浜永市郊外にあるムラマツサーキット。その駐車場にオーバーカム、亮子の赤いフルカウルバイク、赤い乗用車が並んで停まる。
健がオーバーカムから降り、メットを脱ぐ。横を見れば、背中に赤く「Joker」と書かれた黒いライダージャケットを着た亮子が、赤いヘルメットのバイザーを上げてサーキットの外壁を眺めていた。
「ここもしばらくぶりだね」
亮子は呟いてヘルメットを外すと、頭を振って長い黒髪を振り払う。そうしている内に車のドアが開き、茜と薫が降りる。
「あ、茜さん。運転ありがとう」
「悪いね。付き合わせた上に運転までしてもらっちゃってさ」
健と亮子が揃って礼を言うと、茜は微笑んで首を横に振る。
「いえ、他でもない健君からの頼みですし。車も亮子さんのですから」
「亮子の姐さん! 健!」
そこへサーキットから、髪を短く刈り込んだツナギ姿の若い男が駆けてくる。
「聡ッ!?」
健と亮子が揃って青年の名を呼ぶ。聡と呼ばれた青年は、息を整えながら、一行の前で立ち止まる。
「久しぶりだな、聡」
健がそう言って右手を上げると、聡は笑みを浮かべてハイタッチで応える。
「ったく! バイクの練習が終わったら途端に寄り付かなくなりやがって!」
久々の友との対面に笑みを交わし合う二人。そこへ茜が薫と揃って歩み寄ってくる。
「彼がここのオーナーなのかい? 健君と同じ年ごろに見えるが……?」
聡はそう尋ねる茜を見て、目を見開き、健の両肩を掴む。
「おい、健!? 誰だよこの美人ッ!? お前いつの間にッ!?」
「ああ、ええっと……」
聡の剣幕に健は、どう説明したものかと視線を泳がせて言葉を探す。そこで微笑する茜と視線が交わる。
「ウチの常連で、健の彼女の轟茜さん」
そこで不意に割りこんできた亮子の言葉に、その場にいた全員が弾かれたように亮子を見る。
「マ、マジかよ健ッ!?」
「ちょ、亮子さんッ!?」
「お、お母さん!? 何言って……」
混乱する面々の言葉に、亮子は腕を組んで首を傾げる。
「あれ? 桃の花の下で死ぬ時は一緒と誓い合った義姉弟、だったっけ?」
そう言う亮子の口元に、笑みが浮かんでいるのを健は見つける。
『ああ、亮子さんにからかわれてるんだな……』
健は呆れ半分に心中で呟き、額を掻く。
「……亮子さん、からかうのはこれ位にしてくださいよ」
健がそう言うと、亮子は苦笑を浮かべて肩をすくめる。
「やれやれ……堅いねえ、あんた達は……」
亮子はそこで一度言葉を切ると、左手をスナップさせてから再び口を開く。
「ま、冗談はこれくらいにして……っと、聡、親父さんは?」
亮子が腰に手を当てて尋ねると、聡は頷いてサーキットの方へ目を向ける。
「うん。親父なら、ちょっとたてこんでてさ……」
そう言って聡の見た方向を全員が見る。するとその直後、全員の視線の集まったドアが開き、数人の人間が雪崩出てくる。
「出ていけ! 貴様らと話すことなど無いッ!!」
ツナギを着た白髪混じりの男が、雪崩出た連中を怒鳴りつける。その連中の中にいる撫でつけ髪にスーツを着た男の顔を見て、健は眼を見開く。
「あいつはッ!?」
『……天海、輝司!?』
ブルーローズ社長秘書、天海輝司は、乱れた上着を整えながら白髪交じりの男へ振り返る。
「村松さん。今ここを譲っていただけるのなら、十分な謝礼を用意すると言っているでしょう?」
そう言って天海の差し出した小切手を、村松は奪い取るようにもぎ取る。そしてそれをすぐさま破り捨てる。
「くどいッ! 俺は絶対に、ここを貴様らへは譲らんッ!!」
