7月20日。世間の例にもれず、私の高校も休みに入って、夏のアイドル活動も活気を帯び始めている。
私個人としては、そんな熱に浮かされるような、騒がしいお仕事も嫌いじゃないけれど、こうして時折はのんびり、風に身を任せて歩くのも好き。隣に、信頼と親愛を寄せる相手がいればなおさらに。
「この間おススメした映画、ちゃんと見てくれた?」
「奏のおススメだからね、ばっちり」
「ふふ、ありがとう。それで? だったらちゃんと感想を教えてくれないと、ね」
都会の雑踏から少し離れた散歩道。
午前のお仕事を終えた私とPさんは、そこをゆっくりと歩きながら、ランチ場所を探していた。午後の予定は雑誌の取材だけど、時間はまだある。だったら慌てず、二人の時間を楽しむのが有意義。
そんな私の心境を知ってるのか、知らないのか。多分、気づいていて気づかないふりだと思うけど、Pさんは特に緊張する様子もなく、頭をうんうんとひねらせながら映画の感想を言う。
「少し難しかったな。あの少年は幽霊だったのか、それとも、主人公が見ているもの全てが幻覚だったのか。
ほら、ラストの病院のシーン。レビュー見たら、作中の日付が違うとか、普通の病院じゃあり得ないとか。そういう考察も書かれていて」
「あなたは気づいていたの?」
「いくつかは。でも全部は無理だったな」
ああ今、彼が思い浮かべているシーンが、私の頭の中にもある。
ロマンチックすぎる考え方かもしれないけれど、心と心が通じ合っている感覚に似ている。同じことを考えて、同じ視界を得ていることが、彼との親しさの証にも思える。きっと、映画がデートスポットとして有名なのも、そんな心の作用が関係するのでしょうね。
そのことに上機嫌になりながら、けれど、彼と同じように感情は隠して、私は話を続ける。もっともっと、彼の考えと私の気持ちをシンクロさせたくて。
「ああいうトリックは、監督のお得意だから。作中のいたるところに配置されていたはずよ」
「やっぱりかぁ。そういう奏は? よく見てると思うから、考えとか、教えてくれたら嬉しいんだけど」
「洋画を読み解くには、聖書だったり、民話の知識も必要なの。……でも、言葉だけだと分かりにくいでしょうから」
良いことを思いついて、彼の優しい顔を見つめる。
私の眼が、とびきり魅力的に映るように。
「今度、一緒に観に行かない? あの映画」
さて、Pさんは誘いにかかってくれるかしら? 私の予想では五分五分くらい。でも、こうして期待の色を籠めれば。
「……そうだな。うん、お願いするよ。奏と久しぶりに映画館に行くのも楽しみだ」
ふふ。
「何か月ぶりかしら? 事務所では一緒に観ているけれど」
「撮影とかライブとか忙しかったからなー、もう三か月くらいだと思う。あ、そういえば、奏に新しい映画出演の話来てるぞ」
思い出したようにPさんが伝えてくる。映画のお仕事。それはアイドルとしてのステップアップや私の興味、得意を考えたら、願ってもない話。だけれど、この間に出演した作品のことを思いだしたら、少し背筋が固くなってしまった。
私が顔から笑顔を消したのを見て、Pさんは慌てて手を横に振る。
「今度はサメ映画じゃないから!」
「そう願いたいものね」
美波達と撮影した、あの映画のことは記憶に新しい。
色々と映像作品に出て、端役も悪の幹部も、主人公も演じた。でも、ある意味で『らしい』スタッフと作品に出会ったのはあの件くらい。お仕事だし、今は良い経験だったと思うけど、もう一度、あの映画に出たいかと言われれば、遠慮したい。プロらしくないと言われても、私にだって本音はある。
ああいうのは時折の息抜きに鑑賞するくらいが、私にとっての気楽な向き合い方。
それじゃあ、次のお仕事はどうなるかな。
「……」
「か、奏?」
探るようにPさんの眼へと視線を合わせる。
いつ見ても、子どもっぽさと大人らしさが同居した眼。彼自身も私のこと、そういう風に言っているけれど、私が彼と同い年になった時に、この目の色を出せるかと言えば、難しいかもしれない。大人っぽい高校生が大人になれば、ただの大人だから。
それで、その子どもみたいに無邪気で、でも大人なプロデューサーの眼は――、
「ふふ♪ 話をちゃんと聞くの、楽しみにしてるわ」
気が進まない類の映画じゃなさそうで安心。むしろ、Pさんはかなり面白がっている。びっくり箱の中身を早く開けたい子どもか、それともパーティーの準備を進めている父親か。私が一番輝ける舞台を用意してくれたと、そんな予感がある。
