ダイエット。
聞くと身につまされる言葉、第一位。
プロデューサーとして、アイドルである二人には強いてしまう言葉。と、同時に中年に差し掛かり、肉体が衰えてきた私にとっても。食事の節制は苦しいものがあるが、健康な肉体を維持するためには仕方のない、日々の試練でもある。
ジャンクフードと呼ばれる脂や添加物多めの食事を好む加蓮にとっては、私や奏よりもその誘惑と我慢は大変なものだろう。そんな申し訳なさを私は心の奥底で感じてはいた。たまには、加蓮の心のゆくまま、好きなものを食べさせてあげたい、なんて。
そんな甘い夢。だが、その日が実際にやってくると……。
「んーっ! おいし♪ このお店はしんなりしてるんだね」
「……」
「えっと、ちゃんと食レポをメモして。はい、あとはPさん、よろしく」
「……」
「Pさん、どうしたの? そんなに暗い顔して」
「どうしたって、飽きたの」
私は加蓮から渡された小麦色のあん畜生。いや、失敬、フライドポテトを見る。
脂で表面がテラテラと、光を浴びて金色に輝く、塩気の効いたジャンクフード。私だって、たまにはファストフード店で食べて、その暴力的なうまさに体を癒されることがある。
好きか、嫌いかで言えば。好きな食べ物。
だが、
「八軒目は、つらいっ……!」
私は、ポテトを前に崩れ落ち、泣き言を漏らすしかない。その前には悪戯っ子な笑顔を浮かべる加蓮が、また一本、小さな口へとポテトを運んでいた。
「ほらほら、今日はノーダイエットの日っていうし」
「じゃあ、加蓮が全部食べてくれ……!」
「そんなに食べたら太っちゃう♪」
「私はいいの!?」
「大丈夫、大丈夫! マラソンしたらそれくらい消費できるから!」
「まだ決まってないって!」
なぜこんなことになったのかといえば、これも仕事の一環だった。
以前からポテトを含めたジャンクフードが好物だと公言してきた加蓮。事務所の管理下で始めたインスタグラムでも、奏や、トラプリの二人、他にも仲がいいアイドルとバーガーショップなどに行く写真が多く投稿されている。
そうなると、話題のアイドルの意外な好物とあって、広報に使いたい企業が様々な企画を持ち込んでくるのだ。以前も大型チェーン店のCMに出たり。
今日の場合も、全国のファストフードが加盟する団体が仕事相手。ありがたいことに、各店に掲載するポスターに加蓮を起用したいと申し出てくれたのだ。全国各所に掲載されるとなれば、今までの仕事に加えてさらに知名度が上がること間違いなく、私も加蓮も大いに喜んだ。
「だけど、ポテトへ一言コメントが欲しいなんてっ……!」
「私は別に良かったんだけどねー」
「じゃあ、全部食べてくれよ!?」
店を回って、それぞれのポテトの持ち味を簡単に表現する。字面にすれば簡単なことだが、そうしようと思えば当然、食べ歩きをしなければいけない。
それが、苦行。
外を歩いて、店に入り。ポテトのSサイズを注文して。そして三分の一くらいを加蓮が食べたら、あとは私が食べる。私が食べる。三分の二を私が食べる。
私が。
三分の二といっても、積みあがれば相当量だ。
「ほら、前にいっぱいポテト食べた時は私も苦しくなって、一週間くらいはポテト嫌になっちゃったでしょ? 今回のお仕事はそういうのダメだし、ここはPさんに一肌脱いでもらわないと」
「おかげで私の胃袋はポテトで占領されているんだが」
「がんばって♪」
ほんと、加蓮は楽しそうな顔するなー、なんて。
他に巻き込めそうな神谷さんや奏、城ケ崎姉妹などは誰もがお仕事。そんな日に予定を入れ、かつ、甘く見ていた私が全面的に悪いので仕方ない。次点で、押し付けてくる加蓮にもちょっと責任はある。
そういうと、
「む、その言い方はひどいんじゃない? 私はポテトを押し付けているんじゃないの。おいしいおいしいポテトを、Pさんにも食べさせてあげてるの」
したり顔で笑みを浮かべる加蓮に、私は「はははは」と音だけの笑顔を浮かべるしかなかった。
