明滅する蛍光灯のみが照らす薄暗い地下。そこに三つの影が集まっていた。
「……ダム破壊は阻止されたか」
低く呟くゴリラ怪人、近藤。その横に並ぶアロエ怪人、南が首を縦に振る。
「ええ、あの仮面ライダー……リバースにね」
南が悔しげに親指の葉肉を噛む中、もう一つの影、長い首と尻尾に鱗の肌を持つトカゲ怪人が口を開く。
「ここは作戦の決行を急ぐべきでは? ダムの破壊はあくまで作戦の補助、こだわる必要は無いはずです」
歯の隙間から擦過音を鳴らしながらのトカゲ怪人の言葉に、近藤は太い腕を組み、頷く。
「その通りだな……我らに残された戦力と時間はあと僅か……テンペスト作戦を決行に移す!」
近藤の発令に、南たちは姿勢を正し、胸に手を当てる。
「……“我ら、怒りと憎悪に集い”……」
続いて近藤が腕組みを解き、片腕を掲げる。
「……“この地を洗い流す嵐とならん”……!」
※ ※ ※
「はい、うどんとご飯です」
雨音に包まれたスカーレットジョーカー。健は湯気の立つどんぶり二つを茜の前に差し出す。すると茜は口元に笑みを浮かべ、頷きながらその二つを受け取る。
「すまないね。メニューにないものを頼んで……ありがとう」
茜はそう言うと、割り箸をパキッと音を立てて割る。それを湯気の立つつゆに入れ、麺をつまみ上げると、そのまま左手に持った湯気の立つ白飯に乗せ、つゆの染みた部分と一緒にかき込む。
「うん、コレだな」
茜はそう言って満足げに頷くと、形の良い唇でうどんをつるりと吸い込み、再度白米をかき込んでいく。その光景を、健は苦笑交じりに眺める。その視線に気づいてか、茜はどんぶりに口を付けたまま、目だけを健に向ける。
「どうかしたのかい、健君?」
「いや、つゆの味は濃いめにしましたけど、本当にうどんでご飯を食べるとは……と思って」
その健の言葉に、茜は手に持ったどんぶり飯を見やり、小さく頷く。
「うん……確かに。私も以前まではありえない組み合わせだと思っていたが……実際に試してみて、ご飯のポテンシャルには驚かされるばかりだ」
そこで一度言葉を切ると、茜は白米を一摘み口の中に運んで噛み締める。そしてうどんのどんぶりに持ち替えて、麺をつるりと吸い込み、続けてつゆも飲む。そこでもう一度確信したかのように頷く。
「……うん。やはりご飯は凄いな。もう主食もおかずもご飯一つでいいんじゃないだろうか」
満足げに目をつむった茜のセリフに、健は苦笑を深める。
「その勢いでカレーは飲み物だ、とか言い出さないでくださいよ?」
しかしその健の突っ込みに、茜は小さく笑う。
「ふっ……甘いな健君。私はすでにカレーをジョッキで、ご飯をおかずに、お好み焼きを食べているぞ?」
どこか誇らしげな茜の顔に、健は少し肩を落として言葉を返す。
「なんでそんなに誇らしげなんですか……?」
そんな力の抜けた突っ込みの後、健と茜は笑みを交わす。
「ふぅむ……さすが都市伝説に語られる「食い女」さん。それとお付き合いできるお兄さんもさすがですなぁ」
その声に振り返れば、両手でフレームを作り、それからこちらを覗く文香がいた。
「お、お付き合いって……」
そんな文香の言葉に、健は茜をちらちらと見ながら、照れくささに額をかく。
『茜さんみたいな美人とそう見られるのは、悪い気はしないけどさ……』
健が心中で呟いていると、茜が不意に箸を置き、空いた手をひらひらと動かす。
「ふふっ……健君を好ましく思ってはいるけれど、そういう関係ではないよ?」
『嬉しいやらなんやら、ちょっと複雑だな』
