モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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4月25日「歩道橋の日」

 人がたくさんの所を歩いていると、時々、考えることがある。

 

 私は、アタシは、この中に入れなかった人間だって。

 

 みんな普通に、日々を過ごしている。友達を作って、学校に行ったり。恋人を作って、デートをしたり。会社に行って、家族を守ったり。そんな理由がなくても、自分がここにいることに迷ったりしない。

 

 そんな、ありふれた景色。

 

 私は入れなかった。

 

 今はもう、気にしてはいないけれど。じゃあ、羨ましくないのかって聞かれたら、今でも嘘。それは私になかった世界だから。『あたりまえ』を知りたいって気持ちは本物で。Pさんは、そんな気持ちを分かって仕事を入れてくれる。

 

 旅行に、合宿に、海水浴に遊園地。そんな気遣いと、同情とか半端な気持ちがないのは本当に嬉しかったりするんだ。

 

 ふと、そんな『あたりまえ』を生きる、周りを見回してみる。

 

 午後の渋谷だから、人が多かった。それも、スーツ姿の人が半分くらい。格好はPさんと似ているけど、私とは無関係な人たち。

 

 ねえねえ、今、目の前にアイドルが歩いているんだけど、気づかない? そんなに当たり前の景色って必死なの? Pさんなら、私が何処にいても気づいてくれるよ?

 

 気を抜いたら、そのまま流されてしまいそうな社会の中で、私はあの人のことを思い浮かべる。

 

(……Pさん、なら、ね)

 

 私の担当プロデューサー、魔法使い。まあ、人生を半分捧げても、全然平気な人。そんなことを、面と向かって言ったら恥ずかしいけれど、それくらいの感謝や想いはある。

 

 彼と出会わなかったら、私はどうなっていたんだろう。

 

 あの狭くて、消毒液の匂いが染み付いた部屋から追い出されて、空っぽのままで不機嫌に街を歩いていたアタシ。あんな肩出して、見るからに自棄になっていますって顔で彷徨っていたら、どうなったかなんて、今考えたらぞっとする。

 

 だから、最初にスカウトしてきたのが、あの真面目で、子供っぽいPさんだったのは私の人生にとって一番の出来事だって断言できる。

 

 そんな風に考え始めていたからかな、何度か、スーツさんにぶつかってしまった。でも、みんな、私も見ないで、どんどんと先に。

 

(……もうっ、人が多いなぁ)

 

 せっかくのオフだったから、買い物に出たのに、何だか落ち着けない。一休みができるところはないのかって見回したら、ちょっと先に細い歩道橋があった。

 

 こんなに人がいっぱいなのに、誰も使っていない場所。

 

 だけど、よく見てみたら……。

 

「あ!」

 

 一人だけ、知っている子がそこにいた。

 

 

 

 人混みを眺めていると、時々、考えることがある。

 

 私は、あの中に耐えられなかった人間だったって。

 

 何でも要領よくできる、手間がかからない子。そんな風に思われていたけど、それは表面的なだけ。

 

 みんなと話して笑顔満開、なんてできなかった。誰かと合わせて、友達百人なんて夢のまた夢。結局、憧れだけが先行して、がんじがらめになっていた、容量悪い子。それが私の正体だった。

 

 だから、人混みを見ていると怖くなることもある。

 

 そこに、私はいられなかった。

 

 もしかしたら、独りでも、彼らと合わせる方法を見つけられたかもしれない。けど、あの時の私にとっては、たった一つのことが大切で。自分勝手で。学校生活にも耐えられなくなって、自棄になっていた。

 

 仮面を剥がして、憧れを捨てるくらいなら、なんて。

 

 その意地を、ぎりぎりで拾い上げてくれたのは、プロデューサーさんだった。

 

 視界の下で流れていく、スーツ姿の男性たち。あの人も、同じスーツ。個性的なのは、からかわれる時の、あの可愛い顔くらい。スーツの人たちと同じで、違う、プロデューサーさん。

 

 貴方たちはそんなに急いでどこに行くのかしら? ここにアイドルがいるわよ? 澄んだ青空と、涼やかな風に身をゆだねて、少しは気休めしても良いんじゃない? そうすれば、貴方もステージの主役よ?

