――個性。
それは他の人と違った、その人特有の性質であったり、性格を表す言葉だ。
他人からは指摘できるが、自覚することが難しい特性。
昔はそういった意味を持っていた。
事の始まりは中国軽慶市で、発光する赤子が生まれたというニュースだった。
それを皮切りに各地で『超常』は発見され、原因も判然としないまま時は流れる。
『超常』は『日常』に、『架空』は『現実』に成り代わっていく。
世界人口の約八割が何らかの特異体質を持つ超人社会となった現在。
体を肥大化させる。炎をだす。風を起こす。
そういった特殊な能力の事を世間では「個性」と呼ばれていた。
そしてそんな大多数に含まれない二割の人口は「無個性」と呼ばれている。
個性が発現せずに超人社会についていくことが難しい人たちだ。
そんな人たちは「個性」持ちに虐げられる現状にあった。
そんな中、俺は個性を持っている。
医者や友人によれば、将来有望な――ヒーローに向いている個性らしい。
ヒーロー、それは今は職業の一つとなっている。
敵を倒して治安を守ったり、災害から一般市民を救助をしたり、果てにはテレビなどにも
出たりする職業だ。最も人気な職業でもある。
そんなヒーローに向いていると言われる彼の個性
『
それが彼の――
簡単に言えば。触れた物を別な物に作り替える能力。
訊けば強そうに聞こえるが、条件が非常に厳しい。
条件として「質量保存の法則」と「自然摂理の法則」を無視して物を作り出せない。
原材料と錬成の生成物の質量は同じでないと錬成は成功しない。つまり無から有は作れない。
そして、原材料と錬成の生成物は同質の物質でなければならない。
つまり水から石を作るといったことは出来ない。
単純に炎や風を起こせるような個性だったら、と何度思った事か。
しかも、錬成には必ず原材料となる物が必要であり、その物質の構成元素や特性を理解し、物質を分解、そして再構築する
という3つの段階を経てようやく錬成が可能となる。
パン、と肉同士が打ち付ける乾いた音が深夜の公園に響き渡った。
公園で一人――少年は祈る様に両手を合わせて目を瞑っている。
傍から見ればまるで神にでも祈っているかのように見えるが、生憎少年は無神論者だ。
目を瞑っている彼の頭の中では、物質の構成元素や特性を理解するために目まぐるしい回転をしていた。
目を開き、彼は両手をコンクリートに叩き付ける。
何の変哲もないコンクリートに異変が現れた。
小さな円形の窪みが現れ、そこから棒状の何かがよっくりと這いあがってくる。
思い切り引き上げたそれは、鋭い切っ先を持つ槍だ。
浅い呼吸を繰り返して、それを振り回す。
突き、振り、払う。
武術の心得のない彼は、簡単な動きを繰り返すという事しかできなかったが
それでも十分に実りはあったと思っていた。
彼はもう少しで高校受験が始まる歳と時期だ。
受検する高校は筆記と実技の二つがあるヒーロー科。
正直、俺が望む高校――
雄英高校ヒーロー科。プロに必須の資格取得を目的とする養成校であり、全国同科中
最も人気で最も難しく、倍率は例年300を超える程だ。
せいぜい記念受検という意味合いが強いだろう。
他者より優れている部分が多いとは言えない自分に、多くのプロを輩出している高校はレベルが高い。
№1ヒーローが出たその高校に行きたいと望むものは多い。
記念受検なのだから、受けるだけでもいいだろう。
そう思っていたのは役十ヶ月も前の事だ。
彼の同級生には、同じ高校を志望している子が二人いる。
一人は頭もよく、個性も非常に強い子だ。
もう一人は――頭はそれなりだとは思うが、個性が無い。
自身と同じで、記念受検でもするのかと思っていた。
ある休日に彼が何をしているのかを知るまでは。
彼が№1ヒーローであるオールマイトと共にゴミ掃除をしているのを見かけた時
本気で雄英に入ろうとしているのだと分かった。
掃除といっても簡単なゴミ掃除ではない。
彼はタイヤだとか、壊れたテレビだとか、そういった業者に任せるべき仕事じゃないの? というレベルでの
ゴミ掃除を彼は行っていた。そしてその掃除の指示をしているのはオールマイト。
№1ヒーロー・オールマイト。
最も有名なヒーローであり、最高のヒーローは? と聞かれれば誰もが答えるほどのヒーローだ。
無個性である彼があれほど頑張っているのに、個性がある自分が何もしなくていいのか、という思いに駆られ
こうやって個性の練習や武器の振り回しをしている。
資格もなしに個性を使う事は法律違反だが、要はバレなければいい。
こんなものは付け焼刃にもならないだろうが、やらないよりは遥かにいいだろう。
一息ついて休憩しようかと思ったとき、視界を誰かが横切っていった。
緑のぼさぼさ頭の少年――
ほぼ毎日、彼はこんな時間も走り込みを続けて体を鍛えているらしい。
個性が無いからには確かに体を鍛えるというのは合理的だ。だが、たかが体を鍛えた程度で個性もちが蔓延る
試験を勝ち残っていけるのか怪しいものだ。
怪しいと言うよりも、不可能に近いだろう。
たかが鍛えた程度で増強型の個性に勝てる程甘くはない。
かといってオールマイトのような人がそんな無駄な事をするのだろうか。
オールマイトの人となりはテレビや雑誌でしか見たことがないが、不可能な夢をここまで手伝うのか?
