「北条! 少し遅れているぞ! 速水! 動きを小さくまとめるな、もっと大きく使え!!」
「「はい!」」
「黒埼! 腕が下がりだしたぞ、最後は気合だ! 負けるんじゃない!!」
「はい……!」
「白雪は表情だ! うつむくな、苦しさをみせるな!」
「はいっ」
レッスン室に厳しい声が乱れ飛んでいた。
音楽に合わせて踊る、四人の影。何も知らずに見れば、既にパフォーマンスとして完成していると思ってしまうほど、滑らかに舞い踊る偶像たち。
けれども、彼女たちの到達点はまだまだ先。足元から指先まで、全身で音楽と感情を伝えなければ、万人を感動させることができない。
だからこそ、トレーナーは彼女達を叱咤する。舞台に立つときに最高のパフォーマンスができるように。
それは聞く人が聞けば、縮み上がってしまいそうな迫力がある。離れたところで見る私にも、声の強さがびりびりと伝わり、肌が粟立つほど。
それらを浴びながらも、四人のアイドルはダンスを止めない。
そうして一歩一歩、彼女たちの動きは洗練されていく。輝く舞台では四分足らずで終わる曲だが、そこに至るまでには何百倍もの泥臭いほどの努力が隠れているのだ。
夢見るだけでは成り立たない。アイドルは辛い場所でもある。
(……でも)
加蓮を、奏を見る。
汗をかき、髪を振り乱し、笑顔を輝かせている。この努力も、時間も、全ては高みを目指すため。トップアイドルになるためだと知っているから、二人は迷ったりしない。
それに、二人は負けず嫌いだ。隣にライバルがいて、しかも年齢は近くとも後輩。
情けない姿は見せられない。
「ちとせ! もうギブアップ!?」
加蓮が隣に立つ黒埼ちとせさんへと鋭い声をかける。長く続いたダンスの中で、黒埼さんの足元は次第に足元がおぼつかなくなっていた。けれども、声を受けた彼女は、
「っ……!」
ダンッと足を踏みしめ、体を支える。次の瞬間には、ダンスに力強さが戻っていた。振り絞るように上げた顔には好戦的な笑み。
それを見て、加蓮の瞳もギラギラと輝きを増す。
『追いついてきて! もっと輝いて! その方がもっと楽しいから!』
黒埼さんの身体が弱いことは皆が知っている。体力がない彼女にとって、このレッスンは溺れる様な苦しさを伴っているだろう。
それを北条加蓮は誰よりも知っている。
だからこそ、もっとできるだろうと、このままでは止まれないだろうと。自分が生きた証を残したいなら、ここで足踏みなんてしていられない。
黒埼さんを捉えた加蓮の視線は強く強く告げていた。
奏もそう。
「千夜!」
「わかって、います……!」
加蓮と違い、白雪さんへは呼びかけるだけで後は無言。けれども、手本を示すように奏は華麗なターンをみせた。
白雪さんはそれを横目で見ると、競う様に同じ動作。見て学び、即座に自分の技術へ取り込もうとしている。白雪さんの表情は薄くとも、奏達に負けまいという気迫があった。
彼女だって、奏達に負けてられない。
アイドルへの動機が弱かったという白雪さん。だが、一緒に踊っているのは、ユニットを組んでいるのは敬愛する黒埼さん。白雪さんへの評価はそのまま、黒埼さんにも繋がる。黒埼さんを守りたいなら、支えたいなら、白雪さんだって前へ進まないといけない。
彼女は自らを『従者』と定義しているのだから。大切な人のために、白雪さんは意地を張り続ける。
そんな白雪さんの意地は、奏にとっても親しみ深いもの。輝く理想を成し遂げたいと演じ続けるのは、速水奏も同じだ。
『意地を張りなさい。今はただの嘘でも、仮面でも、貴女が意地を張りつづければ、いつかは本物になるのだから』
年少組にならば、丁寧に諭すだろう。だが、白雪さんには振り返ることもせず、背中だけをみせる。この後輩が、多少の苦しみで止まるわけがないと知っているから。
彼女らのレッスンは、より激しさを増しながら続いていった。
『Velvet Rose』
黒埼ちとせと白雪千夜。
モノクロームリリィと同じく、花の名前を冠する白と黒のアイドル。
二人がアイドルとなった当初から、ステージ上のパフォーマンスに、パーソナリティに、加蓮たちと重なる部分があると考え、私は勝手にライバル認定していたが、それは正しかったのだろう。
加蓮は、体のハンデを抱えながら輝こうとする黒埼さんへ。
奏は、理想を汚すまいと懸命にもがき続ける白雪さんへ。
二人がVelvet Roseへ向ける意識は、この合同レッスンを通じてより明確となっていた。
それは私にとっても望ましく、彼女達だからこそ作り上げるステージを、今から心待ちにしている。互いの意思をぶつけ合い、認め合うことでアイドルは磨き上げられのだから。プロデューサーとして、その瞬間は大きな喜びに他ならない。