 

 けれど、そんな戯れに付き合ってくれるのは、アイドル仲間ならともかく、あの人くらいなものね。

 

(……ロマン好きのPさんくらい)

 

 仮面を肯定して、煌めく場所を与えた人。素直な言葉は難しいけれど、私にとって……。ううん、やっぱり言葉にするのは野暮。心の中だけでも、陳腐な言葉では台無しにしたくない人。感謝してて、彼無しの『速水奏』は考えられない。

 

 比翼の、なんて言葉は綺麗すぎるけれど。いつかはそう伝えても良いかもしれない。その時の彼は、きっと、ちょっと赤くなって、それでもあっさりと笑うのでしょうね。

 

 もし、出会わなかったら。

 

 変な器用さはあったから、どこかで諦めて、仮面も捨てて。心を殺しながら、人混みに紛れて涙を流す。そんなありがちな映画の、悲劇のヒロインを気取っていたかしら。今、共にいる彼女に、そんなこと言ったら喧嘩する代わりに散々にからかわれそうだけどね。

 

 だから、最初にスカウトを受けたのが、あの思い切りが良すぎるプロデューサーさんだったことに、私は感謝してる。初対面でキスを迫る女を、重い私を受け入れてくれたから。

 

 そんな、彼に倣ってロマンチックな少女思考に浸っていると、視界の端に見慣れた顔が来た。

 

(……あら、こんな偶然、映画みたい)

 

 巧妙に隠れたかくれんぼを、見つけた鬼のように。加蓮は踊るような笑顔を浮かべて、私のところに上ってくる。

 

 そうして、忘れられた歩道橋の上。喧騒から離れて、私たちは出会う。ふと、それは、加蓮との出会いのそのもののように感じられた。

 

 

 

「こんな昼間っから、なーにをしてるのかな、奏は?」

 

「ふふっ、そうね。道行く人を眺めて、人間はこんなに小さいのね、なんて悦に浸っていたり?」

 

「それ、この間の悪役演技じゃない。あの撮影の時、ほんと奏怖かったんだから」

 

「加蓮がどんどん上手くなるんだもの。私だって必死になるわ」

 

「私だって役者経験も積んできたからね♪ そろそろ、奏にも勝っちゃうよ」

 

「それは、どうかしら?」

 

 

 

 そう言うと、奏は、すっと視線を鋭くする。心の中まで見通すようなそれは、女神か何かだと思った。心がきゅっと締め付けられる。言葉を重ねるより、一つの演技だけで、奏の宣言を私に伝えてくる。

 

 速水奏。

 

 友達で、相棒で、色んな意味でライバル。

 

 けれど、言葉で表すのは難しい関係だと思う。一番の親友は凛と奈緒だし、相棒はPさんだし、ライバルは何人もいる。前に『ちょうどいい距離の見届け人』なんて、奏のことを呼んだけど、あの時だけの言葉。今は味気ない。

 

 そこをしいて言うなら、奏とは、波長が合うんだ。

 

 アイドルの活動とか、目指すものとか、だいぶ違うなって思う時があるけど、何時間一緒にいても飽きないし、ライブや、一緒に誰かをからかう時なんて、奏の考えていることが分かってしまう。

 

 けど、こうして奏の凄さを感じる時には……。

 

(なにより、負けたくないよね)

 

 出会ったときのような、けれど、全然違う気持ちが湧き上がってくる。そんなことを考えたからかな。あの時のことを思い出した。

 

(……ほんと、Pさんにしては最悪のタイミングだったよね。……ううん。もしかして、狙ってたのかな?)

