モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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総選挙最終日まで135日な1月1日


1月1日「お正月」

 しんと音のない夜。

 

 ほうと息を吐けば白い塊が街灯に照らされながら、お化けのように空へと消えていく。それを一度二度と繰り返すと、自分からお化けが生まれているようで。

 

 そんな想像に笑ってしまう。ハロウィンの時に、事務所全員がお化けの仮装をしたことを思い出したのだ。アイドルはカラフルな衣装だったけれど、プロデューサーはなぜか皆、白いお化け姿だった。

 

「ははっ。って、やっぱりさむいな……」

 

 気が緩んだ隙に、そっと背中を撫でた冬風に、体を縮める。

 

 コート、マフラーと厚着をしているが、夜明け前の寒さは厳しいものがある。ただ、ここから離れようとは思わない。私が向かう所には、松明や甘酒があったり、人も多いことで温度は高いだろうから、きっと寒さも和らぐ。

 

 とはいえ普段ならば、こんな日には家で事務所で、こたつに丸まりのんびりしたいというのが本音。今日を覗けば。

 

 だって今日は、年に一度のお正月。

 

 古来より芸能は神事とも結びついており、芸能を司る神様もいらっしゃる。今年も二人が良い一年を迎えられるように、少しの寒さは我慢してお参りするのは大切。二人のためなら少しの寒さも何のその。

 

 手作りの毛糸手袋を貰っていてよかった。手がかじかまないで良いし、心もあったかい。

 

 両手を合わせて、じわりと広がる温度に意識を集中していると、少し離れたところから足音が聞こえてくる。よく聞く靴の音ではなくて、ざりっ、ざりっ、と少し尾をひく音。

 

 そちらの方向へと視線を向けると、思っていた通り、奏と加蓮がゆっくりと向かってきていた。待ち合わせの時間まであと十分ほどある。こんなに寒いのだから、時間ギリギリで来ても良かったのに、早めに動いてくれたようだ。

 

 近くまで来ていた二人へと、私は頭を下げて、お決まりの挨拶をする。一年の初めくらいはしっかりとやるのが良い。

 

「明けましておめでとうございます。今年もよろしく」

 

 すると、二人は顔をきょとんとさせ、次いで私に倣い、挨拶を返してくれた。

 

「「明けましておめでとうございます」」

 

 夜の街灯の下、頭を下げた三人組。

 

 挨拶を終えたら、次の言葉が見つからなくて、最後はそろって笑い出してしまった。

 

「ふふっ、あんまり堅苦しすぎるのも、私たちらしくないわね」

 

「もーっ、Pさんがちゃんとするから、つられちゃったじゃん」

 

「じゃあ、ここからはいつも通りに。

 あけましておめでとう、加蓮、奏。寒かったでしょ?」

 

「今年一番の寒さだそうね。正月早々、神様に試されてるみたい。でも、こうしていつもと違う服を着て二人に会えてるから、そこまでの寒さは感じないわ」

 

「そうそう。あとPさん? 

 『寒かったでしょ』の前に、なにか言うこと無いの?」

 

 加蓮がいいのか、いいのか、と。言わないとからかっちゃうぞと、目で催促してくるので、私はリクエスト通りに本音を伝えることにした。

 

「振袖、すごくよく似合ってる。見惚れたよ」

 

 加蓮も奏は立派な振袖をしとやかに着こなしていた。足元も靴ではなくて草履。

 

 それぞれの振袖にも個性が出ていて、加蓮の振袖は薄紅色に花柄。髪は結い上げて、青い花を模した髪飾りをつけている。奏は紫を基調に、花と蝶が振袖の中に舞い踊っている。髪にも加蓮と同様、花飾りが煌めいていた。

 

 もとより二人はアイドルで、とても魅力的な女の子。それが晴れ着で微笑んでいるのだから、見惚れないわけがない。

 

 仕草は上品に、けれど笑顔が咲く表情は可憐に。

 

 さっきまでは寒い寒いと思っていたのに、この姿を見るだけで寒さも忘れ、待っていた甲斐もあったと満足してしまっていた。私が感想を伝えると、加蓮は小踊りするように肩を動かし、奏は口元を抑えながら、ころころと笑う。

 

