泡に包まれながら、怪獣王が消えていく。
巌のような肌は脆く崩れ、鋼より硬い骨格も粉となり、断末魔と共に彼のすべてが消滅していく。何万人もの死傷者を出し、街を廃墟へと変えた大怪獣。けれど、死ぬときは我々と同じ、ただ一個の生物。
この怪獣王との戦いで、人類は一つの勝利を得た。だが、それは果たして正しいことだったのだろうか?
怪獣は人類の業から生まれた。なのに、人類は反省せず、その業も捨ててはいない。今も、際限ない欲望がこの星をむしばみ続けている。
ならばどうして、怪獣王が彼一人だと言える?
彼の最期を見届けた人々に、喜びはなかった。問題は何も解決していないと、彼らは知っていたから……。
白黒の画面が『終』の字を映す中、奏が厳かに宣言する。
「……さあ、感想戦よ」
その手はよどみなくカップに紅茶を注ぎ、加蓮も机の上に置かれたポテトチップスの袋を開く。そして、私は手拭きを人数分用意。
語り合う準備はこうして万全に整えられた。
さて、今日は誰から感想を言うかだが……。ここはやはり、映画を持ち込んだ私からだろう。あまりにも偉大な怪獣映画だけあって、語りたいことは山ほどある。
私は紅茶を一口飲むと、口を開いた。
「いつ見ても信じられないよ。これが六十五年前の作品なんて。
加蓮は怪獣映画見るの、初めてかもしれないけれど、特撮技術もストーリーも決して古臭くなかったし、陳腐でもないだろ?
戦時下を生き抜いた特撮の神様が、その経験をもとに作り上げ、現代社会にも通じる警告も伝えた。このシリーズが今でも愛されるのは、間違いなく初代の功績だ」
「Pさん、めちゃくちゃ話すね」
「好きなのよ、怪獣」
「ふふふ、否定はしない」
正確に言えば好きなのはロマンだがな!
私の含み笑いは、華麗に無視された。
「それで、奏は?」
並び順が私、奏、加蓮の順なので、右へと流す。
すると奏も温かい紅茶で喉を潤し、そして白黒の画面をまっすぐ見つめ直した。映画に満足しているとき、奏はこうなることを、私も加蓮もよく知っている。これは、本気で語る時の仕草だ。
奏は最初はゆっくりと、しかし、次第に口調を速めながら語り始める。
「映画やドラマ、映像を用いた芸術は数あれど、本来、彼らが造る世界観は想像の中にしか存在しないものよ。
そして、その幻想を私たちに共有させ、共感を得るには、リアルが必要なの。情報を制限できる絵画や漫画、音楽以上に、映像世界が現実に存在しうると、観客に思わせなければいけない。
だから、映画が生まれて以来、映画人たちはリアルの実現に心血を注いできたわ。今はCGが大きな役割を果たしているけれど、かつては特撮技術がその位置にあった。
そんな歴史や作品の完成度を考えたら、うん、Pさんの言う通りに素晴らしい作品ね」
「奏もめちゃくちゃ語った……。アクション映画、そんなに好きじゃないのに」
「優れた作品は素直に認めるのが、私の鑑賞スタイルよ? ジャンル分けに囚われて、映画の本質を見失ってはいけないの。そういう加蓮は?」
「私かー」
私たち二人は、既にこの映画のことも知っている人間だ。語り口にも蘊蓄やらが入って、自然と熱を帯びたものになる。一方で加蓮は、こうしたジャンルへの造詣は深くなく、私としてはそんな加蓮の感想が気になった。
私たち二人の語りに圧倒されていたのか、若干の引き気味だった加蓮は腕を組み、ゆっくりと考えながら感想を話し始めてくれる。
「私はこのシリーズそんなに見たことないんだよね。病院って大きな音の映画って嫌われがちだし、退院してからは、触れるきっかけなかったし。
あとは、穂乃香がちょっとキモ可愛い系ぬいぐるみ持ってたのを見たくらいかな? あれが怪獣だって、奈緒に聞くまで知らなかったけど」
あの深海生物チックな衝撃キャラか。あれがキモ可愛いって人気出るのも、不思議な話である。
私も予想した通りに、加蓮は事前知識が乏しかった。けれど、
「……私がこのあいだ出た映画って、色んな演出が加えられて初めて完成したんだよね。
例えば、音楽の溜めを使ったり、シルエットで、出てくるキャラを強調したり。……そういうのが、この映画で、もう使われてたの、驚いたんだ」
「加蓮が出た映画はアクション物だったものね。技術がどれだけ進化しても変わらないものもある。この映画であったり、先人の演出手法が今も脈々と受け継がれているのよ」
「うん。ストーリーも、演出も、Pさんが言ってたみたいに、大昔の映画とは思えなくて。私もこの映画が作ってくれた道を歩いてるって思ったら不思議な気分だし、見てよかったって思うよ」
最後はにっこりとピースサイン。
それを見て、私もほっと胸をなでおろした。決して加蓮の好みの映画ではないだろうが、彼女にとって学び取れるものがあったなら幸いだ。
こうして一通り、全員が感想を言い合って、我らが突発的映画鑑賞会は終了した。
