モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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5月4日「ノストラダムスの日」

「Pさん、これ持って行った方が良いよ?」

 

「……これは?」

 

「ぴにゃこら太人形。昨日、奈緒がガチャガチャで当てたの、貰ったんだ」

 

 加蓮から手渡された緑のぶちゃいくを見る。あの、どこが可愛いのかは分からないけれど、記憶に残ってしまう存在感のままサイズダウンしたぬいぐるみに、キーホルダーの鎖が付けられたもの。

 

 それは良いのだが、加蓮はなぜ渡してきたのだろうか。

 

 そして、加蓮だけじゃない。

 

「私からも。これ、良いんじゃない?」

 

「今度は、サングラスか」

 

 ハリウッドスターが使うような結構派手目のヤツが奏から渡される。私が普段使いするには難しいセンス。奏なら似合うだろうけど、身分を隠すどころか、周囲から目立って仕方なくなるだろう。

 

(……で、これは何なのだろうか?)

 

 私は手の中に納まった、二つの贈り物を見る。

 

 二人はこれからレッスン、私は営業で外を回る予定だった。二人の次なるライブの打ち合わせ。先方は何度も出会った相手で、特に変わったことはない。私はいつも通り、身支度を仕上げて、ドアから出ていこうとしていた。

 

 そんな時に、二人がそれぞれ、謎グッズを手渡してきたのだから、私としては困惑をするしかない。

 

「まあまあ、特に何もなかったら笑い話だし」

 

「別に持っているだけでもいいの。鞄の中に忍ばせて、気が向いたらかけてみるくらいでも、ね」

 

「そういうなら、じゃあ」

 

 二人とも曖昧な答え方。疑問が解けたわけではないが、時間が余っているわけでもなかった。私は二つの珍品を鞄にしっかりしまい込むと、ドアを出て、

 

「じゃあ、無事に帰ってきてねー」

 

「怪我がないのが一番よ」

 

 なんて不吉な二人の声に送り出されるのだった。

 

 

 

 そして、数時間後。

 

「あ、帰ってきたんだ! ……って、あー」

 

「本当に当たっちゃったわね」

 

 レッスンを終えたのだろう、少し疲れた様子の二人がドアを開け、そして深いため息を吐く。その視線の先にあったのは、濡れ鼠になって、髪にタオルをあてている私だった。奇しくも、二人の忠告通り、困難極まる営業活動となってしまったのである。

 

「……」

 

「何があったの?」

 

「……上からバケツの水をかけられて」

 

「それから?」

 

「足の小指をぶつけて……」

 

「まだありそう」

 

「自販機に千円のみ込まれたり、打ち合わせ先の人が、急病だったり」

 

 致命的ではないが、不幸な出来事が立て続けに起きていた。車に轢かれたり、誰かに絡まれたりしなかったのは良かったが、そんなことが起きていたかもしれない。

 

 不思議なのは、この不幸な出来事が起きるだろうと、二人が予想していたこと。

 

 私が服を変え、髪を乾かし終えるのを待って、二人がデスクのところまで一冊の本を持ってきた。

 

「今日発売のファッション誌なんだけど、ここ」

 

「でも、普通の占い欄に見えるけど」

 

 この星座の人はラッキーデーやら、運勢が悪いからラッキーアイテムを持ちなさい、みたいな。紙面の構成としては一般的な占いコーナー。年若い女性たちが面白半分ながら覗くところ。

 

 加蓮も奏も、もちろん、そういった雑誌を見ているが……。

 

「二人とも、あまりそういうのは気にしないと思ってた」

 

「いつもは、ね。けれど、ほら、今日占いしたのがこの二人なら、私たちだって考えるわよ」

 

 言われ、奏の細い指が置かれた先を見る。

 

 いつも占いを担当する、何とかという占い師は今日は休み。その代わりとして占いを担当した人の名前を見て、私は、雑誌を持ったまま深く深く、溜息をついた。

 

 そして、叫ぶ。

 

「……よりにもよって、依田さんと鷹富士さんかぁー!!」

 