茜の言葉に健は苦笑を浮かべる。その直後、奥から皿の割れる音がする。しかし、文香は気にした様子もなくフレームを崩して首を傾げる。
「おや、そうなので? ではお二人はどういったご関係で?」
改めてそう尋ねられて、健と茜は視線を交わす。
『この場合は……』
『あれでいこうか』
一瞬の意思疎通の直後、二人は拳の底を軽くぶつけ合うと、寸分違わぬタイミングで言葉を放つ。
「地獄の姉弟!」
「チェンジホッパーッ!?」
そんな文香の叫びが響く中、再び奥から皿の割れる音が鳴る。
「……? 何かあったのか?」
健がそちらへ目を向けて首を傾げていると、澄んだ鈴の音が店内に響く。
「あ……いらっしゃいませー……って」
健がドア方向へ反射的に接客スマイルを向ける。すると、雨合羽の男の子を連れた、仏頂面の大男が店内に入ってきたところであった。男は吊っていない左腕で傘をたたもうとするが、腕一本のために手こずり、眉間の皺を深めている。
「あなたは……!?」
健は同僚から金原と呼ばれていた大男に駆け寄ると、傘を代わりにたたんで傘立てに立てる。すると金原は僅かに眉を持ち上げる。だが、すぐに一目では分からない程度に柔らかな顔に変えて頷く。
「ああ、ありがとう……やはり、キミも無事だったか」
「はい。あの時はご迷惑をかけました」
健はそう言って頭を下げる。
「おとーさん、このおにいちゃんダレ?」
その声に二人揃って足元を見下ろすと、金原のズボンを掴んで見上げる男の子の姿が目に入る。当の金原は、自分と目元の良く似た男の子の頭に左手を乗せる。
「お父さんの知り合いだ……」
そう言って金原は息子の頭に手を置いたまま、何かを思い出したかのように健の顔を見る。
「前は名乗る暇がなかったな。俺は金原大悟。で、こっちが息子の……ほら、心悟?」
金原が言いながら息子に視線を戻す。すると、それに続いて頭に手を置かれた男の子が口を開く。
「きんぱらしんごです!」
元気の良い心悟の自己紹介に、健は笑顔を返す。
「よろしく、心悟君」
そうして健は顔を上げると、踵を返して、空席へ向ける。
「空いている席にご案内します。ゆっくりしていってください」
健はそう言って、小さな二人掛けのテーブルに金原親子を案内する。すると金原は、椅子に登ろうとする心悟を片手で引っ張り上げ、その向かいに腰を下ろす。そして、メニューを開いて、感心したように息をついて頷く。
「ほう……喫茶店にしては料理も充実しているんだな」
そう言う金原に、健は笑顔で頷く。
「はい。まあ、食事メインで来る人はごく少数ですけど。では、注文が決まりましたらお呼びください」
健はそこで一礼すると、キッチンへと足を向けた。
※ ※ ※
「はい、ジョーカーブレンドコーヒーとオレンジジュースです」
コロッケ定食をあらかた食べ終えた金原と、口の周りをケチャップでオレンジ色にしながらナポリタンを頬張る心悟。そんな心悟に微笑を浮かべながら、健は二人の前にそれぞれの飲み物を出す。
《……連日の浜永湖水門連続爆破事件に関して、警察は一連の犯行が「テンペスト」によるものと発表……》
そこで不意に耳に入ってきたニュースに、健はテレビ画面に目を向ける。そこには事件の発生した箇所に、赤い×印の打たれた浜永湖の地図が映っていた。ふと視線を戻せば、険しい顔の金原と目が合った。
「……物騒ですね、こうなると、お仕事が忙しいんじゃあないですか?」
健の問いに、金原は目を閉じて首を横に振る。
「いや、怪我のことで、現場の警備に駆りだされることは減っている。だが、街の危機を前に、もどかしくは思う」
