モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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総選挙最終日まで83日な2月17日



2月22日「ネコの日」

 加蓮と奏がその猫と出会ったのはオフの日の、穏やかな昼下がりだった。

 

「それで私もムキになっちゃって」

 

「凛と奈緒とケンカ寸前に?」

 

「ケンカとまではいかないけど……まあ、盛り上がっちゃって」

 

「ほどほどにしておきなさいよ、なんて、私から言うことじゃないと思うけど。みくと李衣菜みたいに『解散芸』なんて呼ばれないようにはしなさいね」

 

「うーん……。確かに、持ちネタはポテトだけで十分だし。気をつけなきゃかな?」

 

「ふふっ、甘え下手なポテト姫ってね。どこかの童話みたい」

 

「ポテト姫って呼ばないの! もうっ……って、あれ?」

 

 などと、オシャレに着飾って、久しぶりのショッピング。手には新作のジェルネイルとリップを収めた紙袋。待ち合わせてからの小一時間で、二人ともに目当ての物は購入できたので、あとは、このオシャレな街を満喫しようと言葉を交わしながら散策していた。

 

 そんな時に加蓮が足を止め、小さな路地へと視線をやるので、奏もつられてそちらへ。そして奏も、

 

「あら?」

 

 と興味深そうに目を細めた。

 

 奏達がいる表通りから脇へと逸れる小道に、猫がいたのだ。事務所のペロと同じ黒猫。けれど、柔らかさよりもシャープでしなやかな美しさを持つ、どことなく女性だと思わせるネコは、静かに加蓮と奏を見つめていた。

 

 道を歩く他の人々には目もくれず、真っ直ぐな視線が二人へと。雪美のようにネコの気持ちは分からないが、何かしらの意思をもっているようにも感じられた。

 

 二人は顔を見合わせると、苦笑する。

 

「もしかして、私たちのファンなのかしら?」

 

「ライブにネコが来たことあったっけ?」

 

「前にネコカフェのお仕事にも行ったじゃない。その時にネコたちのネットワークで広がったのかも。素敵なアイドルがいるってね。私たち、ネコの世界でも有名なのよ」

 

「奏って、ほんとロマンチックなこと考えるよねー」

 

「それほどでも。……けど、ほら」

 

 興味深げに会話を続ける二人へと、目の前のネコが『にゃあ』と一声、上品に鳴き声を上げた。そしてくるりと体を翻すと脇道へと。

 

 そして、このまま去ってしまうのかと思いきや、いったん止まり、二人を促すように顔を向けてくる。

 

 そんな様子を見て奏は『さて』と考えた。

 

 オフの日だ。いつもと違い、予定に追われてはいない。ひとまず買いたいものは手に入れられたし、この後は気ままな散策に興じるつもりだった。

 

 このネコの誘いに乗って、不思議な旅へと出かけるのも面白い。その思案の間に、加蓮は既に面白そうな眼をして一歩を踏み出していた。

 

「ちょっと、加蓮」

 

「いいでしょ? 奏も面白そうだって思ったし、せっかくのオフなんだし、少しは冒険しないと」

 

「……そうね」

 

 奏は穏やかに頷くと、加蓮の後を追う。志希やフレデリカと共にいた場合、制止する間もなくネコを追いかけて姿を消してしまうだろうが、加蓮はこうして確認を取るだけ安心と言ったところだ。

 

 二人はそうして、ネコを追いながら小道へと進んでいった。

 

 

 

「このあいだも一人で街を歩いていたんだけど」

 

「うん」

 

「この街はまるで迷路ね。どれだけ長く住んでいても、どれだけ通っていても、ふとした瞬間に見慣れぬ景色にたどり着く」

 

「こういう景色にも出会ったり、飽きないよねー」

 

 二人がネコを追って十分ほどが経った。

 

