モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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総選挙最終日まで91日な2月14日

3年間も書いているのに、ありがちな記念日は珍しい本作です。


2月14日「バレンタインデー」

「うーん」

 

「なあ、加蓮、そこのチップチョコ取ってくれー」

 

「うーん」

 

「加蓮、奈緒が呼んでるよ?」

 

「うーん……」

 

「「……」」

 

「ひゃっ!!?」

 

 突然、ぴたっと冷たい感触が頬に当てられて、私は変な声と一緒に飛び上がってしまった。

 

 振り返ると、エプロンを付けた奈緒が悪戯成功って爽やかな笑顔で、手に氷をつまんでいる。粗熱を取るための氷水から、わざわざとってきたんだろう。

 

 やられたって思うと、自然と頬が膨れる。奈緒にからかわれるのも、悪くはないけど、それはそれでムカッとするのだ。

 

「なーおー! いきなり何なの!?」

 

「いきなりって、なんども呼んだんだぞ!」

 

「そうそう。上の空で話聞いてなかったのは加蓮の方なんだから」

 

 うっ、凛までそっち側か。

 

 確かに、ちょっと考え込んでいて、周りのことを全然見ていなかった気がする。

 

 そんな私たちの周りにはチョコレートと、そのデコレート用のお菓子が色々、それから調理用の道具が所狭しと並んでいた。

 

 事務所の中のキッチンスタジオだ。ほんと、うちの事務所はこういう設備がたくさんあるから、こういう時に助かる。

 

 そこでいつもの私たちトライアドプリムスが何をしているかと言えば、2月14日のための準備。

 

 今日は乙女の一大決戦バレンタインまであと数日。となればやることは一つ、チョコづくり。

 

 チョコを溶かして、混ぜ合わせて、味見してはトライアゲイン。大変だし、果てがない作業だけど、まあまあ楽しくやってる。大切な人へ向けた贈り物なんだから、盛り上がらないわけがない。

 

 けど、

 

「むむむ……」

 

「だから、どうしたんだ……って、むぐ!?」

 

 多分、奈緒は私が甘い想像をしていると思ってたんだろう。悪戯したくなる顔を覗き込ませてきたから、その口を目がけて、えいっと。私をからかおうなんて、百年早い。

 

 奈緒はちょっと驚いて、けれど次の瞬間には口をもごもごと動かした。

 

「どう?」

 

「……あまい」

 

「美味しい?」

 

「おいひい」

 

 奈緒に好評だったから、凛へも。私が作っていた生チョコを一欠けら、フォークにさして差し出すと、凛は小さく口を開いて食べてくれる。

 

「凛はどう?」

 

「んー、ちょっと私には甘すぎるくらいだけど……。加蓮のプロデューサーにはちょうど良いんじゃない?」

 

「そっかー」

 

 自分でも食べてみる。やっぱり、二人が高評価をくれただけある。とろりと舌触りがなめらかで、甘くておいしい。自分で作ったものながら、大満足な出来だけど、ますます悩みが深まっていく。

 

 既に二時間くらい、この部屋で楽しく作業を続けてきた。それで、奈緒と凛は、自分が贈るチョコレートのイメージも既に固まったみたい。

 

 奈緒は幾つかの種類の小さいチョコを箱にまとめて、見た目も華やかに。担当さんは面白いのが好きな人だから、きっと喜んでくれるだろう。

 

 凛は勝負とばかりに、ビターチョコをハート型に。お互いに信頼感がすごい二人だから、こういうのもありだと思う。

 

 一方の私はと言えば、うちのロマン好きなPさんへどんなチョコを贈ろうか、まとまらないままだった。

 

「なんで、そんなに悩んでるんだよ?」

 

「加蓮のプロデューサー、分かりやすい人でしょ?」

 

 そこは奈緒と凛の言う通り。二人は私のPさんの特徴を挙げていく。

 

「甘いもの好きで、パフェが大好物」

 

 うん。

 

「果物とかも甘いのが好きって聞いたぞ」

 

 うん。

 

「それに加蓮はいつも食事とか奢ってもらってるし」

 

「私たちより、好みとか分かってると思うけど」

 

 それもその通り。

 

 私はPさんのことをよく知ってる。好きな食べ物だったり、どういうからかいをしたら面白い反応をしてくれるかとかも。知らないことの方が少ないくらい。

 

 だから、悩む。

 

 私の所には、私と全く同じ知識を持つ奏がいるから、まっとうに好みを狙うわけにはいかない。

 

 だって、

 

「奏に、負けられないじゃない……!」

 

「でた、加蓮の負けず嫌い……」

 

「けっきょく、問題はそこなんだね」

 

 二人とも、溜息を吐かないの! 私は真剣に悩んでいるんだから!!