けれど、期待が溢れた時に、ふと頭の片隅をよぎったことがあった。
(……出たい仕事、やりたい仕事)
考えてみると、私は仕事に対して嫌だと思ったことはあまりない。
色々な映画も見て、世の中はそんなに夢だらけじゃないとも知ってる。だから、私にとって、許容のハードルは高くないもの。
(けれど)
大人っぽく見られたり、この体つきであったり。それは他のアイドル仲間にも言えるけれど、安売りしようとすれば簡単のはず。この間の監督が、そんな要素を求めて私たちを起用したように。
あの時も、プロデューサーさんが止めてくれたから、そこまでおかしなことにならなかったけれど。
(きっと、知らないところで、私たちは守られているのでしょうね)
前にPさんが言ってくれたように大人の世界から。プロダクションに、スタッフさんに、そして何より、プロデューサーさんが。それでいて、気づかせてもくれないし、縛るつもりもない。私たちが望むことを手伝ってくれる。
それは私にとって――。
「……ねえ、プロデューサーさん。食べたいものがあるの」
考えながら、プロデューサーさんに伝える。これからすることは、私らしくないけれど、この人は否定しないだろうと思いながら。
それから少しして、私たちは公園のベンチに並んで座っていた。
おしゃれな喫茶店でも、ファミレスでも、ランチタイムのレストランでもなく。ご近所さんが遊びにやってくるくらいの普通の公園。世間が知る『速水奏』のイメージとは離れた場所。
(それに、これも)
私が抱えていた紙袋も、きっと、ファンのみんなにとっては意外だと思う。加蓮はお仕事でもそういうの隠さないし、私も時々食べるけれど、ね。
再生紙の厚ぼったい感触を探り分けて取り出した、まだ熱が残った包み紙。それは、誰もが知ってるジャンクフードの王様、ハンバーガー。
「今日はどうして、それを選んだんだ? ちょっとしたレストランとかもあったのに」
隣で同じようにハンバーガーの包みをほどいているPさんが尋ねてくる。付き合い長いから意外とは思っていないけれど、気にはなるみたい。
「今日はこっちの気分だったの。それに、こういう時に奢ってくれるの、感謝してるけれど、お財布の中身とも相談しないとダメよ?」
「うっ!」
「加蓮と私と、ランチにディナーに、けっこうな出費でしょうから」
「……二人は気にしないでいいんだけどな」
ぽそりと、Pさんの声は、私に聞かせないつもりだったのでしょうけど、夏風が私の耳に運んでくれた。
(ほんと、いじらしい)
からかったり、いじったり、それでご飯を奢ってくれて一日が終わるっていうパターン。その時、Pさんは財布のひもを緩める時に悔しそうな表情したりするのに、本音ではそれに頓着していない。私たちのこと最優先。
(このハンバーガーもそう。私たちのやりたいこと、好きなこと、ちゃんとわかって、その通りに)
私がテイクアウトにして、公園に誘った時も、ちょっとは驚いていたけれど、やりたいようにさせてくれた。
そして、
「いただきます。……っ」
私にとっては少し冒険。口元は隠すけれど、大きく開いて、がぶりとハンバーガーへ。口の中でケチャップと、みずみずしくはないレタスとピクルスと、お肉の味が広がる。
アイドルとしては褒められた画じゃなくても、そんな風に食べてみたいと思うのも大人になっていない私の本当。唯一つの決まった方法じゃなくて、迷って試してを繰り返す。
そんな私を見るPさんは、一瞬だけあっけに取られて、その後は微笑ましそうに苦笑いしながら、私に倣って大きな一口。
そうして二人で食事を終えた時には、彼の口には少しのケチャップがついていた。
「Pさん、子どもみたい♪」
「そういう奏も」
Pさんがすまし顔で唇を指さす。キスのお誘いなら喜んで、だけど、これは私もっていうサインね。ケチャップがついちゃった年相応の顔が、今の私。
こんな私の顔を見る人は、きっといないでしょうし、増やすつもりもないけれど。この人には見せてあげたいとも思う。迷って、悩んでを許してくれて、挑戦させてくれる。私の道のりを支えてくれる人にだけは。
『貴方のおかげで、私は楽しく歩けています』
って伝えられるように。
ジャンクフードのイメージは加蓮が強いですけれど、奏もPの前ではそんな無防備な姿を見せてくれるかも?
どうか、奏に清き一票をお願いいたします!