以前に喜劇王映画を見たように、私たちは時折、こうした映画鑑賞会を開いている。場所は事務所であったり、遠出したところの宿であったり、ジャンルもいろいろ。作品を選ぶのは持ち回り式で、加蓮が恋愛映画を持ってきたり、私がアクション映画を持ってきたり、奏がヒューマンドラマを持ってきたりと色々だ。
加蓮も奏も、それぞれ好きな映画は異なるが、奏が言っていた通りに好き嫌いをしていては知識や感性にも偏りが出てしまう。映像作品はアイドルとしての振る舞いや演技にとっても良い教材となるので、そこは二人も異論を持たず見てくれる。
たまに、とんでもC級が飛び込んできて、全員が何とも言えない顔で沈黙することもあるのだが、それもご愛敬。
「さて、いい映画も見て、いい紅茶も飲んで、あとは帰るだけなんだけど……」
せっかく気分が高まっているところだから、二人に別の意見も聞いてみよう。
「今年は二人とも映画の仕事多かっただろ?」
「私はディーヴァファイトと……」
「あれ忘れちゃダメだよ、サメ映画♪」
「忘れたいのだけど……その通り。で、加蓮は忍や唯達とアクション映画で主演。ライブや他のお仕事の合間にいれたとは思えないほど、映画に出れたわね」
奏は南条さんの師匠兼悪役という美味しい役どころ。加蓮は数多くのキャストの中で主演を務め、自分の過去ともリンクしそうな役柄。二人ともそれらを立派に演じてみせ、役者としての声望も高まっているのを感じる。
「あとは……前にPさんが言ってた映画のお仕事、サスペンス映画での助演が予定されてるのくらいかしら? 撮影はまだ先だけど、私もよく見る監督の作品だから期待してるわ」
「喜んでくれたなら何よりだよ。
それで、来年も二人が希望するなら映画の仕事を入れたいと思うんだけど、やりたいジャンルとかある?」
タイアップやらの関係によっては、希望全てを叶えられないかもしれないけれど、私としては二人の意思を最大限尊重したい。
尋ねると、加蓮も奏も表情をほころばせた。
自分がやりたい仕事、目指したい姿。それを頭の中で思い浮かべているのだろう。果たして、どんな夢が出てくるのか、こうして未来の想像を共にする時間が私も好きだった。
最初にイメージが固まったのは加蓮。彼女は加蓮らしく元気に、目を輝かせながら言う。
「私は青春映画とか、やってみたいな! ほら、ダンスとか音楽とか、そういう部活物ってあるでしょ? 撮影だけど、思いっきり楽しんで!」
「ふふっ、このお仕事やってたら、部活動とは無縁になってしまうものね」
「そうそう。せっかくいろんな役になれるなら、欲張りに学校の思い出も作っちゃいたいから」
なるほど。
加蓮の話を聞いていると、不意に思い出したことがあった。
「……そういえば先輩が言ってたな、トライアドプリムス全員で映画出演とか狙おうって」
「え!? ほんと!? 凛と奈緒も一緒なら、面白そう! Pさん、Pさん、それやってみたい!」
さてさて。加蓮の熱意に押されながら、私も想像してみる。
舞台はとある高校。そこで個性豊かな女子高生三人組による青春劇が描かれるのだ。クールで高嶺の華な渋谷さん、人当たりが良い人気者の神谷さん。
加蓮は……物語を動かす転校生役が良い。最初は周りと馴染めず反発するも、映画を通して成長し、かけがえのない友達を得ていく。
そのイメージを加蓮に伝えてみると、驚いたことに、加蓮は「わかってないなー」と言いたげに指を動かした。
「それじゃあ、いつものトライアドと変わらないでしょ? ここは役割を替えて、奈緒は文学少女で、凛は勝気なスポーツマン、それで私が深窓のお嬢様!」
「加蓮がお嬢様……か」
似合うだろう。普段のお転婆お姫様だけでなく、儚さまで加蓮は表現できる。別の人間になりきれるのが作品の面白さ。加蓮にとっても楽しい仕事となるに違いない。
「いいね。次は主題だ。加蓮は何に挑戦したい?」
「流行ってるガールズバンドとかはどう?」
「あら、加蓮は楽器弾けるの? 映画だからって弾けるフリとか、そういうの嫌いでしょう?」
「うっ!? あ、でも、その時は夏樹にギター教わるから」
「……確かに、先生役はたくさんいるし、加蓮ならすぐに覚えそうね」
奏はそう言ってほほ笑んだ。加蓮の成長速度は、奏も十二分に知っている。
私としても、この素案は面白いものだ。トライアドの新曲を青春ロックにして、映画のタイアップにするという手もある。今度、先輩たちに持ち込んでみよう。
「やった! じゃあ、次は奏ね。奏は何かやりたい映画ないの?」
「そうね、ミステリーは出演が決まっているし……。
加蓮が凛たちと出るなら、私もLiPPSのみんなで出るのもありね。ねえ、Pさん、妖艶なゴシックホラーなんてどうかしら?」
