モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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4月30日「ヴァルプルギスの夜」

 4月30日。

 

 外回りを終えた私は、少し疲れた肩をほぐしながら事務所へと戻ってきた。夕暮れも終わって、深い青色が広がる空を見上げながら、部屋で待っているだろう二人の顔を見てから帰ろうとドアをくぐる。

 

 そこから広がるのは、いつも通りの明るく、広いロビーのはずだった。

 

 購買や弁当屋が品物を広げたり、アイドル達がソファに座りながらドリンクを飲んでいたり……。

 

 そんな場所のはずだった、のだが……。

 

「な、なんじゃこりゃ!?」

 

 私は鞄を取り落としながら叫ぶ。

 

 目の前には、普段のロビーとは似ても似つかわしくない景色が広がっていたからだ。

 

 光あふれた純白の壁には、各種暗色のペイントやら壁紙が貼られ、キャンドルや、どこか幽霊じみた可愛い人形がぶら下がっている。さらに、ロビーに設置されているのは、これまた燭台が置かれた、巨大な円卓。その上にはチキンやらパンプキンパイやら、おそらくはアイドルが手作りしたのだろう、豪奢な料理が並べられている。

 

 何より、

 

「あ! Pさん、お疲れ様!」

 

「ふふっ、驚いちゃってるわね」

 

 魔女の宴のような様相のロビーには、魔女のコスプレをしたアイドル、そして、困惑気味ながらも思い思いに楽しんでいるプロデューサーたちが溢れかえっていた。

 

 それは、私に話しかけてきた加蓮と奏も同様。

 

 二人とも、装いが違う魔女衣装に身を包んでいた。

 

「私は、小悪魔風の魔女。ちょっとした仕組みで、羽も動くんだよね」

 

 言いつつ、加蓮の背中につけられた蝙蝠風の羽がパタパタと動く。頭に被った魔女のとんがりハットにも、小悪魔の角が付けられ、スカートからは尻尾まで。

 

 そんな、くるりと回りながらチャーミングに笑う加蓮を見るなり、私は頭までしびれたように誘惑されてしまった。

 

 しかし、その陶然も長くは続かない。

 

「……っ!?」

 

 呆然としていた私の頬に、細い手が添えられる。柔らかく、それでも強い力で向きを変えられた私の視線は、今度は、愉しそうな笑みを浮かべた奏へと。

 

「加蓮がかわいいかわいい魔女っ子なら、私は深淵に誘う魔女という所かしら?」

 

 奏の顔が近くに。アイシャドウや唇は、いつもよりも存在感がある色。その上で、肩や胸元を大きく開いた煽情的な魔女コスの上に、黒いストールを羽織っていた。

 

 魔女の館の奥で、ワインをゆらしているような。

 

 そんな魔女の指が、ゆっくりと撫でるように下へと流れ、顎へと添えられて。

 

「……今宵は魔女の夜。太陽が邪魔をするまで、貴方は私たちの虜。ねえ、貴方はどちらと過ごすの? 可愛い小悪魔と、私。……ふふっ、決められないなら、私たちで分け合っちゃうなんて言うのも一興ね」

 

 いつの間にやら、奏の隣に、加蓮まで並んでいる。小悪魔と名乗った以上に、妖艶な表情を浮かべて、獲物を前に舌なめずりするように。

 

 二人の、魔的な魅力。ぐらぐらと理性が揺さぶられた私は、彼女たちへと引き寄せられ、

 

「……っ! 誘惑には負けん!!」

 

 思い切り尻餅をつくように、そこから逃れた。

 

 すると、二人とも残念そうな、楽しそうな、普段と同じ笑顔を浮かべる。くすくすと、くすぐるような音。いつもと同じパターンだが、周りの雰囲気に、コスチューム。二人の演技も合わさって、破壊力は抜群だった。

 

「最近はPさんも、ちょっと手ごわくなっちゃったから♪」

 

「久しぶりに、ね。かわいかったって言ったら失礼だけど……。ふふっ、でも、そうやって抗っちゃう貴方が素敵よ」

 

「……もう、なにがなんだか」

 

