モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

63 / 99
5月1日「扇の日」

「えー、明けまして、でいいのかな?」

 

「それはちょっと違うんじゃないの? お正月になったわけじゃないし」

 

「元号が変わったと言っても、日本だけ。世界全体で見れば、特別でない毎日と変わらないわ」

 

「じゃあ、普通におはようでいいか。おはよう、二人とも」

 

「ええ。新しい時代をあなたと迎えられて嬉しいわ、Pさん」

 

「これからもよろしくね♪」

 

 長く生きてきた平成の世の中が変わって、令和という時代を今日、迎えた。

 

 実際に時代をまたいだ気分を聞かれると、いまいちピンと来てはいない。私は平成になって直ぐに生まれた人間で、加蓮と奏はど真ん中な平成世代。どちらも、生きている時代の名前が変わるというのは初体験。ワクワクでもあり、不安でもある。

 

 若い二人はともかく、私など『平成生まれは遅れてる』などといつかは言われそう。一方で、新時代という響には大いなるロマンを感じて。

 

 とはいえ、私たちの日常は変わらなかった。新時代にまつわるイベントに呼ばれたりもしたが、それくらい。

 

 時代が変わった日を、私たちは部屋のソファでのんびりとお茶を飲みながら過ごしていた。

 

 お客さんが訪れたのは、そんな時のこと。

 

「どーもー、おじゃましまーす」

 

 のんびりとした柔らかい声。もちろん聞き覚えがあって、ノックもなしに入ってくるくらいに親しい相手だった。奏がテーブルにカップを置くと、すまし顔で声をかける。

 

「周子、いきなりどうしたの? ここ数日、見なかったけれど」

 

「ちょっと京都に行って、お仕事してきたんだよね」

 

 その割に服装がハワイアンなのはどうしてだろうか。

 

 奏のLiPPS仲間であり、私たちとも縁が深い塩見周子さんが手に小さな包み紙を持ってきていた。

 

「というわけで、お土産。二人とプロデューサーさんの分も」

 

「あ、私のも?」

 

「そーそー。ほら、この間、京都撮影のお土産くれたでしょ? あの金平糖、結構おいしかったから」

 

 ちょっと奮発した高級品。和菓子屋の娘である塩見さんにも喜んでもらえたなら嬉しい。そのお礼だと言って、それぞれ手渡してくれたのは、細い包みだった。

 

「これは?」

 

「ん? 扇。お土産屋さんのよりはちょっといいヤツだから、大切にしてね?」

 

 許可を頂いて包みを開けてみると、塩見さんが言う通り、扇が出てくる。広げてみると、上質な和紙に花の模様。私のは白地に桜で、奏は空色に桔梗。そして加蓮は薄緑、というかミントっぽい色にユリ。

 

 私はスーツに扇で、ちょっとアンバランスかもしれなかったが、奏と加蓮には当然、よく似あう上品な品だ。

 

「なーんとなくのイメージで選んだけど、よく似合っててよかったよ」

 

 そう言って、塩見さんはふらふらと手を振りつつ部屋を出ていく。この後は別のチームにお土産を持っていくのだそうな。口ぶりとは違い、きっとみんなに合った柄を選んでくれたのだろう。彼女も、最近は特にしっかりしている気がする。

 

 そんな彼女を見送った後、私は改めて扇を触ってみた。

 

 学生のころ、京都旅行で扇を買ってみたが、お世辞にも高品質といえず、しばらく使ったらすぐに破れてしまったことは良く覚えている。それと比べると、これは破格に上質な品だろう。もしかしたら、実家から貰ってきてくれたのかもしれない。

 

 扇を手に、じっと眺めたり、軽く振ったりしていた私に、加蓮が面白そうに尋ねてくる。

 

「Pさん、あれやらないの? あのバッて広げるの」

 

 加蓮が言っているのはアレだ、扇の端をもって、振る動作。そうすると、扇は最後まできれいに広がる。カッコいいのは間違いなく、子供たちがやりたがるのだが、扇を痛めてもしまうのだ。

 

「さすがに、それでだめにしちゃうのはこりごりだからね」

 

「じゃあ、やっぱりやったことあるんだ?」

 

「加蓮もやりそうだよね」

 

 それも夢中になって。

 