怪しげな洋館を舞台にして、と奏がささやくと、すぐに、私の脳裏にその光景が浮かんできた。
嵐の夜に迷い込んだ主人公。彼を出迎えたのは、豪奢なドレスを着た、五人の美少女たち。けれど彼らはどこかモノノケじみて、主人公は恐怖とスリルの一夜を過ごす。果たして、無事にこの館から抜け出すことができるのか。
主題歌としてLiPPSが歌唱する曲まで、イメージは固まっていく。
「演出やストーリー次第だけれど、上手く演じる自信はあるわよ♪」
「確かに名作ができそうだな……」
めちゃくちゃ怖くなるだろうけど、それも一興。奏の演技力も最大限に活かせる。唯一の問題らしい問題は、LiPPS五人組を一つの場所に置いておくと、何が起こるか分からないこと。
「現場の担当は誰になるのかしらね? 私としては、みんなに振り回される貴方の顔を見るのも面白いと思うけど」
「その時は全力で他のプロデューサーも巻き込んでくれる」
いざとなったら担当P四人全員を引き連れてだ。私だけ七色に光るのは嫌だ。
奏は私が真顔になるのを見て、くすくすと笑った。
「冗談よ。その時は私も美嘉も、協力してあげるから。
……それで? この案でどうかしら?」
「もちろん。面白そうだからね。加蓮のも奏のも、上にもっていってみるよ」
こちらで多少のブラッシュアップや、関係各所との調整も必要だが、みんな面白がってくれそうだ。
すぐにメモを取り出して、二人のアイデアを夢中で書き込んでいく。すると、そんな私を見ていた奏は、ふと思いついたように、横目に興味の色を光らせた。
「ねえ、Pさん」
「なんだい?」
「……青春もホラーも良いけれど、こういうのはどうかしら? 恋愛映画、なんて」
……なんだと?
「あ、そうだよね。アクションも、ミステリーも、ホラーも出てきたけど恋愛映画もメジャーだもん!」
加蓮もまた、奏が何を言わんとしているか察したように、小悪魔のように声を躍らせる。
そんな二人に嫌な予感を覚えながら、私は口を開く。
「奏は恋愛映画、苦手でしょうに……」
「ええ。けれど、演じる役としては興味はあるわよ? 誰かを好きになる気持ちは、物語の基本。アイドルとして愛を歌うのなら、いい経験だと思わない?」
「いやいや、君達は」
「Pさん、アイドルだから禁止って言うのは、ズルいんじゃないかな? 演技だよ、ただの演技」
演技といっても、恋愛シーン。キスやらなにやら盛り沢山。
それらは現役アイドルにとって、好ましくないイメージを与えることもあり、業界的にアイドルを積極的に起用することは少ない。サブキャラとしての出演はあっても、ヒロインは特に。
ただ、奏達が本気でこのようなことを言っていないことは分かっていた。面白そうにからかっているだけ。
二人は小悪魔のように、シチュエーションを口ずさんでいく。
「夜景を眺めた高台で」
「豪華客船の先端で」
「パーティー会場なんていうのも、いいよね?」
「吹雪の山荘もスリルたっぷり」
「抱き合って」
「見つめあって」
「キスして」
「愛してるって伝えるの」
ふふふふ、と焦らすように伝えてくる二人へ、私は断固たる決意で表明する。
「二人にはまだ早いです!」
いつかは役者として、そういう場面を演じるかもしれないが、当面、私はそういう仕事を入れるつもりはないぞ。役者である前に二人はアイドルなんだから、歌って踊ってのステージがふさわしい。
そう告げると、二人そろって、手で口を抑えながら笑いだしてしまう。
「あははっ! もー、Pさん、そんなにムキにならないでよ。大丈夫。ちゃんとした恋愛もまだなのに、演技したくないから」
「ええ。私だってアイドルとしても役者としても、安っぽい存在になるつもりはないもの」
「「けど」」
「いざっていう時に、経験がありませんっていうのも、変だよね……」
「ロマンチックな景色を見ながら、心通わす。それくらいは、必要よね……」
二人は、私を狙うように。
傍から見たら美女に言い寄られている光景だろうが、私には首に美しい蛇が巻きついているようにしか思えなかった。思えば、二人が一番似合う役どころなんて、最初からわかりきっていた。
人を惑わせ翻弄する、小悪魔だ。
私は両手をあげて降参のポーズをとりながら、二人へ言う。
「……今日のディナーで勘弁してくれ」
「やった! ねえねえ、奏はどこ行きたい?」
「あそこが良いんじゃないかしら? 港のレストラン」
「ちょっとまって! そこ高いやつだろ!?」
すると加蓮と奏は役者のように笑いながら、ウィンク一つ。
「いいじゃない。恋愛はまだ早いけど……」
「今だけは映画みたくロマンチックに、ね♪」
テイルズコラボやディーヴァファイトなど、映画のお仕事が多かったモノリリです。SdBでもPLでも映画撮影してましたし、いろんな映画に出てそうですね。
それでは、今日も二人の応援をお願いいたします!