モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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総選挙最終日まで143日な12月25日


12月25日「クリスマス」

 声、鼓動。

 

 それら、さざめく音は本来、この広すぎる会場では何の形を作ることなく消えていくはずの存在。けれども今、それらは一つの塊になって、大きな熱気となって存在感を放っている。

 

 まるで、一個の生き物のようだ。

 

 このカーテン向こう側で、アイドルの登場を待つ何万人もの観客。

 

 この脈動。彼等の想いが一つになっている。誰もがアイドルを待っている。歌と踊りが夢を届け、ファンが惜しみない愛を贈る、そんな素晴らしい時間を心待ちにしている。

 

 この空間に立つたびに思う。アイドルは、素晴らしい存在だと。

 

 アイドルはファンに、ファンはアイドルに、ありがとうと感謝を伝え合えるんだ。

 

 互いの信頼があって、はじめて成り立つ舞台。この世界に、そのような素敵な感情で溢れた場所はどれだけあるのだろうか。きっと、そこまで多くはない。

 

 会場の熱にあてられ、知らず手のひらを握り締める中、衣装を纏った加蓮と奏がやってきた。

 

 二人とも落ち着いている。落ち着いていて、ほどよい緊張に満ちた絶好のコンディション。毎日のレッスンの成果を、この数時間にぶつけると、堂々と立つアイドルがそこにいた。

 

 そんな二人へと、私は静かに声をかける。

 

「準備はバッチリ?」

 

「もちろん! こんなにファンが待っていて、奈緒も凛も、みんなで頑張るんだから。これで気合が入らないなんて、あり得ないよ」

 

「それに今日はクリスマス。誰もが大切な人と共に過ごし、愛に満たされる聖夜。この場所に来たファンのみんなは、その愛を私たちに向けてくれている。だったら私たちが、皆にプレゼントを贈らなきゃ。

 私たちはサンタクローズじゃないけれど、アイドル。愛と夢を届ける偶像だから、ね」

 

 返ってきたのはそんな、それぞれの決意表明。

 

 奏が言う通り、今日は12月25日クリスマス、愛の記念日だ。

 

 そして、私たちの事務所では毎年、ドームを貸し切った年内ラストライブを開いてファンへの感謝を伝えている。

 

 もちろん加蓮と奏も出演し、ソロ曲を数曲披露後、モノクロームリリィを含めたいくつかのユニットとしてもステージを盛り上げることになっている。

 

 夢のような一夜の開演まであと数分。そして、今、二人がこの舞台袖まで来たということは――。

 

 

 

「トップバッターは、みんなのアイドル、北条加蓮だよ!! 今日は忘れられない日にするから、ついてきてねー!!!!」

 

 開演と同時に、加蓮が元気よくステージに飛び出し、柔らかい声を張り上げ、観客へ宣言した。

 

 その瞬間、観客席は大爆発。雄たけびのような応援のコールが加蓮を包み、その顔を満開に花咲かせて彩る。

 

 加蓮が選んだ一曲目は、開幕らしくアップテンポ。

 

 薄荷やFrozen Tears等、落ち着いた曲調が多い加蓮は本来、中盤で会場を引き締める役割が多い。けれどもこの年内最後のライブに、加蓮は一番手に名乗りを上げた。

 

『私は一番になるんだよ? トップアイドルが、ライブを引っ張れなくてどうするの?』

 

 メラメラと燃え上がるほどの気合を放ちながらの宣言。

 

 衣装はその心を表現する『プロミネンス・プライド』。

 

 燃え上がっても決して消え去ることのない不死鳥となって、加蓮は高く高く飛び立っていくことを望んだ。

 

 そして今、宣言の通り、加蓮は全力で会場を盛り上げている。腕を振り上げれば、観客が跳ねあがる。声を張れば熱狂が木霊する。加蓮の視線がファンを貫くと、熱意が伝播し、彼等はライブへのめり込んでいく。

 

 その一瞬、その姿に、不意に加蓮の昔が重なった。

 

 ダンスをするたびに息が切れ、倒れ込むほどだった、アイドルの卵『北条加蓮』。私の抱いた名残を、

 

「まだまだ! もっと盛り上がって! もっと燃え上がって!!」

 

 今の加蓮が燃やしつくす。

 

 卵から見事に孵り、フェニックスとなった加蓮に限界はない。

 

 ステージの端から端まで走り回っても、まだまだ元気だと、力強く歌い上げる。トップバッター。ライブの成功を左右する切り込み隊長を務めることに迷いも一切なく、眩しいほどに輝いている。

 

 ボルテージが高まらないわけがない。

 

 きっと、会場の皆にも伝っているだろう。このステージは加蓮にとっての宣戦布告だと。

 

(トップに立つって、そう言ったもんな……)

 