 私はただ、冷や汗を流しながら困惑するしかない。

 

 帰ってくると、事務所は魔窟と化しているし、魔女になった二人は私をからかってくるし。……いや、後者はいつも通りなんだけれど、ね。

 

 すると、普段通りに戻った奏が、ウィンクをしながら説明をしてくれる。

 

「4月30日から5月1日の夜。この夜は『ヴァルプルギスの夜』って呼ばれているのよ」

 

「……何の夜って?」

 

「ヴァルプルギス。端的に言ってしまえば、魔女の宴ね。ケルト文化に由来して、今でもヨーロッパでは魔女のコスプレをして皆で楽しむ祝宴になっているそうよ」

 

 近頃では、有名なアニメーションで取り上げられたこともあって、名前だけは認知度が上がっているそうだ。その名前の意味までは知らない人が多いだろうが。

 

 いずれにせよ、日本では、まだまだマイナーすぎるイベント。

 

 私は、ほおほおと頷きながら周りを見る。確かに、この部屋といい、みんなの恰好といい、そのイベントになぞらえているが……。問題は、なぜ、そのイベントが事務所で開かれたのか。

 

「そりゃもう、私たちの中で、そういうイベントが大好きなのは……」

 

 加蓮が指先を向けると、ホール中央階段に作られた祭壇に堂々と立つ姿が目に入った。

 

「今宵は呪われし同胞たちの宴!! 世の縛りから解き放たれ、欲望のままに楽しもうぞ!!」

 

 他のアイドル達よりも、一段も二段も気合が入った衣装は、まさに魔女の大ボス。しかも、おそらくは手作り。そして、独特の熊本弁(仮称)を操る者といえば、一人しかいない。

 

「……神崎さん発案か」

 

 私は納得の息を吐いた。

 

「あと、サポートに飛鳥も。二人して気合入れちゃってね、担当プロデューサーさん通して社長にまで話しとおしたんだって」

 

「ほとんど秘密で進めていたみたい。私たちも、さっき教えられたわ」

 

 このイベントをサプライズで開こうとすれば、社長に許可を貰わないといけないが、よく許可が……。いや、あの社長なら笑って出すだろう。専務辺りが反対したかもしれないが、あの人も大概乗せられやすいところがあるから。

 

 それでも、食事の用意を手伝った三村さんや佐久間さんをはじめとした、一部アイドル以外には知らされていなかったそうだ。

 

 だが、ノリの良さに定評のあるうちの事務所。コスチュームを渡されてしまえば、後はこの通りに大宴会の始まりである。

 

「それで、二人も魔女に大変身ってことね」

 

「似合ってるでしょ?」

 

「怖いほどに」

 

 言うと、二人は意味深な視線を私に向けて、そして、互いに頷きを交わした。

 

 何を考えているのだろうか。……ほんとに恐ろしいのだが。

 

 そんな予兆に、戦々恐々としていると、二人が隅から紙袋を手渡してきた。その中には、男性用だろう、黒いローブが入っている。

 

 広げてみると、ちょうど私とピッタリなサイズ。

 

「せっかく魔法使いの夜。スーツでいたら、呪われちゃうわよ?」

 

 だそうなので、奏に促されて、私もローブを羽織ってみる。そこで、後ろからポンととんがり帽をかぶれば、不格好ながらも魔法使いに見えるだろうか。

 

 さらに、ローブのポケットには、某映画に出てくるような杖まで収められていた。手に持ってみると、何だか、ホンモノの魔法使いにでもなれそうで……。

 

「……ふふふ、『ウィンガー……』なんて」

 

 ちょっと楽しい。

 

「あ、スイッチ入っちゃったわ」

 

「うちのPさんだけじゃなくて、どこもプロデューサーさんって子供っぽいところあるよね。紗枝と周子のプロデューサーさんなんて、陰陽師の格好してたり」

 

「ただ、あいつの場合は手持ちなんだよな……」

 

 今も、悪霊退散だのなんだの大真面目に言っている同期。私も人のことを言えないが、普段はまるきり紳士なのに、変なスイッチが入るとああなる。

 

