アイドルとしての武器、魅力、特技。
それらは当然、一人一人が異なっている。ダンスが得意なものも、ヴィジュアルに優れたものも、歌唱が圧倒的なものもいて、その全てがアイドルとして横並びに立っている。
光り方は違っていても、皆、煌めく宝石。
ならば、その頂点、トップアイドルとはどのような存在なのだろう?
多種多様な宝石は、優劣を断ぜる物ではない。真珠も、ダイヤモンドも、エメラルドも、ルビーも。それぞれの良さがあり、どれも人を魅せる存在なのだ。
その頂点が何であるかは、それこそ、見る者によって基準が違う。
だとしたら、トップアイドルとは、見る人すべてを虜にするほど、輝きを放つ存在なのだろうか? 他の輝きを塗りつぶすほどの、誰も届かない存在となればいいのだろうか?
「「ユニット対決?」」
とある日のミーティングで、次の仕事を告げた時。加蓮と奏の第一声は、そんな困惑に彩られたものだった。
私の手元にはテレビ局から届けられた企画書があり、それを渡しながら、更に説明を加える。
確かに、二人が驚くのも無理はない企画である。
「今回の仕事は、ユニットでの仕事だけど、『ユニットとしての』仕事じゃないんだ」
「えっと、どういうこと? ユニットとしては仕事しないってこと?」
「……もしかして、こういうことなのかしら? 私と加蓮とが対決するとか?」
さすが鋭い。
「そうなるね」
私は頷きつつ、二人へと概要を説明する。二人がオファーされたのは、とあるアイドル番組への出演。番組自体は知名度もあり、二人を広く知ってもらうには良い舞台。
だが、出演予定のコーナーが、少しばかりひねくれたものだった。
「ユニット内での勝敗を、決めるんだ」
アイドルのユニットには、何らかの強い結びつきがある。共にステージに立つ以上、仲が悪ければ話にならないし、時に相手を尊敬したり、友情を抱いたり、競争心をかき立てられることもある。
だが、ユニットを結成していても、それぞれはアイドルなのだ。トップアイドルを目指す競争相手。
この番組はその点を取り上げ、普段はユニット活動をしているメンバーを直接対決させて勝敗を決させようというもの。
概要を把握した二人は、やはりというべきか、悩まし気に眉をひそめていた。
「あんまり、趣味が良いとは思わないけれど……」
「別に、喧嘩しろって言う訳じゃないんでしょ?」
「あくまでバラエティの一環だからね。ただ、勝負内容は『歌唱』『演技』『ダンス』の三部門で、それぞれに審査員がつくし、勝敗もはっきりさせる」
オーディションを観客の前でやるようなものだ。
奏が言う通りに、あまり趣味が良い企画とは、私も思ってはいない。これまでに他のアイドルユニットが断裂する場面があっても、スタッフは絵として「おいしい」と感じているようだ。
奏なんて特に、そんな番組は肌に合わないだろう。
けれども、二人は、この仕事を持ってきた私を見ながら、自信たっぷりに言うのだ。
「それで? 敏腕プロデューサーさん?」
「あるんでしょ? リスクを取ってでも、この仕事をやらせたいと思った理由が」
「もちろん」
それでもこの仕事を受けようと考えたのは、奏達が互いに磨きあえる良い機会となると期待したから。
「前に、二人でソロライブ対決してもらっただろ? その後、めきめきと二人のパフォーマンスが上がっていたし、総選挙も始まってるんだ。
もう一度お互いの実力を磨きあえる、そんな機会を作ろうと思った」
二週間前から始まったシンデレラガール総選挙は、ユニット単位ではなく、完全に個人の戦い。普段どれだけ仲が良くても、ライバルとして順位を競い合っている。
仲間で、友達であっても、ライバル。それがアイドルの在り方。決して仲良しの友達グループじゃない。
私もプロデューサーとして、時にはシビアに競争を促さないといけない場面。
けれど、こんな企画をあっさりと私が持ってこれるのは、
「それだけじゃないでしょ? ふふっ、こういうお仕事を持ってくるのは、私たちへの信頼の証ってちゃんと分かってるわよ」
「奏と私もいろいろあったし、それこそ大喧嘩も最初にしたけど、おかげであれ以上は揉めないと思うしね。そこは安心してて?」
番組がどんな期待をしていようと、下世話な想像を塗り替えるほどの成果を出すと、私が二人を信頼しているから。二人が、私の意図を理解してくれると知っているから。
そして、加蓮と奏はお互いを見ると、
「それじゃあ……!」
「勝負ね……!」
パチンと、お互いの手のひらを掲げて、打ち合わせるのだった。
それから、出演へ向けてのレッスンが始まったのだが……。
その展開は、いい意味で私の予想を裏切る物となった。
「……へえ」
翌日、二人が自主練をしていると聞いて訪れたレッスン場。
昨日の様子を見るに、さぞ白熱した雰囲気になっていると私は考えていたのだが、扉をくぐった私は、頬を強張らせるのではなく、緩ませて微笑んでしまった。
「もう少し情景をイメージした方が良いわね。まず、目を閉じて、空気を感じ取るの。あなたがいる場所は春の風が吹く草原。何が見えるかしら?」
