モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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二日遅れ! ごめんなさい! 追いつくように書いています!!


4月28日「アクアフィットネスの日」

「ねえねえ! どう? 似合ってる?」

 

「はいはい、似合ってるから」

 

「そんなこと言って、こっち見てないでしょ? せっかくなんだから、隅々まで見て良いんだよ……。って、いたっ?」

 

 などと、うちの姫様がおっしゃっているので、忠実な子羊たる私は、頭に軽くチョップを落とすのであった。力は込めていないが、加蓮は頭を押さえて恨みがましい目を向けてくる。

 

 そうはいっても、じっくり見てもアウトで、見なくてもアウト。なら、簡単に見ながら、加蓮の意図を封じるのが私の選択肢。

 

 なぜなら、今、北条加蓮は水着姿だったから。

 

 水着。アイドルの水着。

 

 活発な印象を与える、オレンジのビキニ。それを着ているのが、加蓮なのだから、魅力的でないわけがない。正直に言えば、ものすごく似合っているし、見惚れてしまう。

 

 だが、それはそれとして、ファンに見つかったら、ただじゃすまない場面である。

 

(……なぜこうなったのか)

 

 私は頭を押さえてため息。加蓮と奏を相手に安請け合いをするものではないと、骨身に沁みている。にもかかわらず、再度の惨状。加蓮と奏の頼み事は断れないと、骨身より奥に刻み込まれているのだろう。

 

 

 

 そんな哀れな私と、ぷんすか加蓮が立っていたのは事務所内のプールサイド。

 

 エステルームやら、フィットネスジムやら、やたらと設備が整っている我が事務所には、温水プールなどという物も用意されていた。噂によると、たまに水泳好きなアイドルが泳いでいるとか、レッスンの一環で使うとか、暴走婦警によって彼女のプロデューサーが投げ捨てられているとか。

 

 そんな、私たちは普段使いをしない場所。その場所に合わせて、私とて珍しく水着にパーカーに着替えていた。スーツを着ないで事務所にいるなんて、正直、違和感でおかしくなりそうである。

 

 では、なぜ、この場所に加蓮と二人でいるのか。

 

「泳ぎの練習したいっていうのに、その水着はダメだろ……」

 

「分かってないよ、Pさんは。女の子は、いつだって綺麗な姿を見せたいものなんだから。……それとも、Pさんはスクール水着が好きだったり?」

 

「んなわけあるか!?」

 

 顔を真っ赤にして叫ぶ私。

 

 事の発端は、水泳が苦手な加蓮が、どうしても泳げるようになりたいと訴えたこと。夏になるまでに、どうしても。何度も何度も手を変え品を変えのお願いに、折れてみたらコレである。

 

 なぜ、レジャーの海水浴で着るような水着で来るのか。見た目より、機能性重視を私は望んでいる。とはいえ、着替えてというわけにもいかず、私は渋々と加蓮と共に、ぬくいプールの中に入ることになった。

 

「そもそも、泳ぎの練習なら、他の子に頼んだらいいじゃないか」

 

 例えば、奏とか、渋谷さんとか。すると、加蓮は、はあ、と大きく息を吐く。手を挙げて、私がさもデリカシーがないという様子で、

 

「それができたら、苦労しないって。ねえ、Pさん。例えば、私が奏や凛の前で泳げるようになりたいから、付き合ってって言ったら、どうなると思う?」

 

「どうなるって……」

 

「泳ぎの練習の間、ずーっといじってくるに決まってるんだから! 特に奈緒とか! 美嘉とか! それよりも、みんなが知らないうちに泳げるようになって、驚かせたいの!!」

 

 それは普段から、からかいまくっている加蓮の自業自得ではないだろうか。神谷さんや城ヶ崎さんが、隙を見逃さないと目を光らせているのは。

 

 だが、加蓮は一歩も引く気は無さそうだ。こうなった加蓮はてこでも動かないことを知っている。向上心と熱意は人一倍だ。今日は、主に変な方向に発揮されているが。

 

 仕方ない。こうなったら、加蓮が泳げるように全力を尽くすだけである。

 

「……私だって、普通に泳げるだけだから。あまりコーチを期待しないでくれよ」

 

