「ど、どうですか?」
「大丈夫。どこからどう見ても、立派なレディよ。ありすちゃん」
「……えへへ」
「…………私……は…?」
「もちろん雪美だって! 加蓮ちゃんコーデなんだから、信用して♪」
「…………うん」
「よしっ! それじゃあ、Pさん、入っていいよー」
加蓮の呼びかけの声に応じて、私は扉を開けた。
そこは衣裳部屋。アイドルが仕事で着る衣装が保管されている場所で、可愛らしいものや、シックで大人っぽいもの、中にはコスプレっぽい衣装まで色とりどり、所狭しと並べられている。
そして、その真ん中には、四人のアイドルが待っていてくれた。加蓮と奏、それに小さなお嬢様たち。橘さんと佐城さん。
「……ペロ………忘れちゃ…………だめ」
おっと、もちろん。
「素敵な子猫さんも一緒だったね」
「にゃあ」
足元に寄ってきてくれた黒猫のペロへ、謝りついでに手を伸ばすと、ペロはその手に頭をこすりつける。促してくれていると思い、喉元をころころとくすぐると。気持ちよさそうにペロは目を細めて、小さく鳴いた。
「かわいいなー」
ほかほかと柔らかくて、ずっと撫でていたくなる。そうしていると、佐城さんもほっこりと笑いかけてくれた。慎み深く、気持ちが柔らかになる笑顔だった。
「……加蓮のプロデューサーさん……、やさしい……ね」
「ありがとう、佐城さん」
「……私と……ペロからも……だよ」
ペロも合わせるように「にゃあ」と一声。なるほど、息ぴったり。佐城さんがペロと言葉を交わせるという噂も、本当のように思えた。
そんな佐城雪美さんは、今、白を基調にしたフリルたっぷりのドレスに身を包んでいる。頭には上品なハット。指先は加蓮が仕上げたのだろう、可愛らしいネイルが輝いて。
事務所のアイドルの中では、まだまだ幼いという印象がある彼女だが、華やかすぎる衣装にも負けていない。穏やかな表情も相まってお姫様という言葉がふさわしい。蝶よ花よと育てられた宝物。
お供のペロも、佐城さんに合わせ、白く可愛い帽子を頭に被っている。
そんな風に佐城さんを煌めかせたのは加蓮。加蓮は自信満々だと顔に表しながら、佐城さんの両肩をぽんぽんと後ろから叩いて言う。
「どう? 可愛いだけじゃなくて、大人っぽく仕上がってるでしょ?」
「うん、それを佐城さんも着こなしていて、よく似合ってるよ」
よく考えてコーディネートしたのだろう。装飾やネイルには加蓮らしい茶目っ気も加えられていて、魅力を高めていた。加蓮はいろんなアイドルのスタイリングを手伝っているが、また腕を上げたと素直に思う。
おっと、佐城さんばかり見ているわけにもいかない。
「……わ、私の方は、どうですか?」
普段より緊張して、おずおずと尋ねてくる橘ありすさんも、素敵な衣装を着て、輝いているから。
佐城さんと対照的に、橘さんが纏っているのは黒系統のシンプルで細身のドレスだ。肩も大胆に出しているが、そこにはストールをかけて、手にはグローブ。
橘さんへは、いつ見ても背筋を伸ばしてしっかりしている印象を持っていたが、この大人っぽい服装がその利発さが際立たせている。
佐城さんがお姫様なら、橘さんは令嬢という形容が良いだろう。奏が彼女をレディと表現したように、まさに。
「な、なんとか言ってください!」
とはいえ、私の無言の反応へ顔を赤くした姿は、年相応ともいえるのだが。
いや、これは私が悪いな。見惚れていないで、ちゃんと感想は伝えてあげないと。
私は膝をついて、緊張で目元を固くした橘さんへと視線を合わせると、精一杯にかっこつけながら言った。
「とても素敵ですよ。いつ舞踏会に出ても良いくらいに」
「っ! ……えへへ、ありがとうございます」
「あら、私にはそういう歯の浮くような台詞は言ってくれないのに……。嫉妬しちゃうわよ?」
「奏は褒めすぎると、あとが怖いからなぁ……」
内心でどう思ってるかは、奏なら分かるだろうし。
頬をかく私の気持ちは、分かりやすいのか。口にもだしていないのに奏は微笑み、加蓮と同じように自慢のレディを私へと紹介してくる。