そう言い捨てて、破り捨てた小切手を踏みつける村松。それを見て天海は、肩をすくめ、首を左右に振る。
「後悔することに、ならないといいですね?」
天海はそう言うと、周囲の部下たちに手で撤退を促す。そして部下たちを連れて退いていく中、こちらを一瞥して口角を吊りあげる。
「……あいつ……ッ!」
天海の笑みに、健は眉根を寄せる。だが、天海はそれを無視して、部下たちと共に車に乗り込む。そこで、その車の近くに停まっていた数台のバイクが健の目につく。
『あのバイク……オーバーカム……?』
その数台のバイクは、ヘッドライトが一つということの他、細部に違いがあるが、マシン・オーバーカムによく似た黒いフルカウルバイクであった。
天海の乗った車に続いて、そのオーバーカムもどきたちも発進する。
「オーバーカムによく似たあのバイク……」
呟く健の肩に、そっと何かが乗る。振り向けば、その先には真剣な茜の顔があった。
「……おそらく、マシン・オーバーカムの量産型だろう……」
茜の推測に、健も首を縦に振る。
「相変わらずだね。村松の親父さん」
その亮子の声に健と茜が揃って向き直れば、亮子が村松と握手を交わしていた。
「はっはっ、そういうキミも元気そうで何よりだ。浅井の奥さん」
握手したまま手を上下させる二人。そうしている内に村松は健の方を向く。
「久しぶりだね、健君も。今日は存分に練習していってくれ」
「はい! 村松さん」
※ ※ ※
《ハァイ。キミちゃんのラボよお? 何か御用かしら、輝司ちゃん?》
走る車の中、電話越しに耳を触るしなのある声に、天海は小さく笑みを漏らして言葉を返す。
「ええ。先日再改造を行ったリザード……あれをお借りしたいのです」
《いいわよォ。あれなら好きに使ってちょうだぁい》
白柳の返事を聞き、天海は軽く頷いて再び口を開く。
「ありがとうございます。それでは、リザードを演習場予定地にあるサーキットへ向かわせてください」
そう言って、天海は口元を吊りあげる。
※ ※ ※
エンジン音の轟くサーキット。そのコース上をオーバーカムに跨った健が、亮子の赤いマシンを追って疾走する。
鋭いカーブに、体を膝が擦れるほどに大きく倒す亮子。それに倣い、健もギリギリの角度までオーバーカムを倒す。亮子の走行ルートをトレースし続け、ぴったりとその後ろに追従していく健。二人は最後のコーナーを曲がり、長い直線へ入る。そして亮子、健と続いてゴールを潜りぬける。揃って横滑りに停車した二人は、ヘルメットを脱ぐ。
「随分と腕を上げたじゃないか、健」
長い髪を振り払い、笑みを浮かべて言う亮子に、健もヘルメット越しにオーバーカムへ寄りかかりながら笑みを返す。
「いや、まだまだ。もっと腕を磨かなくては……」
健がそう言うと、茜、薫、そして村松親子がコース上の二人に駆け寄ってくる。そして聡がジャケット越しに健の肩を叩く。
「そんな事ねえって! 姐さんにぴったりくっついてくなんて、前は絶対出来なかったじゃないかよ!?」
「俺の腕じゃないよ。コイツの、オーバーカムの性能のおかげさ」
健が愛車のヘッドを軽く叩いて示すと、村松親子は揃って、健の跨るマシン・オーバーカムへ注目する。
「こいつの、ねえ……そういやあさっきの、ブルーローズの連中が持ってきてるバイクに似てるが……」
「ブルーローズ製の最新型バイク、アントライダーか。確かに似ている。健、これをどこで?」
村松の問いに、健はオーバーカムから軽く身を起こして口を開く。
「コイツ、事故で前のバイクを潰した詫びってことで、ブルーローズから贈られてきたモノなんですよ……」
