人には様々な一面がある。
長く一緒にいる夫婦でも、仕事仲間でも、どれだけの時間を共有していても、相手のふとした仕草を意外に思ったり、その人の新しい要素を見つけることもある。
私とて同じ。担当アイドル二人の魅力を引き出すためにも、奏と加蓮とは長く時間を過ごし、信頼を築いてきた。そんな私でも、二人について知らないこともあったり、ついつい固定観念を持ってしまうこともある。
これから語るのは、加蓮と奏に驚かされた、そんな日の備忘録だ。
アイドルプロデュースをしていると、多種多様な業種と関わりをもつ。
歌に関しては作曲家、作詞家、編曲に、音響・収録関連のスタッフ。撮影の仕事ではカメラマンに照明、その他、撮影スタジオや、野外撮影の場合はお役所にも。
ドラマ、映画、声、ライブでもそうだ。私たちは毎日、多くの人に支えられ、アイドルを輝かせることができる。そんな業界にいて、普通の会社員では知り合えない人々と縁を結べるのは、私の喜びでもあった。
そして、加蓮と奏がそんな人々と関わり、いい仕事をしてくれると、少し嬉しいこともある。お歳暮やお礼など、プレゼントを貰えることもあるのだ。
相手方からすれば、私たちを認めた証であり、次の仕事につなげるための挨拶でもあろうが、まだまだ高校生のうちの姫様達に、美味しいお菓子や、ちょっとしたお土産を持たせてあげられることは嬉しい。
あの日も、私たちの事務所には仕事先からプレゼントが送られてきた。
二人のレッスン見学を終え、部屋へと戻った私は、机に置かれていた封筒を発見した。差出人は都内で有名な高級レストラン。プライベートでは私と縁がないところだったが、
「お、この間のレストランからか」
先日、加蓮と奏がPR動画に出演したのだ。
モノクロームリリィは大人の魅力も出せる、と世間から高い評価を受けており、こういう大人な場所での仕事も舞い込んでくる。
このレストランがオファーを出したのも、若い層にも知名度を広げ、憧れを持ってもらいたいという狙いがあったようだ。そうして二人は、クールなドレスを纏い、素晴らしい映像をレストランへと提供した。
後日、担当者の人から、
『あの映像、すごく反響が良かったんですよ! 今度、何かしらお礼をさせてください!!』
と大喜びで告げられたのも、記憶に新しい。
これが、その『お礼』だろうか。考えながら中身を取り出すと、予想の通りに感謝の手紙と三枚のチケットが入れられていた。
私はチケットの内容を見るなり、ソファでレッスン疲れを休めていた二人を呼び寄せる。
「加蓮! 奏!」
面白い話が来たのだと、私の声色で分かったのだろう。二人は楽しそうに走り寄ってきた。
「なになに? いいこと、あったの?」
「新しいお仕事かしら?」
「いや、仕事じゃないんだけど。ほら、この間、二人が撮影したレストランのこと、覚えてる?」
「もちろん! 綺麗だったよねー。大人の空間って感じで。高い天井に、シャンデリア、クラシックの演奏も!」
「結婚式場としても有名だと聞いたけれど、納得よね」
加蓮は目を閉じ、レストランの姿を思い浮かべているのだろう。奏も、彼女個人の好みとも合わさって、良い思い出が残っているようだ。
二人がそんな気持ちでいてくれるなら、ちょうどいい。
「で、この手紙、そのレストランからのお礼状なんだけど……。ふふふ」
「あ、もったいぶり始めた」
「ドラムロールはやらないわよ? ロマンチストさん」
いやいや、私は心の中でやるぞ。発表したら、二人とも喜んでくれるのが目に浮かぶからな。
私は意味深な笑顔をたっぷりと見せた後、二人へとチケットを差し出した。
「フルコースディナーへの招待券!!」
「「!?」」
「しかも三枚入り!」
「「!!」」