 そんな彼の近くに、虚空を見つめて一喜一憂している白坂さんがいるのは、少し意味深。

 

 他にも、魔法使いとはいっても、特撮の魔法使いキャラに扮した神谷さん担当の先輩。佐久間さんの担当は、どうしたのだろうか。ぼんやりとしたまま佐久間さんにされるがままになっている。

 

 魔女、魔法使い。日常の陰に隠れて、非日常を生きるモノ。その仮装をしているからだろうか。せっかくの魔女の夜に、皆は思い思いに楽しんでいた。

 

 私たちも例にもれず、同僚たちの間を歩き、各々の衣装を褒めあったり、少し踊ってみたり。

 

 そうして、時間が過ぎていって……。

 

「でも、こういう雰囲気もいいわよね。日常を過ごす空間が非日常に。かつて歴史の陰で生きた魔女は、きっと華やかさとは無縁だっただろうけれど」

 

 歩き疲れた私たちは、椅子に座って軽い食事を楽しんでいた。

 

 奏がパンプキンパイを持ち上げ、フォークで小さく切り分ける。艶やかな口に一欠けらを運ぶと、美味しそうに眼を細めた。すると奏は、もう一つフォークを取り出し、一欠けらを取ると、私の口へ。

 

「せっかく、日の元に出れた魔女と魔法使い。今はアイドルもプロデューサーもないわ。はい、どうぞ」

 

「それじゃあ、遠慮なく」

 

 フォークを受け取ろうとしたら、それは拒否されて、加蓮に後ろから羽交い絞めにされながら口へ運ばれる。

 

 甘いけど、複雑な気分。

 

「じゃあ、今度は私の番だね」

 

「当番とかじゃないと思うんだけど……」

 

「不公平になっちゃだめだよねー。はい、チョコケーキでいいかな? 真っ赤なベリーソース付き♪」

 

 奏のを、受け取ってしまった手前、加蓮のも拒否することはできない。加蓮はうっすら頬を染めながら満足げ。舌に蕩けていったチョコケーキも濃厚で、少し酸味があるソースと合わさって美味であった。

 

 すると、

 

「ふふっ……」

 

「あら……」

 

「……あの、お二人とも、なんでそんなにこわ、いや、楽しそうな顔を」

 

 二人が不意に距離を詰めてくる。加蓮も奏も、意味深な表情で、これまた怪しげな笑みを浮かべている。そこまで近づかれると、ほんと、いつもよりも妖艶な衣装も相まって、気が気でない。

 

 耳元でこそばゆいほど微かな声。

 

「ちょっと、ドキドキしてきたんじゃない?」

 

「ね? 頬が赤いよ?」

 

「それは、二人がこんなに近くにいたら」

 

 魅力的なアイドル二人相手。当然だろう。しかし、二人の笑顔は、どこか違う意味を込めているように見えた。

 

「そう言ってくれるのは、嬉しいな。……でも、ほんとに、それだけかな?」

 

「……え? え?」

 

「魔女の特徴って何かしら。一般論として、呪い、薬草、それに……。怪しいお薬」

 

 いやいや、そんなことはないだろう。なんて考えてみたが、ちょうど目の前で、怪しげなフラスコを片手に立ち去っていく一ノ瀬博士。そのフラスコの中身は、あのソースのように赤い色。

 

「……っ。いやいや、さすがにただのからかいだよな? な?」

 

「さぁて? どうでしょう? でも、せっかく魔女になってみたんだし」

 

「いつも通りなんて、面白くないでしょう?」

 

「からかわれるのは変わらないじゃないか!? しかも二回目だ!!」

 

 耳元に響く、悪戯な笑み。男心を揺さぶる、二人のアイドルの声。それを聞きながら、夜が明けても、新時代になっても、こうしてからかわれるのは変わらないんだろうな、なんて。

 

 もしかしたら、私にも魔法があるのだろうか。そんな恐ろしくも、楽しい未来がはっきりと思い浮かんでしまう。そうして二人に翻弄されながら、特別な、でも平凡な夜が更けていった。




奏も加蓮も、魔女コス似合いそうですよね。

妖艶な可愛らしい魔女衣装、こないかな。
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