モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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総選挙最終日まで40日な4月5日



4月5日「ヘアカットの日」

 うちの事務所のファッションリーダーは誰かと問われれば、『カリスマギャル』こと城ヶ崎さんが第一に挙げられる。

 

 次いで大槻さんも、若いファンから圧倒的な支持を受けていたり、奏もギャル系統とは違うが、大人っぽいファッションへと熱狂的な声が届けられている。

 

 そして忘れてはならないのが、北条加蓮。

 

 加蓮の優れたところは、ファッションの多様性だ。

 

 出会った当初は、着崩した制服だったり、ギャルっぽい服を好んでいたが、アイドル活動を通してめきめきと自分のセンスを磨き、今ではどんな服も華麗に着こなして見せる。

 

 仕事においても、そのセンスは光り、イベントが開かれるたび、彼女のファッションは注目を集め、時のトレンドをかっさらっていく。

 

 加蓮もそうした憧れを受けるのを喜び、それが原動力となって、更なるファッション研究へ。好きこそものの上手なれ。加蓮が自分だけでなく、周りのアイドルにもファッションを教えたりしながら、良い関係を築いているのは、私としても嬉しいことだ。

 

 さて、そんな加蓮が七変化させるのは、服だけではない。ご存知の通り、髪型も毎日のように変化する。

 

 実はこれは、珍しいことだ。

 

 アイドルは、言葉は悪いが、その人自身が『商品』としての側面も持つ。アイドル個人に一定のパブリックイメージが付与され、それが宣伝や売り出し戦略にも作用していく。

 

 ならば、髪型も重要な商品だ。全体のシルエットを大きく変化させてしまえば、イメージもまた変わってしまう。

 

 そのため、多くの事務所ではアイドルのイメージを保つために、髪を切ったり、髪型を変更するのにも許可がいる。うちの事務所や新鋭の283プロのように規則が緩いところが例外的。

 

 そういう所も、加蓮とうちの事務所の相性は良かったということになるのだろう。髪型を変えることは、今ではすっかり、加蓮の個性として認知されている。

 

 毎日、違う色どりを見せてくれる加蓮を見ることは、私にとっても密やかな喜びとなっている。彼女の昔を少し知る身としては特に。

 

 

 

「やっほー、Pさんお疲れ様!」

 

 元気な声と共に部屋へとやってきた加蓮の髪型は、ポニーテールだった。

 

 服装は白いシャツに、ロングスカートという清楚系。だが、春の開放感を反映するような纏められた髪が、ぴょんぴょんと跳ねて活発な印象を与えてくる。

 

 加蓮の元気印を髪が表現しているようだ。

 

 私がほほ笑んでいることに気がついたのだろう。加蓮はとことことデスクに近づいてくると、目を細めながら尋ねてくる。

 

「どうしたのかなー、Pさん? 加蓮ちゃんに見惚れちゃった?」

 

「いやいや、見惚れるというなら、毎日見惚れているぞ」

 

 なにせ私の自慢のアイドルなのだから。

 

「嬉しいこと言っちゃって♪ でも、Pさんが上の方を見てたの、私もちゃんと分かってるんだよ? ……ポニーテール、好き?」

 

 悪戯な笑顔。

 

 私は少しだけ考えて、その質問にも答える。

 

「加蓮によく似合ってるから、好きだな」

 

 実のところ、私には特に髪型の好みはない。加蓮と奏がそれぞれ、自分の好む髪型をしていれば、それでいいとも思っている。

 

 例えば、奏はショートにしているため、髪型の変化は少ないが、それは奏の持つシャープさと大人っぽさを引き出して素敵だと思う。

 

 加蓮の七変化する髪型も、感情の移り変わりが大きな加蓮の気持ちとリンクして、魅力的だと思えるのだ。

 

 加蓮はそんな私の意見を聞くと、ふむふむと、首を縦に動かし、唐突に、

 

「そっかー」

 

 なんて言いながら、髪のゴムを解いてしまった。

 

