モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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参考にしたのはモダンタイムズです。たまには白黒映画を見るのも面白いですね。


4月16日「チャップリンデー」

「おーい、お待たせ! 今戻った!!」

 

 と私は少しスキップをしながらオフィスに戻る。

 

 土日と忙しくイベントをこなしてくれた二人は、今日は代休ということで学校が終わった後は予定を入れていなかった。はずなのだが、いつの間にやら事務所にきて、のんびりと共に宿題などしている。

 

 ただ、私は仕事に追われていたので、二人に仕事のねぎらいやら何やらもしてやれず放置してしまっていた。休日にわざわざ来てくれた二人である。仕事も終わりを迎えたので、申し訳なさもあり、気晴らしにと三人で見るための映画を借りに出ていたのだ。

 

「おかえりなさい、Pさん。今日はどんな映画を持ってきたの? 鮫? ゴリラ? それともアリゲーター?」

 

 出迎えてくれた奏はさも楽しそうに質問してくる。

 

 私はさっと手に持ったレンタルバッグを後ろ手に隠す。と、奏の向かいでノートに向き合っていた加蓮が、サメやらなにやらの単語に合わせて、怖気が走ったかのように肩をびくりと震わせた。

 

「二度とあの徹夜の鑑賞会はしないからな」

 

 決してB級映画ハンターというわけではないが、奏は趣味が映画鑑賞というだけあって、恋愛映画以外ならば何にでも興味を示す。

 

 時折はテーマを決めて、私と加蓮を引き連れて鑑賞会を開いたりもするのだ。

 

 それは例えば、ロケ終わりに旅館に泊まったときなど。それが名作SFやら、サスペンスやら、たまに加蓮チョイスによるロマンス特集なら良いのだが、ごくたまにB級映画特集が開かれる。

 

 一本くらいなら笑って流せるが、それが数本続いたときには精神が追い詰められる寸前となる。なんの罰ゲームだろう。連続四本目にして加蓮の堪忍袋の緒が切れ、アイドル二人による決闘が行われたのは記憶に新しい。

 

 下手をすればユニット解散の危機であった

 

 そんなわけで、しばらくB級やら鮫やらは禁止となっている。

 

 あら、残念。とか笑っている奏を無視して、私はバッグから借りてきたものを取り出した。自分で見る分も含めて4本ほど借りてみたが、この時間からならここでは1本ほどしか見れないだろう。

 

 厳選しなくては。

 

「それって、チャップリンだっけ?」

 

 加蓮がポテトを手に近づいてくる。

 

「そうそう、今日はチャップリン生誕の日らしくてね。レンタル店で特集してたんだ。加蓮は見たことある?」

 

「あんまり内容までは覚えていないけれど。小さい頃、病院でちょっとだけ。

 

 ああいうところだと、派手なアクションとか見られないでしょ? 

 

 それで、愉快で楽しい名作劇場、みたいな感じで上映会とかあったの」

 

 そういう加蓮は特に昔のことを気にはしていないようで安心する。病院の話が出てきたときは、少しチョイスを間違えたかと思ってしまった。

 

 しかし、なるほど、無音映画だとそういう使い方もあるのか。

 

「あ、ごめん、Pさん。心配かけちゃったかな?」

 

「ん? いや、そんなことないよ。それじゃあ、見てみようと思うんだけれど良いかな?」

 

 そう尋ねると、加蓮は「じゃあ、これ」と名作タイトルを指さす。

 

「今ならもっと楽しめそうだし。そういえば奏はどうなの? さっきから黙っちゃってるけれど」

 

 そういえば、と奏を見る。すると彼女はいそいそとソファーの上のマットの配置を直し、お茶菓子を用意しているところだった。いつもより、動きがせかせかとしている。

 

「あら、どうかしたの?」

 

「いや、何も言うまい」

 

「うん。珍しいなーってね」

 

「そうかしら?」

 

 楽しみに思ってくれているのは良いことだ。うん、正直に可愛い。

 

