モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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総選挙結果発表まで241日な9月17日


9月17日「キュートな日」

 突然、加蓮が言い出した。

 

「奏ってさ、隙が無いでしょ?」

 

「……まあ、ね」

 

 速水奏。

 

 ミステリアス。大人っぽい高校生。演技上手。

 

 そんな彼女にも、朝が弱かったりと年相応の弱点はある。しかし、高垣さんという大人アイドルに対しても世話役を買って出たり、並外れたしっかり者であることも間違いない。最近だと新田さんと撮影をした時くらいか。『驚かされてしまったの』なんて言ってたのは。

 

 奏は隙をめったに見せないという加蓮の言葉は間違っておらず、私も頷きで返した。

 

 だから、と加蓮はスマホを取り出し、目にメラメラと気合を灯しながら宣言する。

 

「私、隙だらけの写真を撮りたいの! 奏の!!」

 

「何を言い出すんですか、加蓮さんよ」

 

 私はいったいなんだと思いながら、加蓮をとりあえずソファに座らせ、話を聞くことにした。

 

 加蓮は悩んでいますと言いたげに腕組み、頭を傾げながら、もっともらしく語り始める。

 

「最近ね、みんなの隙だらけの写真撮るのが好きなんだ」

 

「うん。知ってる」

 

 私も被害者だから。

 

「そうそう。一番多いのがPさんで、次に奈緒。あと、凛に、美嘉に、りーな、飛鳥、まゆ。それから、最近上手く撮れたのが忍とありす。……隙っていうか、炎上しそうな写真が撮れたのは、りあむで」

 

「多いな、被害者」

 

「被害者って言わないの、モデル!」

 

 加蓮が指折り、今までのターゲットを数えていくが、私の想像を超えて、随分な数になっていたようだ。

 

「そもそも、なんでそんな写真が撮りたいんだ?」

 

「かわいいから♪」

 

「えぇ……」

 

「引かないの! Pさんは撮られる側だから分からないだろうけど、まゆとかは撮ってあげたら喜んだりするんだよ? 我ながら可愛い写真が撮れてるし。

 えっと、例えば……これとか!」

 

 言うなり、加蓮はスマホを向けて、一枚の写真を見せてくる。

 

 そこに映っているのは、渋谷さん。ザ・クールを体現し、普段は落ち着き払っている彼女と愛犬ハナコの写真だ。

 

「ほらほら! これ、可愛いでしょ? ハナコが凛に飛び乗って、顔をぺろぺろしてて!」

 

「たしかに、この写真は良いな」

 

 渋谷さんの私室で撮られただろう写真では、渋谷さんが気の抜けた顔をしてハナコとじゃれあっていた。普段の事務所や仕事では表に出てこない、渋谷さんの年相応の一面を見事に切り出し、可愛いと呼べる写真に仕上がっている。

 

 これだけなら、名カメラマンと加蓮を褒められる。しかし、

 

「あと、これは私の代表作!」 

 

「どれどれって、うわぁ……」

 

 さらに続くのは、神谷さんの写真。

 

 渋谷さんの写真が微笑ましかった分、この写真を見た私は、何とも言えない哀愁を強く強く感じることになった。

 

「……どうやって撮ったんだよ、これ」

 

「談話室に千佳が置いていったのを奈緒が使ってて。周りに誰もいないと思ってたみたい。そこをパシャリと」

 

 神谷さんは写真の中で、魔法少女のステッキを片手に決めポーズをしていた。

 

 効果音やエフェクトまでつきそうな、見事なまでのポーズ。これが隠し撮りだと思わなければ、仕事用と言っても騙せそうな出来だ。

 

 けれど、

 

「私ながら、ベストショットだった……」

 

「なんて哀れな……」

 

 仕事を終えた匠のような仕草で加蓮が頷く中、私は涙をこらえる。

 

 写真は一枚だけじゃない。バーストした音を神谷さんに気づかれたのか、カメラに向かって走ってくる神谷さんの大慌てで真っ赤な顔まで何枚も写されていた。

 

