モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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4月24日「宇宙望遠鏡の日」

「あれがデネブ、アルタイル、ベガ、だね……」

 

「残念、違う。なんで、その三つなんだ」

 

「えー、違うの? 奈緒が好きなアニメの歌なんだけど、すっごく大きく光ってるから、あれかなって。

 Pさんも、もう少し浸らせてくれてもいいんじゃない? せっかくのシチュエーションなんだから。ほらほら、Pさんの大好きなロマンですよー」

 

 加蓮が頬を膨らませながら、ジト目を向けてくる。私はそれを聞きながら、苦笑い。そういえば、そういう有名な歌もあったと思い出していた。

 

 加蓮が挙げたのは夏の大三角の三ツ星。ただ、春の時期にはそれらは見ることが叶わない。今は地球の裏でかくれんぼ。夏の季節まで、留守番中。

 

 今日見に来たのは、もっと素敵なもの。

 

「それで? 流れ星まで、あとどれくらいなの?」

 

「そうだなぁ。時間としては、もう差し掛かっているけど。極大まではしばらくかかりそうだ」

 

 二人で空を見上げる。冬の透明感とは比べるべくもないが、春霞も少なく、星々がキラキラと輝いている。今の時期とすれば、天体観測にうってつけの夜。

 

 丑三つ時には程遠い、けれど、太陽が沈んで久しい時間に。私と加蓮は天体観測に来ていた。

 

 

 

 事の始まりは、数時間前。

 

 この日、私と加蓮はミニライブのためにとある地方都市へと訪れていた。日が高いうちにイベントは無事終了。スタッフとの軽い打ち上げに、地元の名産品を見て回る小旅行も楽しむことができた。そして、ホテルに一泊し、明日には帰るだけ。……なのだが。

 

「……よし、出発するか」

 

 車を前にして呟く。加蓮と別れた後、私は厚着の準備をして地下駐車場にやってきていた。目的が目的なので、経費でなく、自費で借りたレンタカーに乗り込み、エンジンをかける。

 

 そうして緩やかに道路を走り出しながら、私はこれから向かう景色に思いをはせた。

 

 今日は数年に一度の流星群。東京の明るさの中では、消えてしまう微かな光だが、都会から離れたこの場所ならば、よく見えるだろう。こっそりとトランクには天体望遠鏡もしまい込んで、準備はバッチリ。仕事終わりの息抜き、スタートである。

 

「~♪」

 

 私は陽気に鼻歌を歌いながら、道路を悠々と進んでいく。小さいころによく聞いた、星を見にいくヒットソング。午前二時には至っていないけれど、暗さはそれくらい。明るさが無くなれば、宙はここまで暗いのか、と改めて考えさせられた。

 

「文明によって、見えなくなったものもある……」

 

「それって、なにかの台詞?」

 

「覚えてないけど、そんなのがあった気がしてね」

 

「へー。確かに真っ暗だし、星もよく見えそう」

 

「絶好のコンディションだよ、かれ……」

 

 

 

 ちょっと待て。

 

 

 

「……なんでいるの!?」

 

「隠れてたから♪」

 

 私が驚き、叫び声をあげると共に、ご満悦にネタ晴らしを済ませた加蓮が後部座席から乗り出してきた。バックミラーに映る、顔が引きつる私と笑顔の加蓮。ハンドル操作を誤らなかったのは、褒めて欲しい。

 

 

 

「まったく、まさか隠れてついてくるなんて」

 

「気づかないPさんも、悪い」

 

「分かるか!?」

 

 神妙な顔で頷く加蓮に、再び大声を出す私。山近くの自然公園に、それが響き渡る。近くに民家がなくて、本当に良かった。

 

「でも、何も言ってくれないPさんも悪いでしょ? ずっとこそこそしてるし、一人で駐車場に行くし。私に隠れてデートかな、とか思ったんだから」

 

「こんなところに来て、デートなんてしないし」

 

 相手もいないし。

 

 そう言うと、加蓮はふふん、と軽やかに笑い、私が組み立てている望遠鏡に目を向ける。

 

「それじゃあ、さみしーいPさんのために、私がデート相手になってあげる。かわいいアイドルと二人っきりで星空観察なんて、めったにないんだからから、感謝してね?」

 

「夜中に連れ出したなんてバレたら、大変なんだけどなぁ。普通は」

 

 言いつつ、夜遅くなる予定はなく、加蓮のご両親には報告を入れておいた。『お任せしますね』なんてあっさりした返事までもらってしまう始末。

 

 加蓮が芝生の上でとんとんと踊りながら、楽しげな様子で話しかけてくる。

 

「ほら、この間、飛鳥と肇と『未完成の歴史』歌ったじゃない? あの時のMVのセット惑星だったし、私もちょっとは星のこと、知りたいって思ってたんだ」

 

「……ここまで来たら、仕方ないか」

 

 そんな加蓮を見て、反論する気はなくなってしまう。私だってあのMVに触発された部分もあるし、自分が好きなことを、大切な人に興味を持ってもらえて嬉しくないわけがなかった。

 

 私はそんな彼女を待たせないためにも早めに望遠鏡をセッティング。位置を調整し終え、望遠鏡のレンズの所に加蓮を呼んだ。

 

「流れ星、望遠鏡で見るの?」

 

「いや、望遠鏡はそういうのには向かないからね。目当ての流星群はまだ見えないし、ちょっと他の星を見てみようかと思って。

 位置とピントは合わせたから、見ても大丈夫だよ」

 

「どれどれ~。って、あれ? よく見えないんだけど?」

 

「そんなに目を近づけなくていいんだ。少し離すくらいで……。そう、それで見えないかな?」

 

