ブルーローズ本社社長室。ガラス張りの壁の外に広がる、夜を徹しての修復作業を進める浜永の街。白いスーツを着た女社長、神崎明日香はその光景に目を細めて笑みを浮かべる。
「……素晴らしいわ。活力にあふれた私の街……」
満足げに呟く明日香の背後で、規則的なリズムでの四回のノックが鳴る。
「……入りなさい」
「あぁ~んッ! 明日香ちゃんひ・さ・し・ぶ・りぃ~!!」
入室許可が出るや否や飛び込んできた、くねくねとした低音が飛び込んでくる。明日香は振り向くと、その声の主を微笑で迎える。
「久しぶりですね。白柳博士」
明日香の差し出した手を取ったのは、光り輝くほどに磨かれたスキンヘッドに、縦に割れた顎を持ち、デコレーションした白衣を羽織った大柄な男であった。白柳博士と呼ばれたその男は、ツヤのある唇を尖らせて、しなを作る。
「ンもうッ! 白柳博士、だなんて水臭いじゃない!? キミちゃんって呼んでっていつも言ってるでしょ?」
自称キミちゃん。本名・白柳公彦がくねくねと動き、無毛の頭をツヤツヤと光らせている。すると、その肩に黒い手が乗る。
「……はしゃぎすぎです、ドクター……」
その黒い手の主、ヴァイパーの低い声に白柳は、頬に手を添えて体をくねらせる。
「あらやだッ!? 私ったらもう! ごめんなさいね専務。嫌いにならないでちょうだい?」
そう言って明日香とヴァイパーへ目くばせする白柳。ヴァイパーはそんな白柳の肩を軽く叩き、後ろを指し示す。それに従って下がる白柳と入れ替わりにヴァイパーが社長の前に出る。
「今回もご苦労様でした専務」
「体の慣らしも兼ねてのことだ。問題ない。それよりも……」
明日香の労いの言葉に首を左右に振るヴァイパー。そして左半身を引き、明日香の視界を開ける。そこには白いバトルスーツの天海とトカゲ怪人が並んで立っていた。そうしてヴァイパーは、左手でトカゲ怪人を指し示し、口を開く。
「情報はスパイ活動を引き受けてくれた彼から得たものだ。彼には再改造を行い、我々の一員に加える事を約束している……」
ヴァイパーの言葉に、トカゲ怪人は背筋を伸ばして首を縦に振る。それを見て明日香は微笑みを浮かべて頷く。
「約束は守らなければなりませんね……承知しました。報酬として、貴方への再改造を許可しましょう」
明日香がそう言うと、トカゲ怪人は興奮気味に首を何度も縦に振りながら、前に進み出る。
「ありがとうございます、社長ッ! これからはブルーローズに……」
「ただし……」
感謝の言葉を遮っての言葉に、怪人は身を乗り出した姿勢で固まる。
「自分の命惜しさに同胞を裏切る貴方の精神は、我が社には必要ありません」
「な……ッ!?」
絶句した怪人は、明日香の言葉の意味を呑みこむと、目の前の無力な女へ飛びかかろうと身構える。だがその瞬間、籠った水音が頭から鳴る。
「う……が……?」
気がつけば、トカゲ怪人の頭頂部から下顎をヘビのように曲がった刃が刺し貫いていた。
「……そういうことだ。体は約束通り、再改造して生かしておこう」
その言葉と共に、ヴァイパーは怪人の頭を刺し貫く刃の柄を握った右手を振る。するとしなやかに曲がっていた刃は、直刃になってヴァイパーの手元に戻る。それに続いてトカゲ怪人の体が、芯を抜かれた粘土人形のようにその場に倒れる。
「ドクター……再改造をお願いします」
ヴァイパーは倒れる怪人の体を片手で受け止めると、白柳の方へ押し退けてよこす。それを受け取って、白柳は不満げに唇を尖らせる。
「もうッ! 明日香ちゃんと専務が言うなら仕方ないけど……こんなブサメンハートの改造なんて気が乗らないわねぇ……」
不満を漏らしながら、白柳は怪人の遺体を担いで社長室を後にする。
「……調子は良好のようですね?」
明日香はそれを見送って、ヴァイパーの頭頂部から爪先までを一眺めすると、鈴のような声音で問いかける。それにヴァイパーは、軽く持ち上げた左手を、小指からゆっくりと閉じて見せて応える。
「ああ……近藤と同時期に改造を受け、寿命を目前としていたのが嘘のようだ。アドバンスヒューマン計画最大の障害……改造人間の寿命は、成功体01から得たデータにより完全な解決を迎えた」