 奏が用意してくれたソファに腰を深く沈ませ、テレビのスイッチを入れる。しばらくすると、少し古めかしい音楽と共に、白黒の画面が躍動し始めた。

 

 喜劇王チャップリン。

 

 映画史に、世界に大きな影響を与えたコメディアンであり、映画監督であり、偉大な役者。

 

「喜劇王。そんな異名で知られているけれど、彼の作品には笑いだけでなく、風刺や人間愛、それに理不尽な悲しみまでいろいろな要素が組み込まれているわ。

 

 彼自身も大戦期の激動の中で、思想や弾圧、政治的なしがらみ、そして多くの敵意にさらされたの。けれど、そんな環境の中でも折れずに自分の信念を通したのよ」

 

 映画を見ながら、折を見て奏は説明をくれる。

 

 奏のそんな要点を抑えながらのナビゲーションは、とても心地よく。耳にすっと入っては余韻を残していく。

 

 私自身、こういって映画を多く見始めたのは奏の影響があるが、世界に広く知られる作品たち。半世紀以上の時間がたってもなくならない作品の輝きというものが確かに感じられた。

 

「うわっ、すごいね。人の顔ってあんなに動くんだ。それに変な動き」

 

「コメディの無声映画だもの。パントマイムは重要な要素。……これが時代遅れって評価を受けたのだから、社会はいつも移り気が激しいものだわ」

 

「台詞なしでもストーリーがわかるってすごいな。少し字幕あるだけだぞ、これ」

 

 生き生きと動いていくキャラクターはとても演技には見えなくて、その中でひときわ奇妙な主役が存在感を放つ。怒りや悲しみや、そして大きな喜びが表情と目だけを見ても伝わってくるのだ。

 

 脇を見ると二人とも真剣な表情で映画を見つめている。アイドルもまた演技者であり、映画やドラマの経験も少なくはない。やはり演者としての目で見ると真剣になってしまうのだろう。

 

 特に加蓮の表情は、映画を見ているようなそれではなく。

 

 1時間半ほど。何時しか私たちは何かを語ることを止めて映画へと没頭していた。

 

 そして白黒の世界の幕が静かに降りて。

 

「いや、いい映画だった!」

 

 三者三様に息を吐いて、ソファの背もたれにぐたりと背を倒す。休憩時間のはずだったのだが、思わず見入ってしまった。

 

 はい、感想戦なんて宣言をして奏はお茶に手を伸ばす。私も背を伸ばすと、座りなおし、クッキーの袋を加蓮へと手渡した。

 

「小さい頃はなんだか退屈してたけど、今日はすごい楽しかった。最後なんて頑張れ頑張れって応援しちゃって。……すごいね」

 

 加蓮は感心しきりといった様子でクッキーの袋を握りしめたまま、空のDVDのパッケージを見つめる。

 

「加蓮、すごい真剣に見てたな」

 

「うん、勉強になったと思う。コメディをやりたいわけじゃないんだけれど、人を惹きつける演技。私もそんな風になってみたいから。

 

 ほら、今やっているドラマの撮影でも、奏やベテランさんの演技みてるとさ。私もまだまだだなって思うし、それなら負けたくないじゃない」

 

 確かに、アイドルとしてのライブのパフォーマンスではお互いに優劣はないが、演技という一面においては奏が一歩、加蓮に先んじている。それは事実だろう。

 

 ただ、加蓮は負けん気が強い子だ。同じ舞台に上がるたび、そしてそうでなくても日常の様々な場面から奏の演技力を吸収していっている。お互いに高めあえる環境で加蓮の演技力は鰻登りに上達していた。

 

 そんな、熱く挑戦心に燃える様子の加蓮を見て、気晴らしのつもりで借りた映画が思わぬいい刺激になったことに感謝する。 

 

「奏は何度か見たことあるんだろ?」

 

「ええ何度も。けれど、何度見ても新しい発見があるのが名作よ。深く知ろうとすればするほど、秘密が増えて、それを知りたいと追い求めてしまう。

 