「ありがとう。Pさんに見せたかったから、褒めてもらえて嬉しいな」

 

「ええ。着付けだったり、それなりに苦労したけれど、その言葉だけでお釣りが来るわね」

 

「二人とも、自分で着付けたの?」

 

 衣装で振袖になる時は、衣装さんが付きっ切りで用意してくれるが、今日ばかりは二人で用意しないといけないはずだ。

 

「紗枝や周子達が準備会を開いてくれたのよ。おかげでこんな風に、ね」

 

 くるりと奏が一回転。街灯がスポットライトとなり、暗く寒い夜なのに紫の花が一輪、華麗に咲き誇った。それがあまりにも美しく、言葉もなくなり、頬が熱くなる。

 

「言葉が出ないなら、それでもいいわよ? 顔は言葉よりも雄弁だもの♪」

 

 まいったな、と私は頬をかき、くすくすと笑う加蓮と奏を引き連れて移動を始めた。

 

 私たちの行先は、数分歩いた場所にある神社だ。

 

 大きくはなく、知名度も小さいが、霊験あらたかにして、芸能関係で抜群の効能とは、鷹富士さんと依田さんの談。初詣をするに、これほど良い場所もないだろう。

 

 そうして寒い夜に他愛無い話で彩りを添えながら歩いた私たちは、

 

「ここか……」

 

「小さいって聞いていたけれど……」

 

「なんか、すっごい雰囲気あるね」

 

 たどり着いた神社は、噂通りにこじんまりとはしていた。

 

 ただ、それは外見だけの話。私たちは階段下から見上げる位置にいるが、境内の松明や神楽音楽の影響か、神社全体を温かいオーラが包んでいるように感じる。

 

 怖いというより、母性と言えばいいのだろうか。私はお化けなどの感覚には鈍いが、白坂さん達が見たらどう思うだろう。

 

 雰囲気がありすぎるくらいだが、今日に限ってはそれくらいがご利益ありそうだ。

 

 階段を上りながら、私たちは次第に無言に。時々すれ違う同僚Pやアイドルへの挨拶も、互いに会釈だけで済ませていく。

 

 そして門をくぐった後のことは――

 

 

 

「……はぁ、すごかった」

 

 ドンシャン、ドンシャン。シャラシャラ、リン。

 

 遠くに神楽の音を聞きながら。

 

 ベンチに座った私は大きな息を吐いて、甘酒を飲んでいた。

 

 飲んでも甘く温かく、紙コップもカイロ代わりとなって手を休めてくれる。私の隣に座った加蓮と奏も同様で、寒さに上気した頬と、揺らめく湯気が合わさって、ほっと一息している様子が伝わってくる。

 

 えらく雰囲気がある神社であったが、中での出来事は何ということもない。神様と会うこともなく、詣では極めて一般的に終わった。

 

 お賽銭を入れて、鐘を鳴らし、拍手と礼。あとは神様に一年の決意を伝えて、お守りやおみくじも少々。そこまですると神社にも慣れて、のんびりと過ごそうという気持ちが生まれてきていた。

 

 夜が明けたら、加蓮も奏も、それぞれ家族や友人と過ごすというので、あっけなく別れるのも味気ない。私たちは境内で甘酒を買い、開けた場所へと移動していた。

 

「初日の出まで、あとどのくらい?」

 

「そうね……二十分くらいかしら? 地平線の向こうは白んできたし、暖かくなるのも、もうすぐだと思うわ。それにしても、こんな絶好の場所、よく空いてたわね」

 

「神様のご加護かな?」

 

 目の前には拓けた景色。神社が高台にあるおかげで、遠くから登る朝日を、存分に臨むことができるだろう。初詣を行うに相応しい場所だ。

 

 なのに、人もそれほどおらず、事務所のスタッフやアイドルがまばらに座っているだけ。夜明けを見るのに好ましい静けさが保たれている。

 

 もう一口、甘酒を飲んだりしていると、隣で楽しそうな声。そちらを向くと、加蓮が先ほど買ったおみくじを開いていた。

 

「どれどれ……。あ! 中吉だって!」

 

 加蓮が嬉しそうに内容をみせてくれる。

 

(どれ、中身は……)

 

