モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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総選挙最終日まで109日な1月27日

モノリリといえば、あの方も加わっての……


1月27日「求婚の日」

「……ほんとうに、私でいいんですか?」

 

 目の前の女性が、かすかに言う。

 

 膝をつく私が見上げる先で、彼女の儚げな表情は震えて、しかし、頬は期待で紅がさしていた。涙がにじむ瞳はただ真っ直ぐ、私の差し出した小箱へと向けられている。

 

 迷いと期待。多くの感情が渦巻いているのだろう。

 

 私はそんな『美優』さんへと言葉を続けた。真剣に、彼女へと想いが伝わるように。

 

「貴女でないとダメなんです。私を優しく見守って、支えてくれる貴女と。これからもずっと過ごしていきたい」

 

 そして、私はあのセリフを告げる。

 

「……どうか私と、結婚してくれませんか?」

 

 小箱を開けると、そこには煌めくダイヤの指輪。エンゲージリング。

 

 差し出す相手、三船美優さんはその言葉に決意を固めたようにしっかりと頷き、長く綺麗な指を伸ばしながら――

 

 

 

「は、はい……、不束者ですが、よろ――」

 

 

 

 これが新たな人生への第一歩。若い二人の門出は、

 

 

 

「ちょっと待って! 返事はダメだって!!」

 

「Pさん、なんでそんなに真剣なのよ……」

 

 加蓮と奏の声によって止められた。

 

 

 

 がつんと、いつの間にか演技に引っ張られていた私たちは現実へと引き戻された。

 

 ついでに、かけられた声はどこまでも恐ろしさに満ちている。

 

 ぎぎぎぎ、と私も美優さんは首がさび付いたような動きで、二人へと顔を向けると加蓮は腕組み、目を吊り上げて。奏は底冷えする様な微笑で。

 

 二人は視線を『私』へと刺していた。

 

 冷え切った空気の中、美優さんは慌てたように加蓮たちへと頭を下げる。

 

「か、加蓮ちゃん、奏ちゃん、ごめんなさい……! 私、気が付いたら……」

 

「大丈夫、美優さんはいいの。問題は、演技なのに変な雰囲気にしたうちのプロデューサーだから」

 

 美優さんに対しては、とてもやさしく、労わる言葉。加蓮はそう言って、美優さんを私の傍から引きはがすと、守るように自分の背後へと隠して。次の瞬間には私へ絶対零度のオーラをぶつけてくる。

 

「……悪いのって、私なの?」

 

 演技しろって言われたから、その通りにしただけなのに!

 

 女性陣からの鋭い視線を受けながら、がくがくと身体を震わせる私へ、満面の怖い笑顔な奏が近づいて言う。

 

「ええ、素敵な演技だったわよ? 

 ロミオ、いえ、ドン・ファンのように情熱的で、罪作り。乙女を惑わせ、彷徨わせる、愛を振りまく道化そのもの。

 さて、どこまでが演技だったのかしら? 私も役者だからわかるのよ。演技は心の一部。種のないところから生まれはしない」

 

「か、かなで!?」

 

「無自覚なら、救いがたく、そうでないなら、気になって仕方ないわね。からかわれ上手な仮面の奥に隠した、貴方の本当の願望を……」

 

「……っ!?」

 

 すぅ、と。奏の細指が私の心臓を指し、ゆっくりと、胸の前から首へと移動して。指先の冷たい温度が喉元に触れた時には、私もここまでかと思わされ、心臓が止まりそうになって……。

 

「はい。お仕置きはここまで。

 ……まったく、ただでさえ美優さんは影響を受けやすいんだから、下手なことしたらダメよ?」

 

 奏がため息と共に肩をすくめたことで、ようやくと解放された。

 

 あー、心臓に悪い。冷や汗が出てきたし、息も上がってる。

 

 しかし、状況はまだ安定していない。奏はあきれ顔を保ち、私への視線はジト目のまま。加蓮も、美優さんを守りながら、気が立った猫のように威嚇の表情。

 

 さて、どうしてこうなったのだろうか。

 

 私の意識は原因を求め、ほんの数十分前の出来事へと戻っていった。

 

 

 

「今回はブライダル雑誌のお仕事なんだよね?」

 

「そうそう。随分前に、二人に理想の夫婦像の取材があっただろ? 今度は『理想のプロポーズ』について尋ねたいんだって」

 

「ふふっ。私たち二人とも変わった答えを返したのに、それが独創的って人気になるなんて面白いわね」

 

 騒動の始まりは昼のミーティング。

 