 GWの特別企画、噂の幸運アイドルによる診断。

 

 そのお鉢が回ってきたのが、我が事務所のスピリチュアル二大巨頭となれば、加蓮も奏も気にせざるを得なかったのだろう。

 

「神様とか運命は信じてないけど、茄子さんと芳乃は」

 

「ほんと、この企画をした人、あの二人を甘く見ていたわね」

 

「それで、私の運勢が……」

 

 

 

 大凶

 

 

 

『外に出るのは危ないので、家でゆっくりしてください。特に、午後からは命にかかわりますよー』

 

『それでも出なければいけないなら、災いを払う道具を身につけるべきかと~』

 

 デフォルメされた二人の顔と台詞。

 

 ズバリ、私の誕生日がそこに載せられていた。

 

 誕生日。

 

 そう、誕生日である。

 

 なぜここだけ誕生日なんだ。他の所は星座で大雑把な区分けなのに!?

 

「狙い撃ちというか、それだけ運が悪かったというか」

 

「それでラッキーアイテム、いいえ、厄除けがサングラスとぴにゃこら太だったのよ」

 

「それまた珍しいチョイスだな……」

 

 私は鞄から、二人が渡してくれた二つの厄除けを取り出す。ぴにゃこら太はずぶぬれになって、サングラスは微妙に傷がついてしまっていた。

 

 もしかしなくても、厄を破ってくれたのだろうか。

 

 そうなると、途端に申し訳なさが溢れてくる。

 

「あー、そのごめん。せっかく貸してくれたのに」

 

 ぴにゃこら太は加蓮が友達から貰ったものだし、サングラスは値段が張りそうなもの。無事に戻せなかったのは申し訳ない。そうして頭を下げるけれど、二人は苦笑いしながら。

 

「もうっ、気にしないでいいわよ? 貴重でも物は物。それでPさんが無事に帰ってこれたなら安いわよ」

 

「奈緒には後でお礼を言わないとね」

 

 とのことだった。そう言ってくれるのは、本当に嬉しい。

 

「二人とも、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

「占いによると、屋内にいれば安全らしいから、ここにいる間は大丈夫そうね」

 

 奏がテレビのスイッチを入れる。時刻は午後五時。二人はこの後、レッスンなどの予定はなく、後は私たちでスケジュールを確認してから解散の予定だった。

 

 ちょうど夕方のワイドショーが放送される時間。いつも、何となく情勢が分かればいいと、数分付けたりするのだが。

 

「あら、ここでも」

 

「彼女って、確か……」

 

 ロケのVTRに出ていたのは、別の事務所の新人アイドル。何度か仕事先でも見かけたことがあるが、謙虚で真摯な女の子だったことを覚えている。

 

 その子が、全身をお守りやら、珍妙な格好で固めていた。

 

「ああ、あの子の誕生日も挙げられているわね。Pさんほど酷くはないけれど『凶』」

 

「……なむなむ」

 

 両隣に立つユニット仲間たちも周りに注意を払っているようで、普通の和やかなシーンなのに、妙な緊張感が漂っている。いい意味でインパクトがありそうで、トレンドをかっさらっていきそうな絵だった。

 

 あの子も無事に今日が終わってくれることを祈らずを得ない。

 

 そんな画面を見ながら、ふと考えてみる。

 

「占いを見た時に、凶とか出たら、今日は一日不幸だーって思ったりするけどさ。今日の私のことを考えたら、それも少し違う気がするな」

 

 朝一番から不吉の知らせを聞きたくないというのは、人の心理としては正しいけど。

 

「それはそうね。元々不幸だったのを、事前に観測して知らせるのが占い。Pさんのように、危機を回避……、できたかは分からないけど。少なくとも、毎日の向き合い方は変わるでしょうね」

 

「一方で、断言されたから、不幸になるなんてこともあるし、捉え方は難しい問題だな。ほら、二人は知ってるか分からないけど、ノストラダムスの大予言なんて、何もなかったはずなのに、信じて怖がった人は不幸になったり」