「たんぽぽと、蝶かな?」
「ふふっ、可愛らしいわね。色は?」
「たんぽぽが黄色で、蝶が……モンシロチョウ」
「その調子よ。加蓮の役は、大自然で育った天真爛漫な女の子。風と鳥の声を伴奏にして、草原がステージ。舞い踊るけれど、そこには観客がいないの」
「……さみしいね。私は踊って、歌って。それは楽しいけれど、物足りなくなっていく」
「あなたはどこに行きたいの?」
「……都会の、人がいる場所に」
二人はそんな会話を交わしながら、ゆっくりと身振りを加えていた。それは紛れもなく演技の練習だが、いつもと違い、奏が加蓮に演技を指導していたのだ。
奏は役や情景に対する解像度が高い。それは奏が長年育んできた感性によって捉えられる、簡単に会得はできないもの。しかし奏は、加蓮へと少しずつ自分の世界をほぐして伝えていく。
奏と出会って以来、加蓮もまた演技へと興味をもち、これまでも上達を繰り返してきたが、目の前の一分ごとに、加蓮の役への没入度が上がっていくのを、傍から見ていても感じる。
『まだ、演技じゃ奏にはかなわない』
加蓮は時に悔し気に零すことがある。
『まだ』だと。近づいているが、奏は先にいると。今回、番組の企画とはいえ、演技力を比較されるという時に、加蓮が選んだ練習方法、いや、奏へ勝つ道こそが、奏を師とすることだったのだろう。
一方で、加蓮にも、奏に勝るものがある。
また別の日、二人はボイスレッスンを行っていた。
マイクに向かって奏が歌っていくのは、穏やかなバラード。番組が指定してきた曲は、そんな歌唱力が露になるシビアなものだ。
「――♪」
歌い、楽譜を見返し、頭の中で曲想を描く。
そして再び口を開いて。
けれども、それを少し繰り返した後には、奏は加蓮の所へと楽譜を持って行き、何事かをじっくり話し合うのだ。一分、二分どころか、十分ほど。すると、次は加蓮がマイクの前で同じフレーズを歌ってみせる。
「……こりゃまた」
その声を聞きながら、私は舌を巻いた。
加蓮が元々、感情を歌い上げる曲を得意としている。アコースティックだけの伴奏で、満員の観客を感動させたこともある。
そして今、私の耳に届く歌声は、それら経験を昇華させ、また一段と実力を磨き上げたものとなっていた。一言一言に加蓮の切ない感情が表現されていて、心の奥を揺さぶってくる。
しかし、奏だって負けてはいない。番組で歌うのは同じ曲。加蓮と話し合っていたのも、加蓮がどのように歌を魅せるのかを尋ねていたから。
そして次にマイクの前に立った時、奏が発した歌は先ほどのものと様変わりしていた。
仮面と自ら呼ぶように、奏は普段、感情を表立って表すことがない。
静かで、穏やかな水面のように。歌う時も、自分の心の奥の奥までさらけ出すような歌声というよりは、綺麗であることを意識して、ガラス細工のように歌を仕上げてくる。
だが、今、奏の唇から紡がれる声は、歌は、奏の感情が生々しいほどにのせられている。
これまでの歌とどっちらが良いかという問題ではない。新たな武器として、加蓮のような感情の暴露を習得しようとしていた。
以前、奏が加蓮を羨ましく思っていると語っていた。
『加蓮ほど素直に気持ちは表せない』
けれど、憧れているだけで諦めるほど、速水奏の目標は低くない。加蓮という手本があるならば、それに負けないほど演じてみせる。
心の奥底をみせていると、観客に錯覚させるほど、仮面をリアルに仕上げると。
きっと、これは番組スタッフが考えていたのとは、真逆の展開だ。
ユニット内の勝負でありながら、二人は協力し、互いの力を高めて乗り越えようとしている。やはりユニットの仲間は大切なのだろうと、何も考えない人はこれを聞いて、そう思うかもしれない。
だが、それは違う。
これは二人の真剣な勝負だ。
お互いの足りなさ、長所を、ユニット活動を通して学び、知ってきた。相手のどこを学び取れば、自分がもっと先に進めるか。そのストイックな競争心が、自然と、この学びあいの場面を作っているだけ。
そして、そんな二人の姿は。彼女達こそが、トップアイドルにふさわしいと私に思わせる。
トップアイドル。
誰よりも光り輝く宝石。
だが、それは決して孤高の存在ではない。アイドルがトップに立った時、その周りには一番多くのファンがいなければいけないのだから。
ならばきっと、その隣にはお互いに支えあい、磨きあえる、同じくらい光り輝く仲間がいるはず。
彼女たちが、互いをそんな好敵手として、友人として見てくれることが、二人を見出したプロデューサーとして何より嬉しい。きっとどちらかが頂点に立った時も、もう一人はその少し後ろで離れず、言うだろう。
『次は私の番だから、そこで待っていて』
と。
そうして加蓮と奏が互いを高めた結果は、テレビの舞台で披露されることになる。勝敗までは語るまいが、スタッフや視聴者の想像をはるかに超えた、実に見事な勝負が繰り広げられた。
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