 テーブルの上に、以前にも仕事をしたブライダル雑誌を広げながら、私たちは顔を突き合わせていた。そこにはいつものメンバーに加えて、

 

「え、えっと。そこに……私も入るんですか?」

 

 戸惑いがちに座っている、三船美優さんもいた。

 

 それは偶然やランチではない。今回の仕事は美優さんと共にすることになっている。

 

 私は美優さんへと、先方からのオファー内容を伝えた。

 

「はい。今回は『Crystal Shadow』でって指名だったんです。高校生二人だけじゃなくて、実際にプロポーズを経験しそうな方もいたら、幅広い年代の参考になるんじゃないかって」  

 

 そうして、美優さんへと白羽の矢が立ったのだ。

 

 美優さんと私たちは縁が深い。彼女の担当プロデューサーが多忙な時期に、私が一時的に彼女のプロデュースを担当したこともあるし、加蓮たち『モノクロームリリィ』に美優さんも加わった『Crystal shadow』としてもステージを幾度か経験している。

 

 大人っぽい高校生二人に、穏やかな女性である美優さんが加わることで、また違った味わいが出るとはファンの談。私としても、鋭すぎる二人へ優しい美優さんが加わると、雰囲気が和らぐので安心したり。

 

 雑誌の担当者も、美優さんが以前にウェディングの仕事を受け、脚光を浴びたことを記憶しており、オファーをかけてきたようだ。

 

 そのような説明を受けた美優さんだが、納得しつつ、まだ不安な様子が残っている。というのも、原因は彼女の経験にあった。

 

「実は私……プロポーズを受けた経験もないんです……。それでも、いいんでしょうか?」

 

「あはは。大丈夫ですよ。そういう経験があったら、別の意味で大変ですし。あくまで、想像で。

 例えば美優さんがプロポーズされるなら、どういうシチュエーションが理想的か。場所や季節や、どんな服を着ていたいかって。そういうことを素直に伝えてくれれば」

 

 読者はこれからプロポーズを受けたい女性たち。

 

 時のアイドルが憧れのプロポーズを素直に伝え、読者の参考になればいい。夢のような願望を話してもらった方が、皆も喜ぶだろう。

 

「そういう話なら、美優さんがいてくれた方が助かるわね。

 私たちが、読者もドキドキするようなプロポーズを望むとも限らないし。ねえ? 加蓮」

 

「えー。私は……王道なプロポーズも好きだよ? 結婚生活はちょっとひねったけど、ね」

 

「あら、残念。

 それじゃあ、美優さんと加蓮で素直担当をお願い。私がちょっとスパイスを入れるから」

 

 加蓮と奏はそんな意見。

 

 けれど、美優さんは俯きながら思案顔のまま。自身に恋愛経験がないことをネックに感じていた。そして、彼女なりの解決方法を思いついた美優さんは、私たちへ、とある提案を行うのだった。

 

「あの、やっぱり私、上手くイメージできなくて……。練習しても、いいでしょうか?」

 

「練習、ですか? 取材は後日なので、問題ないと思いますが」

 

 次に発されたのが、問題の一言。

 

「それでは、プロデューサーさん。練習相手をお願いできますか?」

 

 

 

 そのような経緯で、私と美優さんによるプロポーズ練習が行われた。

 

 美優さんが求めたのは、

 

『たぶん、いざという時に私は弱気になってしまうので……。その時に強く引き留めて欲しいんです。私を必要だって、一緒に人生を歩いて欲しいって

 そうすれば、私はきっと……』

 

 という、なんだか具体的で演技力を求められるシチュ。

 

 しかし、私はプロデューサー。アイドルが仕事をしやすいようにサポートすることが本望。

 

 私自身は大根役者であるが、演技することで美優さんのイメージを固められるなら、致し方ない。全身全霊でプロポーズをするだけだ。

 

 もう一度言う。私はプロデューサーなのだから!

 

「だからって、あんなに本気で演技する!? その小箱とか、どこから持ってきたの!?」

 

「かれん! ストップストップ! ニセモノだから、おもちゃの指輪だから!!」

 

「当たり前でしょ!? 本物だったら、大問題だって!!」

 

 だが、現実は無常である。

 

 演技の結果、加蓮は私の頭をがくがくと揺らしながら怒り心頭。奏は私の手から奪った小箱を隅々まで観察しながら、疲れた表情でため息を吐いてしまう。

 

「……それで? 本音のところは?」

 

「いやー、カッコいいプロポーズとか、練習したくって」

 

 ロマンあるじゃないか。黒埼さんも言ってたし!

