モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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総選挙最終日まで192日な11月5日

今日はリンゴアイドルが登場。


11月5日「いいリンゴの日」

「リンゴ、いかがですか!?」

 

「…………はい?」

 

「山形リンゴ、いかがですか!?」

 

 出社して早々の私を出迎えたのは、そんな賑やかな声だった。

 

 ビルの自動ドアを開いたら、目の前にアイドルと、一人? いや、一匹の謎マスコットの――

 

「りんごろうさんは、リンゴの精です!」

 

 じゃあ、一人で数えるとして、着ぐるみが一人、

 

「リンゴの精です!」

 

 ……リンゴの精がいた。

 

 私が『りんごろう』を着ぐるみ扱いしなくなったことへ、満足げな表情を浮かべた朗らかな少女。圧力と共にりんごろうを推してくる彼女こそは、山形からやってきたリンゴアイドル、辻野あかりさんだ。

 

 辻野さんは赤ずきんのようなステージ衣装を着て、手にリンゴのかごを持っている。それだけなら田舎のリンゴ売りとか、そういう演劇の役どころに見えるが、あまりに強引すぎて、押し売りのようになっていた。

 

 私の怪訝な視線に気づいたのか、辻野さんは言う。

 

「今日はコレを広めるのに良い日ですから、事務所の皆さんにも知ってもらわないと! プロデューサーさん、今日は何の日か分かりますか?」

 

 記念日ネタか。えっと今日は……。

 

「11月5日だから、いいこの日?」

 

「違うんご!」

 

「それじゃあ……」

 

 辻野さんがやたら推してくるリンゴの精を見ながら。

 

「りんごろうの、日?」

 

「こいつのことは考えなくていいです」

 

 コレとかこいつとか、扱い悪いな! りんごろう!! 売りたいんじゃないのか、こいつを!

 

 誰が入っているのか分からないが、辻野さんにずさんな扱いを受けたりんごの精は、でかい頭を下に傾けていた。ショックを受けているような仕草。だが表情は変わらないし、顔が影になって不気味極まりない。

 

(いったいなんなんだ?)

 

 私は夢を見ているのだろうか。朝の九時前なのに、こんな不思議空間に巻き込まれてしまうなんて。

 

 ここはどこだ? 事務所のエントランスだ。

 

 確かに、我が事務所はゾンビパニックやら異次元に繋がったやら、ぴにゃの正体やら、イベントに事欠かない場所だ。だけれど、今日巻き込まれているのは、びみょーに普通のイベント。諦めて博士たちや木場さんに任せる事態じゃない。

 

 私にとっては逆に珍しく、巻き込まれた時の対処方法がわからない。逃げようとしても、りんごろうの巨体と辻野さんの圧力が強く、逃げ道はない。

 

(誰か、誰か助けは……)

 

 頭をあちらこちらへと動かしながら、私は救いを求めた。

 

 このままではマズイ。ずるずると辻野さんに引きずられ、最後にはりんごろうの中身にされるかもしれない。そうなったら、加蓮と奏からどのようないじられ方をするか、想像するだに恐ろしい。

 

 そうして動き回った私の頭は、辻野さんの肩の向こう側を見つめて停止する。

 

 いた。助けが。

 

 なぜか申し訳なさそうに頭を下げている、リンゴの被り物をした工藤忍さん。彼女は私に見えるように、プラカードを掲げてくれていた。それは正しく、辻野さんからのクイズの答え。

 

 ありがとう工藤さん。なぜそこにいるのだ、工藤さん。

 

 私は心の中で工藤さんに感謝と困惑を伝えながら、辻野さんへと正解を答えた。

 

「いいリンゴの日だ!」

 

「正解です! もー、知ってたなら、最初から言ってくれてよかったのにー! 

 あ! もしかしたら、それがプロデューサーさんが愛されキャラな秘訣ですか? リアクション芸!」

 

「ちがうわ!?」

 

 誰がリアクション芸だ、誰が! 辻野さんの担当は私のこと、なんて伝えているんだ! あの新人、実はいい性格してるだろ!? 夢見さんのプロデューサーでもあるからな、お前!!