『消せよ加蓮! 消せー!!』

 

 とか、当時の叫びまで聞こえてきそうな、臨場感たっぷりの写真群。その後の神谷さんの苦労を考えると、涙が禁じえない。

 

 それはそれとして可愛いにもほどあるが。

 

「あとは、寝転がって読んでた本を、頭に落としちゃった飛鳥。担当さんにプレゼント渡す練習してた美嘉に……」

 

「あー、もうオッケー。分かったから。これ以上は見せなくて良いから」

 

「もちろん、Pさんのもたくさん」

 

「見せなくていいから!?」

 

 ちらっと映ったぞ、なんだ今の! どこで撮った! その顔に落書きされた私の写真は!! ほんと、油断も隙もあったもんじゃないな!!

 

 そうして自称・名カメラマン北条加蓮の説明を聞いた後で、いよいよ本題。加蓮が再び頭をひねりながら、相談してくる。

 

「でもね、奏の写真は撮れないんだよねー」

 

「そりゃ、加蓮に対しては隙見せないだろ」

 

「なんで?」

 

「狙ってるの気づいてるだろうから」

 

 奏は周りをよく観察している。加蓮が写真撮るのにはまっていることも、承知の上。だったら、加蓮が飽きるまでは上手く躱そうとするに違いない。

 

 奏に隙がまるで無いとは思わないが、そこを狙われているとなれば、隠し通す意地と器用さが奏にはある。

 

「そっかぁ」

 

 加蓮は納得したように大きなため息を吐く。

 

 しかし、これで止まってくれるわけもない。加蓮は人一倍負けず嫌いで、向上心が強い。奏との勝負の様相を呈した、この写真合戦を諦めるわけがないのだ。それを知る私は、加蓮の次の言葉へと身構える。

 

 そして、加蓮はバンっと机へと手を置くと、有無を言わさない雰囲気で私へ言うのだ。

 

「それじゃあやっぱり、Pさんにも協力してもらわないとね♪」

 

「断るのは……」

 

「ムリ!」

 

 そこはダメじゃないのか。無理ってなんだ。選択肢もないのか。

 

 ないんだろうけど。

 

 

 

 その日から、加蓮による『奏、隙あり』作戦が始まった。

 

 写真を撮るのは加蓮の役割。私がやるのは、加蓮の作戦に従って奏を誘導すること。

 

「まずは、居眠り写真を狙ってみよう!」

 

「そんなこと言っても、薬を盛るとかはナシだぞ」

 

「当たり前でしょ!? けど、何もしないままなら、奏が居眠りとかしなさそうだし……」

 

 物陰でこそこそと作戦会議を終え、私は行動開始。

 

 ちょっとした準備を整え、加蓮が隠れたタイミングで、奏が部屋へと戻ってくる。

 

「ただいま、Pさん」

 

「おかえり。今日はレッスンどうだった?」

 

「久しぶりにハードだったわ。伊吹ちゃんと一緒にマストレさんのレッスンだったから、踊って踊って……。脚もくたくたになっちゃった」

 

 言葉通りに、奏は力なくソファに体を沈める。とはいえ、横になることもなく、背筋を伸ばして座った姿勢だ。加蓮が求める隙はない。

 

 そこで私が奏へと運んだのは、温かい紅茶。カフェインの眠気覚まし効果は承知だが、疲れている体の芯がポカポカに温まれば、流石に眠気が勝ると考えた。

 

 許せ、奏。

 

 悪いとは思うし同情するが、私も奏の隙あり写真を見たい気持ちもある。

 

 その内心は面に出さず、奏の目の前に紅茶を注いだティーカップを置く。すると奏は、嬉しそうにお礼を言ってくれた。

 

「ありがとう。……こんなに労ってくれるなら、がんばった甲斐があったわね」

 

(うっ)

 

 穏やかに、愛おしそうにティーカップを取る奏へ、私の罪悪感も最高潮に達するが、奥で我らを見守る加蓮が剣呑な雰囲気を飛ばしてくるのも感じて、私は動くに動けない。

 