金原はどこか悔しげに呟いて、コーヒーに口を付ける。そんな金原を見て、心悟は口の中のものを飲み込むと、口周りをベタベタにしたまま声をかける。
「でもボク、おとーさんがあぶないばしょにいかないほうがいいよ? おかーさんもシンパイするもん」
その言葉に、金原は瞬きをすると、コーヒーから口を放す。そして口元に小さな笑みを浮かべて、息子の口周りを拭う。
「そうか……」
そんな親子の姿を、健は口元を緩めて眺めていた。そして表情を引き締めると、カレーうどんをすすっている茜と視線を交わし頷きあう。
※ ※ ※
その翌日、浜永湖岸にある大水門の一つ。そこから少し離れた道路の路肩から、健は振動するオーバーカムに跨り、ヘルメットのバイザーを上げて水門周りの様子を窺っている。
「ひぃふぅみぃ……見張りが多いですね。やっぱりブルーローズも、ここが狙われていると睨んでいるようですね」
後ろのタンデムシートに座る茜に声をかけながら振り向く健。すると、ハーフメットを被った茜が、ちょうど口の中のものを飲み込んだところであった。
「そうだね。今までの被害地に合わせて、ここを潰せば、浜永湖の治水は大打撃を受ける。昨日まで雨が降り続いたこの状態でここが潰れれば、市街地は水で溢れかえるな」
浜永湖は室町時代に地震によって太平洋と繋がり、以来汽水湖となっている。つまりここを破壊されれば、海水同然の水が市街地を侵すことになる。
その光景を想像して、健は水門に向き直って歯噛みする。
「厄介なことを考えますね……」
そんな呟きをこぼすと、不意に腰に手が回され、背中に柔らかな圧力がかかる。
「あ、茜さんッ!?」
戸惑いながら首だけで振り返る健。だが茜は、不思議そうに首を傾げている。
「どうした健君? ともかく、手筈通りにいこうか?」
そんな茜の反応に、健は小さくため息をついて頷くと、前を向いて愛車を発進させる。
オーバーカムを最寄りの駐車場に停めた二人は、堤防を越えて水辺まで降りる。そしてそこから並び立って水門まで歩いていく。
歩きながら、健は真剣な目で右手側に広がる湖面を見張る。そこへ左腕をそっと何かが絡め取る。
「え……っ?」
健が驚きの声を漏らして左手を見れば、その左腕には茜の右腕が絡み、手がしっかりと握られていた。
「そんなに剣呑な目をしていては怪しまれる。恋人を装って、と打ち合わせしたろう?」
僅かに潮の気配を含んだ風の中、かき消されそうな茜の囁き声に、健は口の端をもごもごとさせながら、空いた右手で額を掻く。
「……もっとも、生まれて25年、恋人などいたこともないから、本やドラマの知識だけなのだがね?」
続けてあっけらかんと言い放つ茜に、健は右手で額を押さえて呆れ交じりの笑みを返す。
「俺だって同じですよ?」
健がそう言うと、茜は切れ長の目を大きく見開いて、三回ほど瞬きを繰り返す。
「そうなのか?」
呟いて視線を落し、空いた左手を唇に添える茜。
「……まあ、誰かの好みが万人の好みというわけではないか……」
「えっ? それって……?」
健が戸惑い交じりに聞き返そうとすると、茜は笑みを浮かべて頷く。
「うん、自然な表情になったね」
肩すかしを喰らった健は、気疲れを吐き出すかのような深いため息を吐く。
「? ……どうかしたかな?」
「なんでもありませんよ」
健は、心底不思議そうに首を傾げている茜に、苦笑交じりに答える。そうして、日を照り返して白く輝く湖面に時折目をやりつつ、水門に向かって歩いていく。
「うわあああああッ!?」
「何だッ!?」
突如響き渡る悲鳴に、二人は揃って水門へ目を向ける。
「健君、あれをッ!」