 

「加蓮」

 

「うん」

 

 だから二人とも、その剣呑な眼と、手に持ったハリセンを下ろして欲しい。

 

 

 

「はぁー。ともかく、これで美優さんの練習はおしまいね。

 どう? うちの大根役者さんでも、参考になったかしら?」

 

「は、はい! 大丈夫です。本当のプロポーズではなかったけれど、とても、ドキドキしましたし……」

 

「本当に、あの人は……」

 

 その後も色々とあってようやく部屋の雰囲気も落ち着いてきた。奏はなぜか真っ赤になった美優さんと話すたびに、悩まし気に頭に手を当ててるが、さっきよりは冷静になっている。

 

 あとは……。

 

「なーに?」

 

 この、めちゃくちゃ気合を入れている加蓮をどう宥めるか。

 

 笑顔なのに怖い加蓮へと、私は震えながら尋ねる。

 

「あのさ、本当にやるの? 練習」

 

「やるに決まってるでしょ? 私だってプロポーズの取材を受けるし、まだまだ高校生でイメージ固まってないし。だからね? 『練習相手』さん」

 

「……やるのか」

 

 加蓮が求めてきたのは、美優さんと同様のプロポーズ練習。ついさっきのやり取りを踏まえると、私としては遠慮したいのだが、やらないと、色々と不味そうなシチュエーションだ。

 

 ついでにあからさまに手を抜いたら事態は悪化するだろう。美優さんに見せたのと同じくらいに頑張らないといけない。

 

 私は加蓮に渡された紙を見る。その中に書かれている加蓮の理想のプロポーズを忠実にこなすために。

 

「はい。アクション」

 

 奏が気のない合図を送り、美優さんが緊張したように見守る中、私の心労が重いショーがスタートした。

 

 

 

 イメージする。

 

 場所は遊園地。一日中、恋人である加蓮とジェットコースターに、お化け屋敷に、様々なアトラクションを心行くまで楽しんでいた私。

 

 けれど、楽しい時間は直ぐに過ぎていく。

 

 既に夜は更け、閉演時間が迫る中、私たちは観覧車に乗ってイルミネーションを眺めていた。途端に花火が上がりだす。この時間に行われると、私が事前に調べていて、加蓮には内緒にしていた一大イベント。

 

(設定が、設定が……細かい!)

 

(Pさん?)

 

 オホン。

 

 『私』にはサプライズがあったのだ。それに気づかない加蓮は、花火とイルミネーションのコラボを眺めながら、目をキラキラさせている。

 

 そして、観覧車が真上に差し掛かった時、加蓮が囁くように言う。

 

「……今日もありがと、Pさん。私のために、たくさん準備してくれて、たくさんの思い出をくれて。今日のこと、私、絶対に忘れないよ。

 ……ううん。今日だけじゃない。貴方と出会って、過ごした時間、歩いた場所。全部全部、私は忘れたりしない」

 

「加蓮……」

 

 その声には嬉しさのほかに、少しだけ不安の色がまぎれていた。不安に駆られて名前を呼んだ私へ、加蓮は涙に濡れる瞳をむける。

 

「ご、ごめんね! こんなに嬉しいのに、ほんとは笑顔を見せてあげたいのに……。

 楽しかったら、楽しいほど、いつかが怖くなるの。いつか、Pさんと別の道に行っちゃうのかなって……。それで、Pさんのいない毎日を生きないといけないのかなって」

 

 毎日が輝いている。けれども、いつかそれが終わるのではないか。

 

 だって、私たちを結び付けている物は心と心。

 

 不安定で、先が見えない、形がないもの。

 

 恋仲であろうとも、私たちは恋人という名の他人同士。どこかで喧嘩をするかもしれない。遠くへと離れ離れになるかもしれない。いくら加蓮が私との絆を求めていようとも、永遠に共にいられる保証も約束もない。

 

 加蓮がぽろぽろと涙をこぼし始める。

 

 ごめんね、ごめんね、と素敵なイルミネーションを見れて、もっと貴方が好きになるはずなのに、と。

 

 不安に駆られた加蓮が涙をぬぐっても、ぬぐっても、感情を止めることはできない。

 

 私が、何かをしなければ。

 

「……加蓮」

 

「Pさん……?」

 

 私は静かに加蓮の横に座る。

 

 呆然と、加蓮が私を見上げてくるが、私は黙って加蓮の膝へと小箱を置く。

 

「これって」

 

「開けてみて?」

 