彼なら現実を教えて、優しく諭したりでもしそうなものだが。
「……まあ、いいか」
俺には関係ない。
ただ……少なくとも、彼には負けたくないという思いがある。
気持ちも思いも曖昧で適当だが、やれるだけやってやろう、と。
俺の個性は両親の複合型だ。
母親は描いた円の中の物を治す。
父親は両手で触れた物を分解する。
これらの個性が複雑に絡み合った結果、俺のようなややこしい個性が誕生してしまった。
俺はあまり自身の個性は使いこなせてはいないが、雄英に入れればそういった事も勉強はしたい。
まだ入れるかどうかはまったくわからないが。
睡魔に襲われ、大きく口を開けながら欠伸をして俺は帰路につく。
受検の日まで、あと少し。
雄英は難関だが、それは何も個性の話だけではない。
単純に頭の良さも求められてしまう。そう、求められてしまう。
雄英高校の偏差値は79。俺の模試による結果はC判定。泣きそう。
勉強は得意ではない。苦手だし、嫌いだ。勉強から逃げてしまいたい。
ため息をつきながらシャーペンを動かし、ノートに記入していく。
俺が苦手なのは国語と数学。特に国語がキツイ。
携帯なんてお手軽なのがあるから漢字なんてほとんど身につかないし覚えられない。
そして作中の登場人物の気持ちを述べよ、系統の問題は悉く外してしまう。
古典や古文ならまだいけるんだけどな、と言い訳しつつ頭に入れていく。
「……あー、駄目だ。こんな勉強すると頭馬鹿になるわ」
ギシ、と椅子に深く腰掛けながら天井を仰ぎ見る。
息抜きに軽く携帯でも、と携帯を手に取ろうとした時頭を振って誘惑を逃れる。
息抜きに一時間もかけることはできない。一度携帯を取って、気づいたら一時間半立っていた前科がある
彼は、それ以降勉強中は絶対に携帯をいじらないように決めていた。
筆記はまあ勉強するとして、問題は実技だ。
何をするのか、時間はどれくらいあるのか?
何もわからない。友人の先輩に訊こうかとも思ったがそれはやめた。
先に試験内容を知るのは駄目だろうし、そんなのはヒーローではないだろう。
だから今はとにかく個性の練習をすることしか俺にはできない。
「……」
何気なしに、手を合わせて何も書かれていないページに触れる。
錬成の際に発する独特の光と共にできたのは、紙で作られた鶴だ。
俺は頭が良い訳ではない。なのにどうしてこんな頭を酷使する個性になってしまったのか……。
オールマイトのような単純な増強型ならどんなに楽な事か。
鶴をゴミ箱に放り投げ、俺は教科書と睨めっこする作業に戻っていく。
実技への対策も特に浮かばず、時は流れてゆく。
二月二十六日。
まだまだ寒さが残り、制服姿の自分に冷気が突き刺さる。
両手を擦って息を吐けばその息は真っ白だ。
地下鉄を乗り継いで大凡40分程で目的地へとたどり着く。
雄英高等学校、一般入試試験会場。
Hの形をした独特な建築物――ここが雄英高校だった。
周りの生徒達が緊張した面持ちで歩いていく中、彼も同じく不安そうな顔で歩いていた。
昨日の夜も勉強はしたが、やはり不十分だったんじゃないか?
