モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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総選挙最終日まで288日な8月1日。



8月1日「島の日」

「ねえ……起きて?」

 

「すぅ、すぅ」

 

「……もう、寝つきが良いのはけっこうだけど」

 

「むぅ……」

 

 真っ暗な視界の中で意識が浮上していく。最初はボンヤリ聞こえていた、奏の声が、ちかく、ちかく――。それでも、目覚めにはならない。私の中には多忙により育成された睡眠欲という悪魔がいる。

 

 彼が誘うのだ。さあ、眠るがいい。起きれば休む暇などないぞ、と。

 

 だから、すまない。奏の顔をした、目覚めの天使よ。

 

 私はもう少し――。

 

「しょうがないわね……」

 

 

 

「起きないと、キスしちゃうよ?」

 

 

 

 

「っ!?」

 

 細く艶やかな言葉と耳にかけられた吐息。それをもって悪魔は滅び、私は飛び起きた。

 

「えっ!? えっ!?」

 

「おはよう、Pさん。ちゃんと起きれて偉いわ」

 

「……かなで?」

 

「うん、奏よ。……ふふ、少し残念だったかもね。あなた、すごく無防備で、本気でキスしたくなったもの」

 

 などと、いつものように挑発的なことを言う奏は置いておき、私は急いで周りを確認する。首を動かそうとしたら、痛みが奔る。少し寝違えてしまったようだ。肩も痛い。ぼんやりしたまま体を起こそうとするも、それは敵わない。元より、私の体は座った体勢だったから。

 

「あ、そっか……」

 

 ようやく、自分がいる場所を思い出す。

 

 ゴウっという特有のくぐもった音が響き渡る、狭く細長い室内。ここは飛行機の中で、私たち二人は移動の途中だった。目的地へ向けた二時間ばかりのフライトだが、私は離陸した直ぐ後には眠りに落ちて。

 

 頭上を見ると、既にシートベルトの装着ランプが点滅している。

 

「すぐにランディングするそうよ? アナウンスを聞いて起きないなら、そのままでも良かったけど。Pさん、気圧で耳が痛くなるって言ってたから。はい」

 

 奏が苦笑いしながら細い手を伸ばしてくる。手のひらに乗せられていたのはのど飴。

 

 ほんと、気遣いが上手だな、奏。共演者からの評価が高いのも納得。

 

 ただ、

 

「ありがとう、奏」

 

「どういたしまして。

 せっかくの二人きりなのに、私を放置したお仕置きは、しっかりするから、お楽しみに♪」

 

 本気九割、冗談一割な眼は、止めてくれ。

 

 私にしかしない? 私にもしないで。

 

 

 

 そうこうしているうちに、飛行機は無事、空港に到着した。

 

 手荷物を受け取った私たちが空港を出ると、出迎えてくれるのは柔らかな暑い風。

 

 東京よりも、私たちを包む湿度も高いけれど、それは決して不快じゃなく穏やかに。同じ日本であるのに、都会の忙しさに慣れた私にとっては、異国に来たような錯覚さえ与えてくる。

 

 そして奏は、

 

「んっ、なつかしい……」

 

 白いワンピースで風を受けながら、両手を広げていた。

 

 MVの一シーンになりそうな、女神の休日とでも表現できそうな。そんな景色に目を奪われながら、私は奏に言う。

 

「……来てよかったな」

 

「ええ、本当に。ありがとう、Pさん。また、ここに連れ出してくれて」

 

 奏は満面の笑顔を浮かべてくれた。

 

 実はこの沖縄の離島を奏と訪れるのは二度目だ。

 

 一度目は忘れもしない、たった一人へ向けたファン感謝祭。遠い場所から奏に届いたファンレター。それを送ってくれたファンのために、奏はこの島を訪れることを望み、小さなサイン会と、穏やかな空気の中で過ごした日のことは、思い出深いものとなった。

 

 その地を今回、再び訪れることになったのだが、

 

「島の観光PRだから、前よりものんびりできると思うぞ」

 

 この訪問も仕事の一環。村役場の人から、島の紹介に協力してほしいと頼まれたのだ。

 

 前回のことは、奏の希望もあって殊更に大きく喧伝しなかった。奏はこの島の穏やかさを気に入っていたし、それが乱されるのは不本意だったから。

 

 ただ、人の口は止められないもので、口コミで、奏のファンへの献身は話題になり、奏自身も島の思い出をトーク番組で話す機会があった。結果、島を訪れる観光客が増えたのだという。

 

 自然にあふれた離島と言っても、人が住み、暮らしている場所。競争を皆が求めないとしても、忘れられてしまったら、人は生きていけない。島の魅力を広めることは大切なこと。

 

 それが島を苛む事になりそうなら、奏も辞退したろうが、村役場の方は島の優しい雰囲気こそをアピールしたいって熱弁したため、奏も快くオファーを受けることになった。

 

「それで? 私はのんびりと島で過ごして、それでカメラマンさんに撮ってもらったり、観光体験をすればいいのよね?」

 

「あと、この間と同じでサイン会も。……あの子も来てくれるみたいだよ」

 

「ふふ、嬉しいわね」

 

 この島と奏を結び付けてくれたファンの子は、今も変わらず、奏を好きでいてくれるようだ。

 

 

 

 空港から、役場の方が用意してくれたホテルに移り、少し休憩して。そのあとすぐに奏の観光体験は始まった。ただ、すぐにといっても、都会の『すぐ』のような慌ただしさはなく、あくまでゆったりと。

 

 奏は案内されながら、紺碧の海を眺める砂浜に足跡を残し、シーサーの焼き窯を見学し、特産の果物に舌鼓を打ち。

 