 今年の総選挙。惜しくも二位となった加蓮。

 

 彼女がどれだけの悔しさ、口惜しさを抱いたか、私にだって分からない。一位となったのは加蓮とも仲が良い本田さんだったから、本田さんの喜びも近くで感じていただろう。

 

 でも、加蓮は俯かず、上だけを見つめた。その強さを加蓮は手に入れていたから。涙が目に染みても、高い目標を見据え続ける、そんな力強さを。

 

 強く、強く、もっと、もっと。

 

 最後のワンフレーズまで開幕曲を歌い上げ、加蓮はそこでようやく大きな息を吐いた。呼吸すら忘れたような、そんな魂を込めた歌だった。

 

 加蓮がゆっくりとマイクを口元へ。

 

 ファンも、加蓮の一言を聞き逃すまいと、一瞬で会場に静寂が広がる。

 

「……あのね」

 

 最初の言葉は、静かだった。

 

 両手でマイクをぎゅっと握りしめた加蓮の言葉は、はにかむような小ささから始まった。

 

「いつも思うんだ。ここは素敵な場所だって。みんなのサイリウムが星空みたいに輝いて、私を応援してくれて、支えてくれる。

 それで、私の夢が、みんなの夢になって、どんどん夢の輪っかが広がって……」

 

 かつて、小さな部屋でアイドルを夢見た少女がいた。

 

 その女の子はたくさんの努力を重ねて、アイドルになった。

 

 今、その子が人に夢を与えている。

 

「昔、思ってたんだ……。夢はいつか終わるって。叶わなかったり、消えちゃったり、この場所を知らなかった頃は、そんなことを思ったりしてた」

 

 でも、

 

「今はわかるよ。……夢は終わらない。

 どんなに苦しいことがあっても、くじけることがあっても、前を向いて、進み続けたら、夢はいつでも目の前で、私たちを照らしてくれる。

 でも、私だけじゃ、その夢には届かないから……!!」

 

 加蓮の声は力強く。

 

「みんなの夢も私に乗せて! みんなの夢も私が支えるから!! 北条加蓮はその想いでどこまでも高く飛んでみせるから!!!」

 

 加蓮の夢、ファンの夢、私たち仲間の夢をのせて、加蓮は次の曲を歌う。

 

「それじゃあ聞いて!! 『Trust me』!!!」

 

 トップアイドルという目標に一歩届いた、挑戦が始まった曲を加蓮は魂を込めて熱唱した。

 

 

 

 そして加蓮の情熱の後には……

 

「次は、私の番ね……」

 

 一声。

 

 燃え上がった会場は、通り過ぎた奏の声によって、静寂に満ちる。

 

 けれど、それは冷却を意味しない。

 

 ドクン、ドクン、ドクン……

 

 鼓動のようなBGMが高まり、広がり、会場を揺らし始める。

 

 速水奏の代名詞とも言えるメロディ。それが観客の脳を揺らし、静寂から狂瀾へと塗り替えていく。

 

 背景に浮かぶのは月だ。

 

 人の隣人。時に優しく夜を照らすも、真実は狂気の象徴。人を惑わせ、誘惑し、夢と幻の夜へと引き込む存在。

 

 纏うは『エンドレスナイト』。

 

 終わらぬ夜の使者となった奏は、月を背負い、観客を誘う。

 

 『Hotel Moonside』。

 

 奏の代表曲として幾度も歌われた曲。だが、それは一度たりとも既視感を与えなかった。

 

 見るたび洗練され、姿を変えるこの曲は、まさしく満ち欠けする月。その曲を、今、奏はたった一人で踊っている。バックダンサーはおらず、ただ一人で。

 

 たった一人の華麗で激しいダンスと、甘いハスキーボイスが聖夜を鮮やかに彩っていくのだ。

 

 そんな奏の姿こそ、彼女が目指す理想そのもの。

 

 綺麗な嘘の仮面を纏った奏は、自身の理想をアイドルとして顕現していく。素顔はただの少女でも、心乱れる時があろうとも、ステージの上での『速水奏』は欠片も見せない。

 

 奏の、観衆の理想像。

 

 今宵も『速水奏』は偶像となって、会場を彼女の世界に染め上げて――。

 

「……XX」

 

 静かなキスで、曲が終わった。

 

 無音となったステージの上で、奏はスポットライトに照らされながらマイクを口元へ。しかし、発するのは、やはりただ一言。

 

「いくわよ」

 

 紡がれる、間隙もない感情の暴流。

 

 それが観客を押し流した。

 

 奏が歌い出したのは『Pretty Liar』。

 

 ミステリアスアイズ、高垣楓と共に、奏達の生き方を謳う曲。しかし、この場に高垣さんはいない。高垣楓、奏の憧れである歌姫は。

 

 彼女がいないこの曲は、奏にとっての宣戦布告だ。

 