静かだが満足げな口調でいうヴァイパーに、明日香も頷き返す。そこで不意に天井からモニターが降り、暗い画面に光が走る。やがて画面が安定し、蓋のずれた棺のエンブレムが浮かびあがる。
「これは特別顧問……」
画面に映った棺に、明日香、天海、ヴァイパーの三人は恭しく首を垂れる。すると画面が明滅し、しわがれた老爺の声が流れる。
《……まだこんなちっぽけな町で遊んでおるのか……?》
画面の向こうから流れる老人の言葉に、明日香は頭を下げたまま眉を顰める。
《もう遊びは十分であろう? 世界へ向けた事業拡大計画の再開を……》
「失礼ですが顧問? 各国の支社もようやく安定したところです。先代の頃のように際限なく拡大していては、再び管理体制の崩壊を……」
頭を下げたまま静かな声音で意見を述べる明日香。それを遮るように、エンブレムの映った画面が激しく明滅する。
《たわけがッ!? そんなものは後にせんかッ!!》
しわがれた怒鳴り声が室内に激しく響き渡る。
《この会社を立ち上げ! ここまで育て上げたのは誰だッ!? そう! 我々創設者だッ!? 我々の夢、世界の制覇を優先するべきだろうッ!!?》
激しく明滅を続ける画面に、ヴァイパーがゆっくりと顔を上げる。
「……顧問、申し訳ありませんが、私も社長と同じ意見です」
《なに……!?》
怒気を含んだ声に怯まず、画面を見据えるヴァイパー。
「計画の進行は予定より早いほどです。直に時間の制限など無くなります。焦る必要はありません」
《…………》
静かなヴァイパーの声に、画面の明滅が沈静化していく。
《……分かった。だが計画の遅延は許さん……》
エンブレムの人物がそう言い残し、モニターの映像が消える。ヴァイパーはそれを一礼で見送ると、黒いロングコートを翻して社長室のドアへ歩いてゆく。そしてヴァイパーがドアの向こうへ消えたのを見届けて、天海は明日香の傍らに歩み寄る。明日香はただ無言で暗くなったモニターを眺めていた。
※ ※ ※
「753ッ!」
高く上った陽に照らされた宮鼓川河川敷。健はボールに書かれた文字を解放した視力で読み取り、捕球した次の瞬間に、投球に必要な箇所のリミッターを解除して茜へ投げ返す。
「315ッ!」
投げ返すとほぼ同時に飛んできたボールの数字を読み、即座に投げ返す。
「1021、8053、て、ら、そ、ま、ベスパッ!」
必要部位のリミッターを必要最低限に解除、パワーの集中する箇所を瞬時に切り替え、激しいキャッチボールを続ける健。健はすでに自身の改造人間としての肉体を、ほぼ完全に自身の制御下に置くことに成功していた。
『パワーの集中と、エネルギー配分の制御……この特訓は身体能力の底上げ以上に、そこに主眼を置いている……ここまでいければ……!』
心中で呟きながら、健は近藤に向けて放った二段ライダーキックと、蛇の仮面を被った黒衣の男のことを思い返す。
『……いや、あの未完成な技では、奴への対抗手段にならない!』
仮面の男に対峙した瞬間、背筋に走った悪寒を思い出し、健は己の心に浮かんだ慢心を諌める。
「5103ッ!!」
『だが、それでも戦わなくては……テンペストのトップが倒れたことで、ブルーローズは確実に動き出す……!』
健の脳裏には爆ぜる光の中に消えた近藤の顔が浮かんでいた。
※ ※ ※
「近藤との戦いでも思ったが、キミも随分と力をつけたな……」
地面に敷いた赤いジャケットの上に腰を下ろいた茜。そのまま白いTシャツ姿で汗を拭いながら、健手製のドリンクの紙コップに口を付ける。健はそんな茜の姿を横目でチラチラと見ながら、自分の体に浮かんだ汗をタオルで拭く。
「いえ……茜さんが、特訓をつけてくれたおかげです。それで、相談なんですが……」
「ふむ?」
健の言葉に、茜は軽く首を傾げる。続きを待っているらしい茜へ、健は相談事を切り出す。
「これからの戦い、切り札になる技が必要だと思うんです。それで茜さんにも一緒に考えてもらいたくて」
それに対し、茜は再びドリンクに口を付け、口に含んだそれを飲み込む。
「ふむ……先日の戦いでの二段キック……あれも悪くは無かった、が……」
「ええ、未完成です……二発目の威力が足りません。一発目に使うエネルギーを制限しても、十分な威力には届いていません」