茜の指に導かれるままに顔を上げた先、水門の上で警備員を追い立てる者の姿に健は叫ぶ。
「テンペストッ!?」
両腕に巨大な盾を備え、全身を貝殻のような艶のある黒い甲殻で覆った怪人は、警備員を殴り飛ばし、水中へ叩き落とす。
「あいつッ!?」
それを見て、健はリバースドライバーを握った右腕を、外へ真直ぐに伸ばす。それに続き、茜も健と組んだ腕を解いて、自身のドライバーを取り出す。そして二人は揃ってドライバーを腰に当てる。
「変身ッ!」
声を揃え、健は右手でバックルを掴んで右に振り戻し、茜は左腕でバックルを跳ね上げて上下反転させる。そのまま二人は、ドライバーから渦巻いた光を纏って跳ぶ。
「イヤアッ!」
「ハアアッ!」
怪人を挟み込む形で降り立つリバースとミゼン。
「仮面ライダー! リバースッ!」
「そして、通りすがりのお節介焼きさ」
名乗りを上げ、左手で空を斬るリバース。そして首に巻いた白いマフラーを靡かせるミゼン。両者を交互に見比べながら、二枚貝の怪人は防御姿勢を固めていく。
「貴様ら……ミゼンに、リバースライダー……ッ!? ちょうどいい。もう二度と我等の邪魔が出来ぬよう、作戦のついでに始末してくれる!」
リバースたちと怪人の間で張りつめていく空気。そこへ、不意に横合から無差別の銃弾が降り注ぐ。
「クッ!?」
「何ッ!?」
とっさに腕を盾にするリバースと、マフラーで弾くミゼン。腕の陰から弾雨の源を見やれば、そこにはライフルの引き金を引く、黒尽くめの戦闘員の部隊がいた。
「奴らはッ!?」
バラを意匠化したエンブレムを付けた戦闘員の内一人がバズーカを構えたのを見て、茜が声を上げる。
「跳べッ! 健君ッ!!」
同時に水門の上から跳び退くリバースとミゼン。その直後、怪人も水中へ逃れ、誰もいなくなった水門で爆発が起こる。その爆発で昇降機の一つが吹き飛び、それに繋がった隔壁が飛沫を上げて湖水に沈む。
「あの連中! 水門までッ!?」
防衛すべき対象もろとも攻撃する戦闘員を睨むリバース。発射され続ける銃弾を腕で防ぎ、戦闘員達へ駆けだそうとするリバース。そこへ、水飛沫を上げてバスケットボール大の物体が三つ躍りかかる。
「落ち着けッ!」
そこへ割って入ったミゼンは、先頭を切る巨大な二枚貝の一つ目を右足で蹴り上げ、続く二つ目を戻す踵で叩き落とす。そして左の後ろ回し蹴りで、最後の一つを飛んできた方向へ真直ぐに蹴り返す。
回し蹴りの勢いのまま、マフラーを翻してターンするミゼン。ミゼンが足を揃えてその場で静止すると同時に、空と、地面と水中で三つの爆発が起こる。そしてミゼンはリバースへ横顔を向ける。
「黒尽くめの連中は無視しよう。奴らは水門を巻き込むが、わざわざ破壊はしないだろう。私たちの目的は……」
「……水門へのテロを防ぎ、街を守ること!」
ミゼンの言葉を引き継ぐ形で宣言するリバースに、ミゼンは頷いて波立つ湖面へ向き直る。
「私が先に行く。健君はオーバーカムと合流次第来てくれ」
「茜さんが先に!?」
ミゼンは湖面を見据えたまま、踵を打ち合わせる。それに続いて、ミゼンの両足、タイフーンライダーから風が渦を巻いて吹き荒れる。
「私のタイフーンライダーには、キミのオーバーカムと共通する機能がある」
波立つ湖面から次々と飛び出す巨大二枚貝の群れ。それに向かって、姿勢を低くするミゼン。
「レディ……スタート……!」
そしてミゼンは静かな掛け声と共に、風に乗って湖の上に滑りだす。
※ ※ ※
