触れ合いながらのんびりと


4月22日「アースデー」

「奏は海、好きだよな?」

 

「ええ、そうだけど。いきなりどうしたの? この間、二人して海を見たばかりじゃない」

 

 言われ、二人でオフの日に行った海を思い出す。奏も随分とリラックスし、自然な様子を見せてくれた冬の海。その後の写真撮影も、新たなファン層開拓に留まらず、奏の可能性を引き出すことにつながったと満足している。

 

「加蓮も海は好きだろ?」

 

「いきなり泳げって言われたら嫌だけどね。簡単な海水浴だったら好きだよ」

 

 こんがり日焼けをしたいとは、夏になるたびに聞かされていたこと。いきなり日焼けギャルになられても困ってしまうけれど。答える声を聴くに、加蓮も年若い乙女らしく、山よりは海派なようだ。

 

 二人から答えを聞いて、私は書類を置き、頷く。半ば予想はできていたから、後は考えていた台詞を言うだけ。私は立ち上がり、奏の傍へと静かに近づいていく。緊張に顔をにじませて、こくりと、不自然に喉が鳴った。

 

「Pさん? ……ふふっ、真剣な顔しちゃって。そんな顔してたら、キス、したくなっちゃうよ?」

 

 そんな私の神妙な様子を見て、奏はいつものようなからかいモードに早変わり。澄ました顔で、片目を閉じ、誘惑する様な表情を作る。私が戸惑わされ、翻弄される顔だ。

 

 奏と私の距離が近づき、吐息まで触れそうな距離で向き合う形。そして、そのまま唇が、けれども触れることはなく、

 

「なんてね。隙を見せたら……」

 

 ネタ晴らしのように、奏が誘惑の空気を掃って、くるりと一回転。後は、加蓮や奏が私の赤くなった顔をからかって終わりというのが『いつも』の流れ。

 

 だが、今日は少し違う。

 

「そうだな。海でキスしよう」

 

「だめじゃ……、え?」

 

 私の唐突な一言で、奏は固まってしまった。

 

 

 

「キス、キスね。ふふっ、確かに、ここなら素敵なキスになりそうね」

 

「魚の『キス』だけどね」

 

 彼方に伸びる水平線が、緩い曲線を描いているのを眺めながら、二人が呆れたような声を出す。

 

 数日後、私たちが訪れたのは、少し田舎の海岸だった。前日に近くの田舎町で写真撮影を行ったモノクロームリリィ。

 

 ファンクラブの広報用の写真として、今回は趣を変えて、日本の原風景と女子高生のアンバランスさをテーマにした。日本本来の豊かな自然の中、異物でありながらも、景色に溶け込むという不自然さに惹かれる写真を撮り終えて。さすがに東京に戻るのは遠いから、一日宿泊することにしたのだ。

 

 明けての今朝、私たちは海岸を訪れている。海の端から端まで広く見渡せ、そして、藻や岩も少ない砂浜が広がっているそこは。

 

「キス釣りの名所!!」

 

 竿を担ぎながら、ひゃっほうと叫ぶ私に、二人の半目が突き刺さる。

 

 私が語ったキス。

 

 それは接吻ではなく、魚類のキスのこと。天ぷら料理が有名で、柔らかくヘルシーな味が人気の魚。温かくなった春先は、キスが良く釣れる時期でもあった。

 

「ほら、奏は魚のキスにも興味ありそうだったし、加蓮もめったにない経験だから」

 

「で、あの誤解させそうなセリフは?」

 

「……いつもからかわれているから、つい」

 

 たまには、私も二人を翻弄する方に回りたかったのである。

 

 加蓮は、そんな私の告白を聞くと、奏を横目で見ながら、ちょいちょいと肘でつっつく。目を弧にして、口に手を当て、あらあらまあまあ、みたいな様子で。

 

「まあ、私は何か隠してると思ってたけど? どこかの誰かは、すっごく焦っちゃってたよね? 耳まで真っ赤にして」

 

 神谷さんを相手にするような、楽しそうな口調だった。加蓮としては、めったにない奏をいじれるチャンスを逃がす術はなかったのだろう。一方、導火線の前でタップダンスするような加蓮に、戦々恐々とする私。

 

 だが、当の奏は淡々とした口調のままだった。

 