 する、と細い指が髪から抜き取られると共に華やかな香りが私の鼻腔にも届き、そして、加蓮の髪がふわりと下がる。あとは加蓮がバッグから取り出した櫛を通せば、私も見慣れたストレートに。

 

 私は突然な加蓮の髪型変更にドキリとして、加蓮も見ながら少しだけ頬を染めていた。

 

「あはは、なんだろ、着替えみたいで恥ずかしいね……」

 

 加蓮は言いつつ、困惑気味な私を置いて立ち上がると、ちょんちょんと、私を手招き。何をどうしたいのかは皆目見当がつかないのだが、それを拒む理由もない。

 

 招かれるまま、加蓮と共にソファへと座る。すると、加蓮はくるりと背を向けて、そのままじっとしていた。

 

 レッスンの時には後ろから見ることが多い加蓮の背中。普段の勢いとは裏腹な、細くて心配になる華奢な背中。

 

 見ていれば色々な感情が生まれるも、加蓮がこうしている理由は見当もつかず、私は加蓮へと尋ねた。

 

「……肩でも揉めばいいの?」

 

「違うって! Pさん、私の髪型に興味あるなら、ちょっといじってみる?」

 

「……私が?」

 

「他にいないでしょ? ほら、もうほどいちゃったし、どうぞ♪」

 

「いやいや」

 

 改めて加蓮の髪を見る。細く、柔らかく、流れるように輝いている。

 

 私の太い髪と比べると、雑草と絹のような違いだ。それは男性と女性と言った性差だけでも、年の差でも、まして生まれつきと言うものではない。アイドルとして、女の子として、日々、加蓮が手塩にかけて磨きあがた結果。

 

 それは簡単に触れて良いものではない。……まあ、割と不可抗力で触る機会は多い気もするんだけれど、からかわれた時とかに。

 

(これとそれとは、話が違うからなぁ……)

 

 加蓮の大切な髪を、私がセットする? 彼女なんてとんといないし、仕事柄で整えているが、それだって技術があるわけじゃない私だぞ? あの綺麗な髪に触っていいって言われても……。

 

 あれやこれやと、私が考えていると、見かねたのか加蓮は強引に私の手を取って、自分の頭へと運んでしまう。

 

「あー、もう! じれったいし、恥ずかしいから早くやってよ!」

 

 ふわっと、指先が捉える、柔らかい感覚。それは私が想像していたものよりもはるかに……。

 

「……」

 

「はーい、固まっているPさん、戻ってきて♪ これでちょっと髪の毛乱れちゃったし、ちゃんと整えてくれないと、お仕事も始められないよ? 道具もちゃんと用意してるし、教えてあげるから!」

 

「……お手柔らかに」

 

 私が扱ってもいいのかという、怖さも、恐ろしさもあるが、こうして笑顔を見せてくれているのは、加蓮の信頼の証。だったら、プロデューサーとして彼女の希望に全力で応えてみせるのが私のやるべきこと。

 

 そう自分を納得させた私は強張っていた肩をほぐし、加蓮の指示を受けながら、ヘアセットを始めるのだった。

 

 そして十分後――、

 

「ツインテールとかなら、Pさんもやりやすいかなって思ったけど……」

 

「……ぐっ」

 

「あはは! もー、ダメだよ、ちゃんとバランス整えないと、ね」

 

 やはりというか、加蓮の指示に従っても慣れない作業。鏡を見ながら、加蓮は自分の髪型を見ながら笑っていた。

 

 加蓮の後ろで、私は自分の技量のなさに嘆くしかない。

 

「……いや、けっこう難しいな、こういうの」

 

「そりゃそうだよ。私たち女の子は綺麗になるために、何年も練習するし、勉強するんだから」

 

 言いつつ、加蓮はヘアゴムを外すと、あっさりと髪を整えなおし、数分でいつもの加蓮へと戻ってしまう。その手並みは鮮やかで、自分が苦労した分、魔法を使っているようにも思えた。