そして、そのステージがすぐ近くに迫っていた。
12月12日『ダズンローズデー』。
一ダース、十二本のバラによる花束は、その一本一本に感謝や誠実と言った意味をもち、プロポーズに相応しい贈呈品とされている。
その「ダズンローズ」にちなんだ記念日に開かれる、十二ユニットによるライブへと、加蓮と奏も参加することになったのだ。
さらに、このライブでは面白い企画が用意されていた。花束は組み合わせることで魅力が増す。だからこそ、各ユニット合同によるステージを示す、と。
例えば、城ヶ崎姉妹の『ファミリアツイン』と久川姉妹の『miroir』でポップな曲を歌ったり、渋谷さん達『ニュージェネレーションズ』は辻野さん達三人組と正統派アイドルソングを披露することになっている。
そして、『モノクロームリリィ』は、この練習の通り、『Velvet Rose』と共に激しくも妖艶な曲を歌い上げることになった。
どれも既に確固たる人気をもつユニットと新人の組み合わせ。恐らくだが、この企画を切欠として、新人アイドルをより事務所に馴染ませたいという上層部の意図もあるのでは、と私は思案している。彼女らが参加してから、既に長い時間が経った。ステージを共に経験させることで、垣根を取り払い、横並びにしたいのだろう。
さて、その役割にうちの二人が選ばれたのは、安定感があると思われたのか、後輩にも遠慮しないと思われたのか。どちらにせよ、上層部の思惑は関係ない。
(モノクロームリリィは変わらず、全力でステージを魅了する)
仮に後輩がのんびりしていたら、置いていってしまうだけだ。
もっともVelvet Roseの二人だけでなく、担当プロデューサーも白雪さんの発言に顔色を変えない肝が据わった男。不安など感じることはなく、レッスンの時点で加蓮達は黒白主従とバチバチ火花を散らし合っていた。
これなら二人にとってもいい刺激となるに違いない。
より輝きたい、より高みへ行きたい。強いライバルの存在は、彼女らを動かす起爆剤。
そして、ライバルとしてだけでなく……。
「……お、ようやく休憩か」
私は寄りかかっていた壁から離れて、足元に置いていたクーラーボックスを担ぎ上げた。
今まさに、マストレさんが音楽を止め、休憩を言い渡していた。それと同時に、加蓮たちは床へとへたり込んでしまう。奏までもぐったりとしているのを見るに、相当にお疲れ。この後もレッスンは続くのだから、労わってあげないと。
休憩のために外へ出るマストレさんに簡単に挨拶をしてから、私は急いで彼女達へとボックスの中身を差し出した。
「みんな、お疲れ様。ドリンクの差し入れ、どうぞ」
「ふぅ、はぁ……。
ありがとー、Pさん。……ほんっと、つっかれたー、久しぶりに体に力が入らないよ」
「ふふっ、加蓮は特に気合入れてたものね……」
「曲もダンスもオシャレでカッコいいからね♪ がんばらないと。それに……」
加蓮と奏は楽しそうな視線を横へと送る。そこには肩を大きく動かし、へろへろになっていた黒埼さんと、介抱する余裕もなさそうな白雪さんがいた。
加蓮はそんな二人を微笑ましく見ながら、
「ちとせと千夜も一緒なんだから、良いステージにしないと、でしょ?」
言い、近くに置いてあったタオルを黒埼さんへと投げる
そうして加蓮の手から離れた白い布は、ふわっと空気を受けながら、黒埼さんの綺麗な金の髪をすっぽりと包んで止まった。のろのろとそこへ伸びていく、白すぎるくらいの指。黒埼さんはタオルを取ると、汗をぬぐいながら加蓮へと力なく微笑む。
「あ、あはは……加蓮ちゃん、ありがと……」
「ドリンクもいるでしょ? どれがいい?」
「じゃあ……新鮮で真っ赤な……って、冗談言ってる場合じゃないよね。お水でお願い」
「はい。転がしちゃうよ」
ころころと、黒埼さんめがけて転がっていく透明なペットボトル。それを受け止めたのは黒埼さんではなくて、隣に座った白雪さんだった。白雪さんは蓋を開けると、黒埼さんへ差し出し、黒埼さんはお礼を言いながら水を飲み、少しむせてしまう。
「お嬢さま、そんなに急に飲まれては……」
「……休憩、そんな長くないから、急がないと。千夜ちゃんも、ほら、はやく休んで」
「……それでは、私も。……まったく、お嬢さまにこんな激しいダンスをさせるなんて」
白雪さんもようやく肩の力を抜いて、水を飲み始める。そんな白雪さんへと奏が言う。
「あら? ちとせもよく踊れてたと思うわよ」
「ええ、お嬢さまはそれぐらいこなしてみせます。けれど……」
白雪さんはそこで黒埼さんの顔を伺った。ありありと心配の感情が表に出ている。従者である彼女からすれば、主が疲労困憊する目に合わせるのは不本意なのだろう。