「はーい! 私としてはー、Pさんがぷよぷよになっていないか確認するのも大事だったり♪」

 

 言うなり、加蓮の細い指が、パーカーの上から腹をつついてくる。何とか、沈み込まず、固いままの腹筋に一安心。

 

「うわっ!?」

 

「ほんと、固い! Pさん、ちゃんと鍛えてるんだ!」

 

「……もう、フルマラソンするのは確定したようなもんだから」

 

 多少は鍛え直しておかないと、怖くて仕方ないのだ。

 

 その後も、しばらく加蓮の攻撃に耐えて、練習に来たのか、遊びに来たのか、満面の笑顔の加蓮に付き合うことになってしまった。

 

 本来の目的を果たせたのは、私がなぜか頭からびっしょりと濡れて、加蓮がほくほくと満足げになった後。私は、ぺったりと張り付いた髪の毛を乱暴に払いのけながら、無理くりの大声を出した。

 

「はい! 練習!!」

 

「ふぅ! 満足、満足! じゃあ、泳いでみるね……」

 

 加蓮が細い体を水に沈めていく。

 

 まずは水になれるように、体を浮かせて、簡単に手で一掻き二掻き。以前、グラビアの撮影で南国に向かったときと比べて、少しは水に慣れたようだ。

 

 微かに揺れる水の中、細い体がすいと進んでいく。

 

 そんな加蓮を見ていると、不思議でもなく、舞い踊るお姫様のように感じられた。滑らかな髪が水に揺れて、絹のよう。出会った時よりも、メリハリがついた体は、それは当然、アイドルらしい。

 

 加蓮が顔を伏せていてよかった。今の表情を見せたら、からかわれること間違いない。

 

 そうして数十秒たち、ざばっという大きな音が響く。

 

「ぷはっ! はぁはぁ……。 どう? 少しは良くなってるよね?」

 

 乱れていた前髪を急いで直しながら、加蓮が尋ねてくるので、私は慌てて頷きを返した。

 

「あ、ああ。ちゃんと泳げてたよ。そのくらいできるなら、別に焦らなくても良いんじゃ?」

 

「でも、夏になったら奏と海でしょ? Pさん、こっそり計画してるの知ってるんだから」

 

「こっそりなのに、なんで知ってるの!?」

 

「どうしてかな?  ……でもさ、奏達と遊んでるときに、やっぱり付いて行きたいんだ。置いてけぼりなんて、まっぴらごめんだもん。

 というわけで、Pさん。改めて、水泳教室、お願いね」

 

 確かに、まだ泳げるというよりは、水遊びくらいの技量だ。加蓮は昔の事情もあって、まともな水泳の授業を受けていないというから、これも頑張ってきた成果だろう。

 

 となると、泳げる形を教えるのが良い。

 

「じゃあ、まずはバタ足とか、クロールとか、泳ぎの形から見ていくとしよう」

 

「先生! ちょっとはさわってもいいよ?」

 

「言ってないでまずは始めなさい!」

 

 予約の時間は二時間くらい。既に三十分余りが経過していたから、あまり時間はないのである。加蓮のからかいたげな瞳をよけながら、私も泳ぐフォームを見せながら、加蓮の泳ぎ方にコメントを加えていく。

 

「もう少し肩の力を抜いた方が良いな。ちょっと力任せになってるとこ、あるから」

 

「こんな感じ?」

 

「で、掻いた後は、少し流れに身を任せる。それで、ゆっくりまた掻く。……うん、いい感じ」

 

 流石に、物覚えが早い。レッスンのおかげで体の使い方も分かっているのだろう。アドバイスをうけると、すぐに加蓮は吸収し、動きを改善させていく。

 

 そんなどんどん上手くなる加蓮を見ていると、私だって教えるのが楽しくなってくるのだ。

 

「……さすがにプロデューサーやってると、教えるのも上手だね」

 

 手を片手ずつ、交互に支えながら、クロールの動きを伝えていると、加蓮が感心したという様子で呟く。

 

「どうだろう? 仕事相手にイメージとかちゃんと伝えないといけないから、分かりやすい言葉とか、普段から気にしているからかもね。

 加蓮の方こそ、さすがは人気アイドルって感じだよ」

 

 すると、不意に加蓮が悔しそうな顔をした。

 

