モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

91 / 99
総選挙最終日まで88日な2月17日



2月17日「天使のささやきの日」

 肌寒い風が吹く中、速水奏はのんびりと街中を歩いていた。

 

 変装用のニット帽をかぶり、けれど、シャープなコートを着こなす姿には野暮ったさなど欠片もない。奏がそこにいるだけで、平凡な景色はたちまち絵画に変わる。ハリウッドスターがお忍びで散歩していると言ってもおかしくないほど、奏は存在感を放っていた。

 

 しかし、ここは現代日本。人々は仕事に明け暮れて、通り過がる奏の魅力に一瞬だけ惹かれるも、次の瞬間には彼らの日常に戻ってしまう。

 

 活気あるも寂しい景色の中、一人歩く奏はほっと息を白く染めると、目的の雑貨屋への道を確認しようとスマートフォンを開いた。

 

(加蓮と美嘉が勧めてくれたから期待してるけど……道が複雑ね)

 

 隠れた名店は街の片隅に隠れているものだが、都会の中ではそれが複雑になりすぎ、時に迷宮のようにも感じてしまう。この東京で生まれ育った奏でも、その道を正しく歩くのは難しい。

 

 今日もそう。地図アプリを開いたら、曲がるべき道は一つ前。とうに通り過ぎてしまっている。肩をすくめた奏はすぐにコートを翻し、道を戻ろうとした。

 

 すると、その足が不意に重くなり、奏は驚きを得る。

 

「……?」

 

 後ろから何か、小さい力に引っ張られている。

 

 早苗から教わった護身術の出番かと奏は一瞬考えた。しかし、握る力は弱く、なにより場所は足元近い。大人によるものではなさそうだ。

 

 そして、ゆっくりと振り返った奏は、足元に可愛らしい姿を認める。

 

 小さな小さな女の子が、奏のコートをぎゅっとつかんでいたのだ。

 

 白いふわふわのコートに体を包み込み、もう片方の手にはクマのぬいぐるみ。髪も長く伸ばした可愛らしくも幼い子。この日常に前触れなく現れたその子のことを、奏は「冬の妖精」のように幻視した。

 

(可愛らしい子。……けど、周りに保護者の方はいないし)

 

 笑顔になれば、きっと彼女の周りも明るく染め上げるだろう。しかし今は、悲し気に俯いて、奏の胸の奥さえも悲しくさせるほど。何かがあったのだろうと、察しが悪い人でも気が付く。

 

 奏はすらりと高い背をかがめて、女の子へと視線を合わせることにした。アイドルとしては、泣いている子を見捨ててはいけない。元より速水奏はその状況で黙っていられる性分ではなかったから。

 

「どうしたの? そんな顔をしていたら、せっかくの可愛い顔が台無しよ?」

 

 声は安心させようと、優しく、少し芝居をかけてみる。すると、女の子は顔をあげ、大きな目に涙を湛えながら奏へと言う。

 

「おねえちゃん、天使さん?」

 

「ふふっ、そう見えたなら光栄だけど……。残念ながら、違うのよ」

 

「そっか……。あのね、天使さんなら、カナちゃんのとこ、つれてってくれるかもって」

 

 どうやら少女は奏のことを、街中に舞い降りた天使のように勘違いしたようだ。奏の背中には翼は生えておらず、頭の上にも光の輪はないが、街中を優雅に歩く姿に、天使のような雰囲気を感じ取ったのだろうか。

 

 まだまだ、空想が現実に存在すると、信じきっている目をしていた。

 

 奏は微笑みつつ、少女に尋ねた。

 

「貴女、お名前は?」

 

「……れんちゃん」

 

「れんちゃんね? お母さんか、お父さんは一緒にいるの?」

 

 少女は問いかけに首を横に振る。確かに、奏が見る限りで、彼女の保護者のような人はいない。それでは、この少女はどこから来たのか。

 

 慎重に言葉をかけていくと、少女は幼いゆえにゆっくりと、おぼつかない口調だが事情を話してくれた。

 

 彼女はここから少し歩いたところにあるアパートに住んでいるらしい。道も分かっており、迷子になったわけではない。ただ、少女はどうしても行きたい場所があり、普段は家で留守番している時間に、抜け出してしまったのだという。

 

「カナちゃん、びょうきなの……」

 

