モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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総選挙最終日まで227日な10月1日


10月1日「眼鏡の日」

 眼鏡。

 

 眼鏡。

 

 眼鏡といえば、どういうイメージがあるだろう。

 

 眼鏡は元々、視力の矯正道具だ。江戸時代には日本に伝来していたとも聞き、私たちが思うより古くから人類に寄り添ってきた。

 

 文化的には、サブカルチャーの興隆と共に、文学少女や清楚といったイメージが付与されている。男性の眼鏡に対しても、真面目や紳士や、中には鬼畜といった変わり種まで。眼鏡というアイコンは、象徴的存在となった。

 

 深く愛され、日常で目にしないことはない眼鏡。

 

 彼らは今日も、私たちの傍で光を放ち続けている。

 

 そんな眼鏡はアイドル業界において、一般とは異なる意味で重用されていた。

 

 

 

「こりゃまた……」

 

 外回りを終えて部屋に戻ってきた私は、その景色を見て絶句していた。

 

 私たちが使っている団欒用の長机。いつもはお茶だったりお菓子だったり、雑誌が置かれている場所だが……。そこに隙間なく眼鏡が並べられていたのだ。

 

 色や形も様々なメガネフレームが何十個も。アイドルプロダクションではなく、眼鏡屋に迷い込んだのかと錯覚するほど。

 

 そして加蓮と奏はといえば、それらの眼鏡を真剣な眼差しで見つめていた。一つ一つ、手にとっては鏡を見て。加蓮は時折髪型も変えながら、試着していて。

 

 その光景を見ながら、よく似合うなーとか、かわいいなーとか、眼鏡フェチな感想が生まれるが、今はそれより、この状況を理解することが必要だ。フェチ心を封印しながら、私は説明を求めた。

 

「どうしたんだ? こんなに大量の眼鏡」

 

 すると加蓮は青いフレームの眼鏡をかけながらウインクをした。

 

「ふふっ、驚いたでしょ? 春菜が持ってきてくれたの」

 

「スポンサーの眼鏡メーカーからのプレゼントですって。好きなのを一つ、くれるみたいなの」

 

 奏も薄い色のサングラスをかけながら。二人とも良く似合っているのは言うまでもない。

 

 私も眼鏡を一つ取ってみる。最近よく見る、べっ甲色のオシャレ眼鏡。そのフレームを見ると、知っている文字が小さく刻まれていた。

 

「どれどれ……って、あのブランドのか」

 

 上条春奈さん。言わずと知れた我が事務所の誇る眼鏡アイドル、今年度ベストメガニスト。

 

 彼女はその活動を通して、様々な眼鏡メーカーと仕事を共にしてきたが、この眼鏡ブランドもその一つで、豊富なデザインとカジュアルさで若い女性に人気と聞いている。

 

「それでプレゼントしてくれたのか、太っ腹だな、あのメーカー」

 

「ふふっ、春菜に感謝しないと。私たちもちょうど、新しい眼鏡が欲しいって思ってたから、嬉しいんだよね♪」

 

「あれ? 二人とも、眼鏡は持ってたよな?」

 

「いくつかはもちろん。だけれど、眼鏡もファッションの一つだもの。バリエーション豊かな方が、服との合わせ方も工夫できるのよ。変装用とはいえ、ね」

 

 なるほど、と私は奏の説明に頷いた。

 

 アイドルにとって、眼鏡という変装道具は必需品だ。

 

 デビューし人気を得て、街中の人から知られる存在ともなれば、同時にプライバシーの侵害やストーキングのリスクも高まってしまう。いかにファンのことは信用していても、世の中全員が善人ではない。

 

 それらプライバシーを守るため、プライベートで帽子や眼鏡を用いるアイドルは非常に多い。人は顔の輪郭や髪型で記憶することが多いらしく、シルエットを変えられるメガネは変装の王道。

 

 加蓮と奏はファッションの幅がとても広いのも幸いし、街にいても見つかることはめったにないというが、いざという時用に眼鏡は持ち運んでもらっている。

 

(けど、その眼鏡をファッション道具として利用してるのは、凄いよな)

 

 二人とも使いこなしが上手いのだ。

 

 逆に使い方をもっと気を付けて欲しいのは、髪がピンクな夢見さん。いくら変装道具を使っても、かなりの頻度で発見されては世間を騒がせている。

 

 この間もトレンド一位に躍り出ていた。

 

「同じ色の美嘉は見つからないのにね。どうして、りあむばっかりなんだろ?」

 

「美嘉は周りに合わせるのも上手いから。りあむの場合は、動作や声も含めて目立っちゃうのよ」

 

 変装もファッションも奥が深いものだ。

 

 感心して頷く私。そこへ奏が、一つの眼鏡を持ちながら、視線を向けてきた。

 

「さて、Pさんも戻ってきたことだし、私たちが魅力的になれるよう、アドバイスを貰えないかしら? この眼鏡なんてどう? 私に似合ってる?」

 

 紅色で細身のフレームだ。

 

 長方形のレンズと合わせて、オフィスワークの女性がかけているイメージ。挑発的な視線をよこしながら足組み、ソファに座る奏がそれをつけると、彼女が持つ女性的な魅力がぐっと引き立つ。

 

「あり、だね。よく似合ってる。

 でも、プライベート用なら、もう少し崩しても良いかな?」

 

 ますますOLに間違えられてしまいそうだ。

 

「それなら……」

 

 奏が机の上を見渡したところで、加蓮が奏の肩を突っつき、笑顔で眼鏡を差し出してくる。

 

「眼鏡どうぞ! これとかいいんじゃない? ちょっと可愛い感じで」

 

「あら、これ……。ふふっ、良いわね♪」

 

 今度はピンクフレームの小柄な眼鏡。レンズは卵型で、奏のミステリアスに輝く金の瞳を活かしつつ、可愛らしさを加えている。

 

 うん、良く似合ってるし……。

 

「……Pさん、ちょっと照れちゃってる?」

 

「そういえば眼鏡好きだったよね? 私たちがかけてるとき限定で!」

 

 既にバレちゃってるから言い訳のしようもないが、素敵な女性への賛辞だと思って欲しい。

 

 加蓮と奏が眼鏡をかけているんだぞ?