『速水奏はトップに興味がないではないか?』

 

 そのように語る者がいる。共にユニットを組む加蓮が熱烈に上昇志向をみせる中、奏は変わらず静かに、自らの輝きを証明してきたから。

 

 オンリーワン。それが奏の目指すものではないか、と。

 

 奏はその意見を否定しなかった。同時に、肯定もしなかった。

 

 言葉はウソツキだから、パフォーマンスで示すまで。

 

『私が目指す理想は、そんな言葉で収められるほど小さいと思うの?』

 

 奏の理想はどこまでも遠く、どこまでも眩く輝く。そして、その理想は『オンリーワン』という限られた者だけを魅了する称号で収まるものではない、と。

 

 奏だからこそ創れる『オンリーワン』は、そのまま、万人を魅了する『ナンバーワン』。

 

 焦ることも、急かすことも、必要ない。奏はただ奏の理想を保ったままで、一歩一歩を彼女らしく進んでいく。その先に自然と待つのがトップという頂であると、奏は知っているから。

 

 だから今こそ、高垣楓に並ぶ。もっと遠い憧れにも近づく。

 

 決意をのせた曲は、相棒のいないステージだと思わせないほどの存在感を放ち、観客の声さえ奪い……。

 

「またね♪」

 

 会場が震えるほどの歓声が響いたのは、とうに奏が去った後だった。

 

 全員が全員、素敵な夢が解けたかのような、そんな熱狂だった。

 

 

 

 加蓮と奏の今宵のソロは、こうして終わりを迎えた。

 

 加蓮はトップを目指すとの気高い宣言を、奏は理想を叶えるために高みを目指す姿勢を見せて。

 

 けれども、この聖夜はまだ明けない。加蓮と奏だけでなく、多くのアイドル達が舞台へと飛び出し、音楽のプレゼントを贈っていく。その中で加蓮と奏も、『Triad Primus』、『デア・アウローラ』としてユニットにも参加し、場を盛り上げていった。

 

 その終盤になって、

 

「さて、ここからはモノクロームリリィとしての出番だけど――」

 

 私は振り返って、そこに立つ加蓮と奏を見る。

 

「どうしたのPさん、見惚れちゃった?」

 

「ふふっ、でも残念♪ まだプレゼントはあげられないわよ? まずはファンのみんなに贈らないといけないから」

 

 クリスマスライブということで、最終ステージの衣装コンセプトはサンタだ。

 

 加蓮は白、奏は黒のサンタ姿。もこもこのサンタコートの意匠を残しつつ、動きやすいように腕や脚は大胆に。少しセクシーな二人は、加蓮が言う通りに見惚れるほど綺麗だった。

 

 けれど私もプロデューサー。アイドルに見惚れてばかりもいられない。

 

「いや、けっこうハイペースだったから、大丈夫かなって。でも……、その様子じゃ心配なさそうだ」

 

 すると、加蓮は私の手を取り、可愛らしい笑顔で言う。

 

「大丈夫。私たちは、貴方が育てたアイドルだから、ね?」

 

「ええ。聖夜というただの一夜が、永遠の思い出となるように。舞台が終わった後も、みんなの希望となるように。私たちはサンタを演じてみせるわ。

 ……貴方にこんな素敵なプレゼントをもらったんだもの」

 

 私は奏の言葉に少しの驚きを得た。今日はクリスマスだということで、楽屋には私からもプレゼントを用意しておいたのだが、もしかして、ばれていたのだろうか。

 

 ……いや、そういうことじゃないな。

 

「加蓮、奏。最後まで、このプレゼントを楽しんできて」

 

「もちろん! クリスマスの特別ライブ。みんなが私たちを応援してくれる舞台」

 

「この場に連れてきて、輝かせてくれることが最高のプレゼント。……だからね」

 

「「メリークリスマス! 素敵なサンタさん!!」」

 

 加蓮と奏がステージへ駆け出す。

 

 途端に私まで圧倒されるほどの歓声が届いてくる。私たちの大切なアイドルが、この向こうで輝いて、夢を届ける存在になっているのだ。

 

(……こっちこそ、最高のプレゼントだよ)

 

 私にできるのは準備まで。

 

 そんな毎日の努力の成果を、こうして綺麗な夢舞台へ変えてくれるのは二人だ。

 

 そして夢は終わらない。加蓮と奏の新たな決意は、新しい目標は、きっと今後も夢をみせてくれる。ならば私も、彼女達に出来る限りに支えないと。彼女らの魔法使いなのだから。

 

 加蓮と奏の勝負の一年、それがすぐそこまで迫っていた。




トップを目指すと、堂々と言う加蓮。
けれど奏も、トップを目指していないわけじゃない。

二人が総選挙のステージで並ぶことを祈っています。
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