撮影の時は、スケジュールが押していたのもあって、簡単なランチメニューを試食させてもらった私たち。その少しの機会でも、レストラン自慢の極上な味は私たちの舌を楽しませてくれた。
みんな思っていたはずだ、これがフルコースならばどれだけ素敵な食事となるだろう、と。
それが実現するとあっては、喜ばないほうがおかしい。加蓮はいきおいよくチケットを取ると、隅々まで見渡し始め、奏はその少し後ろから覗き込むように。
「うわっ! これ、しっかりしたフルコース! メニュー見ても、どんな料理か分からないやつ!」
「えーっと、ポテトはメニューになさそうだけど、加蓮はいいの?」
「かーなーでー。オシャレな食事なんだから、フライドポテトにはこだわらないって」
「ふふ、分かってるわよ。それじゃあ、ちょうどチケットも三枚だし、加蓮とPさんと私でディナーね。楽しみだわ」
驚きから、段々と想像の景色が固まってきたのだろう。加蓮はもう待ち遠しいとばかりに尋ねてくる。
「ねえ! いつなの!? スケジュール、ちゃんと空けるから!」
「えっと……。書いてある期間中なら、いつでも使えるみたいだな。で、二人とも予定が空いているのは……来週の日曜日」
あの日は午前中にサイン会。その後なら時間はたっぷりある。
それに、日曜はレストランで特別な催し物も予定されているそうだ。せっかくなら体験してみるのも良い。
「クラシックの生演奏があるって」
音楽に浸りながらフルコース。上品なスープ、ふっくら柔らかなパン、サラダは素材の味がたっぷりで、メインは柔らかいステーキ。いかん、考えるだけでよだれが出てくる。
「あぁ……素敵ね。普段の私たちだと経験できない時間。お食事だけじゃなくて、いい勉強にもなりそう。
……そういえば、Pさん。私たちのドレスコードは、大丈夫なの?」
「そっか! ちゃんとしたレストランだから。服も必要だよね。撮影の時はドレス用意してもらってたけど……」
「私は大人なんで、ちゃんとスーツを準備していくけど、二人は気にしなくて良いんじゃないかな? まだ高校生だから、制服で代用できるはず」
二人はドレスに慣れているが、ディナーの場でも堅苦しくなっては楽しめないだろう。そんな風に考えて、私は軽く返事をした。その時の私は、複雑な女性の心理など考えることもなく、
「「……」」
加蓮と奏が、私をじっと見ていたことにも気づかなかった。
そうして私たちは約束の日を迎えた。
それまでの一週間、彼女たちに変化はなく、普段通りにアイドル活動を楽しみ、ともすれば、週末のご褒美のことを忘れているようにも感じられた。ミニライブにサイン会に、レッスンに。何かの準備をしていると、私は気づくこともできなかった。
レストラン前に移動した時もそう。タクシーでエントランスに降りた時、奏は静かに微笑んで、加蓮はこれからの食事に目を輝かせていた。
私はと言えば、そんな二人の手前、気負わないように平気なふりで、中に入り、受付でチケットを見せるだけ。
それを認めたスタッフの人が尋ねてくる。
「ようこそ、おいでくださいました。席にご案内する前にお荷物をお預かりいたします。お連れの方のご用意は」
「二人は特に……」
既に学生服姿だったから、そのまま案内して大丈夫だと、そう伝えようとして、
「あ、私たち準備があるから!」
「Pさんは先に行ってて」
「あれ、なにかあるの?」
「せっかくのレストランだもの、お化粧とか、少しは直しておきたいの。Pさんは気づかないかもしれないけれど、お仕事の後だと、少し崩れていたりするのよ」
「そういうの、妥協したくないからねー」
などと、二人は私へ手を振りながら控室へと向かい、私は当初の予定とは違って、先に席へと向かうことになった。
