モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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総選挙結果発表まで288日な8月24日。

選出したアイドルは、私の趣味です。


8月24日「愛酒の日」

 妙な緊張感が、室内を支配していた。

 

 一歩対応を間違えたら、地獄の底まで一直線という危機感。私の背筋を伝いながら、全身へ伝播するそれが、今すぐに回れ右をして部屋を出て行けと叫んでいる。しかしながら、私の良心とプロデューサーとしての使命感が、何とかしなければと訴え、両足を地面に縫い付けて動かさない。

 

 石のように表情を固めていると、真横からふにゃふにゃ声が絡みついてくる。

 

「ねーえー、Pさぁーん! 私、いっつも言いたいことがあるんだけど!」

 

 横を見るのも怖い。

 

 顔を真っ赤にした加蓮が、私の首に腕を巻きつけ、しだれかかりながら大声を発しているから。

 

 使命感と良心の前に、加蓮が原因で動けないのでは、と? いわぬが華だ。そういうのは。

 

 私は加蓮をなだめるため、落ち着きを装って尋ねる。

 

「か、加蓮? 言いたいことって?」

 

「ん? んー? ききたい? ねえ、聞きたい? Pさん?」

 

 この時点で聞きたくないんだけど、そうしないと離してくれなさそうだからなぁ。

 

 私が頷くと、加蓮は満足げにほころばせた顔を、更に耳元に近づけてくる。そうなると、自然、加蓮の柔らかさも急接近し、私の心臓音は爆音と化した。

 

 加蓮から漏れる、温かい吐息が、私の耳を撫でて――

 

「どーしてPさんは! 私に過保護なのー!!」

 

「ぎゃーっ!?」

 

 大声! でかい! 耳が割れる!!

 

 ついでにぐんぐんと加蓮の腕が振り回され、私の頭部もつられ、ぐるぐると動いちゃいけない挙動をし始める。

 

「昔よりマシだけど! わがまま聞いてくれるけど!! 今もすーぐ心配するし! レッスンもまだまだできるのにストップかけるし!! 私だって、もう、自分のことは面倒みれるのー!!」

 

「わーかった! わかったから!! ストップ! ストップ!!」

 

「……でも」

 

 今度はいきなり、声は小さく、微笑ましいと思える仕草で加蓮が呟く。

 

「えへへー。そうやって、やさしくしてくれるのー、すきだよー」

 

「……」

 

 ほんとさぁ。そろそろ限界なんだけど、理性がその。

 

 感情抑制という物が消え去っている加蓮から私自身を救うため、室内を見渡す。そこには奏以外に二人のアイドルもいるのだが、いずれも救いの手にはならなさそう。

 

「うふふ! どーしたのー、かれんちゃーん! わぁー、プロデューサーさんにだきついてるの、いいなー。わたしも、プロデューサーさんと、もっとちかくに居たいのに。あのひと、すぐににげちゃうのー。

 でもねー、しごとだと、すっごくセクシーな衣装とかもってきたり! どうなのかな? わたしのこと、きにしてくれてるのかなー? してくれてるよねー、うふふふ」

 

 一人目、いつも落ち着き、女神のように優しい新田さん。

 

 しかし、彼女はソファにもたれかかったまま、加蓮へ話しかけ続けている。顔が上気し、襟元が非常に色っぽいが、向こうの担当Pの反応が怖いので、なるべく視界にいれたくない。

 

 新田さんが笑い上戸とは。

 

 ああ、あと、新田さんの担当に関しては心配することはない。ヤツは確かに紳士だが、その過保護っぷりは私以上。アナスタシアさんと新田さんコンビを前に既に陥落している。

 

 そして、

 

「うっ、ひっく! ……こんな、失敗をしてしまうなんて、私はやはり、未熟です。プロデューサーさんに、しっかりとお礼をいうことができませんでした。詩にすれば、興味をもっていただけると。そう思ったのに……」