 

 思い出すのは前回のバレンタインのこと。私は甘いもの好きなPさんのためにチョコケーキを作って、奏はクッキーだった。公平にやろうっていう乙女同盟通りに同時に渡して、

 

「どっちもおいしいって言ってたんだよね……」

 

 しかも、すごい笑顔で。

 

「じゃあ、いいじゃん」

 

「そうだけど! そこまでは嬉しいんだけど! やっぱりPさんにとっての一番があるのが普通でしょ?」

 

 私たちは味も食感もまるで違うのを用意したから、Pさんの中で好みに近い方はあったはず。

 

 だけれども、あの人はからかわれた時の反応は分かりやすいのに、ああいうところはすごい頑固に平等を保つ。いくら聞いても、どっちが好みだったとか、教えてくれなかった。

 

 だから、今年こそと。

 

 もっとおいしいと思って欲しい、日ごろの感謝と愛情を伝えたい。だけど、去年の反応がよく分からないから、どんなチョコレートを渡せばいいのか分かんなくなってしまっている。

 

「はぁー」

 

 私は疲れて、へたり込む。

 

 きっと、こんな風に悩んでいるのは私だけじゃない。奏だって、冷静な顔をしながら、色々と考えているはずだ。

 

 

 

「ちょーこ、チョコチョコ、ブラウニー♪」

 

「ちょーこ、チョコチョコ、マッシュマロー♪」

 

「二つ目はチョコレートじゃないでしょ? ふふっ」

 

 キッチンに響く、楽しそうな歌を聞きながら、チョコレートを湯煎していく。このお菓子作りを始めてから、ずっと志希とフレデリカは歌いっぱなしだけれど、バリエーション豊かで飽きることがない。

 

 バリエーションどころか、出てくる名前に規則もないのは、私のツッコミを待っているからだと思う。

 

 とはいえ、まだまだ完成には程遠い私と比べて、二人のバレンタインチョコはもう出来上がりそう。

 

「フレデリカは、ブラウニーにしたの?」

 

「そーだよー♪ フレちゃんの故郷、フランスのお菓子で、プロデューサーをメロメローにさせちゃう作戦!」

 

 ……ブラウニーはアメリカ発祥な気がしていたけれど、言わぬが華ね。

 

「それで、志希は……。あら、随分とオーソドックスなチョコレートね」

 

 お菓子作りは実験と同じ、なんていうけれど。すごいスピードで調理を進めていた志希は、お皿みたいに大きなハートのチョコレートを作っていた。

 

 上にはホワイトチョコで縁取りと、模様をつけて可愛らしい仕上がり。けれど、志希が遊び心を出していないというのは、珍しいわね。

 

 そして、その私の疑問は正しかったみたい。志希はむふふふ、と腕組み笑うと、私にクイズを出してきた。

 

「奏ちゃんにクイズー! あたしのチョコ、これで完成じゃないんだけど……隠し味、なにか分かるかなー?」

 

「わあ! 隠し味! なにかな、なにかなー? ベリー? シナモン? それともココア?」

 

「ちっ、ちっ、ちっ。フレちゃんもまだまだだねー。あたしのチョコなんだから、そんな常識に囚われたらノウ!」

 

「わかったー! クロロホルムー!」

 

「そうそう、プロデューサーを蕩けるふかーい眠りにつかせてあげるの♪」

 

「安眠どころか永眠になるじゃない」

 

 さて、冗談はさておいて、志希の隠し味、か。

 

 私も、変なところで頑固なうちのPさんのせいで、作るチョコのイメージが固まりきらない。きっと、加蓮も同じく、凛や奈緒と一緒に悩んでいるんでしょうけれど。

 

 志希の常識にとらわれないアイデアを聞けば、私の固い頭もほぐれるかもしれないって考えて、私は隠し味を真剣に考えてみた。

 

「……確か、何も混ぜ合わせてはいないはずよね」

 

 近くで作業をしていたし、注意はしていたから、今、この中に何かが入っている可能性は少ない。

 

 となると、これから追加されるもの、だろうか。隠し味なのに。

 

 そこでチョコの形を見てみると、少し中央がへこんでいることに気が付く。何かを置いた時に安定するように。

 

「もしかして……このチョコはお皿なのかしら? ここへ、なにかを載せて完成させるの?」

 

 すると志希はどこからか持ち出したクラッカーを鳴らしながら言う。

 

「奏ちゃん、正解ー! だけど、まだそのクイズの正解までは言ってないよね? あたしはー、なにをー、載せるつもりなのかにゃー?」

 

「オーソドックスに行けば果物や、クリームだと思うけれど……。残念、候補が多すぎて分からないわね。ヒントをくれないかしら?」

 

「志希ちゃん! フレちゃんも希望します! ヒント! どうぞ!」

 

「了解しました! ヒントはねー、もっともっと、志希ちゃんのことが好きになる食べ物だよー。ケミカルで考えてみよう!」

 

 言葉を素直に捉えるなら、惚れ薬でも入れかねない。

 

 だけれど、この大きなチョコに載せるものだから、液体じゃないはずね。そういえば、前に志希から豆知識として聞いた気がするけれど……

 

「志希の曲にあるフェニルエチルアミン……。たしか、恋愛物質って呼ばれてなかったかしら」

 