それを聞いて茜は目を瞑ると、あごに指を添えて考えるような仕草を見せる。そして数秒の間を置いて左目だけを開けて口を開く。
「私のハイマニューバアクセルスピンのように、一撃の威力を高める工夫をするか……今の健君の技量とリバースのパワーならば、フルオープンをせずにパワーを集中し、それを一段目の攻撃とする手も……」
「一撃の威力を高めるか、二度のフルオープンをしない二段技、か……」
健が茜の案を噛み締めるように呟く。すると茜が両目を開けて立ち上がり、空いた片手を腰に当ててドリンクを飲み干す。
「どちらにせよ、まだ具体的な方法があるわけでもなし。次の組手から、新しい技も意識してやってみようか?」
紙コップを空になった弁当箱に入れて体をほぐす茜に、健も汗を拭いていたタオルを片づけて頷く。
「分かりました。やってみましょう!」
「大技以外に、攻撃の選択肢を増やすのもいいな……そっちも色々考えてみようか」
健は茜の言葉に頷き、構えを取る。それに対し、茜も頷いて両肩を軽く回して身構える。
※ ※ ※
日も落ち、月に交代した夜。ことことと蓋を揺らして煮える土鍋を、健は鼻歌交じりに見守る。
「~♪ ふふ~ふ~ん♪ ふふふ~ん♪ 」
そっと蓋を開け、ふわぁっと広がる湯気の奥。煮え立つ湯の中に浮かぶネギ、白菜に豆腐、そして鶏ダンゴ。しっかりと煮えたそれらに目を通すと、健は口元を緩めて頷き、鍋に蓋をかぶせる。
「うん。上出来、上出来」
健は火を止めると、オレンジ色の鍋つかみ越しに取っ手を握り、鍋を持ち上げる。そしてダイニングへ運ぶ途中、ダイニングへと入ってきた薫と出くわす。
「……っとと」
薫を避け、鍋を抱えたままたたらを踏む健。
「あ、ごめんなさい! お兄ちゃん、大丈夫!?」
それを見て、慌てて謝る薫。そんな薫に、健は笑顔で応える。
「平気だ。それより、夕飯出来てるよ」
そういって健が鍋を軽く持ち上げて見せると、薫も胸を撫で下ろし、安堵の笑みを浮かべる。
「よかった。今日は……お鍋?」
「ああ、鶏ダンゴ鍋。今日は寒いからね」
健がそう言うと、テーブルにカセット式のガスコンロやポン酢、ゴマダレなどを用意していた亮子が、こちらに声をかけてくる。
「ほら薫、ご飯よそっちゃいなよ」
「うん、分かった」
頷いてキッチンへ向かう薫を見送って、健はコンロに土鍋を乗せる。火を付け、弱火にして鍋底を焙っていると、お盆にご飯を盛りつけた茶碗を三つと、小鉢を乗せた薫がやってくる。
「さ、食べよっか?」
亮子の音頭に、健と薫は揃って頷き、それぞれの席に着く。そして亮子がポン酢、薫がゴマダレを自分の小鉢に用意している間に、健は鍋つかみ越しに蓋を掴んで持ち上げる。解放された湯気が周囲に広がる。
「いただきます」
ひと足早く手を合わせて箸を取った薫と亮子に頷き、健もゴマダレを小鉢に注いで箸を取る。
「いただきます」
そして健も鍋とご飯に手を合わせ、鍋に箸を付ける。
手始めに白菜と鶏ダンゴを取り、ゴマダレにひたす。それぞれを少しずつ齧り、続けて白いご飯を口に入れる。
「“お兄ちゃん”の作ったお鍋はおいしいかい、薫?」
「も、もう! からかわないでよお母さん」
そんな二人の様子に、健は満足感を顔に浮かべる。
『これが、今日まで俺の守り抜いてきたモノ……この街でいくつも息づく、守り続けなくてはならないもの……』
確かな満足感と、湧き上がる使命感に笑みを深め、健は食事を続ける。そこでふと、思いついたことに箸を止める。
「そうだ、亮子さん。頼みがあるんですけど、良いですか?」
健の言葉に亮子も箸を止め、顔を上げる。
「ん? なんだい? 言ってみな」
亮子の返事に頷いて、健は再び口を開く。
「今度、暇な時で良いんです。俺にまたバイクを教えてください」
健の口から出た言葉に、亮子は少し考えるような仕草を見せる。が、すぐに笑みを浮かべて頷く。
「……うん、なんだそんなことかい。いいよ。今度サーキットでも行こうか?」
「ありがとう、亮子さん」
亮子からの了承の返事に頷く健。そして食事を再開する。
『力をつけなくては……これからも、守り続けるために……!』