 

 人畜無害な顔して、トラブルばかり起こす後輩プロデューサーを思い浮かべながら、私は辻野さんから逃げるように去る。ちなみに、別れ際に辻野さんから『りんごろうストラップ』が渡され、本物リンゴはくれないのかと、またツッコんでしまった。

 

 

 

 そういえば、なぜあの場に、工藤さんまでいたんだろう。

 

「『いいリンゴの日』って、青森県が決めたんですよ。アタシ、これでも先輩だし、同じリンゴ県のよしみだし……」

 

 だそうな。

 

 昼になった私たちの部屋で、シャリシャリとリンゴを剥きながら、遠い眼をして言う工藤さん。それを見る私と加蓮は、朝から大変だったね、と工藤さんを労わりつつ、至高の青森リンゴを待っていた。

 

 珍しい組み合わせと思われるかもしれないが、工藤忍さんが加蓮を訪ねて来ることは、実はよくある。

 

 先の映画共演を経て、加蓮と工藤さんは良い友人兼アイドルとして更に仲良くなっていた。元々の気質というか、勝気なところも似通っているし、共にファッションへ興味を持つ者同士。

 

 更に工藤さんは面倒見が良く、こうしてリンゴを剥いている姿も穏やかで、人の好さが伝わってくる。素朴な母性というのだろう。そういう性格は、振り回すタイプの加蓮と相性は良いようだ。

 

 加蓮がそんな工藤さんへと尋ねる。

 

「たしか山形リンゴ、全国四位になっちゃったんだっけ?」 

 

「そうなんだよね……。そこに『一位の青森が助けてください』って言われたら、アタシもなんか申し訳なくって」

 

「で、『りんごろう祭り(非公認)』に参加したと」

 

「……です」

 

 辻野さんは山形リンゴのPRのためにアイドルを志したのだから、心中穏やかではないだろう。

 

 あの後、辻野さんによるロビー活動は様々なアイドルとスタッフを巻き込みながら一時間ほど続き、結果、大量のりんごろうストラップがばらまかれた。

 

 私が事務所内を歩き回っても、その影響は見て取れるほどだ。面白がって身につけているプロデューサーも、さっさと机にしまっちゃう事務員もいるし、某ぴにゃ好きアイドルは嬉しそうにたくさんのストラップを腕に抱えていた。

 

 さておきそんな騒動の根拠となったように、今日は『いいリンゴの日』。青森県によって制定された記念日だ。

 

「ちょうどリンゴも美味しい季節だからって、語呂合わせで決めちゃったんです。でも、全国だとマイナーだし、親戚のおじさんたちも、農協でお祝いしたり、地元特有の宴会の口実になっちゃってます」

 

 次々にリンゴの皮を剥きながら、工藤さんが説明してくれた。

 

 話しているうちに、リンゴの皮は一本の赤いリボンのように下へ流れ、くるくると輪を作っていく。そうして現れる白いリンゴの果肉は甘い香りを部屋へと振りまいて、加蓮の表情を蕩けさせた。

 

 確かに、良いリンゴだ。

 

「んー♪ 甘いにおい! さっすが忍の地元のリンゴ!」

 

「今年も地元から送ってくれたから、いっぱい食べてね!」

 

「こりゃ美味しそうだ。……そういえば、辻野さんもさっき、部屋を回ってリンゴ配ってたな」

 

 てっきり『りんごろうストラップ』を配って終わりだと思っていたら、各部屋を行脚しながら山形リンゴの差し入れをしていたのだ。

 

 おそらくそこまでがPRの手段。最初にりんごろうでインパクトを残し、その後、謝罪と称してリンゴの売り込み、二段構えとは、やり手だ。

 

 私としては、あれだけ推される山形リンゴを食べてみたい気持ちもあるが、まずは、工藤さん自慢の青森リンゴを食べるとしよう。

 

 皮が剥かれ、つるりとしたリンゴは綺麗に六等分に切られ、見慣れた三日月形に。その白い果肉の真ん中には金色の蜜を貯め込まれていて、食べる前から喉が潤うほどの見た目だった。

 

 工藤さんが優しい笑顔で勧めてくれるので、私たちは遠慮なくいただくことにする。

 

「どうぞ!」

 

「「いただきます!」」

 

 フォークでリンゴを突き刺して、口へと。近づくだけで、既に甘い香りが全身をくすぐった。

 

 それが口へと届けば、もっとすごい。噛んで、シャクリと小気味いい音が耳に響いた瞬間、口の中いっぱいに上品な甘さが広がる。感想を言うよりも早く、目を細めてしまうほどのもので、しばし私も加蓮も無言でリンゴを堪能してしまった。

 

「しあわせー」

 

「同感ー」

 

「あ、あはは。プロデューサーさんも加蓮ちゃんも、同じ顔してる」

 

 だって美味しいのだから。これを食べたら、そこらのリンゴは食べられなくなってしまう。何にもしてない生のリンゴでこの甘さってすごいぞ。

 

「ありがとうございます! 感想、地元のみんなに伝えておきますね。美味しいって声を聞いたら、みんなの力になりますから。

 あ、あと、奏ちゃんは地方ロケって聞いたから、三つくらい置いておきます。また、みんなで食べてください」

 