 

 もう一人、文学少女の鷺沢さんは顔を俯け、袖で涙をぬぐっている。

 

 こちらは泣き上戸。ぽたぽたと流れた涙が、豊かな胸元を湿らせており、だいぶ厄介な景色だ。

 

 新田さん、鷺沢さん、そしてうちの加蓮も。全員が全員、見ての通りに酔っぱらっている。どうしてこうなった、と考えるのは私の日課だが、今日はいつにもましてひどい。

 

(原因は……)

 

 心当たりは一つ。

 

 皆の傍に落ちている銀色の包み紙と、そこに入っていたチョコレートケーキ。

 

 もっと言えば、それを持ってきた、あのダジャレ女神にあった。

 

「たかがきさーん!!!!」

 

 

 

 一時間ほど前、ちひろさんに書類を提出した私が戻ってくると、部屋の中は賑やかになっていた。

 

「あ、おかえりー」

 

 加蓮と。

 

「おかえりなさい」

 

 奏と。

 

「お邪魔してます!」

 

「……お邪魔しています」

 

 新田さんと鷺沢さんが楽し気に机を囲んでいたのだ。

 

 この四人は特段に珍しい組み合わせではない。奏は新田さんとユニット活動をしているし、同じくユニットを組んでいる鷺沢さんは奏と同期入所に当たる。加蓮にとっても、鷺沢さんとは総選挙関連の仕事で一緒になることが多い。

 

 さて、そんな彼女たちが今日は何しているのか、と考えると、新田さんの手元にあるティーカップが目に入った。

 

「いらっしゃい。今日は、みんなでお茶会?」

 

「はい! アーニャちゃんがロシアの紅茶を持ってきてくれて。それがすごく美味しかったから、おすそ分けに。……お仕事、お邪魔になりませんか?」

 

「ああ、私にはお気遣いなく。この後、色んなところと打ち合わせ尽くめだから」

 

「それじゃあ、その前にPさんも一杯飲んでいかない? 紅茶、ちょっと変わった味だけど、美味しいよ」

 

「そうしたいのは山々なんだけどな……。残念だけど、すぐに行かないと」

 

 誘ってくれた加蓮に謝りつつ、私は荷物を手に外へ出ようとする。午後のお茶会なんて、これまで縁がなかったな等と考えながら。ドアノブを掴んだ私は、そこでとあることを思い出した。

 

「あ! 冷蔵庫にお菓子入ってるから、好きに食べていいよ」

 

 アイドルで忙しい彼女たちには、素敵なティータイムを過ごしてもらいたい。紅茶に甘いスイーツが添えられれば、さぞ美味しいだろう、と。

 

 今朝、高垣さんがお土産にとくれたものが、この場にちょうど良いと思ってしまった。

 

 思ってしまった。

 

 それが、こんな事態を招くとも知らず。

 

 

 

 まさか、外国産の甘い甘いチョコケーキが、

 

「ウィスキー入りなんて……!!」

 

 生地とチョコにウィスキーを染み込ませた大人向けのものだった。もちろん、未成年だって食べることは禁じられておらず、罰もなし。ただ、それでもお酒に弱い子なら酔っぱらってしまうくらいに、酒の濃度は高かったよう。

 

 結果、こうして酔っ払いアイドルが出来上がってしまった。

 

「加蓮! 離して! こら!」

 

「いーやーだー!」

 

「ほんとに酔っぱらってるんだよな!? これで演技だったらさすがに怒るぞ!?」

 

 速やかに場を収集させたいんだから!

