モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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5月7日「コナモンの日」

 流れる演歌、少し染み付いた煙の臭い、周りから響く笑い声。オシャレさという言葉と無縁で、それでも市民の憩いの場所として上等なとある店。

 

 例えば、そんな店の暖簾をくぐった時に、涼やかな美貌のアイドルが卓を囲んでいたら。きっとびっくり仰天すること間違いない。

 

 つまり、この光景を誰かが見たら、ひっくり返るということ。

 

 クールで美しく、誰をも魅了する人気アイドルユニット『モノクロームリリィ』が、お洒落な喫茶店でも、レストランでもなく、ごくごく普通のお好み焼きを焼いているなんて。

 

 私だって、そうなのだから。

 

 

 

 奏も加蓮もしっかりしているとはいえ未成年のアイドル。テレビなど芸能活動には時間制限がある。法律に違反しては、アイドル活動どころではない。なので、私たちも仕事は日が沈んで少しが経つまで。その後のパターンはいろいろだ。

 

 各々分かれて、各自の家で食事をする。もしくは、女の子同士でどこかに食べに行く。そして、嬉しい事に、私が一緒に食事することも。

 

「だいぶ遅くなったな」

 

「そうね。少しリテイクも出してしまったから、仕方ないけれど」

 

「ほんと、疲れたー。それに、お腹も……」

 

 収録のあったテレビスタジオを出て、駅に向かって肩を並べて歩いていく。皆、少しの疲れを感じながらも、仕事を終えた達成感を胸にして。そうして明るい繁華街の中を抜けていくと、香しい食事の匂いが鼻をくすぐった。

 

 カレーに、ラーメンに、ピザに、他にもたくさん。三大欲求を刺激する誘惑。

 

 誰かが言い出すのは時間の問題だったのだろう。

 

「……ねえ」

 

「……うん」

 

「……よし」

 

 奇しくも、全員が頷くのは同時。それに苦笑いを零し、私が二人に話す。

 

「せっかくだから何か食べて帰るか! 今日は私が奢るから」

 

「やった! でも、この間も奢ってくれたし、お金大丈夫?」

 

「そこは、二人が頑張ってくれているからね」

 

 心配かけるほどには苦労はしておらず、そして散在するほどの趣味は持っていないのだ。そこ! 寂しい独身男性なんて言うなよ! 天体観測とか、趣味は趣味でちゃんとあるから!

 

「ふふ、もう少し贅沢してもいい気がするけれど。それで? 今日は誰がお店を決める?」

 

「そうだな……。この前は私が選んだから、今日は二人に任せるよ」

 

「あのイタリアンレストラン、すごく美味しかったよね。じゃあ、同じようなところは避けて……」

 

 加蓮と奏がこそこそと、相談を交わしていく。そんな二人を横目に、私は周囲の店を見回してみた。こういう時二人が選ぶのは両極端。普通のファミレスか、もしくはオシャレなレストラン。どうしてか私の財布事情まで精通している二人は、そこに合わせるように店を決めている。

 

 今日の財布の中身は、たっぷり。つまり、選ばれるのは、少し値を張るレストランか、と予想していた。

 

「Pさん、決まったよ」

 

 加蓮が袖を引くので、そちらへと視線を戻す。さてさて、姫様たちはどんな店を所望しているのか。

 

 すると、加蓮と奏は照れくさそうな顔で、すぐ近くにあった暖簾を指さしていた。古めかしく、それでいて味と趣がある店。

 

 私はそれを見て、

 

「……え?」

 

 あんぐりと口を開けるのだった。

 

 

 

「こういうお店、あんまり入ったことないんだよね。奏は? 作り方わかる?」

 

「私だってそんなに。クラスの女子たちが話しているのを聞いたくらいかしら。そういう機会には縁がなかったし、家で作ってもらったことはあるけど、ごく一般的な知識だけ」

 

「じゃあ、頼りになるのは、Pさんだけだね。任せちゃう」

 

 言われ、どんと置かれた千切りキャベツやら、解いた小麦粉やら、海鮮が詰められた鉢。何かと言われればお好み焼きの具材。その横には銀色に輝くヘラも置かれている。そして、向かい側に座る二人は、好奇心満々という視線を向けてきた。

 

 つくるのはやぶさかではないし、お安い御用。ただ、二人がこの店を選んだというのは意外で、興味深い事だった。

 

 けれど、それを今尋ねるのは野暮というもの。私は黙って具材をかき混ぜ、それをそっと、熱された鉄板の上に載せる。じゅーじゅーと音と蒸気を上げるお好み焼き。

 

「やっぱり慣れてるんだ」

 

「学生時代にソコソコやったし、たまに家でも」

 

 ホットプレートでも、フライパンでも、お手軽にできる料理なのだ、お好み焼きは。ちなみに今焼いているのは海鮮玉。焼けたイカと桜エビの香りが食欲を刺激してくる。

 

 そうして鉄板に接した面が固まってきたら、ヘラをそっと差し入れ、

 

「よっ! ほっ!」

 

「ふふ、お見事」

 

 軽く手を叩いて称賛をくれる奏に、少し得意顔を返す。ひっくり返ったお好み焼きには、綺麗な小金の面が広がっていた。自画自賛だが、上手くできたと思う。

 

 それを何度か繰り返して、まずは一つ目。ヘラで切り分け、ソースとトッピングをかければ完成だ。

 