「……なんて気の利く出来た子だ」

 

 優しさに泣きそう。

 

「Pさーん。私だってリンゴ剥けるよ? 気が利くって言ってくれないの?」

 

「加蓮と奏は、からかい挟んでくるでしょ」

 

「ぶーぶー! 忍ー、Pさんがいじめるー!!」

 

「はいはい。加蓮ちゃんもPさんも、もっとリンゴ食べて仲良くして?」

 

「「はーい」」

 

 工藤さんがいると、ほんとに和やかになるなぁ。奏と加蓮がいる空間は心地いいけれど、この波乱が少ないのんびり空間もたまにはいい。

 

 そうして黙々と食べていくと、丸々と大きかった青森リンゴは、あっという間に無くなってしまった。

 

 甘味に満足した加蓮は顔をツヤツヤさせながら工藤さんへとお礼を言う。

 

「あー、美味しかった! 忍、ほんとにありがと!」

 

「どういたしまして。加蓮ちゃんに喜んでもらえて、リンゴも嬉しいと思うよ」

 

「ふふっ、ねえ、忍! 私、こんなにおいしいリンゴ食べたの初めてなんだけど、育てるコツとかあるの?」

 

「それって、農家のコツとか?」

 

「そうそう。せっかくだから、知っておきたくて」

 

 確かに、そこには興味がある。今日いただいたリンゴは、間違いなく私たちの人生でナンバーワンな味だった。その極上のリンゴがどのように育てられているのか、知りたいと思う。

 

 工藤さんはそれを聞くと、

 

「うーん」

 

 と、腕を組み、考えながら言った。

 

「前にね、アタシのプロデューサーさんにも伝えたんだけど……。

 アタシの親は『日々の地道な努力』だって言ってたの。

 ……リンゴって、ほんとに手間がかかるんだよね。剪定したり、美味しくなる実を選んだり、それに雪国だから、冬を越させるために毎日雪を掻き分けて準備したり。毎日毎日、様子を見に行って……。それでも、台風が来たら、全部だめになっちゃったり」

 

 聞くだけで大変そうな、いや、想像もできないほどの過酷な作業だ。

 

 私たちはある意味、気軽に尋ねたのだけれど、工藤さんは地元の人たちが日々を努力していることを肌身で知っている。彼女が語る様子には真実味があって、私達にその情景を想像させた。

 

 来る日も来る日も、茂る青葉を見上げ、時にはおいしい果実を育てるために青い実を取らなければいけない。それでもリンゴは自然の一部だから、その意思によっては苦労が水の泡になることも。

 

 その苦難の果てに、こんなにおいしいリンゴを農家の方は届けてくれている。

 

 加蓮はその話を聞いて感じ入るものがあったのか、穏やかな声で。

 

「……ね、忍。それって」

 

「加蓮ちゃんも思った? ……アタシもね、アイドルに似てると思ったんだ。青い実は可能性があっても、そのままだと渋いまま。美味しいリンゴになって喜んでもらえるには、大切に育ててもらわないとって。

 昔は気づけなかったけど、ちゃんとアタシたちと繋がってる。

 リンゴはアタシたちで、農家さんは……」

 

「……プロデューサーさん達だね」

 

 加蓮はそう言って、いたずらな笑顔を浮かべながら『感謝してるよー』なんて私を突っついてくれる。

 

 手間と愛情をこめて育ったリンゴと、アイドル。私にとっての加蓮、奏と同じくらい大切なもの。それを考えたとき、あれだけ積極的に山形リンゴを広めようとしていた辻野さんの気持ちも分かる気がした。

 

(四位のままじゃいられないよな)

 

 もっと先へ、さらに輝いて。いつかはトップになるように。

 

 辻野さんがアイドルになったのは、両親から勧められたと聞くけれど、それでも、あれだけエネルギッシュに活動できるのは想いがあるからだろう。りんごろうではなく、リンゴへの。

 

 そして加蓮も工藤さんも、同じような道を歩いてきたリンゴへとエネルギーを貰ったようだ。

 

「それじゃあ、私たちもリンゴに負けないように、夢を叶えなきゃだね!」

 

「うん。アタシも、目指すはトップアイドル! 加蓮ちゃんにも、みんなにも負けずに輝くんだから!」

 

 祝杯代わりにリンゴを掲げ、一息に食べる加蓮と工藤さん。

 

 そんなアイドルの宣言を、輝きを放っているリンゴが見守ってくれていた。




美味しいリンゴってなんであんなに甘いのでしょう。

今日も加蓮の応援をお願いいたします!
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