 すると、加蓮はすぅっと目を細めて、扇を口元に当てて、ゆっくりと開いていった。いつぞやの着物での撮影を思い出させる、和の艶美な仕草。

 

「私はわんぱくより、大人の魅力を出したい気分なの」

 

 吐息多めの台詞に、扇で隠されていないのは視線だけ。

 

 そんな加蓮は、和と洋、大人と少女が入り混じる不思議な魅力を感じさせた。この間のジュエルテーマの撮影以来、加蓮の大人っぽい魅力がさらに増したように感じているが、思わず頬に熱をもってしまうほど。

 

「……ん、まあ、その、そういうのなら扇も似合うな」

 

「ふふっ、見て加蓮。Pさんったら真っ赤になっちゃってるわよ」

 

「分かってるから、言わないで!?」

 

 奏に言われると余計に恥ずかしくなるじゃないか。

 

 

 

 その後、二人は扇を手に、いろいろとポーズを決めてみたり、ダンスに取り入れられないかと検討もしていた。そのあたりの考え方は、さすがはアイドルと思わされる。

 

 また、着物を着る様な、和風の仕事を入れても良いかもしれない。

 

 そう考えていると、奏が楽し気に呟く。

 

「でも、不思議ね。時代の名前が変わった日なのに、こうして伝統の小道具を使って、踊りや撮影のことを考えているなんて」

 

「そこは、ほら、アイドルとかは時代も越えていくものだから」

 

 温故知新というのが正しいのかもわからないが、アイドルの歌や踊りも、古くからある伝統を下地にして、発展させてきた文化だ。最新の時代に生きるアイドルの技術にも、歴史は生きている。

 

「羽衣小町なんて、その最先端かもしれないね。着物で、扇を使って。でも音楽は和風のロック。Pさんの言う通り」

 

「特に扇って、昔から舞とか歌を書くのにも使われてたらしいし、逆に今日にはふさわしいのかもしれないな。長くアイドルの傍にあった道具として。

 さっき加蓮がやったみたいに、扇で顔を隠したり。そうして、不思議な魅力を引き出すのは伝統的な手法でもあるんだ」

 

 隠されたものを見たいというのは、人間で共通する興味の心。特に奏の持ち味であるミステリアスな魅力は、まさにその心から生まれるモノだろう。知りたい、分かりたい、理解したい、と。

 

 そんな話をしていると、奏がふと思いついたように、扇を広げて顔の前でかざしてみせる。

 

「顔を隠して、秘密を作り、その奥を知りたければ、もっとこちらへ……。

 ねえ、聞いたことある? 平安時代は、恋の相手の顔を見れるのは、結ばれる時だけだったそうよ。それ以外の時は、言葉を交わすだけか、会えてもこうして顔を隠すの」

 

「それは聞いたことあるな。なんだっけ? やり取りも歌だけだったり」

 

「みんな、Pさんみたいにロマンチストだったの?」

 

 いやいや。そんなまさか。

 

 しかし、奏はまさにその通りとでも言いたげに、笑みを輝かせた。

 

「呪いや占いが信じられていた時代だもの。名前も、顔も、教えるのは本当に信じられて、結ばれたい人にだけ」

 

「へえー、ほんとにロマンチック」

 

「それと、もう一つ。昔はお化粧が崩れやすかったから、顔を隠しておいた方が一安心だったみたいね♪」

 

「それ聞いて、気持ちはよーく分かりました」

 

 加蓮が心底理解できたと言いたげに、扇に頭を下げる。

 

 調べたところ、昔のお化粧は質が悪く、厚塗りが基本だったそうな。そうなれば、固まった白粉がひび割れたり、パラパラと零れてしまうことも多々ある。崩れた顔なんて、見せたくないというのは、女性にとって当然のこと。

 

「それはそうだよ。私だって、今日は失敗しちゃったかなって日は外に出たくなくなるし。ましてPさんたちの前に出るのは嫌だもん」

 

「右に同じね。大切な人の前に出るのは、いちばん綺麗な私でいたい。今も昔も。もう役割を終えたけれど、扇は私たちを守る仮面だったのかもしれないわ」

 

 なるほど、と私は頷く。

 

 加蓮も奏もオシャレには人一倍気を使っている女の子だ、遠い昔といえど、そんな気持ちは共感できるものだったのだろう。

 