「う、うん……。あ、Pさん、これ……!」

 

 加蓮が恐る恐ると中身を認めると、大きく目を開いて私を見つめた。

 

 私たちの約束のない未来へと加蓮が不安を抱くなら、その不安を取り払ってあげるために、未来へと約束を作ろう。

 

 加蓮へと頷きながら、私はその言葉を告げる。

 

「加蓮、約束させて。この毎日は決して終わらないって。私はずっと君の傍にいるって。言葉だけじゃ足りないなら、この人生をかけて、証明してみせる。

 ……だから、この指輪を受け取ってほしい」

 

「……ぁ」

 

 加蓮の震える手に、私も手を添えて……

 

「北条加蓮さん、私と結婚してくれませんか?」

 

 加蓮からの返事はなかった。

 

 ただ、その顔が嬉しそうに綻んで、ただ目を閉じ、何かを待つように。そんな世界で一番綺麗で大切な人へと。私は口づけを……。

 

 

 

「はい、カット」

 

 奏の言葉が聞こえた瞬間、私達はさっと顔をそむけた。

 

 私はどんな反応をしたらよいのか分からず、無表情に。

 

 そして加蓮はと言えば、自分でリクエストしたシチュエーションなのに、ソファにうずくまって、肩を震わせている。感動しているのでもなく、照れているのでもなく、これは爆笑している。

 

「ちょ、ちょっとまって! ふふふっ、ごめん! とまんないっ……あはは!」

 

「加蓮……」

 

「もー! Pさんもめちゃくちゃ真面目な顔してるし、なんなの、この少女漫画みたいなのっ! あははっ、奈緒じゃないだから!」

 

 憮然とする私を他所に、加蓮はばすばすとソファを叩き続けるので、向かい側で無表情な奏へと尋ねる。 

 

「なあ、奏。私はこういう時、どうすればいいんだ?」

 

「加蓮の自爆だから放っておけばいいわよ。自分でも耐えられないくらい乙女なシチュエーションなんて、やらなければいいのに」

 

「わ、私は素敵だったと思いますよ? 加蓮ちゃんのアイデア、すごくロマンチックで、感動しちゃいました!」

 

「美優さんはいつまでも純朴でいてください」

 

 笑いの止まらないおばちゃんモードと化した加蓮を見ながら、私は心の底からそう願った。この奇跡のような大人乙女をどうか守ってくれ、芸能界の神様。

 

 加蓮の笑いが止まったのは、それからしばらくして。腹筋がつったのか、お腹を押さえながらの加蓮は、涙をぬぐいながら私たちへと言うのだ。

 

「じゃあ、次は奏の番だよね?」

 

「……やっぱり、奏ともやるの?」

 

「あら、私だけ仲間外れなんて、寂しいでしょ?」

 

 奏が一番怖いとは、言えない。

 

「安心して? 加蓮みたいに時間はかけないし、終わってから笑ったりもしないから♪」

 

 私の不安を他所に、奏は軽やかな笑顔と共にウィンクをよこした。

 

 

 

「はーい、スタート」

 

 今度は加蓮の気の抜けた合図から。さっきまで美優さんとのことであんなに不機嫌だったのに、今はえらく上機嫌である。

 

 さて、奏のシチュエーションを演じてみようか。加蓮と違って、奏の指定はシンプルで、私からしてもこんな簡単な内容でいいのかと思ってしまうほどだ。

 

 場所は私の自宅。

 

 私と奏は、ソファに並んで座り、くつろいでいる。何をするでもない、時に映画を観たり、雑誌を見ながら雑談をしたり、無言でただ座っているだけのこともある。

 

 それはごく自然なことだ。なにせ、私たちは同じ家に住んでいるのだから。そのような親しい仲となれば、派手なイベントが起きることも少なくなる。

 

(奏の指定は、この状況から普通に指輪を渡すこと)

 

 既に私のポケットの中には指輪が入っている。奏はと言えば、気にも留めていないと言いたげに、雑誌に目を通したまま。

 

 このまま簡単に渡そう。既に美優さんに加蓮に、神経をすり減らしているので、早く終わらせるに限る。そんな思いで私は小箱を掴み、奏を改めて見た。

 

 そして……、

 

(あ、あれ……)

 

 声が出なくなる。

 

 奏は何もしていない、動作としては変わらず、下をむいて読書しているだけ。

 

 ただ、その纏っている雰囲気が、一つ一つの仕草が私を惹きつけて離さなかった。

 