 

 よく加蓮や奏がプロデューサーを指して、魔法使いと呼んでくれるし、それを誇らしくも思っていたが、まだまだアイドルに敵わないところも、勉強しなければいけないことも多いと実感する。

 

 そして、加蓮は私の思案に気づくと、面白いことを思いついたと、少しはしゃぎながら、提案をしてくるのだ。

 

「……ふふ、Pさんも勉強してみる? 練習台くらいなら、付き合ってあげるから」

 

「いいの?」

 

「んー。Pさん、思ってたより優しく扱ってくれるしね。男の人に教えるのも面白そうだし、いいよ♪」

 

 加蓮がどんな髪型になれるのか、どれだけの工夫をしているのか、と言うのはプロデュースをする上でも大いに役に立つ情報。今後、加蓮はファッションの仕事が増えていくだろうし、その知識を増やせるのはありがたい。

 

 加蓮は意気込む私を見ながら『真面目過ぎっ』とか、からかうように笑う。

 

 こうしているうちにも、加蓮はまた髪型を変えて、サイドに三つ編みをくるくると作っていって、私は再び舌をまいた。

 

 今後は、加蓮を見るたびに髪型にも、より注目していこう。などと考えていると、ふと頭の片隅に残っていた疑問が口を突いて出てきた。

 

「そういえば、加蓮が前髪を変えないのは……どうしてなんだ?」

 

 毎日のように多才な髪型を魅せてくれる加蓮。けれど、その前髪の分け方だけは変えることはない。

 

 神谷さんや渋谷さん、奏のように、互いのファッションチェックをして楽しんでいる相手でも、そこだけを弄ることは断固拒否している。

 

 答えにくいなら答えなくてもいいんだが、せっかくの機会なので。

 

 尋ねると、加蓮はくすりと微笑み、チョンと指を動かして、前髪を動かした。

 

 それだけの仕草で、いつも左に流れていた髪が、右へと。

 

 けれど、次の瞬間には加蓮は顔を背け、分け方を元へ戻してしまう。私へと顔を向けなおした加蓮は、照れ臭そうに頬をかいていた。

 

「見せてあげるのは、Pさんにだけ。なんてね♪ どうだった?」

 

「ちょっとだけ、加蓮が別人に見えたかな?」

 

 ほんの一瞬だけだけど。私が呆然としてくらいには、その実感がある。

 

 加蓮はそれに納得したように頷くと、ソファへと身体を預けながら呟いた。手鏡で自分の髪を映し、しみじみと語るように。

 

「私って、こういう風にファッションも髪型もいろいろ変えるのが好きだし、楽しいけど。……変わらない自分も、どっかに残しておきたいって思うんだ。

 アイドルのお仕事で出会う人も、ファンも、私と会うのは『これ一回きり』って人も多いでしょ? そんな人にも、私がいたって覚えていて欲しい。だったら、変わっていく私の中にも、変わらないところがあったらいいなって」

 

「加蓮……」

 

「まあ、シリアスなこと言ったりもするけど。

 ほんとは、ずっとこうしてきたから、突然変えて、皆に根掘り葉掘り聞かれるのも困るって思うだけだったりするかもね?」

 

 最後はそんなお茶目な言葉で〆る加蓮。

 

 どちらの言葉も、きっと加蓮にとっての本当の気持ちなのだろう。変わらない物を持っていたいというのも、騒がれたくないというのも。

 

 だとしたら今、一瞬でもその変化を私へ見せてくれたことは。

 

「さぁ? Pさんなら、私と離れるっていうのは無さそうだし。こんな私と毎日会える未来も、ずっと先にはあるかもね♪」

 

 加蓮はそう言って笑った。

 

 髪が、ファッションが変わっても、きっと変わらないだろう。見る者すべてを明るくする笑顔で。




さてさて、今年シンデレラガールと成れたなら、
加蓮はどんな髪型になるのでしょうね。

早くその時が見てみたいです。
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