 

 確か、加蓮も含めて、彼女らは今日の仕事もレッスンも終えていた。今後に支障はない。お菓子はお菓子。慣れてないから酔っぱらっただけで、酒が抜けるのも早いはず。まずは落ち着かせて、水でも飲ませれば、万事解決。

 

 しかし、加蓮一人に自由を奪われている私が、残る二人を対処できるわけもなく、このままでは泥沼は間違いない。最後の希望は、この騒ぎにどうしてか沈黙を保ち、静かにソファへ座っている奏だけ。

 

 私は大声で奏へ呼びかける。

 

「か、かなで! 助けて! ヘルプ!!」

 

「……」

 

 けれども、奏は変わらず無言。遠目から見て、奏は顔を赤らめたり、頭がフラフラする様子もなし。見た目だけはいつものクールビューティ速水奏のままなのに、その沈黙が恐ろしく感じる。だが、ここで諦め、大騒動にするわけにもいかず。

 

「奏ー! 助けて―!!」

 

 ないふり構わない必死の叫び。

 

 するとようやく、奏はすくっと立ち上がり、ゆっくりと私の方へ。

 

「加蓮! ほらっ、奏が来たから! もう終わり!」

 

「かなでー? かなでだったら、いいよー、Pさんのここ、空いてるからー」

 

 ええい、この酔っ払い!! 成人祝いの時は、ちゃんと酒量を見張るからな!!

 

 そんな動きにも奏は静かなまま。とうとう私の目の前まで来ると、うつむいた、小さく綺麗な顔をゆっくりと上げて、

 

「ふふ、素敵ね……♪」

 

「奏もかよ!?」

 

 顔色は変わってない。見た目だけなら素面同然。けれど、眼だ。奏の宝石みたいに綺麗な眼。それが潤んで揺らめいて、普段の二倍か三倍か、いつも以上に色香が増している。

 

 それに近づいたからこそ分かる。奏が纏っている雰囲気も、湿っぽく、気絶しそうなほどの陶酔を与えてきた。

 

「ねえ、もっとよく見せて? 貴方の、かわいい照れた顔を……」

 

 奏の手が頬へと伸ばされ、そろりと撫で上げられると、全身に鳥肌が立つ。

 

 この逃げ場のない状況で、私もとうとう万事休すかと、年貢の納め時化と覚悟を決めようとした時だった。

 

「あー、ずるい! 私のこと、ちゃんと見てよ!!」

 

 加蓮が奏の手を引きはがした。

 

「……加蓮、譲ってくれるんじゃないの?」

 

「ゆずる……? そんなわけないでしょ? 場所があいてるって、だけ。かなでにもー、わたさないんだからー!」

 

「ふふ、ふふふふ。やっぱり先に貴女と決着つけないといけないのね、加蓮」

 

 潮目が変わるとは、このことだ。二人は互いに微笑みながら、けれど周りの空気はバチバチと痺れている。まさにそれは、彼女たちが出会って、ユニットを組んだ当初とそっくり。

 

 私にとっては、千載一遇のチャンス!

 

「今だっ!!」

 

「「あ!」」

 

 加蓮と奏の腕の間からすり抜け、一目散にドアへと。

 

 援軍が必要だ。

 

 加蓮と奏二人がかりで、私が勝てるはずはない。だれか、すぐにでも状況を解決してくれる人! それこそケーキをくれた高垣さんとか、川島さんの大人組!!

 

 後ろから二人が近づいてくる気配の中、私は勢いよくドアを開ける。

 

 すると、そこには人影があった。

 

 それは私が求めていた、このトラブルを解決してくれる助っ人で、同時に一番助けを求めたくなかった人物。

 

 天才科学者が不敵な笑みと共に言う。

 

 

 

「にゃははー。お困りかな? プロデューサーくん♪」

 

 

 

 おぉう……。

 

 

 

「あれ……私たち、何してたんだっけ?」

 

「美波も、文香も、寝ちゃってるわね」

 

「ツカレテネチャッテタンダヨ」

 

「「なんで片言なの? Pさん」」




まだまだお酒が飲めない二人ですが、その時が来たらどんな飲み方をするのでしょうね。

どこかの可能性を覗いてみたいと思ってしまいます。
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