 他にも――

 

「っ! ……来たわ」

 

 海へ乗り出したボートの上で、奏は握った釣り竿に力をこめていた。竿先は大きくしなりながら、水中へと引き寄せられ、離れたところから見守る私にも、かかった魚の大きさを伝えてくる。

 

「ふっ! ……これ、相当大きいわね!」

 

 懸命に針を合わせて、巻き上げて。

 

 そんな奏の姿に、カメラマンや案内役の方は不安げだが、私は心配していなかった。奏は細腕だが、毎日レッスンをこなした現役のアイドル。そこらの魚に負けることはない。

 

 そして数分後には、

 

「ふふっ、綺麗な魚!」

 

 奏は大きな真紅色の魚を釣り上げてみせた。それはいつか、奏が纏ったドレスの色にも似て。本当の海にも、これほど色鮮やかな魚がいるのかと、私達に感慨を与えてくれた。

 

 ちなみに、その魚はこの海域で一番の高級魚らしく、我らが夕飯に綺麗に並ぶことになる。ついでに、私へと大量の泡盛を飲ませ、奏に恥ずかしい写真を撮られる原因とも。

 

 美味しいのが悪いんだ、魚も、泡盛も。だからそれを加蓮に見せるのは、やめてくれ、お願い。

 

 一晩が明けても、まだまだ楽しみは続く。

 

 森林をハイキングし、

 

「ここ、藍子が好きそうね」

 

「高森さんパワーが合わさったら、どれだけゆるふわになるんだ」

 

「時間が止まっちゃうかも♪」

 

 スキューバダイビングも体験、

 

『Pさん、見て。カメが泳いでいるわ』

 

『人懐っこいなー、この子。触らせてくれるなんて』

 

 浜辺に上がったら、ダイビングスーツを脱いだ奏にドキリとさせられ、

 

「あとでじっくり見せてあげても、いいけど?」

 

「……風邪ひくから、早く着替えなさい」

 

「あら。もったいないことするわね」

 

 夜はスタッフさんと打ち上げを兼ねたバーベキューを行った。黒豚はどうしてこんなに美味しいのか。そして泡盛も。

 

「Pさん、こっち来てから食べてばっかり。また太っちゃうわよ?」

 

「美味しいから大丈夫!」

 

「今年もフルマラソン決定ね……」

 

 最後は奏に少し呆れられながら、私の苦難が決定したりと、盛沢山な一日を過ごした。

 

 

 

 そして、翌朝。まだ、太陽が昇ったばかりの時間に。

 

「おはよう、Pさん」

 

「奏も、おはよう」

 

 何となく、早くに目が覚めて、ホテルの前に広がる砂浜へ。頭をよぎっていた予感は正しく、そこでは奏が穏やかな涼風に髪を揺らしながら、遠くの海を見つめていた。

 

「……」

 

「……」

 

 私も、彼女の隣に腰を下ろして。ただ、記憶に焼き付けるように白波の音と、夜明けと、香りへと感覚を傾ける。

 

 たったの二日間。けれど、もっと長く、島で過ごした気がする。たくさんのことを経験したのに、島は変わらず、のんびりと優しかった。

 

 そうして数分経った頃、奏が不意に口を開く。

 

「前に言ったこと、覚えてる? すべてを忘れて、この島で貴方と二人。そんな生活も悪くないって」

 

「忘れるわけがないよ」

 

 今の生活を捨てて。それは私にはまだ難しいことだが、奏と過ごす未来予想図は魅力的だった。そう告げた奏の、切なそうな瞳も全部覚えている。

 

 奏は静かに、水平線の向こうを見ながら言う。

 

「もしかしたらって……そう思ってた。この島に来て、あの時のように貴方と二人でいたら。胸の奥からあふれるかもって。心のままに、捨ててしまうかもしれないって。

 この島に来る前は、そう思っていたの」

 

「うん」

 

「でも、不思議ね。ここで過ごした二日間は前とは色が違った。

 たくさんの人が私たちを迎えてくれて、思い出をつなげてくれて。私も普通の女の子みたいに居られたけれど。

 ……この島と私をつなげてくれたのは、アイドルとしての私と、ファンに、貴方」

 

 すべてを捨てていたら、ここにはいなかった、と。

 

「この静かさを求める私もいる。私が得てきた経験と想いを捨てては、ここに居られない。そう感じる私もいる。

 ……きっと、まだ結論は出せないのでしょうね。思わせぶりなことを言っても、まだまだと、先を望むのも私自身だから」

 

 遠くへと、独り言う奏へ、私は何も助言することはできない。奏自身が感じる通り、どんな未来を望むかは、奏がこれから決めていくこと。まだ彼女は道の半ばにあるから。

 

「……けど」

 

「うん」

 

「奏が決める時、それがどんな道でも。私は傍にいて、背中を押すよ」

 

 プロデューサーとしても、奏のファンとしても、そして、奏を大切に思う人間としても。

 

 それを聞いた奏はなにを思ったのか、そこまでは私には分からない。けれど、奏は噛みしめるように一時、目を閉じて。それが開かれた時には、奏は楽しそうに笑った。

 

「でも、その時はまだまだ先ね。……まずは、私をここへ呼んでくれた素敵なファンに喜んでもらわないと♪」

 

 朝焼けに照らされながら立ち上がる奏は、私の手を取って先導するように歩みを進める。

 

 はるか先は、私にも奏にも見通せない。それでも、今の一歩一歩が、輝く未来に繋がっていると、奏には分かっているようだった。




奏と海があれほど似合うのは、何故なのか。

デレステ四週目SSR、画になるんだよな……
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