 次第に、周囲から人の音がなくなっていく。遠くから車の音が聞こえてくるだけで、生活の気配が薄れていく。アイドルとしては警戒すべき場所だが、不思議と注意深い奏も加蓮も、この状況へ危機感を感じることはなかった。

 

 その理由としては単純で、ネコに案内された小道は妙に小洒落ていた。人の気配はないだけでサラサラと小さな水路が傍らを流れていて、並木は冬だというのに花の香を振りまいている。足元はカラフルなタイルで舗装されて、二人のブーツの音が気味よく鳴りひびく。

 

 先ほどまで歩いていた道も、若者に人気なファッションの中心地であったが、そことは別の不可思議な雰囲気は、二人の好奇心を楽しませた。

 

「本当に童話の中に紛れ込んだのかしらね」

 

「不思議の国のアリスみたいに?」

 

「先に進んでいったら、トランプの兵隊に捕まってしまうのよ。それで、加蓮そっくりな赤の女王が出てきて、貴女を見てびっくり、なんて。そういうのも面白そうじゃない?」

 

「その時、奏の役割は?」

 

「いつの間にか帽子をかぶって、帽子屋になってしまうの。囚われ加蓮を助けてあげてもいいわね」

 

 歌うように上機嫌な奏を見ながら、そういえば奏は帽子屋の衣装を着たことがあったな、などと加蓮は思い出す。このミステリアスな少女は、普段は大人っぽいのに、ふとした想像が子どもらしく、そこがまた可愛らしい。

 

「でも、そんなことになったらうちのPさんが慌てて探し始めちゃうし、不思議な冒険はアイドルの後が良いなー。……あのネコ、どこまで行くんだろ?」

 

「さあ? ネコは気まぐれだもの。それに、フレちゃんと志希が先を歩いていないだけ、気が楽よ」

 

「あー。気がついたら南極だったとかより、マシだね。……それにあの子も、ちょこちょこ私たちを見ながら歩いてるし」

 

 ネコがすぐに去ってしまうようなら、二人も気兼ねなく引き返せるのだが、時々彼女が止まり、振り向いたりするのだから、黙って帰ってしまうのも風情がない。

 

 元来、加蓮も奏も好奇心が旺盛であり、面白そうな気配にも敏感だ。ネコとの散歩という面白そうなイベントを見逃す手がなかった。

 

 けれど、その散歩も長々と続くことはなく――。

 

「ふふっ、ようやく目的地に着いたみたいね」

 

「……へぇ」

 

 ネコが足を止め、二人は顔を上げた。

 

 案内役を務めあげたのに満足したのか、ネコは疲れたように一声をあげると、建物の中へと入っていった。たどり着いたのは、小さくも洒落た雑貨店だった。

 

 ネコをメインモチーフとしているのか、看板はキュートな黒猫が踊っている。外へ展示されている商品も、ネコをかたどった小物で、二人も興味を引かれる出来だった。

 

「招き猫だったのかな、あの子」

 

「言葉通りに、ね。どうする、加蓮?」

 

「行ってみようよ。ちょうど可愛い猫グッズ、欲しかったんだ♪」

 

 そろーりとネコが入っていったドアを開けると、カランと鐘の音。

 

 さっきの黒猫は部屋の真ん中でちょこんと座り、店長代理とでも言いたげに二人を出迎えてくれる。流れるBGMはのんびりなジャズ調の『ネコふんじゃった』。香りもマタタビと言いたいが、そこは金木犀の上品なものとなっていた。

 

 グッズも良し、雰囲気も良し。

 

 オシャレ好きな二人は、隠れた名店を発見したことに静かに心を躍らせながら、店内を見渡していく。

 

「これなんて良いんじゃない? ネコのマグカップ。加蓮は確か新しいの欲しがってたわよね」

 

「あ、いいね! 可愛いし、見た目もあったかくて」

 

 加蓮がコップを持ち上げると手になじむ感覚があった。どこのブランドかと思いながらひっくり返すと、そこにはメーカー名などは書いておらず、代わりに細くサインが刻まれている。