風に乗り、波立つ湖面を滑るミゼン。そのまますれ違いざまに、巨大貝の一つを右のチョップで叩き落とし、真正面から飛びかかってきたものを左掌低で叩き割る。割れた分身体の爆発をすり抜けると、勢いを付けて踏み込み、旋風を巻き起こして跳ぶ。
「ハアアアアッ!?」
大きく開いて襲いかかる二枚貝を、風を纏ったスピンジャンプが次々と撥ね飛ばす。そして着水と同時に踏み込み、もう一度竜巻となって宙を舞う。群がってきた雑魚を蹴散らし、勢いを殺さぬまま水上を滑走するミゼン。
「奴は……」
走りながら湖面を見回すミゼン。そこで不意に前方の水面が大きく波立って盛り上がる。
「なッ!?」
そこでミゼンはとっさに跳躍。その直後、ミゼンを押し上げる形で水面を割って飛び出す怪人。ミゼンは空中で身を捻り、追撃に発射されていた水圧弾をチョップで弾く。続けて、両足から巻き起こる風で姿勢を制御し、スピンキックを怪人に向けて繰り出す。
「ハアアッ!!」
しかしミゼンのスピンキックは怪人の盾に受け止められる。怪人の盾は火花を上げて削れていく。だが盾が貫通する前に、怪人は再び水中へと逃れる。
「チィッ!?」
舌打ちをして再び水上を滑り始めるミゼン。そこへ、再び分身体の二枚貝が水中から飛び出してくる。
「ハッ! ハアアッ!!」
次々と襲い来るそれらを、ミゼンは左右の掌低、または風を纏った蹴りで残らず迎撃していく。しかし際限なく現れる分身体は、迎撃し続けているにも関わらずその数を増していく。
「それならばッ!」
再び分身体を蹴散らす為、右足を後方へ伸ばし、スピンジャンプの準備姿勢に入る。しかしそこへ、怪人が水中から飛び出して足元をすくわれる。
「しまったッ!?」
バランスを崩して宙を舞うミゼン。それを水中から上半身を出して見る二枚貝怪人が哄笑する。
「ハハハハハッ!貴様の装甲では、これだけの数の同時爆破には耐えられまいッ!? 湖の藻屑となるがいいッ!!」
怪人の号令に続き、分身体の二枚貝が一斉に空中のミゼンへと殺到する。
「クッ!?」
タイフーンライダーでどうにか姿勢を整え、襲い来る分身体を迎撃するミゼン。だが、絶え間なく襲い来る分身体の物量に、やがてその視界が巨大な二枚貝で覆い尽くされる。
※ ※ ※
「デェイヤアアアアアアアッ!!?」
ミゼンを包み込もうとする巨大二枚貝の塊に向けて、リバースは水面から愛車をジャンプさせる。
「茜さんッ!?」
オーバーカムの前輪で分身体の群れを切り裂き、ミゼンの手に体を傾けて右手をのばす。
「セイヤアアアッ!!」
リバースはその手をしっかりと掴み、明滅を始めた貝の塊からミゼンを引っぱり出す。その直後、貝の分身体が一斉に爆ぜる。
「クッ! アアアアッ!」
爆風に煽られながら、オーバーカムを車輪から着水させるリバース。水飛沫の上がる中、右手に掴んだミゼンに目を向ける。。
「大丈夫ですか、茜さんッ!?」
オーバーカムとリバースに牽引される形で湖上を走るミゼンは、はっきりと首を縦に振る。
「ああ、助かったよ健君」
それに頷き返して、リバースは前方へ目を向ける。その先では二枚貝の怪人が身を翻して水門へ向かおうとしていた。
「おのれ! あと一歩のところで……ッ! こうなれば水門をッ!?」
「させるかッ!!」
ミゼンをタンデムシートに引き上げ、泳ぐ怪人の背中へ向けてアクセルを噴かすリバース。その行く手を阻むように、バスケットボール大の二枚貝が無数に浮上する。水柱を上げて爆発する分身体を縫うようにして、リバースはオーバーカムに湖上を走らせる。
「健君! 水上では奴に逃げられてしまう! 空中にッ!」
「了解ッ!!」