「……おかわりもあるから、どうぞ」

 

「ふふ、どうしたの? 今日は執事になってくれるのかしら」

 

「いつも頑張ってくれてるから、今日くらいはね」

 

 誤魔化しつつ空いたカップへと紅茶を淹れようと。けれど、その私の腕へと、奏が手を添え、

 

「え、奏?」

 

「優しくしてくれるのも嬉しいけれど……」

 

 そのまま、ぐいと腕が引かれ、私の体もソファへと沈んだ。

 

「紅茶よりも、この温もりが……、貴方が私を癒してくれるの。だからこのまま、少しだけ。秘密の午後に……」

 

 目を閉じた奏は私へと体重を預け、お互いの鼓動まで重なりそうに――。

 

 ならなかった。

 

「ちょっと待ってよ!!??」

 

 バンっと大きな音が私を誘惑から呼び覚まし、その音の主の加蓮が顔を真っ赤にさせて目の前に出てきていた。

 

「あら、いたの? 加蓮」

 

「いたよ! 絶対に気づいてたでしょ、私がいること!」

 

「さあ? 部屋の奥で息をひそめているから、触れてほしくないのかと思って♪」

 

「むむむ~っ。Pさんも! さっさと離れる!!」

 

「は、はい!」

 

「……まったく、油断も隙も」

 

 等々、加蓮の作戦は失敗した上に、ご機嫌が斜めになってしまった。

 

 

 

 しかし、こんなことがあっても、加蓮は諦めない。その後も、私を巻き込んだ作戦は続く。

 

一.奏は朝が弱い作戦

 

「遅刻とか、欠伸とか! そういう隙あり写真を!!」

 

「そう、うまくいくかなぁ……」

 

「挑まないと夢は叶わないよ! Pさん!!」

 

 ノリノリな加蓮の予想を裏切り、奏は遅刻も欠伸もすることはなかった。

 

 

 

二.甘いもの作戦

 

「美味しいスイーツを前にしたら顔も緩むはず!」

 

「だからって何回もおごるのは、キツイ!!」

 

 財布事情を考慮して作戦中止!

 

 

 

三.びっくり箱作戦

 

「麗奈にもらったこれを使えば……!!」

 

「あれ、これもう開けかけて……、うわぁ!?」

 

 悪戯女王が上手で失敗! 

 

 

 

 そうして、

 

「加蓮、もう諦めた方がいいって」

 

「だめだよ! ここまで来たら、一枚くらい撮らないと!」

 

「こんなにあからさまだとバレるぞ」

 

 何度も何度も作戦が失敗に終わった末、最後の手段とばかりに加蓮は奏に張り付いて、隙を見つけようとしていた。

 

 そして今、私たちはフレデリカさんと談笑している奏を、柱の陰から見つめている。だが、私はこの尾行に懐疑的だった。

 

「こんなにすぐ、奏が隙を見せるわけないって」

 

「わかんないよ? フレデリカと一緒だったら、奏も油断するし――」

 

「フレデリカさんが何か起こすかも、か」

 

 加蓮はそこに期待しているようだ。確かに、フレデリカさんは愉快で楽しいことが大好きで、奏と最も親しい友人ともいえる。そんな彼女は行動が予測できないことでも有名。何かが起こるかもという可能性は、僅かにあった。

 

 そして都合よく、その予感は当たることになる。

 

 加蓮が突然、私の腕を引っ張った。

 

「あ! Pさん、見て見て!!」

 

「フレデリカさんが、なにか……!」

 

 フレデリカさんがハンドバッグに手を入れ、明るすぎる笑顔を浮かべていた。奏はといえば、外を眺めているようでそれに気づいていない!