 この空間にいることへ、安心しきったように緩んだ口端。穏やかに輝く瞳は、何気ない一瞬に私へと向けられ、限りない愛情を伝えてくる。ソファへと寄り掛かった体は、次の瞬間に抱きすくめられようと、奏は受け入れてくれるほどにしなやかだ。

 

 そんな奏と共に並んでいると、私だって、居心地の良さを感じるのだ。

 

 このまま時が止まっても良いと、何が変わらなくとも奏と一緒ならそれでいいと。彼女から離れることなど、この先の私の人生に在ってはならないと。

 

 奏もまた、同じ。私の傍にいることが速水奏にとって自然だと、そう思っているから、このような無防備な姿を見せてくれる。

 

 だから私にとって、この指輪を渡すことは自然なことだ。

 

 奏にも当たり前。私たちは既に約束をしているのだから、確認をするだけ。そのありふれた行為に、プロポーズという名前が付けられているだけのことだ。

 

「奏……」

 

 ようやくと出した声は、自分のものと思えないほどに穏やかだった。

 

 奏は、その声に顔を上げ、静かな微笑と共に小さく頷く。ただ、その頬だけは、いつもよりほんの少し赤くなっていたが……。

 

「Pさん……」

 

 奏が私の名前を呼ぶ。それが合図。

 

 自然と差し出した手へと、奏も温かい手を重ねる。私たちの手で、約束の小箱は包まれて……。

 

「結婚してくれ」

 

「……」

 

 私の言葉へと、奏は――。

 

 

 

「ダメよ、プロデューサーさん♪」

 

 

 

「あっぶない!! ほんと、危ない!!」

 

 私は奏から飛びのき、大きく肩で息をした。

 

 危なかった。自分が何者であるかも忘れそうになっていた。完全に奏の世界へとのめり込んでいたのだ。

 

 のせられる私が悪いのか、それとも、奏の魔性の演技力が悪いのか。

 

 奏は気が済んだように笑いながら立ち上がると、向かい側へ。ニヤニヤと笑っている加蓮と、真っ赤になった頬を抑えて照れている美優さんの近くに。

 

 足を組み替えて挑戦的な眼差しを作ると、奏は二人へと尋ねた。

 

「さて、どうだったかしら?」

 

「あー、もう、まだまだ奏の演技には敵わないね」

 

「奏ちゃん、すごく大人っぽくて……うわぁ……」

 

 美優さん、その反応は止めて欲しい。私だって自分がやらかしたことが恥ずかしいのだから。ついでに加蓮もおばちゃんから美少女へ戻ったのはいいが、目がニヤニヤしてる。

 

 何たることだろう。

 

 もう、私は疲れ果てて肩に力が入らなかった。

 

 ほんの少しだけ調子に乗っただけで、ここまで追いつめられてしまうとは。けれど、このからかい上手な小悪魔たちはまだまだ止まらない。

 

 奏が次に告げた一言が、私の背を震え上がらせる。

 

「これで三人とも練習は済んだけれど……。ふふっ、みんなはほんとに満足?」

 

「ちょっと!?」

 

 慌てる私を無視し、加蓮は腕を組んでわざとらしいほどにオーバーな口調で言う。

 

「全然! 取材は『理想』のプロポーズでしょ? さっきのも憧れなシチュだけど、奏の見てたら、ああいうのもアリだと思ったし」

 

「私もリアルに寄せすぎたかもね。加蓮みたいにもっと夢たっぷりな内容でも面白そう」

 

「加蓮ちゃんも、奏ちゃんもすごいですね……。っ、私も、年上として負けてられないです……!」

 

「美優さんまで、やる気にならないで!?」

 

 流されやすいという美優さん。流れは、練習続行へと傾いている。顔を青ざめている私を置いて。

 

「Pさんの演技も、けっこういけるって分かったし!」

 

「演技と本気の境界を揺さぶったらどうなるかしら?」

 

「えっと、よろしくおねがいします」

 

 その後、アイドル三人による『プロポーズ練習』は過酷を極め、終了後には純白ならぬ真っ白な灰へと私は燃え尽きることになる。

 

 ちなみに雑誌取材での三人の答えは、

 

「シチュエーションにこだわらなくても」

 

「大切な人がいれば、ね」

 

「ふふふ、ええ、満足です」

 

 というシンプル極まりないものだったことを報告しておく。




さてさて、昨日のトレンドにブライダルが出ましたが、今月末のガシャはどうなるのでしょう。SSRの五週目も始まりましたし、奏の登場も近そうで怖いですね……。

それでは、本日も二人の応援をお願いいたします!
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