個性の練習ももっとしておくべきだったのかもしれない。
もしも落ちたらどうしよう、そう思い至った時彼は僅かに驚いた。
最初は記念受検のつもりだったのに今じゃここまで心境が変化している。
案外自分は乗り気でやっていたらしい。
深呼吸を繰り返して自分を落ち着かせる。
周りの空気に呑まれずに自分のペースでやるのが一番いい筈だ。
ここまで来たのなら目指すのは『合格』の二文字だけ。
そう奮い立たせ、雄英高校の門を潜った。
実技の前に行われた筆記試験。
一言でいえば、手応えはあっただろう。
何問か分からずに飛ばした事はあったが、それでも大半は埋まった。
解答の順番ミスもないか幾度となく見直したし問題は無い筈だ。
それこそ、飛ばした問題の配点が異常に高いとか頭の可笑しい事でもなければ筆記は恐らく突破できた、筈。
もう筆記は終わったことだし、うじうじ悩んでいても仕方がない。
問題は次――実技試験だ。
筆記試験が終わった後、現役のプロヒーローから説明を受けて実技の会場に彼はいた。
各々が実技に向けてストレッチ等をしている中、彼は説明を思い出す。
雄英の教師の一人であるボイスヒーロー『プレゼント・マイク』の説明を。
今回の実技試験は10分間のうちにどれだけロボットを倒せるのか、という『模擬市街地演習』だ。
持ち込みは自由で、他人への攻撃を除けばほとんど何をしてもいい。
模擬市街地を幾つも用意できる雄英の凄さを改めて実感した……それはともかく。
演習場には三種の
振り分けられている。某ゲームで例えれば、踏みつぶして倒せる敵は1。
ファイヤーボールが必要な敵は2、といった具合だ。
そしてその三種以外に一体、お邪魔虫が配置されている。
これは大暴れする『ギミック』らしく、避けてやり過ごしつつポイントを集める、と。
周りの生徒達は個性が使いやすいような恰好をしており、そんな中に学ランを脱いだだけの自分は場違いに思えてしまう。
まあ自分の個性に必要な物は両手くらいだし、別にいいだろう、なんてことをぼんやりと考えた。
完璧に忘れてて、ジャージでも持ってくればよかったなんて思ってはいない。決して。
『ハイスタート―!』
突然聞こえたプレゼント・マイクの声にほぼ全員が首を傾げて顔を見合わせた。
そんな中を勘のいい受験生数名は駆けていく。
『どうしたあ!? 実戦じゃカウントなんざねえんだよ!!』
そこまで訊いて理解できた自由も慌てて走る。
――もう試験は始まっている。
『――走れ走れぇ!! 賽は投げられてんぞ!!?』
プレゼント・マイクのその声を皮切りに、全ての受験生が走り出した。
ギリギリスタートダッシュできたことに安堵しつつ、自由は正面を見据える。
市街地十字路から稼働音を鳴らしながら数体の仮想敵が現れた。
『標的捕捉! ブッ殺ス!!』
試験の資料によれば、コイツは1P。速くて脆い奴だったはずだ。
脆いとは言っても、自由が全力で殴ったところでこちらの骨が折れるのは目に見えている。
かといって個性で武器を作っても、自由の膂力ではコイツを貫いたり斬ったりすることはできない。
この時点で彼の個性の特訓の八割以上が無駄になった。
そのことに内心涙しつつ、敵の行動を見る。
1と描かれた腕を大振りに構えてこちらへと突っ込んできている仮想敵。
成程、確かにこいつ等は試験用の敵に違いない。
身体能力があまり高くない自分にも、この大振りな攻撃はしっかりと見ていれば避けるのは容易い。
僅かに体を捻るだけで攻撃を外した敵は、その体を翻して再度突撃を繰り返す。
再びこちらに向かっている間に、自由は既に準備を整えていた。
同じようにまた攻撃を躱し、すれ違いざまに両手で機械の装甲へと手を触れる。
単眼の光が収まり、ガクンと前のめりに倒れこんだのを確認して自由は走り出した。
装甲が傷つけられないのなら、内部を傷つけてやればいい。
内部の配線を出鱈目に繋いでやれば、それだけでこいつ等は機能を停止する。
つまり、触れさえすればこいつ等をぶっ壊せるという事だ。
それからは単調な作業だ。
始めてみるタイプの敵は一度動きをみる必要があるが、二度相対していた敵は
全て一撃必殺で終わらせている。
躱して、手を合わせて、触れる。
これだけで物言わぬ骸と化すのだから、最早作業となるだろう。
といっても、体力はそこまで多いほうではない。
息が上がり、時々避けきれずに敵の攻撃が掠ってしまう事も増えてきたころ。
地面を伝わる振動と共にビルが大きく崩壊を始める。
そこから現れたのは、ビル程の大きさがある仮想敵――D型の『0P』である。
道は自分で作るものだと言わんばかりに構造物を破壊してそれは進む。
確かにあれは無理だ。
付近に近づけば瓦礫の餌食となるだろうし、あんな巨体を倒せるような
個性持ちがいるとは思えない。
勝てない敵に挑む事は決して勇気ではない。それは蛮勇だ。
そう自分に言い聞かせて踵を返す。
(コイツから逃げ回りながらポイントを稼がないと……)
果たして背中を見せて逃げることがヒーローのすることだろうか。
周りの受験生達は一目散に逃げている。それは正しい。
だが、逃げきれなかった子達はどうなる?