「ふふっ、貴方が秘めている言葉は、後で暴いてあげるとして……。
ありすちゃん、素敵でしょ? こういうシンプルなドレスは、着こなしが難しいのだけど、ありすちゃんなら大丈夫だと思って挑戦してみたの。そうしたら、私の予想以上に♪
クールでも、ワイルドでもなく、今日はレディ・タチバナ。立派な社交界の華ね」
「か、奏さん! そこまで言われると……恥ずかしいです」
「あら、大丈夫よ? うちのPさんと同じように、世の中の男性はみんな、貴女の虜になるんだから。あとは堂々と、ね?」
そうして橘さんの肩に手を置き、優しく語り掛けていく様子は、仲の良い姉妹にも見えるのだが……。
(言葉と雰囲気が、な)
小悪魔チックというか、魔女チックというか。奏が橘さんをいけない方向へ誘いこもうとしているようにも感じられた。橘さんが悪い影響を受けないか、若干不安である。
「失礼しちゃうわね♪」
「日ごろを振り返ってみなさい。
……でも、佐城さんも橘さんも、素敵なコーデになったね。二人も、加蓮と奏も、素晴らしいと思う。さすがだ」
二人を綺麗に磨き上げた加蓮と奏へ、私は心からの賛辞を贈った。
今日はとあるファッション誌の仕事。その雑誌では奏と加蓮が半年ほど前から読者相談コーナーを持っているのだが、その反響が上々だったため、今回、特別企画が用意された。
それは、二人が仲のいいアイドルをコーディネートするという企画。
最初、その対象は同年代のユニット仲間等が挙げられていたが、紆余曲折を経て『年の離れたジュニアアイドル』をコーデすることとなった。加蓮たちのセンスを試してみたいと、そんな意図だろう。
そこで、加蓮が選んだのは佐城さん。奏は橘さんを。イベントやユニット活動を共に乗り越えた親しい仲で、加蓮たちが妹のように可愛がっている小さくもクールな女の子たちだ。
良い企画だと思う。二人の面倒見の良さや、コーディネート能力の深さを広めることができるし、佐城さん達もいつもと一味違った大人っぽさを見せて、違った魅力を発見できる。
とはいえ、結果を見るまではどうなるか、不安でもあったのだが……。
(……杞憂だったな)
問題ないどころか、大成功だろう。私は安心して、見事にドレスアップした小さなお姫様へと、この後の説明をすることにした。
「この後、佐城さんと橘さんは、外で待ってるスタッフさんの案内で撮影スタジオに行きます。
そこでは、二人の担当Pさんも待ってるから、思う存分、驚かせてあげて」
「分かりました!」
「………うん、がんばる」
「よろしくね。
それで、加蓮と奏は、二人の写真撮影が終わったら、別室でインタビュー。預けておいたカメラは……」
「大丈夫! ちゃんと二人を変身させてるとこ、撮っておいたから」
メイキング写真が欲しいというので、デジカメを預けておいたのだが、加蓮の笑顔を見るに、いい写真が撮れたのだろう。
そうして橘さんと佐城さんは撮影のために部屋を出て、後には私たちだけが残った。すると、加蓮は安心したように、ほっと一息をつきながら言う。
「ほんと雪美もありすも良い子だったぁ……。私の方が夢中になって着せ替え人形みたいにしちゃったのに、一言も疲れたとか言わなかったんだよ?」
「時間かかってたもんな」
「もちろん、私も加蓮も準備していたのだけど……。試着していくうちにどんどん二人が魅力的になっていくから、私たちもそれに応えなきゃって。
ありすちゃんも、雪美ちゃんも、可能性の塊よ。磨けば磨くだけ輝いていく原石。プロデューサーさん達じゃないけれど、成長していくのが楽しみでたまらないわ」
奏も感慨深げだ。
事前に加蓮たちが用意したコーデプラン。けれど、橘さんと佐城さんがいざそれらを着てみたら、衣装が二人に負けて、魅力を十分に引き出すことができなかったという。
そこからは加蓮たちの戦い。小さなアイドル二人の可能性に追いつこうと、自身のセンスと技術を総動員し、見事に役目を離した二人だったが、