あと四軒くらい回らなければいけないのだが、既に疲れてきている。美味しいポテトとはいえ、そればかりを食べすぎるのは辛い。
どんなバラエティの仕事に出そうとも、加蓮と奏を食べつくし企画に出すのは止めようと、私は固く固く心に誓った。この日の一つの学びである。
すると、加蓮は、私の顔をじっと見つめていたかと思ったら、突然に。
「そんなに大変なら、ちょっとスパイスをあげる。はい、あーん」
「また?」
「また。
Pさんにこうするの、けっこう楽しいんだよね」
加蓮は頬をつき、少し緩めた視線のままでポテトを差し出してくる。この間のケーキだったり、奏もそうなのだが、加蓮はこういうからかいが好きなのだろう。さすがに慣れてきたから、私も素直に従って。
「どう? 美味しくなった?」
「……それは、そうなんだよな」
悔しいことに、普通に食べるよりも美味しく感じてしまう。からかわれていると分かっているのに、恥ずかしいのに。味は変わらないのに。
『だれか』と一緒にすることが特別に変えていく。
「ふふっ」
そんなことを考えていると、加蓮が不意に笑顔を零した。尋ねると、彼女は頬に色を込めながら、すこしむず痒そうに。
「ううん。Pさんも同じこと感じるんだなって。私だけじゃないんだって思ったら、さ」
「うん?」
疑問を浮かべる中、加蓮がまた一つ、ポテトをつまんで私に差し出す。
「こうやって、誰かと一緒に食べたり、食べさせたりって楽しいよねって話。寂しくないし、笑うことができるし」
加蓮の指先で、少し首を垂れているしおしおのポテト。
それはどこにでもあって、みんなが食べている量産品でジャンクフード。それでも、そうしてみんなと共通の体験をできることが、加蓮にとっては楽しいのだと。
渡されたポテトを黙って口へ運ぶ。けれど、口に入れた瞬間、にやっと加蓮が笑って指を少し前へ。触れた味は、ポテトと同じ塩味。
それが伝わってくるのに戸惑って、目を白黒させた私に、加蓮は無邪気な笑顔を浮かべた。
「こういうの好きなんだ。この場所で、この人とじゃなきゃできないってこと!」
何でもない日に、何でもないように笑って楽しんで、食事を一緒にしたり、からかったり。その楽しさを、加蓮は全身で表現していた。
「そうだね」
だから、加蓮と一緒にいると、毎日が楽しいのだろう。彼女が心の底から思ってくれているから、その気持ちが伝わって、私にとっても。
「とはいってもだな。加蓮、次の店からはポテト、半分は食べてくれよ」
「えー、やっぱり?」
「私も加蓮との時間が好きなので、食事も『一緒のもの』を希望します」
私だけ三分の二を食べてたら、全部一緒の時間とは言えないじゃないか。
加蓮は苦笑いを浮かべて、手を軽く挙げた降参のポーズ。久しぶりに加蓮を上回れたかと私がほっと胸をなでおろしていた矢先だった。
「……全部、一緒」
眼を伏せ、上げた先、さっきの感傷的な様子はどこへやら、今度こそ小悪魔加蓮は狙いを果たしたとの怖くて可愛い笑顔を浮かべていた。
「なら、私もやったし、Pさんも食べさせてくれないとダメだよねー。全部一緒にするんだったら」
「……あっ!?」
「ふふ、油断大敵だよ。ちゃんと言ってたの聞いちゃったし」
加蓮は喜び、ポテトをポイポイと私の口へ放り込むと、手を取って立ち上げる。
「それじゃあ、次のポテトを食べに行こう! だいじょーぶ。きっと美味しいから。どんな場所でも、どんな味でも、Pさんと一緒ならね」
これから食べるのがまたポテト、というのはちょっと不満であるが、加蓮と気持ちは一緒だった。
「……その代わりに、ポテトを忘れるくらい美味しくてお手頃なレストラン、教えてくれよ。連れてくから」
「何が良い? バーガー? チキン? それともケバブ?」
「ジャンクから離れて!?」
最近はネタにされがちな加蓮のポテト好きですが、きっと、色々な憧れや喜びが入った気持ちなのでしょう。
残り一週間! どうか、加蓮と奏の応援をお願いいたします!