 

 鶏が先か、卵が先か。占いが先か、運勢が先か。

 

 こればかりは本当に見えているのか分からないが、鷹富士さん達にしか判断できないのかもしれない。そして、そんな運勢を信じてばかりでも、人生に迷ってしまう人もいるが……。

 

「この雑誌の企画、今回だけっていうから一安心だね。毎日、茄子さんたちの占い聞いたら、参考になると思うけど、それだけで疲れちゃいそうだから」

 

「加蓮は運命、信じていないものね」

 

「それを気にするよりは、自分の足で歩きたいから」

 

 奏も涼やかな笑顔になっているから、言葉にせずとも、加蓮とも気持ちは同じなのだろう。そんな風に未来を信じて、惑わずに向かえるのは、本当に頼もしいことだと思える。

 

 私も二人を見習って、しっかりプロデュースしていかなければ。

 

 今日は大凶だから、少しは気にしてしまうけれど。

 

 そうして、鷹富士さんと依田さんの占いを思い出すと、忘れていたことが一つだけ。

 

「ん? ちょっと待って。……帰るとき、どうしよう」

 

「あら」

 

「あー」

 

 あの占いでは、『午後』が最悪の運勢と書いてあって、命までかかわると。それを笑い飛ばすには、先ほどの営業はシャレになっていない目に合った。

 

 今度はサングラスをかけて、ぴにゃこら太の着ぐるみでも動員するべきか、なんて考えていた私の耳に。

 

「「ふふふ」」

 

 不敵な声が届く。

 

 ぎぎぎぎ、と金縛りを受けたようにゆっくりと振り返る私の目に、件の雑誌を大広げにした加蓮と、その横で口元を緩めた奏。

 

 加蓮が無言で指さすのは、先ほどの一覧表の次ページ。

 

 大枠で『最悪の運勢を避けるための方法』なんて書かれているところ。

 

「ねえ、心配性のPさん。ここにとっておきの方法、書いてあるんだけど、どうする?」

 

「ほ、方法って、なんでしょう?」

 

「よくあるおまじないよ。ええ、本当に。それでいて、効果はバツグンなおまじない」

 

 そのページに書かれている文章を読むのが怖い。

 

 占いが載せられていた『女性向けファッション誌』。それを読む人が好みそうな話題といえば、相場は決まっている。

 

 とめどなく冷や汗を流す私の横に二人の影が迫る。

 

「なになにー。『悪い気を散らしてくれる異性と腕組み歩けば、自ずと厄もはらわれましょう』だって。芳乃、すっごい的確なアドバイスだよね」

 

「厄除けだけじゃあ、不十分だったもの。こうなったら、徹底的にやらないと、Pさんが危なっかしくて仕方ないわ」

 

「あの、二人とも。私、この後、家に帰るんですけど……」

 

「うん。分かってるけど?」

 

「付いてくると、その、家が……」

 

「ええ。マンションの前までちゃんとついていくわ」

 

「やっぱりバレてる!?」

 

 二人はにっこりと笑いながら、今さら気が付いたのとでも言いたげな様子。

 

 私は乾いた声を漏らすしかない。選ぶのは、この後も不幸な目に合うか、二人と腕組歩きながら、既にバレている家へと向かうか。

 

 どちらも選ぶのにためらうが、どちらが被害が少ないかといえば……。

 

「それじゃあ、遅くならないうちに帰りましょう?」

 

 右に奏が、

 

「占いは信じないけど、これはこれで良いことありそうだしね」

 

 左を加蓮が。

 

 私は二人にずるずると連れていかれることになった。

 

 果たして、これは運が悪いのか、それともどこまでも幸福なのか。まあ、答えは決まっている。

 

 そんな私にとって大変な一日の終わりに、教訓が一つ。

 

「家の場所、知らなかったなんて……!!」

 

「思わせぶりな女には、ご注意を♪」

 

「これで本当に分かっちゃったから、嘘はついてないよ?」

 

 占いも運勢も、それをうまく使う人が強い、ということだ。

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