「でも、昔の人も大変だっただろうな。顔も見れないで、結婚相手とか決めるのって」

 

「ふふっ、案外、相性を図るのにはちょうどいい方法だったかもしれないわよ? 今の時代よりもね。

 私は見た目もその人の一部だし、心が出てくる大切なものだと思っているわ。それでも、歌や声だけで気持ちを通わせるのも、一つの純粋な行為だと思えるの」

 

 先入観もなしに、相手が選ぶ言葉や単語、気持ちを込めた声だけで、恋をして、愛を知る。

 

 言うなり、奏はそっと目を細め、扇を広げた。今度は顔がすっぽりと隠れるように。私の側からは、奏の表情は伺い知ることはできない。

 

 聞こえてくるのは、奏の声だけ。

 

 鈴を転がすような、あまくて、少し刺激的な音の響きだけだ。

 

「どうかしら? こうして顔を隠していても、貴方には気持ちが伝わってくれる?」

 

 確かに、こうして声だけでやり取りをするのは、なんとも特別な気持ちになる。けれども、

 

「やっぱり、声だけじゃなくて、ちゃんと奏を見たいな」

 

 時には電話で話し込むのも、相手との距離を縮める手ではあるが、私としては奏の姿をちゃんと見ながら話をする方が好きだった。

 

 すると、奏も扇を畳み、にっこりと微笑みを浮かべる。

 

「ありがとう。確かに、こういうのも風情あるけれど、声だけで十分なんて言われたら困っちゃうところだったわ」

 

「ねえねえ! じゃあ、私は?」

 

「そりゃ、決まってるよ。ほら、扇を下げて」

 

 今度は加蓮が扇で顔隠しするが、加蓮の場合も気持ちは変わらない。

 

 奏の涼やかな声、加蓮のとろける様な甘い声。どちらもそれだけで人を引き付けることができる。だが、あの扇の奥にある、加蓮のころころと変化する表情、奏の冷静な中からふと漏れる感情はかけがえがない魅力だと思っている。

 

 それが見れないのは、もったいない。

 

「Pさんは平安時代には似合わないのかもしれないわね」

 

「二人とそうそう会えないっていうのなら、ちょっとごめん被るな」

 

「ほんと、たまにそういうこと言うんだよねー

 あ、私たちもやってみたんだし、Pさんも顔を隠してみたら? ちょっとだけ」

 

 加蓮が私の扇を広げて、顔の前に。というか、けっこう近くて、ほとんど視界がゼロになってしまう。

 

「ここまで近づけると何も見えないんだけど」

 

 などと、軽く抗議をしてみる私。

 

 しかし、

 

「……」

 

「……」

 

 何でもないことのはずだった。

 

 加蓮と奏も同じことをしたし、それが私の顔になっただけ。

 

 だが、不思議なことに、返ってくるのは無言ばかりだった。先ほどとは打って変わった様に、私はにわかに不安になる。もしかして、声が変だったり、顔を隠したらおかしいとか思われているのだろうか。

 

「あ、その、そういうことじゃないんだけど……」

 

「ええ。声も、格好も、いつもと変わらないけど……」

 

 ようやくの声は、どこか、こそばゆい感情を運んでくる。

 

 そして二人に妙な緊張感を感じたまま、身動きができない私は、ふいに音とは違う感触を得る。

 

(甘い香り……)

 

 二人のつけている、香水の香り。普段は微かにしか感じ取れないそれが、近くに来ていた。一度目が奏で、二度目が加蓮。

 

 扇の奥、見えないところで一瞬。すぐに離れて消えていく残り香。

 

「はい。ここまで!」

 

 ぱっと明るくなるように。視界が晴れて、いつもと変わらない二人の顔が見える。奏はすまし顔で、加蓮ははにかむような笑顔で。

 

 扇で隠す前と何も変わらない。けど、ちょっとだけ違いがあるような……。

 

 だが、そんな当惑も、あの香りと一緒に消えていく。

 

「なーんでもないよ。でも、Pさんには見えないっていうの、たまには良いかもね」

 

「私たち二人とも、そんなに素直な方じゃないから」

 

 そうして、顔を隠すこともない、普段通りの日常に戻っていく二人に、まだ呆然としたままの私は置いていかれるばかりだった。




そろそろ総選挙も後半戦!

奏と加蓮への応援、お願いいたします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。