 

 もしかしたら、ここにあるのは手作り品なのでは、と加蓮が考えていると、答えはすぐにやってくる。店の奥から、店主だろう、上品なご婦人がやってきたのだ。

 

「あらあら、お客さんかしら?」

 

「ええ。すみません、扉が開いていたので入ってしまいましたが」

 

「かまいませんよ。今日はお客さんも少ないので、奥で休んでいたんです。御覧のとおりのお婆さんですから、最近はお店に立つのも大変でね」

 

 言いつつも、店主は背筋もしっかりと伸ばされており、服も一つの美学の元、隙が無い。実際の年齢がどれほどの物かは分からないが、加蓮たちから見ても老人というよりは貴婦人という印象が強かった。

 

「お上手ねえ。でも、貴女達みたいな綺麗な子にそう言ってもらえると、嬉しいわ。ふふ、貴女達、お姫様みたいだもの」

 

「そう? お姫様みたいに見える?」

 

「本当よ。こんなに可愛い子、久しぶりに見たわ。そうね……一月ぶりくらいかしら」

 

「意外と近いわね……」

 

「ふふふ、冗談です。テレビもトンと見ないから、ほんと、こんなに可愛い子はめったに」

 

 店主の上機嫌な話を聞いていくと、この店を開いてもう十年ほど経つという。細々と営業しているが、この移り替わりの激しい街で不思議と倒産の危機がないのが自慢だとか。

 

「このバッグや陶器も、店主さんの手作りなのかしら?」

 

「ええ、老人の手慰み。あとは外国をめぐって、面白いと思ったものを取り寄せたりして揃えているんです」

 

「へー。私、可愛くて好きだよ、このデザイン」

 

「素朴な味わいが良いわね。肇やみくにも見せてあげるのも良いかも。あの子たちは私たちとは違った見方をするかもしれないし」

 

「あ、良いね。それじゃあこのカップを……。奏は何色にする?」

 

 指さしたマグカップはいくつかの種類があった。楽しそうにくつろいでいる、ネコの絵柄が違っていて、白猫に黒猫、三毛猫だったりも。

 

 奏は少し迷ってから、黒猫を選ぶ。

 

「やっぱり黒いのなんだ♪」

 

「ピンクのネコはいないもの。それに、黒猫は幸運の象徴っていう国もあるのよ? 日本だと、少し不吉な伝承もあるけれど。加蓮は?」

 

「じゃあここはモノクロで、白!」

 

「お嬢さんたち、仲いいのですねぇ。おそろいなんて。同級生?」

 

「ふふっ、一つ違いよ」

 

「あら。じゃあ、部活動のお仲間とか?」

 

 店主の言葉に、二人は顔をにっこりとほころばせた。確かに、テレビ等を観ないなら自分達の関係についてピンとくる人は少ないだろう、と。

 

 実際はアイドルですとは、なかなか言えない。

 

 しばらく店内をめぐり、購入する物はカップと数点の小物にした。あとは、この不思議な味わいのある店と出会えたことに感謝して、元来た道を帰るだけ、と思っていた矢先。

 

 

 

「にゃあ」

 

 

 

 と再びネコの鳴き声。二人が足元を見ると、あの黒猫が二人を見上げている。

 

 そういえば。この店へ連れてきた不思議な黒猫のことを聞いていなかった。そのことを二人は思い出し、店主へと尋ねてみる。

 

「ああ、この子ね。元々は店に迷い込んできた猫なのだけど、自然と面倒を見るようになったんですよ」

 

「お名前は?」

 

「さぁ? 元々の素敵な名前があるだろうから、私は猫さんとだけ呼んでいるわ」

 

「この子が私たちを連れてきてくれたんだよね。ちょっと不思議。私たちの言葉も分かってるみたい」

 