健はそこで一度言葉を切ると、オーバーカムへ視線を落とす。
「正直、手元に来た経緯は気に入りませんでしたけど、コイツに罪は無いし、乗ってるうちに愛着も湧いちゃって」
健が笑みを見せると、村松親子も頷いてオーバーカムに触れる。
「なるほど。最新鋭のマシンの試作品、ということか……まあ、健がそう言うのならいいマシンなのだろうな。コイツは……」
「はい」
そう頷く健に、亮子は笑みを浮かべたまま軽く鼻を鳴らす。
「それにしても……前のあんたなら、もう練習は十分だって言ってただろうに……どういう心境の変化だろうね?」
軽く首を傾げながら、じっくりと眺めてくる亮子。その探るような視線に、健は苦笑で誤魔化す。
「ほら、上手くなることに越したことないじゃないですか? 俺、もう少し走ってきます」
そう言って健は、ヘルメットを被り直すと、スロットルを捻ってオーバーカムを走らせる。
『……巻き込みたくないなんて言い訳をして……こんな風に誤魔化して、逃げて……亮子さんや薫を裏切っているも同然じゃないのか……ッ!?』
健は口の中で自嘲しながら、前方に続くコースを睨みつける。
※ ※ ※
「お兄ちゃん。どうしたのかな?」
『健君。家族に秘密を残しているのがつらいのだろうな……』
離れていく健の背中を眺めながら呟く薫の隣で、茜も胸の前で右手を握りしめる。
「……さあ、いつまでもコースにいちゃあまずい。さっさとどこうか」
「おお、そうだな。さっさと下がろう。なあ、親父」
「ああ、健君の邪魔になる。それに、亮子君のバイクも見ておかなくてはな」
亮子の一言に村松親子が応え、薫と揃ってコースの外へ向かう。茜は、オーバーカムの駆動音のする方を一瞥し、やや遅れる形でコースの外へ向かう。そして赤い愛車を押す亮子と並んだところで、亮子から声がかけられる。
「……なあ、茜さん。あんた、健に随分信頼されてるみたいだけど、どうやって知り合ったんだい?」
「……それは……」
その問いに茜が言い淀んでいると、亮子がバイクを押したまま首を左右に振る。
「いや、ゴメンよ。無理に聞くつもりはないんだ。知り合ったきっかけとか、あいつの抱えてることとか、色々気になることはあるけど、いつか健自身が話してくれるだろうからね」
亮子はそう言って顔を上げると、バイクを押したまま再度口を開く。
「ま、きっかけはどうあれ、あいつはあんたを深く信頼してる」
「亮子さん」
そこで亮子は茜の方を向くと、口元に笑みを浮かべる。
「あの子が聞いたら嫉妬するだろうがね」
そう言って亮子が視線で示した先。薫の背中を見て、茜も亮子に苦笑を返す。
※ ※ ※
しばらく練習を続けた後。健と亮子はスタートラインでそれぞれの愛車に跨って並び、ヘルメットを被った顔を向かい合わせる。
「前に教えてた時も言ったけれど、要は体重移動のタイミングだ。それでバイクの勢いを活かして走る!」
それに健が頷く。すると亮子はバイザーを下ろしてハンドルを握り直す。
「じゃ、もうひとっ走り行こうか?」
「はい! 亮子さん」
そして健も自身のヘルメットのバイザーを下ろす。するとそこで、不意に後方から聞こえてきたスリップ音が健の耳を叩く。
「なんだ!?」
そう言って健が振り向くと、鋭利なスパイクを備えたバイクらしきものが、すぐ傍まで迫って来ていた。
「危ないッ!?」
茜の警告の直後、スパイク付きのバイクが亮子へ突っ込んでゆく。
「うわあああッ!?」
「亮子さんッ!?」
謎の乱入バイクに愛車ごと撥ねられ、路面に叩きつけられる亮子。
「お母さんッ!?」
「亮子さんッ!?」