今は少しだけ、羨ましそうだった。
「羨ましいかどうかって言われたら、そうかもね……」
加蓮はそう言ってほほ笑む。まだまだ幼い、だからこそ、未来の可能性たっぷりなアイドルへの羨望が微かにあった。
「あんなに小さかった頃、私が何してたかっていったら……二人が知っての通りに病院だったし。もちろん、その経験があったからこそ、今、これだけ頑張れてるって思ってるよ。
でも、もっと小さいころにアイドルになってたら、今はどんなだったかなって想像しちゃう」
「神童も二十歳すぎればただの人、なんて言われたりもするし、これからどんな人に成長するかはありすちゃんたち次第。
それは分かってるけど、あの可能性は眩しすぎるわよね。あの頃の純粋さを忘れてしまった私には」
子どもの業界入りは、時々、議論の的になる。
まだまだ学び、遊びたい盛りの子どもたちを、大人の世界に連れてきてしまうのだから。その世界に疲れてしまう子もいるし、夢を諦めて普通の人生に戻ろうとする子もいる。それは業界人として、私も耳にすること。更に、そのような経験をした仲間も事務所にはいる。
ただ、橘さんや佐城さんのように、幼いが故の未来への可能性が、人々を惹きつけるのも確かだ。今の加蓮や奏には出せない魅力というものを、彼女たちが持っている。
「でもさ……」
私は橘さんや佐城さんがみせていた笑顔を思い浮かべた。
「加蓮や奏や、他のアイドルがいなかったら、まだ小さい二人が躓いちゃう時はあると思う。
それに、加蓮たちが今日、あれだけ頑張ったのは、二人に負けたくないって気持ちがあったから」
年齢や時間は神でもない限りに変えられない。そこは仕方ない。
だから、今からどう進むのかが大切で、二人が此処にいることにこそ意味があるのだと、私は思う。
なにより、二人だって可能性の大きな塊。他の皆には決して負けていない。
そして、それは加蓮も奏も分かっていたことで、二人とも既に先に進む覚悟を決めている。アイドルなのだから。さっき見せたのは、ほんの少しの名残みたいなものだ。
その証拠に、肩をすくめた奏たちは、次の瞬間には納得したように笑顔になっていた。
「ええ、そうね。楓さんだって、アイドルになったのは遅かったけれど、今、あれだけ輝いている。志希やフレデリカも、きっとそう。みんな、それぞれの過去を経て、この舞台に並んで立っている」
「私なんて、病院生活がなかったら、すぐにレッスンを抜け出してたかもしれないしね。今よりもっとワガママだったかも。……それに」
「ん?」
加蓮の顔は、いつもの悪戯を思いついた小悪魔のそれに変わっていた。
「ちっちゃな私だったら、Pさんがプロデューサーにならなかったし……からかえなくなっちゃうよね♪」
「ふふふ、それはもったいないわね。毎日の楽しみがなくなっちゃうのは」
「そこは名プロデューサーと出会えないのを惜しんでほしいなぁ」
「残念。世間に名プロデューサーは数あれど、これだけからかわれやすいのは貴方だけ……」
それなら仕方ない。何より、私も彼女達と同意見だった。
以前、とある事務所の社長が言ったという『その人を見てティンときたなら、それが君の運命のアイドルだ』と。ピンときた、の間違いだとも噂されているが、それは今は関係ない。
直感を信じていたその人が言いたかったのは、アイドルとプロデューサーの出会いは運命的なもので、だからこそ、ただの少女はアイドルへと変われるのだと。
私だって、加蓮と奏に出会わなければ、ここまでプロデューサーを続けていたか、分からないのだ。
(さて、それじゃあ、二人の鼻を明かすためにも……)
このまま『からかわれ上手』じゃ終われない。
名プロデューサーらしく。この子たちを輝く未来へ導いていかないと。
まだまだこれから、進化していく少女たちのために。
ミリで子どもの頃のSSRカードがありますが、奏の子どものころは見てみたいですね。髪も長く伸ばしていたと聞きますし。
それでは、今日も二人の応援をお願いいたします!