 

 最初のライブを大成功させて、Pさんのクビも回避して、アイドル生活楽しいって喜びまくっていた時。幸福の絶頂にいた私の前に、奏はいきなり現れた。

 

 一目見ただけで、綺麗で、存在感があって。ダンスも、歌も、演技も、私より上。

 

 勝てないって思った。

 

 だから、不安に思って、せっかく手に入れた場所を奪われるなんて勘違いして、嫉妬して大喧嘩。それが、モノクロームリリィの始まり。

 

 その間、Pさんもだいぶ大変だったって聞くけど、人に相談もなしに踏み切ったんだから、それくらいは許して欲しいと思う。あ、だめだ。相談されても、たぶん、あの時の私は猛反対したから。

 

 ほんと、よく仲良くなったよね。Pさんのやけっぱちみたいな方法で話し合って、色々と協定やらなにやらを結んで、今はそんなの関係なく仲良くしているのは、不思議だと思う。

 

「ねえ、奏」

 

「なに?」

 

「ううん。奏と一緒でよかったなって」

 

「いきなりどうしたの?」

 

「さあ? こんなきれいな青空を見ていたからかな?」

 

 ごまかして、でも、言葉は本物。奏の見ている世界を、目指しているものを、近くで見られる。こんなに刺激的で、楽しいことはないんだ。お互いに追いついて、追い越して、それでも肩を並べて、ここまで来れた。

 

 そんな奏と私の関係を、簡単には表せないけれど、それがちょうど良いんだと思う。

 

 

 

(ほんと、この子は……)

 

 言いっぱなしで、加蓮は空を見ながら朗らかに笑っている。私だって、同じことを思っているけれど、そう簡単に口には出せない。キャラじゃないなんて言い訳ではなくて、単純に言葉にすることを恐れてしまうから。今の仲間は、そういう所を分かってくれるけど。甘えてしまっているのだろう。

 

 北条加蓮は、私にとって……。

 

 やっぱり、一言では表せないわね。

 

 まず、いい友達。趣味も合うし、話していて飽きない。私のこと、なんでもなく扱って、からかったり、からかわれたり。私たち二人とも、昔に色々あったし、距離感もちょうどいい。

 

 次に、アイドルとしては仲間でライバル。

 

 それで、ここが複雑だけど。私にとって、初めてのライバル。アイドルになるまで、張り合ったり、競い合ったりする相手はいなかった。目指す理想はあっても、目指し方が、わからなくて、そこに並ぶ人も当然いない。

 

 今は、加蓮と私、トップの目指し方は違うけれど、それがまた面白くて、

 

(負けられない)

 

 それが出会ってから、変わらない思い。自分は頑固なんだと思っていたけれど、筋金入りね。

 

 そんな加蓮との出会いは、私から見ても、最悪だった。加蓮にとっては悪夢そのものでしょう。

 

 あの海でプロデューサーさんと出会った後。Pさんを信じて、いきなり大きなライブに放り込まれて、アイドルに目指すべきものがあるってわかって。……加蓮がいたことを知った。

 

 一目見ただけで、羨ましくて、勝てないって思った。

 

 だって、私とは全然違うもの。小手先の技術が勝っているからって、そんなの関係ない。アイドルへの情熱は、自分を表現できる勇気は、私には足りなかったから。

 

 それに、加蓮も私に対抗して、どんどん技術が追いつかれていく。焦るわよね。焦って、怖くて。でも、そこまで経って、私はアイドルに本気なんだと分かった。

 

 狙ってやったなら、あの人もやり手だけど。どうなのかしら? 意外と、偶然とロマンの産物かもしれない。正反対の二人がタッグを組むなんて、あの人が好きそうなシチュエーションだから。でも、そのおかげでからかわれるようになるなんて、思ってもみなかったでしょうね。

 

 ほんと、詰めが甘くて可愛い人。

 

 でも、そんな彼が紡いでくれた縁が、今の私を支えてくれる。

 

「加蓮」

 

「今度は何?」

 

「私も負けないわよ」

 

「……ふふっ。なんか、素直なの珍しいね」

 

「こんなきれいな青空を見ているからよ」

 

 加蓮の情熱が私を高く登らせてくれる。諦めと達観に沈みそうなとき、頬を張ってでも走らせてくれる。そんな加蓮と一緒にアイドルができるのは、本当に楽しくて仕方ない。

 

 

 

「……あれ? あそこにいるのって」

 

「ほんと、Pさんね。同じようなスーツなのに、あんなに目立っちゃって」

 

「というか、私たちが見つけちゃうのが、ね」

 

「せっかくだから、からかっちゃいましょうか」

 

「じゃあ、今日は……」




とうとう明日は中間発表!

加蓮、奏、頑張れ!!!
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