「はい、召し上がれ!」

 

「ありがと! これって、Pさんの手料理だよね。いつ以来だっけ、あのお弁当の時くらい?」

 

「それくらいになるかしら。……さて、お味は」

 

 奏が割りばしで小さく裂いたお好み焼きを、ゆっくりと口元へ。小さく、艶がかった唇の奥へとお好み焼きは消えていく。

 

「んっ。……ちょっと熱いけど、美味しいわね」

 

 少し我慢しながら、口元を押さえて一口二口。そんな仕草が少し色っぽくて、見惚れてしまう。本当に、何を食べても絵になるな、なんて。

 

 奏はそうしてお好み焼きを食べ終えると、舌をちろっとお茶目に出し、笑顔をみせた。お気に召してくれたなら嬉しい。

 

 すると、今度は加蓮が勢いよくお好み焼きを自分の取り皿に。

 

「じゃあ、私も。……うん。美味し! 

 特にイカ。この間、魚釣りに行ったときに天ぷらも食べたけど、お好み焼きでも、コリコリしていい感じだよ」

 

「あの天ぷら、美味しかったよな……。二人のキスの天ぷらも」

 

「私のキス?」

 

「そっちのキスじゃないです」

 

 唇を指さないの。

 

 奏の仕草に皆で笑い、私も一片を取って、食べてみる。うん、大丈夫。美味しくできている。

 

「ちょっと濃い味が美味しいよね。縁日の焼きそばみたいで」

 

「それは、誉め言葉なのか?」

 

「加蓮にとっては誉め言葉よ」

 

「ほらそこ! ジャンク姫とか思わないの!」

 

「はいはい。じゃあ、次のジャンクフードを作ろう。……加蓮、やってみる?」

 

 私は加蓮にヘラを渡した。加蓮はそれを手に取ると、少し困惑の顔を浮かべる。いきなりポンと渡されたのだから、仕方ないが、そこは挑戦心溢れる加蓮。すぐに気合を入れると、目の前で音をたてるお好み焼きへ挑みかかった。

 

「……っ、これ大丈夫? ほんとに崩れない?」

 

 ヘラを差し入れ、一筋汗を流し、緊張の声。

 

「崩れても美味しいから大丈夫だって」

 

「それ、かな子みたいね。加蓮、もう少し力は抜いた方が良いわよ? 返す時だけに力を入れるように。そう、良いわ」

 

「ありがと、奏。……じゃあ、いくよ」

 

 ごくりと、加蓮が緊張の一瞬。ライブ会場に飛び出していくような気合の入れ方に私だって固唾をのんでしまう。どうか、加蓮に成功を……!

 

「……っ!!」

 

 銀のヘラが閃いて、お好み焼きが宙を舞う。元はバラバラのキャベツに海鮮。それが細くつながった、弱くて儚い存在。それが、一回転して、

 

「やったぁ!」

 

「よしっ!」

 

 見事な着地を果たしてみせた。文句の一つもつけようがない、見事なヘラ捌き。私は思わず鉄板の上で加蓮とハイタッチ。蒸気に包まれながら、小気味いい音が鳴る。

 

 そうして高まったテンションのまま。

 

「これで加蓮もお好み焼きマスターだな!」

 

「Pさん、ちょっとその名前はセンスないよ……」

 

「同感。また変なロマンに染まっちゃったの?」

 

 どうやら、マスターの名前を加蓮はお気に召さなかったようだ。確かに、工夫もないし、ジャンク姫と大して変わらない気もするから、それもむべなるかな。

 

 その後、加蓮に変わった奏も華麗な返しを見せて、和気あいあいと。

 

 姫様たちはソコソコな食事量に留めないといけないので、小一時間ほどで私たちの珍しい食事会は幕を下ろしていった。

 

「Pさん、ご馳走様」

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして。どうだった? 正直、二人がこの店を選んだのは意外だったんだけど」

 

 普段の二人だったら選ばないだろうし、他のアイドルと一緒の時も選びにくい店だと思う。飲んべえの大人組ならともかく。

 

 すると、二人は可愛らしく笑いながら言った。

 

「だから、こういうところに来たかったんだ」

 

「ええ。ここは私たちには縁が薄い場所。アイドルとしても、女子高生としても。けど、そういう場所に興味がないわけではないのよ。年頃の女だもの」

 

「それに、私たちにはPさんがいるから、安心できるしね」

 

 みんなで来れて、楽しく、満足できたと二人は言ってくれた。

 

 アイドルはどうしてもパブリックイメージに縛られる。目麗しい二人はそれだけでも、目立ってしまうし、それで毎日を制限してしまうことだって多い。

 

 だから、私がいることで少しでも二人が経験を増やすことができたなら、それはとても嬉しいことだと思う。

 

「じゃあ、数年後は楽しみにしてて。お酒の約束を果たすときは、面白いお店に連れてってあげるから」

 

「ふふ、楽しみだね! あ、でも、その時は、すっごい高いお店にしてほしいなー。お洒落なお店のところ」

 

「私は、Pさんの隠れ家に行きたいわ。また秘密、色々探したいもの」

 

 さあ、その時が来たら、喜んでくれるだろうか。いや、三人でならきっとそうなる。

 

 まだまだ先のことも、これからの何気ない毎日も。二人にとって素敵な思い出となるように。今はまだ私が半歩先を進みながら、しあわせな今日を終えていった。

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