 素晴らしい映画はね、時に相手を恋に落とすほどに魅了してしまうのよ」

 

「で、もっともらしいこと言って、素直な感想は?」

 

「Pさんにしては、最高のチョイスだったんじゃないかしら?」

 

 今日もアクション大作かと思ってた、と言う奏に、私は小さく「うっさい」と苦笑いを返す。

 

「でも、恋に落ちる、か……」

 

 一度目に見たとき、二度目に見たとき。視点を少し変えるだけで作品の捉え方は大きく変わるのだという。もっと喜劇王の人生や、一つ一つのシーンの作りこみに目を向けると、私にも変わった世界が見えるのだろうか。そう考えると、何度も見てみたい、もっと色々な面を知りたいと思える、人生を変える映画があるのもうなずける。

 

 そして、それは私にとって、

 

「……なんか、奏と加蓮見てるときみたいだな」

 

「うん?」「あら?」

 

 やば。

 

 と、私の第六感が空気が変わったのを察した。

 

 まずいと思った時には、両脇をホールドされている。そして、それはそれはいい笑顔の二人はなにやら妖艶な雰囲気をまといながら両側から顔を近づけてきていた。

 

「ねえ、Pさん。もしかして……、今の口説いていたのかしら」

 

 奏、指でなでないで! くすぐったい!

 

「気づかなくてごめんね。Pさんを、恋におとしちゃってたなんて。……責任取らなくちゃ、いけないよね?」

 

 加蓮、君、ほんと演技うまくなったのはわかったから! それを今使うんじゃない!

 

「そうね……」

 

「うん、やっちゃおうか……」

 

「何を!?」

 

 と身動きできない私はなにやら温かいやら柔らかいやらに囲まれながらパニックに陥る。くそっ! 今日は何もないと思ってたのに!!

 

「ちょと待て、言葉のアヤだって」

 

「またまたぁ、大丈夫。ちゃんとわかってるもん」

 

「いや、わかってないって!!」

 

「……恋愛映画は苦手だけど、今日くらいはいいわよ? そんな場面を演じるのも、ね」

 

「ごめん被る!!」

 

 と、結局は散々にからかわれた私は、この後の夕食をおごることを条件にようやく解放されたのだった。

 

「くそう、しばらく映画なんか借りてこないぞ」

 

「まったく、映画に当たらないの、Pさんが可愛いこというのがいけないんじゃない」

 

 と、加蓮は落ち込む私の頭をぽんぽんと叩く。奏はと言えば、携帯をいじりながらディナーの店を探していて。

 

「ここなんてどうかしら? 雰囲気もよさそうだし、誰かさんの懐にも、ちょうどいいんじゃないかしら?」

 

 とはいっても、そこそこ値段張るね、その店。ただ、うん。そうだな。

 

「……まあ、仕方ない。仕事頑張ってくれてるお礼だ。喜んでおごるよ」

 

 やった! と喜ぶ加蓮と静かに楽しそうな奏に苦笑いを送る。こうしてみんなで過ごす日常というのは、悪くない。今日もまた映画みたいに上手くはいかない、愛すべき毎日が終わろうとしていた。




モノクロームリリィの好きな映画

奏は恋愛映画が苦手と公言していますが、どういった映画が好きなのでしょう。きっとコミュではサスペンスが好評でしたし、映画賞を取るような名作も多くみているのでしょうね。
ただ、恋愛映画は「苦手」なだけで、嫌いとは言っていない。もしこっそりと見ていたりしたら。そう考えるととても可愛らしく思えます。

一方の加蓮は恋愛映画とか好きでしょうね。アイドルになる前は映画を見るのも嫌いだったかもしれませんが。今は希望に満ちて、いろいろな作品から技術や意欲を取り入れようとしているんじゃないかな。
奈緒と一緒にアニメ映画を見に行って、ついつい熱中し、泣いちゃったりしたら、かわいいですね。



新しい週はじめは、二人のまったり姿から。

明日は二人での仕事の様子を描いてみたいと思います。それでは今週も加蓮と奏に清き一票を!!
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