「せっかくPさんがああ言ってくれたんだもの。少しは心が動いても仕方ないじゃない? それに、いつもを思えば、こういうのもご愛敬よ」

 

 気にしていないと、そんな風に釣り道具を整理していく。私はそれを聞いて、胸をなでおろし、大きく息を吐いた。

 

「でも……」

 

「うぇ!?」

 

 気を抜いた隙だった。奏がすぐそばにいる。瞳の奥に、間の抜けた顔が見えるほど。迫力ある金の瞳は語るよりも強く彼女の意思を示していた。そして、奏の吐息が耳元に、細い指が首元に。

 

「……やられっぱなしは性に合わないの」

 

 覚悟しておいてね。

 

 そんな無言のプレッシャーに、私はこくこくと頷きを返すしかなかった。人を呪わば穴二つ、なんていうが私はどんな穴に埋められることになるのか。視線の端で爆笑し、砂浜を叩いている加蓮を眺めながら、私は冷や汗をかき続ける。

 

「……ま、まあ、気を取り直して。二人の分も竿は用意できたから、始めようか」

 

 リールを付けて、針と仕組みも。あとは、エサを付けるだけで釣りは可能だ。

 

「随分と手慣れているわね。昔、やってたの?」

 

「祖母の家が、こういう所にあってね。小さいころに少し。あと、二人を連れてくるから予習も多少はして来たよ」

 

 せっかく連れてきたのだから、一匹も釣れませんでしたではつまらない。楽しい思い出を作ってもらいたいと思うのは当然だ。そして、コンディションは良好。気温は緩み、風もないでいる。旅館の人曰く、今年は爆釣しているとのことだから、今日も期待大だろう。

 

「えっと、これを投げて、後はずるずるって引けばいいんだっけ?」

 

 加蓮が竿を握ると、横にゆっくりとスイングするように竿先をずらしていく。

 

 キス釣りの場合、特別な竿の動きは必要なく、初心者に優しい釣りと呼ばれている。先につけた『天秤』という仕掛けを砂地に引きずる様に動かすだけだ。

 

「そうそう。後は糸のテンションを保つように、ゆっくりとリールを回して、の繰り返しだな。加蓮、筋いいと思うぞ」

 

「ふふっ、そりゃあ、アイドルやってますから! ダンスを覚えるのと比べたら、これくらい朝飯前だよ」

 

「そうね。もしかしたら、加蓮が一番に釣れるかも。確か、時合いとかもあるんでしょ? のんびりおしゃべりもいいけれど、早く始めないと。

 はい、これがエサらしいわよ」

 

 言うなり、奏が加蓮へと小さな発泡スチロールの箱を渡す。私が止める間もないほど、スムーズな流れ。加蓮が蓋を開け、

 

「……きゅう」

 

「加蓮ー!!?」

 

 砂浜へ崩れ落ちた。

 

 それもそのはずだろう。餌箱の中に入っていたのは、こういう魚釣りで一般的な虫エサ。だが、そのシルエットは、覚悟もなしに見るにはショッキングなもの。特に女性にとっては。

 

 加蓮が砂浜で後ずさりながら、手をばたばたと振る。

 

「無理、絶対無理! それは無理!!」

 

「もう、加蓮ったら、耳まで真っ赤にしちゃって♪」

 

「奏、さっきの仕返しでしょ!!」

 

「何のことかしら? でも、少し見た目が不慣れなものでも、立派な命。そこまで嫌うと可哀そうよ」

 

「うっ……。じゃあ、その、どうやってつけるの? Pさん」

 

 言われたので、手袋をしながら一匹をつまみ上げ、針を口から通していく。そんな動作が加蓮にどう見えるかといえば、返ってくるのは当然の反応だ。

 

「……せっかく、Pさんが連れてきたんだから。これも、経験……。こんなところで差を……」

 

 据わった目で、ブツブツと壊れたように呟き始める加蓮。覚悟を決めろと、自分で自分に言い聞かせる様子。加蓮の指が、震えながらも餌に向かおうとして。

 

「まあ、生餌使わなくてもルアーがあるんだが……。って、痛ぁ!?」

 

「……もうっ!! ……もうっ!!」

 

 なぜ、奏でなく、私が叩かれなければいけないのだろう。そうして、しばらくの間、加蓮の無言の怒りに私は晒されることになった。

 