 

 普段はお茶目で悪戯好きな加蓮が眼鏡をかけてすまし顔でいたら、大人なギャップでドキリとする。

 

 奏は一流モデルや映画俳優にも劣らない美貌へ、クールな眼鏡がプラスされるのだ。鬼に金棒、女神に眼鏡。

 

 魅力的だと思わないなんて、罰が当たる。

 

 私は好きなことは否定しないぞ。

 

「あははっ! かわいく抵抗するPさんもいいけど、正直に話してくれるのも楽しいね」

 

「ご褒美に、今日は一日中、眼鏡で過ごしてあげてもいいわよ?」

 

「……上条さんに倣って、眼鏡メーカーの仕事を取ってくるとしよう」

 

「お仕事の話に逸らしちゃった♪」

 

 なんとでも言いなさい。

 

 奏はかけていた眼鏡を外すと、傍らに置かれた眼鏡ケースの中にしまい込む。どうやら気に入ったようだ。

 

「私はこれにするわ。ありがとう、加蓮。お礼に私も加蓮のを選んであげたいけど……いい?」

 

「もちろん! 奏チョイスは間違いないもんね。じゃあ、大人っぽいの、お願い」

 

「承りました、お嬢様♪」

 

 恭しく、有能秘書というか、有能メイドみたいな仕草。

 

 そして奏は、テーブルを見渡し、眼鏡の一つ一つを吟味していく。普段から互いにネイルやリップを試しあっている間柄だ、加蓮に一番似合う眼鏡をシミュレーションしているのだろう。

 

 ふ、と奏の視線が左端に止まった。そのまま、ついっ、と伸ばされた指がつかんだのは――、

 

「アンダーリム?」

 

 縁が下半分だけ。アンダーリムの細身のフレームだ。色は黒っぽく、けれど光を浴びると淡い緑色がにじみ出る。

 

 それは加蓮が想定していた以上に、堅実で大人向けの作り。加蓮もこれまでに付けたことのないタイプだったのだろう。

 

 加蓮はそれを恐る恐ると顔へと運び、

 

(……あぁ)

 

 観た瞬間、私は心の中で感嘆した。

 

 加蓮自身も自分の姿が意外そうで、鏡へと目を凝らしている。

 

 例えば、加蓮が大人になったと想像して。髪を纏めた加蓮がこの眼鏡をつけていたら、自立した立派な姿となるだろう。

 

 それはともすれば、成長しきった姿と世の人には思えるかもしれない。

 

 けれど、今、この眼鏡をかけているのは十六歳の加蓮。

 

 瞳の中にたくさんの可能性を満たしている。ならば、このレンズも、色も、可能性の一部。少女から大人へとその道を歩もうとする加蓮を導いているようにも感じられた。

 

「……すごいね」

 

「眼鏡に合わせて、大人っぽくまとめるのもいいし、少しおてんばに眼鏡を振り回しちゃってもいい。加蓮の腕の見せ所ってね?」

 

「うんっ! ありがと、奏。がぜん燃えてきた!」

 

 新たなファッションの入り口を開き、加蓮は着火したようだ。あれやこれと、髪型をアレンジしながら眼鏡を試している。気持ちがメラメラと燃えてるから、大人っぽさは隠れてしまったが。今後、この眼鏡をつけた加蓮が、どんな魅力をみせてくれるのか、私も楽しみだった。

 

 そんな加蓮を見ながら、奏が呟く。

 

「眼鏡って不思議よね。人の印象も、性格さえ変えてしまうことがある。着けているだけで真面目に見えてしまえば、見られる方もそう思い込んでしまったりね。

 物語のシチュエーションにもありがちでしょ? 眼鏡を外したら、世界が変わる。羽化するように美人へ変わるって」

 

 でも、と奏は微笑んだ。

 

「それは眼鏡が望んでいるものとは、違うと思うの。

 囚われるんじゃなくて、道具として使いこなして欲しいのに、それに振り回されて、最後は捨てられるなんて、かわいそう」

 

「その点、二人や上条さんは安心だな」

 

 眼鏡をつける、つけないも一つの味。

 

 自分を取り巻く全てを使って、魅力を磨き上げているみんななら、きっと眼鏡も喜んでいるはずだ。

 

「ふふ、アイドルだもの。いろんな可能性を試して、輝く自分を魅せていかないと、ね」

 

 奏はそこで息を吐き、

 

「じゃあ、今度はPさん、試してみましょうか」

 

 等と言い出した。

 

「え!? 私も!?」

 

「春菜、部屋のみんなにって言ってたから。Pさんの分もあるわよ。せっかくだから、色々試してみないと」

 

「ふふっ、今度はPさんの眼鏡をコーディネート! スーツにバッチリ似合う、クールなのがいいかな?」

 

「それとも……。いっそ遊び心たっぷりに? 貴方、遊び心はまだまだ足りないみたいだから」

 

 加蓮が黒ぶち眼鏡を取り、奏が虹色フレームを取り、私へ付けようとじりじり近寄ってくる。

 

「……お手柔らかに」

 

「ええ♪ 私たちにしてくれるように、素敵なプロデュースをしてあげる」




奏の眼鏡姿、とても似合っているんですよね。
加蓮も眼鏡で登場しないだろうか……
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