レストランの中は、以前に訪れた時と、大まかな内装は変わっていないが、ライトの色や飾られている花などは季節に合わせてアレンジされていた。そして、ホール型の客席の真ん中では、既に楽団がスタンバイしている。コンサートの開始は、三十分後。
景色を横目にウェイターに案内されたのは、会場が広く見渡せる窓際。さらに夜景の美しい港を展望できる場所だ。おそらく、店内で最も眺めが良い位置で、そんな気配りに感謝の気持ちがいっぱいになる。
これらの体験でも、既に胸躍らされるものがあったが、まだまだメインはこれから。二人が来ないうちに満足してはいけない。
席に座って、静かにマナーよく。
それで十分、二十分と時間が過ぎて……。
「……おかしいな」
いくらなんでも遅いと思い始めた。あの口ぶりだと、長くても十分くらいかと思っていたが、やってくる気配もない。
「……」
入り口やウェイターの動きに目を配ってみるも、やはり見当たらない。
途端に心配になる。セキュリティはしっかりしているはずだが、二人はアイドル。トラブルが起こっていたら、取り返しがつかない。
スタッフに尋ねるか、と立ち上がろうとした時だった。背後から、声が飛んできたのは。
「こちら、空いているかしら?」
上品で艶やかな女性の声。
その声の主を、私は直ぐには思い出せず、誰かの悪戯だと思って、立ち上がりながら断ろうとするも、
「悪いけど、人を待って、て……」
その言葉は途中で消えてしまう。
振り向いたところに立つ女性。
グリーンのロングドレスを着こなした、誰もが目を奪われるその人は、私の知っている顔で、けれど、いつも以上に成熟した女性らしい魅力を放っていたから。
「かれん……」
声に何の感情ものせられないほど、私の頭はのろまになって、それでも視覚だけは加蓮を捉えて離さない。
そして、加蓮がいるということは、
「あら、加蓮にばかり見惚れて、エスコートしてくれないの?」
今度も私の背後から。
そこでは奏が、真紅のドレス姿でしっとりと微笑んでいた。
こちらもまた、一目で陳腐な感想など吹き飛ぶほど、美しく、この世の者とも思えない。
くすくす、と静止しきってしまった私の周りを、花をめでる蝶のように加蓮と奏がゆっくりと踊る。
「ふふ、驚いちゃって」
「せっかくのディナー。……着飾らないわけがないでしょ?」
「ええ。ただの子どもと侮っちゃいけなかったのよ」
「私たちは、アイドルだからね?」
ああ、困ったな。
こういう時、彼女たちをエスコートするのは私のはずだったのに。
加蓮たちが私の手を、肩をとって、席へ座らせ。当人たちは向かい側へ。
タイミングを見計らったように、微笑まし気な眼で私たちを見る、老ウェイターがボトル片手にやってきた。
「お嬢様方のご要望でしたので。お楽しみいただけると幸いです」
「事前に相談して、準備してもらったんだ」
「荷物少ないから安心してたでしょ? サプライズのために事前に預けておいたの♪」
「あー、もう、驚かせてくれちゃって……」
私としては、もう笑って受け入れるしかない。この驚きも、心の高まりも、二人を甘く見ていた罰なのだろう。彼女達だって、日々、女性として進化していることを見落としていた。
グラスに注がれる紅いワイン。私と違って、二人のはノンアルコールだけど、それを感じさせないほどふるまいは洗練されて、誰よりもレストランの華となっていた。
ウェイターが一礼し、
「今宵は存分にお楽しみください」
それが合図。
楽団の演奏と共に、彼女達が主役の夜が幕を開ける。
クラシック。
音楽だけでなく、洗練された一流の存在を表す言葉。
魔法使いの想像すら簡単に超える、一流のアイドルにとって、これほどふさわしい空間はなかった。
加蓮も奏も本当に十代なんでしょうか?
あんなにドレスが似合う高校生。末恐ろしい。