「お店ができてすぐに来たから、けっこうなお年のはずなのだけど、いつまでも若々しいのよね」

 

 それはまた、と奏は驚きを得た。

 

 ネコの寿命は十数年と言われている。子猫から育てたのでないとすれば、十年は優に超えて生きたネコということだ。年寄りだろうに、艶やかで、若々しさがある。

 

 思わず尻尾を見るも、別れてはいない。猫又ではないようだが……ただ者とも思えなかった。現にこの子によって、加蓮と奏はこの店へと導かれたのだから。

 

 それは果たして、ただの客としてだろうか、と奏は考える。

 

 あの場には自分と同じ年ごろの女性が多くいた。わざわざアイドルである自分たちを連れてきたのは、どうしてだろうかと。

 

「この子、前からこういうことしてたのかしら? お客さんを探したり」

 

 奏が尋ねると、店主は笑って言う。

 

「昔はよくしてたわね。私が暇そうにしていると……」

 

 そこで店主の顔に、少しだけ影が差した。

 

「孫と一緒に出掛けて行って、お客さんを連れてきてくれたわ……」

 

「そうなの……。あの、そのお孫さんは? 失礼でなかったらだけど」

 

 本来なら尋ねなくともいいことかもしれない。

 

 奏も加蓮も、自分の経験からそうした過去へ踏み出すのには慎重だ。しかし、店主から孫の話が出た途端に、ネコが奏の足を柔らかい肉球で押してきたのだ。明確な意思が感じられる。聞いてみろと、促されている感覚に従って、口が動いていた。

 

「ああ、大丈夫よ。どこかで元気にしてるわ。……ただ、近頃は便りがなくなっちゃってね。ええ、お嬢さん達に言うのもおかしな話だけど、寂しいと思ったりはしているんです」

 

 再び、『にゃあ』とネコが鳴く。

 

 それは店主を励まそうとしているのか、あるいは、奏と加蓮へと何かを伝えようとしてるのか。

 

 もしかしたら、その両方だったのかもしれない。

 

「……加蓮」

 

「うん」

 

 二人は迷い込むようにたどり着いた店と、そこで手にした可愛い猫たちを見る。

 

 自分達が考えていることは、余計なお世話かもしれない。だが、この穏やかで優しい空間に、寂しい顔は似合わない。

 

 なにより、店主が自分たちをまだ知らないとしても、人を幸せにするのがアイドルの仕事だ。

 

「ねえ、もしよかったらだけど……」

 

 加蓮の提案は、店主を驚かせるもの。けれど、そんなやり取りを見つめるネコは何だか満足そうな顔をして、毛づくろいをしていた。

 

 

 

「それでテレビで紹介したのか」

 

 数週間後、事務所の部屋で加蓮と奏は、プロデューサーと共に紅茶を手に小休止していた。カップはもちろん、あの店で買ったペアのもの。

 

 二人の奇妙な休日の話を聞いたプロデューサーは、面白そうな顔をして二人を見つめていた。

 

 数日前にモノクロームリリィが出演したお昼の情報番組。そこで二人は、あのお店の紹介をした。

 

 テレビクルーを連れての再訪に店主は少し緊張していたようだが、今をときめくアイドルのご贔屓の店ということで、忙しいながらも嬉しい悲鳴を上げていると、その後送られてきたお礼の手紙に書かれていた。

 

「それに、お孫さんの話も書かれていたのよ」

 

「久しぶりに電話してくれたんだって。これがまた、私たちのファンで、テレビで紹介されて驚いたって」

 

 はてさて、どこまであのネコは分かっていたのだろうか。

 

 加蓮と奏を連れてきたのは単なる客としてか、それともアイドルとしてか、はたまた、孫が彼女達のファンだと知っていたのか。

 

 真相は藪の中ならぬ、猫の中。にゃんとも喋れない奏たちには分からないこと。

 

 けれども、アイドルとして一つの縁を紡げたことに、二人は嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

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