「そのアイドルと、水着で、こんな距離で一緒にいるのに……。Pさん、あんまりドキドキしてないの?」

 

「だから、なんでそういうとこ気にするんだって」

 

 からかいの一環か、そんな言動がさっきから多いのは気になっていた。

 

「アイドルだもん。身近な他人の反応は、気にして当然でしょ? ……どうなの?」

 

 加蓮が泳ぎを止めて、澄んだ瞳を向けてくる。

 

 何も思わないのか、と言われれば、それは嘘だ。だとしても、いちいちドキドキしてたら、仕事にならない。アイドルプロデューサーをしている身の上で、それを表に出すのも、よくはない。

 

 ただ、そう言う加蓮はどこか、物悲しそうな色を瞳の奥に湛えていて。

 

「それは……。いや、ほんとは平気ってわけじゃないんだ」

 

 だから、ぎりぎりの境界を渡るように、小声でつぶやく。

 

 加蓮が魅力的じゃないっていうなら、この世に魅力的な人なんていない。

 

 そこまでごにょごにょと口を動かした時だった。ざぶん、と大きな音。目の前から加蓮が消える。下を見ると、水に潜った加蓮は、私から顔を背けていた。それから、少しして水から飛び出し、ついでとばかりに水をかけてくる。

 

「加蓮?」

 

「まあ、焦るつもりはないんだけど……。妹扱いじゃないなら、良いかなって」

 

 不思議な表情で小声でつぶやいた加蓮は、そのまま再び水に潜ると、すいと泳いでいく。あっという間に上手になった泳ぎ方。私は呆然と加蓮の背中を見送るしかなかった。

 

 

 

 その後は、元気いっぱいに戻った加蓮と共に水泳のレッスンを続けた。

 

 加蓮はどこか落ち着いたように、からかう様子もなく、しっかりと泳ぎに集中していく。それは、どこか目的を達成したような、そんな印象を与えてきた。

 

 クロールに、平泳ぎに。それに息継ぎも。まだ不器用だが、形になっていく。それを間近で見ていた私は、唖然とするばかりだ。

 

「……ほんと、上達が早すぎるな」

 

 元々、加蓮は器用な子だ。体力的な問題があった最初の頃は、それが足かせになって上手くレッスンでも結果を出せなかったけれど。それがどうだ。今は体力も十分になって、ネイル趣味を得意とするほどの器用さと集中力が、この上達の速さに繋がっている。

 

 ぱしゃりぱしゃりと、加蓮がゆっくりながらもコースの端から端へ。二十五メートルを泳ぎ切った加蓮は、満足げにプールから上がると、私の所へと駆けてくる。

 

「ねえ、見ててくれたよね? 私だって、ちゃんと泳げるんだから!」

 

 達成感と充実感にあふれた顔がそこにあった。

 

「ちゃんと見てたよ。それにしても、ほんと、短い時間だったのにすごいと思う。……随分、気合入れてたな、加蓮」

 

 遊び目的とは言え、普段のレッスンと同じくらいの気迫を感じられた。

 

 すると、加蓮は照れ臭そうに笑いながら、

 

「うん。だって、できないことが『できる』に変わるのって、楽しいんだ。もう、昔とは違って、やるかやらないかだけ。他に邪魔するのはないなら、飛び込んで、できるようになりたい」

 

 花咲くような加蓮を見ていると、とても勇気をもらえるのだ。

 

 それは、アイドルとしての魅力だけでない。頑張っただけ、頑張りが形になる。そんな生きるために必要な、希望を、加蓮は目の前で見せてくれる。

 

 今日もまた、加蓮は一つ『できる』を増やしていく。アイドルとして、それを他の人に広げて、伝えていく。

 

「じゃあ、今度は背泳ぎ覚えたいな! Pさん、また付き合って!」

 

「……今度は運動用の水着で来てくれよ」

 

「さあ? どうしよっかな? でも、どんな私でもPさんを夢中にするのに、変わりはないからね?」

 

 見た目だけじゃなく、その夢と人生で。加蓮の姿は、私たちの目を捕らえて離さない。

 

 そんな加蓮の背中を支えられることは、私にとって、確かな誇りなのだろう。




それでは! どうか加蓮に清き一票を!!
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