 すると、加蓮が声を上げる。

 

「あ! オレンジ色の星だね。これって、なんの星?」

 

「ん? ……ポテト」

 

「……なに?」

 

「だから、ポテト」

 

 『いみわかんない』って表情を浮かべた加蓮に思い出してもらうのは、例の撮影の時の話だ。加蓮がジャガイモと間違えた星。それが、加蓮が今見ている木星。

 

 ジャガイモには見えない、大きくオレンジに輝く星が、加蓮には見えているはずである。

 

「もうっ! 忘れてって言ったのに!!」

 

「はははは。たまには反撃もしないと!」

 

 暗い中なのに、加蓮が顔を真っ赤にしていることが声だけで分かる。自分のことを棚に上げるが、うかつなことを言うのが悪いのだ。

 

 そんな照れ怒りの加蓮に背中を叩かれながら、いくつかの星を覗いていく。加蓮も望遠鏡を使うこともなかったらしく、新鮮な驚きを見せてくれた。土星の輪っかを見た時は、楽しそうな歓声を上げるほど。

 

 誰だって土星の姿は知っている。けれど、映像や写真ではなく、自分の目で見れたという経験は、きっと新鮮だ。幼いころ、私も星の世界に魅了されたように。そんな感動を加蓮とも共有出来たなら、嬉しいことこの上ない。

 

 

 

 そうして、たくさんの星を覗き、星の世界を堪能したあと……。

 

 私たちはシートに寝そべりながら、満天の星空を眺めていた。望遠鏡をのぞき、自由に楽しんだ時とは違う、静かな空気。

 

 星は動かず、私たちを見下ろしている。

 

「なかなか見えないね、流れ星……」

 

「流星群って言っても、規模に違いがあるからなぁ。こればっかりは気長に見ないと。……寒くはない?」

 

「あっためてくれる? ……なーんて、冗談、冗談。そんなに真っ赤にならないでよ。ちゃんと、あったかいから」

 

 夜の静けさに溶け込むように、小さな声を二人で交わす。お互いの姿は見えないのに、どんな顔をしているかは手に取るように分かる。そんな、いつもよりも距離が近くなったような錯覚を味わいながら。

 

 その感傷の中で、加蓮の透き通った声が私に届く。

 

「……星って綺麗だね」

 

「うん」

 

「こんなに暗い世界でも、きらきら輝いて。こんなに手が届きそうなのに、まだ届かない」

 

 加蓮の細い手のひらが、宙へと伸ばされていた。

 

 手の先、ひと際大きく輝く、一等星。じっと見るほどに、あの光は近づいてくるが、その光を掴むことはできない。

 

 

 

 遠い、遠い。どこまでも遠くで輝いて、人々を魅了する星。

 

 

 

 加蓮はそれをまっすぐに見つめていた。恐れることなく、ひるむことなく、夢と希望をたっぷりに。そして、

 

「……遠いけど、絶対にたどり着いてみせるから。アイドルの星にだって、宇宙一のアイドルにだって。……その先にも、私たちなら行ける」

 

 強く、勇気づけられる声だった。言葉にしながら、加蓮は何を思っているのだろうか、なんて。昔の自分なら、加蓮と出会ったばかりの自分なら分からなかったと思う。けれど、今は、加蓮の気持ちもしっかり受け止めることができた。

 

「それが、ついてきた理由なんだ」

 

「うん。一緒に、目指すものを見ておきたかったんだ。奏にも、他のみんなにも負けないで、たどり着く場所。きれいな、夢みたいな世界を。Pさんと一緒に」

 

 加蓮が身じろぎする。

 

 こぶし一個分ほど、私たちの肩が近づいて。

 

 私も、肩を並べながら、宙に目をこらす。いつかの夜に二人に語ったように、はやぶさよりも、星々よりも。決して輝きが消えないアイドルの未来を思い浮かべた。

 

 星に例えられる、アイドル。あの一等星のように、輝きたいと誰もが願っている。けれども、そこがゴールじゃないと思うのだ。

 

「……星ってさ、あの光は過去の物なんだって。星が放った輝きが、長い時間をかけて地球にたどり着いて、それを私たちは見てるだけ」

 

「……それじゃあ、あの先に、なにがあるか。ほんとは分からないんだ」

 

 私は頷きを返す。もしかしたら、その先では、星が無くなっているかもしれない。もっと強い輝きを放っているかもしれない。

 

 そんな未だ見たことない世界がゴールに近い場所。

 

「……じゃあ、望むところ、だね」

 

 加蓮の言葉は強かった。

 

「きっと、私たちが目指す場所も、今の私が想像できないほど輝いているから。アイドルとして、北条加蓮が輝いた先には、きっと素敵な場所があるって、信じてるから

 だから、プロデューサーさん。私も前に進むから、一緒に目指そうね」

 

 柔らかい手が、私と重なる。

 

 そんな加蓮の決意を、星だって祝ってくれたのだろう。

 

「……あ」

 

「流れ出したな」

 

 一筋、二筋、三筋に四筋。

 

 軌跡を描きながら、大小さまざまに。星が踊るように流れていく。三度唱えても、間に合うほど、数が多いが、私たちは口を閉ざしたままだった。

 

「願いごと、唱えなくていいな」

 

「うん。私は、私たちは自分で叶えてみせるから」

 

 加蓮が目指す、アイドルの頂点。それが見えるのは、きっと、そんなに遠くはない未来。一等星よりも輝く少女を見ながら、私はただ、それを信じていた。




明日はもっと早く投稿できる予定です!

それでは、加蓮に清き一票を、お願いします!!
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