「そうなのね……カナちゃんは、お友達?」

 

「うん。いっつも、いっしょにあそんでたんだけど。ママがね、いま、びょういんにいるから、あえないって」

 

 口ぶりからすれば入院しているだろうか、と奏は想像する。この年の子なら、友達と長い間会えないのは辛いだろう。奏でさえ、幼いころは近所の子と毎日のように遊んでいたから。

 

 けれど、少女が一人で向かうには、病院は離れているはずだ。

 

「ねえ、れんちゃん。病院に行くのは、また今度、お母さんたちと一緒にどうかしら?」

 

「……ぅ」

 

「お友達に会いたいのは分かるけど、一人で行ってはいけないの。……それとも、お母さんは連れて行ってくれないの?」

 

「ううん。ママも、またこんどって。どようび、つれてってくれるって」

 

 奏は安堵して胸をなでおろす。彼女の母親は娘のしたいことへ理解を示してくれている。急がなくても、すぐにこの子は友達と会えるだろう。

 

(けど……)

 

 頷きつつも涙を静かに流す少女の顔を見ながら奏は考える。少女も賢い。母親の事情も理解している。なら、どうしてこの子は、こんなに急いで友人に会いたいと言っているのだろうか。

 

 少女の答えは、

 

「カナちゃんに謝りたいの」

 

 そんな寂しそうな言葉だった。

 

 

 

「このあいだ、カナちゃんにいわれたの『おひめさまなんていない』って」

 

 その友人と少女は、毎日のように遊んでいたという。ままごとに、かけっこに、子どもらしいことを共有していた。大人から見れば幼馴染ともいえるし、親友と呼べるかもしれない。あるいは、そんな大人の常識に当てはめるべきではない純粋な関係かもしれない。

 

 だが、この年頃の少女は、ともすれば思春期よりも多感で、学びが多い。

 

 カナという少女は、毎日読んでいた絵本へと疑問を持った。こんなお話、現実にはないのではないか。全て想像の中ではないか、と。

 

 そして、数日前、『お姫様ごっこ』に誘った少女へ、カナは言ってしまったのだという。

 

『お姫様なんて、全部ニセモノなの!』

 

 子どもは純粋だからこそ、恐ろしい。

 

 まだ童話を信じる少女と、そこから脱却しようとする少女。ちょっとした意見の違いから生じたケンカは、大きなものと変わってしまった。最後には、二人とも泣いてしまい、双方の両親に止められたのだという。

 

 ただ問題なのは……。

 

(友達が入院してしまったこと)

 

 症状は軽いということなので、すぐに退院できるようだが、この少女にとってはよほど辛いものだったのだろう。喧嘩してしまったとはいえ、大事な友達。このまま謝ることもできないで、離れ離れは嫌だと。

 

 奏は事情を聞くと、少し悩まし気に眉をひそめた。

 

 たまたま居合わせた者として、自分がすることは分かっている。この子を説得して、家へと帰らせること。もとより自分は病院の場所も知らないのだから、案内できるわけもない。

 

 けれど、奏の意識にふとした疑問が上り、そう切り出すことをためらわせた。

 

 話し疲れたのか、建物の陰に座り込んでしまった少女へ、奏は尋ねる。

 

「ねえ、れんちゃん、貴女はカナちゃんと会って、どんなことを言おうとしていたの?」

 

「……あやまる」

 

「そうね、喧嘩したのだものね。……じゃあ、れんちゃんは自分が悪かったと思ったの?」

 

 その言葉へと、少女は顔をくしゃりとさせて、縦に首を振った。

 

 肯定。喧嘩の原因は自分が悪かったと思ったのだ。

 

 なぜなら、

 

「だって、おひめさま、いないもん」

 

 喧嘩をした後、少女は調べた。いろんなテレビを見て、それで街を歩いているときも、多くの人を見た。それで気づいてしまった。

 

 これまで、自分が知っていたお姫様は、絵本やアニメの中にしかいないと。

 

 間違っていたのは、自分だったと、思ってしまった。

 

 だから、これから少女は謝りに行く。友達が正しかったと、お姫様がいないって私は分かったと。

 

 奏はそれを聞いて、

 

「そう」

 

 と一言を残し、一歩、通りへと足を進めた。

 