リバースが叫ぶと同時に、揃って体を左側に傾け、爆ぜる湖面から逃れる二人。そして水門を背にして、怪人の進路に割り込む。
「なんだとッ!?」
「デェイヤアアアアアッ!!」
驚きの声を上げる怪人に、リバースは真正面からオーバーカムで突っ込み、激突の瞬間に前輪を跳ね上げる。
「グゥオアッ!!?」
叫びを上げて宙を舞う怪人。それを睨みながら、リバースは愛車の機首を返し、後輪を大きく振る。
「茜さんッ!」
「ああッ!!」
遠心力と風に乗って、ミゼンがオーバーカムから飛び立つ。そして空中でドライバーを外し、右足につけて展開させる。
《Full Open》
「ハアアアアアアアアアアッ!!」
風の勢いの増した右足を振り、紅白の竜巻となって足から真直ぐに突き進むミゼン。
「うおおッ!?」
空中に投げだされた怪人は慌てて盾を構える。だが、すでに削れていた盾は、威力を増したスピンキックに、紙でも貫くかのように破られる。そしてミゼンは、そのまま怪人の体を貫く。
「う、ぐぅ、おおああああああああっ!?!」
大穴の空いた体をよじり、苦悶の声を上げて落ちて行く怪人。その向こうで、ミゼンは徐々に回転を緩め、輝く湖面へと落下していく。そして着水の直前、リバースとオーバーカムが、水面との間に滑り込む。
「タイフーンドリル……ッ!!」
ミゼンがタンデムシートに両足を揃えて着地し、同時に右脚から放熱する。その直後、上空から嘲笑が降り注ぐ。
「ぐ、ふふ、はははッ!? かかったな!? 俺「達」の執念の勝利だあッ!?」
「何ッ!?」
その声に二人は揃って空を振り仰ぐ。すると、風穴の開いた怪人の体が音を立てて爆散する。その直後、リバースたちの後方で大気と湖が爆ぜる。
「う、わッ!?」
「クッ!?」
雨のように降り注ぐ湖水と、見上げるほどの波の中、リバースはオーバーカムを倒れないように懸命に操作する。やがて空に舞った水が落ち切り、波が凪ぐ。そこで二人は水門の方を見て、絶句する。
「……な……ッ!?」
「……やられた……」
二人の視線の先にあったはずの水門は、あとかたも無く消えうせていた。
※ ※ ※
ブルーローズ本社ビルの社長室。青いバラを活けた花瓶の乗った大きな机。その席にゆったりとした様子で座る神崎明日香。その横には天海が直立不動の姿勢で控えている。その二人の正面、天井から下がる大型モニターには、鼻と口以外を、蛇の頭を思わせる黒と紫の仮面で覆った人物が映っていた。
《……以上が、テンペストの作戦スケジュールだ……》
低い声からして男性と思わしき仮面の人物。言葉を切ったその人物に、神崎は画面越しに柔らかな笑顔を向ける。
「調査、ご苦労様でした。専務」
神崎の労いの言葉に、専務と呼ばれた人物は、首を横に振る。
《構わん。顧問の命令だ……我々も再改造を終え、奴らの決行日にはそちらに到着する予定だ。では通信を切る》
蛇の仮面の専務が言葉を切るのに続き、モニターの映像も消える。それから一拍の間を置いて、天海が口を開く。
「よろしかったのですか? 彼らを我々の街に入れて……」
すると、神崎は軽く瞼を下ろして応える。
「構いません。彼らの再改造の為に出向させた博士にも、戻ってきてもらわなくてはなりません」
そう言って神崎は椅子から腰を上げて窓の外を見る。そこには水害に侵された浜永の中心街が広がっている。
「今は流れに任せるべき時なのです。今回の件で、被害者救済を行う我が社の支持は更に高まり、テンペストも予定通り行動を起こすでしょう……おおよそは私たちの作った流れの通り……」
神崎はただ目を細め、眼下に広がる街を見下ろしていた。