 脳に作用させて、恋心を引き出す。チョコレートが愛を伝えるお菓子になったのも、その恋愛物質が含まれているからだって、文香も言っていた。

 

 答えると、志希は目を輝かせて、再びクラッカーを鳴らした。

 

「その通りー! せっかく一年に一度、大量に摂取してもいい日なんだから、プロデューサーをフェネチルアミンまみれにしてしまうのだ!」

 

「ふふっ、そうなると載せるのはカカオ豆?」

 

 カカオを焼いたビターなお菓子を加えたら、見栄えもしっかりすると思う。志希らしくて、面白いアイデア。

 

 かと思ったら、

 

「え? 載せるのは納豆だよ? おまめおまめ」

 

「……え?」

 

「恋愛物質をもつのは、カカオだけじゃないのである! 豆にもたっぷり! だからねー、いろんな豆料理をのせるつもりなんだー。納豆に、煮豆に、ポークビーンズ!」

 

「いいねいいね! あっつあつのご飯を載せて!」

 

「チョコのお皿でディナーをしようプロデューサー……、キリッ!」

 

「あー、でもー、チョコ溶けちゃうねー、どろどろーって」

 

「……あ」

 

 そこ、気づいてなかったのかしら。それとも、このオチまで予想していたのかしら。

 

 志希は考えていなかったとばっかりに思考をシャットダウンさせて、固まってしまった。さてさて、本当に豆料理を贈るつもりなのか。あとでフレちゃんに聞いておかないと。

 

 余興はここまで。

 

 私は改めて、自分の手元のチョコを見る。お湯で溶かされたとろとろのチョコレートは志希の言う通り、乙女の恋心を媒介する惚れ薬。そして、なんにでも変えられる、魔法のお菓子だ。

 

 奇抜な料理に変えれば、それはそれで、貴方の子どもみたいな好奇心を満たせるかもしれないけれど……。

 

(私が見たい顔は、違うわね)

 

 見せて欲しいのは、からかわれ上手な仮面の裏。子どもで、やっぱり大人な貴方の純情。なら、

 

「さて、私は決めたわよ……。貴女はどうするのかしらね、加蓮?」

 

 

 

 あれから色々とアイデアを出し合った。

 

 奈緒も凛も、自分の事みたいに真剣に考えてくれたけど、試作をいくらしても納得いくのはできなかった。

 

 そして、

 

「さすがにチョコ食べ過ぎた……」

 

「またダイエットしないと……」

 

「チョコアイドルって大変なんだね……」

 

 私たちはお腹を押さえながら椅子にぐったりともたれていた。

 

 試食とはいえ、チョコを何個も何個も食べるものじゃない。

 

 お仕事で別の事務所の『チョコアイドル』と会ったことがあるけれど、あの子、毎日あんなにチョコ食べて、よく太らないよね。私はちょっとまねできそうにない。

 

 でも、ここまでしても、いいアイデアが出てこない。ぐるぐるぐるぐる、考えれば考えるほどに森の奥に迷い込んでいるみたいだ。

 

「なあ、加蓮」

 

 不意に奈緒が声をかけてきたのは、その時。

 

「加蓮はプロデューサーさんにどう思って欲しいんだ?」

 

「……どうって」

 

 答えはシンプルだ。

 

 嬉しいって思ってもらいたい。私のこと、もっと素敵だと思って欲しい。私といて幸せだって思って欲しい。

 

 せっかく一年に一回、そういうことをしても許される日なんだから。

 

 それを口にしようとして……。

 

「あ、そっか……」

 

 ようやく気付く。

 

 私はその一番大事なところ、見失っていたのかもしれない。奏に負けたくないとか、一番になりたいとか。それも私の大事な気持ちの一つだけど、チョコレートに籠めるのは純粋な気持ちのはず。

 

 奏みたいに綺麗な嘘で着飾ったりできないけれど、私の持ち味は激しいくらいのストレート。

 

「うん、それが私らしいチョコレートだもんね」

 

 ありがとう代わりに奈緒の髪の毛をもしゃもしゃって撫でて、私はキッチンに向き直る。

 

 さて、それじゃあ改めてチョコレートを作ってみよう。

 

 Pさんが真っ赤になるくらいストレートに乙女の気持ちをぶつけるチョコを。

 

 

 

 そして当日。

 

 私たちは部屋の前で合流する。この扉の奥で、きっとPさんは私たちを待っている。

 

「加蓮も自信満々みたいね」

 

「もちろんっ! 今日は女の子にとって勝負の日だから♪」

 

 お互いに色々あってだろうけど、そんなところは見せない。今、この日は私たちのステージで、ライバルなのだから。

 

 だから、私たちは扉を開いて、きょとんとしたPさんへと宣言する。

 

「「ハッピーバレンタイン!」」

 

 さて、この人は私達の愛情、ちゃんと感じてくれるかな?




さてさて、バレンタインはイベントでよくある題材ですが、実際に食べれないというのが我々Pの苦しいところ。

それでは、今日も二人の応援をお願いいたします!
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