けれど、黒埼さんの力は弱くとも凛々しい微笑みを絶やさなかった。まだ続けられると、続けたいと。黒埼さんは無言で告げる。白雪さんはそんな主を見て、次いで奏と加蓮を見て、最後には呆れたようにため息を吐いた。
「……なるほど。『壁を破ってみようか』というのは、そういうことか」
「……ギリギリのとこ、魔法使いさんは狙ってくるんだよねー。『こういうのも面白いだろ』とか言ってたから、これも予想済み、かな?」
「あー、それって二人の担当プロデューサーから? あいつ、けっこう熱血系だからなー」
担当プロデューサーのことを思ったのか、白雪さんが苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、黒埼さんはようやく声を転がした。
二人をアイドルにしたプロデューサーは、冷静な顔をして、割とスパルタなことを言う、古風なタイプの人間だ。きっと、何でもないように、このレッスンへと二人を送り出してきたのだろう。
そんなことを伝えると、黒埼さんは手を口に当てながら笑った。
「あはっ! 魔法使いなのに熱血系って、変な話だね。そういう貴方はどんなタイプなの? 加蓮ちゃんたちの魔法使いさん?」
「私? 私は……」
「「ロマン系」」
おいこら、二人とも。
「嘘はついてないわよ」
「ロマンって何だよ、ロマンって」
「事実でしょ? ロマンチストなプロデューサーさん?」
「ふぅーん、ロマンチストなんだねー。それじゃあ、ああいうことするの? 夜の庭園で月を背にして告白とか?」
「あははっ、そんなことしないよ。うちのPさんはね、冒険とか、探検とかが好きなタイプ」
「……子ども?」
「ええ、子どもっぽい人なの♪」
加蓮と奏により、少しだけ不本意な私の情報が広がっていくが、それを聞く黒埼さんは楽しそうで、私はわざわざ否定しようとは思わなかった。白雪さんだって表情は変わらないように見えるけれど、少しだけ周りの空気が和らいでいるように感じる。
「宝の地図をもって、事務所を探検したり」
「志希の薬で変身しちゃったりね」
「あと、隠れて星を観に行っちゃったり、そういうことばっかりしてるんだ」
「あはは! たのしそー。ねえねえ、このライブだけじゃなくて、今度、一緒のお仕事もしようよ。あなた達のこと、もっと知りたいな」
「もちろんよ、ちとせ。……貴女がいたら、うちのPさんをもっと……からかえそうだもの♪」
あ、これこのまま放置しておくと、私にとんでもない災難が降りかかってくるやつだ。
(……けど、まあいいか】
こんな風に笑えれば、体に元気も満ちていく。
時計を見たらもう少しでレッスン再開の時間。休憩直後は、もう立ち上がれなさそうな様子だった黒埼さんも、ゆっくりと膝を手で押すようにして体を起こす。
まだまだ足は震えているけれど、顔は明るく、力に満ちていた。
「よしっ、と……。加蓮ちゃん、奏ちゃん、楽しいお話、ありがと。
でも、私だってアイドルなんだから、気遣ってもらってばかりじゃ……ダメだよね♪」
「気遣いって、何のことかしら? 私はプロデューサーの楽しい話をしていただけだけよ。ねえ、加蓮」
「そうそう。いつも通り、Pさんをからかっていただけ」
「……貴方も苦労しているのですね」
白雪さんが私の肩をポンと叩き、憐れむような視線を贈ってくれる。
もしかしたら、黒埼さんの思い付きに振り回される彼女は、私のよき理解者となってくれるかも……。
「ああ、それはありません。お嬢さまが戯れる際には、私も全力でお手伝いしますので」
……君も仕掛ける側か。
白雪さんの言葉に、加蓮たちも一斉に笑い声を上げた。
それを区切りに、四人は表情を切り替えて、再びやってくるマストレさんを迎える。顔にはアイドルらしく前進の意思が溢れていて、マストレさんさえ驚かせた。
「……いい顔をしているな! よしっ、この後も遠慮なくやるぞ!」
加蓮たちの応じる言葉も意気揚々と。
四人は並んで立ち、目の前の困難を乗り越えようとしている。
多種多様なアイドル。お互いに競い合い、磨きあうことで、高みを目指すことができる。
けれど、ただのライバルじゃあ、物足りない。
一緒に苦難も乗り越えて、喜びも悲しみも共有した仲間になれてこそ、彼女たちはどこまでも遠くへ飛び立つ力を得る。
その後、モノクロームリリィとVelvet Roseによる合同ステージは、大きな反響を得ることになる。
彼女達の歌とダンスによって、見る者すべてが夢と幻想の世界に引き込まれたと。
実は大阪ライブ以来、ちとちよの二人も応援しています。
それでは! 今日もモノリリの応援をお願いいたします!