 

 次の瞬間、加蓮は奏達の元へと走り出す。これが待ち望んでいた瞬間だと確信し、加蓮の眼がギラギラと輝いていた。

 

 距離を詰めたのと、奏がフレデリカさんの方へと向いたのは、ほぼ同時。

 

 そして、フレデリカさんが素早く腕を伸ばして、奏の顔へと。

 

 

 

「奏ちゃん、どーん!!」

 

 

 

「奏、隙あり!!」

 

 

 

 フレデリカさんの大声と、加蓮がカメラを光らせたのは同時だった。

 

 一秒、二秒、無音が続き、加蓮が笑みをわずかにこらえ……。

 

「ふ、ふふふふ」

 

 奏が目を丸くしている中、加蓮は勝利の雄たけびを上げた。

 

「やった。やったー!」

 

 跳びはね、私に意気揚々と見せてくる写真。そこには、懐かしのコントで見る、髭眼鏡をかけた奏が大写しになっていた。奏の端正な顔に、アンバランスなぐるぐる髭眼鏡。間違いなく、速水奏にとっては隙だらけな瞬間のキュートな写真。

 

 最初は乗り気でなかった私だが、この見事な一枚を見ると、達成感が生まれるのを止めることはできなかった。いつもからかわれている私が、加蓮の助力とはいえ、一矢を報いることができたのだから。

 

 だが、私たちは忘れていた。

 

 相手は速水奏だと。

 

 聡明で、演技力に優れたアイドルだと。

 

 

 

「今よ」

 

 

 

 奏の鋭い声。

 

 瞬間、

 

 パァン! パァン! パァン!!

 

「きゃあ!?」

 

「うわぁ!??!?」

 

 加蓮を中心に巻き起こる破裂音。舞散る紙吹雪とテープ!!

 

 さらにはカシャカシャカシャカシャ、シャッター音まで。

 

 しかし、私たちには、その正体が何かと判別することもできなかった。突如として訪れた情報の多さに、パニックになってしまっていた。

 

 そして、嵐のような数十秒が過ぎた後、加蓮はテープと紙だらけとなる。ともすれば、髭眼鏡の奏より無防備な姿。

 

 加蓮が言う隙だらけの姿に、加蓮自身がなってしまっていた。

 

 その原因は物陰から飛び出し、私たちを取り囲んだアイドル達。

 

 彼女たちの姿をようやく確認した加蓮は顔を真っ赤にさせ、体を震わせて、ようやく一言を発する。

 

「あ、あ、あんた達……!!」

 

 神谷さん、渋谷さん、城ヶ崎さんに、他にもたくさん。見覚えがありすぎる、加蓮に写真を撮られた被害者の会。

 

 彼女達は各々のスマホ画面に、今しがた撮影した加蓮のハプニング写真を見せ、晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 

 奏が、華麗に髭眼鏡を取り払いながら彼らの前に立つ。

 

「みんなから相談を受けたのよ。加蓮に一泡吹かせたいって。でも、私だけ犠牲を払わないのも、フェアじゃないわよね……?」

 

 奏は加蓮が握りしめたスマホを指さし、堂々と告げる。

 

「撮っていいのは、撮られる覚悟がある者だけよ。

 私の写真と、この瞬間。痛み分けってことで、どうかしら?」

 

 この場面こそは第一次写真合戦の決着と、事務所に知られることになった奏の宣言。軍師奏が策士加蓮を負かした瞬間だった。

 

「う、うぅ~!! 覚えておいてよ! 奏ー!!」

 

 えらくノリノリの奏を前に、悔し気に走り去る加蓮が、この騒動の一先ずの決着。

 

 けれど、忘れてはならない。彼女は北条加蓮。

 

 敗北のままで終わらせるわけがなく、第二次写真合戦が巻き起こるのは、まだまだ先の話だ。

 

 そして、その渦中に巻き込まれた私の感想を、一言述べさせて欲しい。

 

「私だけ撮られ損じゃない?」

 

「加蓮と楽しそうだったから、その分よ♪」




加蓮、奈緒や他の子ともわちゃわちゃ楽しくやっていそうですよね。

時にはやり返されることもあったり? そんな事務所の様子をもっと知りたいものです。
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