モノクロームリリィとの日常   作:カサノリ

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総選挙最終日まであと6日な5月9日


5月9日「呼吸の日」

 私の呼吸は、時々激しくなる。

 

 いつもはのんびりで、穏やかな呼吸。それがステージに立って、アイドル北条加蓮になった途端に大きく強くなっていく。

 

 どれだけ大きく息を吸っても、まだ足りない。体の奥で生まれる熱に、もっともっとと燃料を入れようとする。

 

 病院の白い部屋にいた時とも、外に出て、道を見失っていた時とも違う。何も変わらない天井を見続けた私の鼓動とは違う。不安で、小さすぎて、次の瞬間には消えてしまいそうな細い息と鼓動とは違う。

 

 私の胸の奥で溢れるのは、命の鼓動。どこまでも高く登っていきたいと魂が叫び出して、ここで生きてるって教えてくれるんだ。

 

 けれど、その熱は、一人じゃ作れない。

 

 会場に入った時、リハーサルを終えた時、そしてステージの近くで待っている時。アイドリングみたいに私の熱は燻ぶり続けたまま。あと少しで点火するって、分かっているのに、そのあと少しが届かない。

 

 もどかしくて、全身に力が入って、火がつく前に身体が灰になってしまいそう。

 

 そんな時に必要なのが、貴方の声だよ。

 

『加蓮』

 

『楽しんできて』

 

『きっと加蓮ならできる』

 

『信じてるよ』

 

 私を信じて、委ねてくれる。支えてくれる。

 

 そんな優しくて、力強い声を聞いた途端に私はスイッチオン。そこに背中を手で押してくれたら完璧。

 

 北条加蓮の炎が燃え上がって、ステージに飛び出していける。

 

 光る海へ向かって歌って、踊って。ますます荒くなる呼吸は苦しくて仕方ないけど、私は止まらない。止まるわけがない。

 

 だって、私はアイドルだ。光り輝いて、皆に夢を届ける存在。私が昔に憧れたアイドルなんだから、負けるわけがない。

 

 プロデューサーがくれた熱が、私の胸に火をつけて。私の熱が、ファンのみんなに伝わって。最後は会場全てが炎のように、私の全身を燃やし尽くすほど。

 

 けど、

 

「……私は、消えないよ」

 

 ……今年のために用意してくれたのが、不死鳥の衣装なんて、ほんと、気が利きすぎ。

 

 誰の熱にも負けない。燃え尽きるなんてこと、ありえない。どれだけの炎に囲まれても、誰の熱を受けても、私はアイドルとして北条加蓮としてステージに立ち続ける。

 

 だって私は、

 

「貴方が育てたアイドルだから」

 

 ねえ、プロデューサーさん。

 

 たくさん心配かけたよね。無茶しちゃったり、倒れちゃったり、喧嘩したり、不安になったり。貴方の心配そうな顔を見るたびに、私は同じ言葉を言ってきたけど……。

 

 今はその意味、もう変わってるよね。

 

 だって貴方の顔に不安な顔は無くて、私の顔にも迷いはないでしょ?

 

 こんな素敵なアイドルに、貴方が、プロデューサーが育ててくれたから。私は自信を持ってステージに立てる。もう、あのセリフは貴方と私を励ますものじゃないんだ。

 

「大丈夫」

 

 私には誇りがある。

 

 ここまで歩いてきた誇りが。どれだけ激しい呼吸でも、力に変えて、夢に向かって行ける誇りが。

 

 だから、もう一度言わせて。

 

「大丈夫、貴方が育てたアイドルだよ」

 

 貴方の自慢のアイドルが、ちゃんとトップに立ってみせるから。 

 

 

 

 私の呼吸は、時々静かになる。

 

 それは、ただの少女『速水奏』が舞台に立ち、アイドルになろうとする時。

 

 呼吸も鼓動もだんだんと落ち着いて、深く、鋭く変わっていく。同時に私の意識が遠のいて、鮮明に。

 

 嘘を被るという儀式のようなモノなのだろう。綺麗な嘘がそっと話しかけてくる。このステージに動揺するなんて、私にはふさわしくないと。

 

 だから私も、それに身を任せる。

 

 傷つきやすくて、悩みがちで、弱虫な女の子へ、夜闇のベールと謎で飾った仮面を被せて……。

 

 そうして、謎めいて手を伸ばしたくなるアイドルになるの。

 

 その時の私は、少し不思議な視点に立っている。

 

 ステージ上で、踊り、歌い、観客を魅了している私。この眼は、ファンのみんなが振ってくれるサイリウムの一つ一つも見逃さないほどに捉えてくれる。アイドルを楽しんでいる私だ。

 

 そこにもう一人。嘘を演じ切っている様を、内側で冷静に見つめる私もいる。

 

 私の中に確固としてある憧れへと、一挙手一投足が外れていないか、最後まで嘘を突き通せているか。熱中する私を窘めるように。私の理想を知るものは、私以上にはいないから。だから私が自分を評価してあげないといけない。

 

 何もかも忘れて、熱中してしまえばいいのに、こんな時にも冷静に考えてしまうなんて。

 

 我ながら厄介な性分だと思うけれど、この複雑さがアイドルとしての私の武器でもあるのだから、世の中、何が幸いするか分からない物ね。

 

 でも、私は人形でも、ロボットでもなく、ただの女。

 

 いつまでも嘘ばかりは突き通せない。嘘だけの自分になりたくはない。そして、どこまでも鋭く張り詰めた呼吸は、自分の体さえ切り裂いてしまいそうになるから。

 

 そんな時に私を救ってくれるのが、貴方の優しさ。

 

 ステージを降りて、嘘と本当の境界にいる私へと、貴方が駆け寄ってくれる。

 

『最高だった!』

 

『ずっと先へ行こう』

 

『もっとみんなに、夢を魅せよう』

 

 子どもみたいに無邪気に喜んで、私の代わりに感情を爆発させる声を聞くたび、安心する。静かに、止まりそうなほどに息をひそめていた『速水奏』は、その温度に呼び戻されて、嘘を緩めることができる。

 

 ただの仮面をかぶった偽物でもない。速水奏が速水奏のまま、憧れへ近づけるのは、アイドルになれるのは……。

 

 貴方が私のことを認めて、支えてくれるから。

 

 今はまだ、私のすべてをさらけ出したりしないけど。いつかもう一度伝えてあげたい。

 

 あの夕焼けの中から夜闇に飛び立った私が、朝を超え、昼を超えて、またあの場所へと戻った時に。

 

 口づけと一緒に、貴方への感謝を。

 

 

 

 

 ステージの上で。

 

 私の呼吸は高鳴って。

 

 私の呼吸は落ち着いて。

 

 正反対に見えるけど、同じ。

 

 だって、アイドルは。

 

 『私たち』は息づいているから。

 

 アイドル、モノクロームリリィはずっと。




いやー、実質、総選挙は本日までですね……。
今年は去年の反省を踏まえて、毎日更新達成できそうですが、いかがでしたでしょうか?

最後、お忘れなく加蓮、奏への応援をお願いいたします!
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