 

 

 そんなドタバタを繰り返して、ようやくと釣りに入ったのは、ちょうど時合いに入った時間。練習を何度か繰り返して、私以外はワームルアーを付けての開始だ。

 

 二人とも、ぎこちなくはあったが、しっかりと針を飛ばしていく。それから、五分ほど。最初の反応があった。

 

「……わわっ!? ちょっとPさん! なんか、震えるんだけど……!!」

 

 加蓮が慌てたように叫び声をあげる。その手に握られた竿を見てみると、確かに、竿先がぐんぐんと動いている。初心者でもわかるくらいの引きとなると、期待大だろう。

 

「加蓮、落ち着いて、ゆっくりと引いていけばいいんだから」

 

「っていっても! これ、逃げちゃったりしないよね!?」

 

 まさか、加蓮もいきなりヒットするとは思わなかったのだろう。手が震えている。このままだと、竿まで撮り落としてしまいそうで、私は思わず走り寄った。

 

「手を貸すから、しっかり持っててくれ!」

 

「え!? ちょっ、ちょっと! いきなりはまずいって!?」

 

 ちょっともそっともない。加蓮の手を支えるように、上から包むと、まずはフッキングし、糸を巻いていく。手ごたえからして、かなりの大物だ。キスは小型のも多いのに、一投目からとは。こちらだって、加蓮の成果を無駄にはしたくない。

 

 白浜の向こうから、仕掛けが戻ってくると針先には大きな影があった。

 

「よしっ!」

 

 だいたい二十センチくらいのシロギスだ。狙った通りの白く透き通った体に、流線形のフォルム。砂浜の姫だなんて、釣り人に言われるのも納得の綺麗な魚。ついでに丸々と肉付きも良くて、食べ応えもありそうだ。

 

 じん、と吊り上げられた感動を感じながら、針を取って加蓮に手渡す。

 

「すごいじゃないか! ほんとに才能あるかも……って、どうしたんだ?」

 

「……あとで大変だから」

 

「なんで!?」

 

「しーらない。ちゃんと考えといてね」

 

 いや、二人して色々慌ててたから仕方ないというか。頬を染め、唇をすぼませた加蓮をなだめながら、キスをクーラーボックスにしまい込む。これは、爆釣の気配、なんて思っていると。

 

「ねえ! こっちも当たったわよ!」

 

「おっ!」

 

 今度は奏の方だ。急いで奏の所に向かうと、竿が大きくしなっている。それを奏は細腕で支えていたが、ふと力を抜いて。

 

「……ちょっと厳しいわね。Pさん、教えてくれるかしら?」

 

「まかせとけ」

 

 頼られると漫画のお助けキャラみたいでテンションが上がってしまう。ぐっと細い腕を支えるように握り込むと、本当に引きが強くて、もしかしたらキス以外の魚かもしれないと想像。もしやカサゴか、タイか、高級魚か。

 

 だが、上がってきたのは、まんまるに膨れ上がった、どこか憎めない顔だった。

 

「……クサフグだな。しかも、でかいし」

 

「ほんとに、大きく膨らむのね」

 

 ぽよんぽよんと膨らんだフグを突っつきながら、心なしか楽しそうな奏。とはいえ、食べれない魚だから、リリースしてあげなくちゃいけない。奏の綺麗な指に載せられて、大海原に戻っていくクサフグ。それを見送ったころから爆釣が始まった。

 

「Pさん! Pさん! また来た、また!」

 

「あら、こちらも。ふふっ、しっかりと釣れるのも分かるし、楽しいわね。今度はこちらも、しっかりキス」

 

「私も。おしっ、来た! ……ってまたフグか!」

 

 釣ったり、釣られたり、時々からかわれたり。

 

 たまにはこんな風にのんびりする日も楽しいもの。大変なアイドル生活、それも総選挙期間中でも、そんな日があってもいいと思うのだ。

 

 一時間ばかり、三人で海を眺めながら、のんびりと釣りを楽しむことができた。

 

「それじゃあ、ボウズのPさん」

 

「からかったことも含めて、罰ゲームね♪」

 

 プロデューサーに休まるときはないのかもしれないけど、そんな毎日も楽しい。




それでは、本日もモノクロームリリィに清き一票を!
よろしくお願いいたします!!
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