 たったの一歩。堂々としていて、綺麗で、正しくて、それだけで人目を惹く一歩。

 

 そして、奏は通りの真ん中へと歩み出ると、くるりとターンして、少女へとウインクを贈る。少女が言ったように、天使と見まごうほどの笑顔と共に。

 

「ねえ、れんちゃん。私は、貴女が思ったような天使じゃないけれど……」

 

 

 

「実はお姫様なの」

 

 

 

 次の瞬間、少女は目を見開く。

 

 通りを行く人々も、自らの用事なんて忘れて、足を止めた。ただ己の視線だけが固定されて、カメラやスマホや余計なものに手を伸ばす気すら消え失せる。

 

 奏が踊り、歌ったのだ。

 

 雑踏が舞踏会へと変わる。

 

 冬の寂しい景色は、童話の一ページに。車のBGMも聞こえず、華やかな歌声だけが人々の耳を捕える。

 

 ほんの数十秒だけの、ステージ。

 

 それを終えた時、騒動にざわめきを取り戻そうとする雑踏から、奏と少女は消えていた。

 

 

 

「すごい! すごい! すごい!」

 

 少し離れた道端で、少女は目を輝かせて飛び上がって喜ぶ。

 

 奏はそんな少女をなだめながら、困ったように苦笑していた。

 

 気まぐれと言えば、その通りであるし、騒動を起こしてしまったら、プロデューサーへと謝らなければいけない。

 

 ただ、こうしてあげたかった。だから、その通りにしてしまった私は、まだまだ青い子どもだと。そんな複雑な内心のまま、もう一度少女へと奏は語り掛ける。

 

「ふふっ、私がお姫様なの、信じてくれた?」

 

「うん! ほんとにお姫様いた! お城はあるの? 王子様もいるの?」

 

「お城みたいな大きな場所もあるし、光り輝く舞踏会にも私は出るわ。それと……王子様には未だ会えないけど、素敵な魔法をかけてくれるロマンチックな魔法使いも一緒にいるの」

 

 少女はもう、大興奮だった。

 

 つい先ほどまでにお姫様を信じなくなっていたことは、すっかり忘れてしまっている。

 

 これで良い、と奏は思った。

 

 まだ、奏がアイドルという仕事をしているとは、この少女は分からないだろう。テレビで自分たちを見て、正体に気づくかもしれないが、それは少し先の話。その時に、奏に対して少女がどんな感情を抱くかも分からない。

 

 けれど、夢見る少女には憧れを大切にしてほしいと思った。

 

 誰かから否定されたとしても、それがキラキラしたものだと。幼心が消えた後も、心の支えとなるように。

 

(自分を重ねているだけかもしれないけど……)

 

 今のアイドル速水奏がやりたいことは、こういうことだ。

 

「ねえ、れんちゃん。お友達には、ちゃんと謝りましょうね。けど、お姫様を信じたことが悪いんじゃないの。ちゃんとお話しできなくて、困らせちゃったことだけ。

 難しいかもしれないけれど、貴女はまだ、お姫様を信じていいのだから」

 

「……うん」

 

「ふふっ、それでもし、お友達がお姫様のこと信じてくれなかったら……」

 

 奏はバッグから、二枚のチケットを取り出し、少女の小さな手に握らせた。

 

「舞踏会のチケットよ。私たちみたいな綺麗で可愛いお姫様がたくさんいるの。お友達と一緒に、見に来てちょうだい」

 

 もう一度、少女の眼を見る。

 

 まだまだ純粋で、天使やお姫様を信じられる年頃。憧れを小さな体いっぱいにため込んでいる真っ最中。

 

 その眼が自分というアイドルをしっかり映してくれたのを見て、奏は朗らかに笑った。

 

 

 

 後日。

 

「奏宛にファンレターが届いてるけど……」

 

「どうしたの?」

 

「いや、ずいぶんと可愛い手紙だったからね」

 

 プロデューサーに渡されたのは、色紙を張り合わせて作った人形と、大きく幼い文字の手紙。

 

 そこには、

 

『おひめさま へ』

 

 という言葉と、小さな二つの名前が並んでいた。 




昔は純粋だったと語る奏。大人になりたいありすとは、ああいう関係を築いていますが、もっと幼い子どもたちへはどんな気持ちを抱くのでしょうね。

それでは、本日も奏の応援をお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。