敵に襲われている人を見捨てて逃げるのはどうなんだ?
振り返れば、瓦礫に阻まれ逃げれない子や、明らかに動けないような子だっている。
――いや、これは試験だ。少なくとも生徒が死ぬようなことはないだろう。
彼は――自由は駆けた。体力が無くなっても構わず、胸を押さえて走る。
神に祈る様に――謝る様に手を合わせて走る。
逃げていく生徒達とは逆方向に。
両手をコンクリートへ叩きつけ、個性を発揮する。
コンクリートで作られた手は、逃げ道を塞いでいた大きな瓦礫を持ち上げる。
それに気づいた受験生は慌ててそこを這い出してきた。
「わ、悪い! 助かった!」
「礼なんていらないから、行けって!」
降り注ぐ瓦礫を防ぐために壁を作り、瓦礫を片づけていく。
だが、D型が動き続ける限り被害は終わらない。
手っ取り早いのはアイツに触れて中身をグチャグチャにするのが一番いい。
だが近づけない。足元は最も危険だ。
疲れが隙を生んだのか、頭上からそれなりの大きさの瓦礫が自由へと落下していることに気づかなかった。
死にはしないだろうが明らかに血が出て最悪この場で気絶するだろう大きさだ。
手合わせも避けることもできないその時、ピンク色の鞭らしきものが自由を絡めとった。
「うおおお!?」
後方へとそれなりに力で引っ張られることに驚きつつ、その方向を見る。
ピンク色の鞭の正体は彼女の舌だった。
安全を確認したのか、巻かれた舌は彼女の口の中へと戻っていく。
「ケロ……大丈夫?」
「あ、ああ。ありがとう、助かった」
大きな丸い目が特徴的な蛙っぽい顔している女の子に助けられた自由は感謝の言葉を述べる。
それに対して「気にしないでいいわ」と彼女は自由へとそう返した。
そこで自由はある作戦が思いつく。彼女の力があればD型を止められるかもしれない。
「なあ、君……人1人を投げ飛ばすことはできるか?
「……ええ。多分できると思うわ」
口元へ人差し指を当てながら僅かに黙った後、できると彼女は言った。
「よし、じゃあ俺を思いっきり奴にむけてぶん投げてくれ」
D型の所に瓦礫を無視して飛んでいければ、奴に触れることが出来る。
そうすれば被害を食い止めることが可能になるはずだ。
「ケロ、分かったわ。でも――」
クルリと舌が自由の胴に幾重にも巻き付いた。
「次からは君じゃなくて、
「……は?」
「それじゃあ行くわ」
ポカンとしたのも束の間、グイッと体が引っ張られる。
舌が弓なりになって、大きく振りかぶられ――投げた。
「うおわああああああああああ!!」
予想以上の力に驚きつつ、何とか空中で態勢を整えつつ手合わせをする。
D型はどうやら、受験生を襲うようにはプログラミングされていないらしい。
ここまで近づいても、奴は歩き続けているだけだ。
どうやら彼女は力加減をしっかりしていたらしく、D型の頭に丁度着地できた。
そのまま両手を頭へと触れて中身を弄る。デカいだけあって中は大変ややこしい。
だが、機械は機械だ。配線を全てぶった切ってやればいい。
『終~~~了~!!!!』
D型が動きを止めてそのまま項垂れたのを確認すると同時に
プレゼント・マイクの合図が響き渡り、実技試験は終わりを告げた。
リメイク前の変更点で主人公の名前を変更。
自由に創るから創設自由という名前にしました。
ヒロアカっぽい名前にできて満足です。