 『望み、努力すれば叶う』『待ち人、既に来たる。機を待つべし』『商売、苦なく繁盛』。

 

 中々な内容。でも、大吉じゃなくて良かったのだろうか。

 

「だって、『全部うまくいくって』神様に保証されるの、もったいないでしょ? それよりも、私が頑張ったことが結果につながるって認めてくれた方が気が利いてるっていうか」

 

「元々、日本の神様はお願いをする対象じゃないものね。私たちの行いを見守ってくださいって決意表明をする。加蓮の考え方なら、神様も素直に守ってくれるんじゃないかしら?」

 

「じゃあ、お参りした時のも正解だったかな? 『今年こそトップを取ってみせるから!』って、けっこう強く言っちゃったけど」

 

 それはまた、加蓮らしい。

 

 この神社の神様も、元々は荒々しい存在だったのが、舞と踊りで鎮められたと来歴に書いてある。加蓮の堂々たる宣言をきっと気に入ってくれるだろう。

 

「ちなみに私は小吉だったわ。内容は……そうね、悪くないと思う」

 

「見ていい?」

 

「ええ」

 

「えっと、『待ち人、来たる。積極的に行くのがよい』『望み、諦めず挑むべし』。なんか、奏らしいね」

 

「そうでしょう? ……ふふっ、積極的に、ね♪」

 

「なぜそこで怪しい眼をするんだ……」

 

「さあ? まだまだ足りないって、神様が言うものだから」

 

 恐ろしい……。

 

 甘酒で温まったはずなのに、背筋がゾクゾクと震えた。

 

「そういうPさんのおみくじは?」

 

「ん? 吉だって。二人より内容は控えめだけど、だいたい良い内容が書かれてたよ」

 

 ちょっと気になる内容があったから、二人には見せないように……って、あれ? ポケットに入れていたはずなのに。

 

 そして二人は……何かを見ながら笑っていて。

 

「ほどほどに良い内容だけど……『人間関係、良好。受け入れましょう』は、面白いわね」

 

「神様にもそう言われるって、Pさん……」

 

「加蓮まで同情しないで! っていうか、なんで私の読んでるの!?」

 

「貴方、こっちに来るまでに落としちゃってたのよ」

 

「私が拾ってあげたんだから、ちょっとくらい見てもいいでしょ? それにアイドルとプロデューサーは一蓮托生♪」

 

「こういう時に言う台詞じゃないって!!」

 

 そう言ってくれるのは嬉しいけど!

 

 まったく、『受け入れましょう』か。このままだと去年と変わらず、からかわれる一年となってしまいそうだ。できればもう少しだけ手心を加えて欲しいものだけど……。

 

(ま、仕方ない)

 

 おみくじには『親しい人、無病息災』と書かれているので、そっちの方が大事。

 

 奏も加蓮も、自分の願い事は自分で叶えるアイドルだ。

 

 けれど、その過程で怪我や病気がないかだけが心配事。それを神様が保証してくれるなら、ありがたい。

 

 あとは、

 

「あ! 初日の出!」

 

 加蓮の声が弾む。

 

 不意に景色が白ばみ、地平線から宝石のような輝きが顔を出してきた。

 

 空には雲一つなく、光はスポットライトと同じくらいに眩しいほど。そういえば日本の太陽の女神は、舞と踊りによって顔を出したのだったか。

 

「……二人が元気に過ごせますように」

 

 もう一度、手を合わせて初日の出に拝む。

 

 すると、同じように加蓮と奏も。かすかに動かす口元は何か願い事をしているようだ。その内容までは私には分からないけれど、何となく、皆同じことを考えているような気がする。

 

 そして、陽光に照らされたアイドルは、晴れ着が色鮮やかに浮かび上がり、髪は絹のよう。その姿は女神のようで、私は自然と、今年も二人のアイドルへの道が照らされていくのを確信していく。

 

 日が昇る。

 

「さて」

 

「改めて、だね」

 

 二人に合わせるように、新年の朝焼けの中、私たちは笑顔を交し合った。

 

「「「明けまして、おめでとうございます!」」」




さてさて、そろそろ総選挙も後半戦。

加蓮も奏も良い調子で推移していますから、楽しく総選挙が終わることを祈っています。

それでは、今日も二人の応援をお願いいたします。
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