歪んだバイクの側で倒れる亮子。そこへ薫たちが口々に亮子を呼んで駆け寄ってゆく。
「あ……ぐ!?」
茜に助け起こされ、その腕の中で苦悶の声を上げる亮子。
「早く救急車をッ!! 用意できるなら応急処置の支度も!」
茜の指示に頷き、奥へ走ってゆく薫と村松親子。すると今度は健へスパイク付きバイクのチャージが襲いかかる。
「くッ!?」
とっさに体をかわし、突撃を回避する健。そのまま背後へ流れる乱入バイクを追って背後を見やる。
「シャアアアアアッ!!?」
すると、乱入バイクのヘッドが開き、鋭く吠える。胸にある車輪を抱えるように両手を添えたそれの顔に、健は見覚えがあった。
「お前はッ!?」
大きく裂けた牙の並ぶ口に鱗の肌。全身にスパイク、胸と両膝に車輪が追加されていたが、それは紛れもなく、近藤を裏切ったトカゲ怪人であった。
「シェアアアアアアアッ!!」
怪人はもう一度吠え、再度健に向けて突っ込んでくる。
「ぐッ!?」
健はその場でオーバーカムを回転させてそれをかわす。そしてそのまま走る怪人の尾を睨みつけ、茜に視線を移す。
「亮子さんを、みんなをお願いします!!」
健は茜に向かって叫ぶと、スロットルを捻り、怪人を追ってオーバーカムを走らせる。
「よくも俺の家族を……ッ!」
健は怒りの声と共にスロットルを捻る。そして取り出したリバースドライバーを腰に装着し、上下反転させる。
「変身ッ!!」
《Ride ON》
光の渦を突き破って現れたリバース。そのまま、右コーナーを曲がる怪人を追い、体を右に大きく傾けて曲がる。続く左カーブも即座に体を切り返し、勢いを殺さぬままに曲がる。さらに再び右カーブを右へ体を切り返して曲がる。
「イィヤアアアアッ!!」
三度のコーナーで怪人の真後ろについたリバースは、勢いのまま撥ね飛ばそうと、オーバーカムを加速させる。
「シャアアッ!?」
だが、怪人の咆哮と共に尻尾が振るわれ、オーバーカムの右側面を叩く。
「ぐわッ!?」
打撃の勢いで車体が左にぶれる。
『まずいッ! 転ぶッ!?』
弧を描き、倒れようとするオーバーカム。迫る路面を見ながら、リバースは転倒を覚悟する。
『……要は、体重移動のタイミングだ……』
だが、そこで亮子の教えが脳裏をよぎる。その瞬間、リバースは勢いを付けて体を右へ持ち上げ、オーバーカムを立て直す。その次の左カーブ、そして直線で再度追い付き、今度は左側から回りこむ。すると怪人は胸の前輪に添えた左手を、爪を伸ばした状態でこちらへ突き出す。
「セイッ! セイッ! セイッ!」
リバースはそれを右のチョップで叩き落とし、再び突き出された爪を再度チョップで叩き、続けて繰り出された裏拳に腕をぶつける。そのまま右カーブへ突入し、リバースは路面へ怪人を押しこむ。
「デェイヤアアアアアッ!!」
「シィアアアアアッ!?」
路面との間で火花を散らす怪人と競り合うリバース。そしてコーナーを抜けると同時に、トカゲ怪人が左足でオーバーカムの車体を蹴りつける。
「シャアッ!?」
「くっ!」
車体に横滑りにブレーキをかけ、静止と同時にスロットルを捻り追跡を再開する。
最終コーナー前、真後ろからオーバーカムを接近させるリバース。尻尾の届く距離ギリギリにつけ、ハンドルを強く握る。
『奴が尻尾で振る、その瞬間がチャンスだ……ッ!!』
そして最終コーナーに入ろうというその時を狙い、リバースがスロットルを捻る。射程距離へ踏み込んだオーバーカムへ左から尻尾が振るわれる。
「イヤアッ!!」
その刹那、リバースは膝が路面と火花を散らすほどに体を傾け、尻尾を潜り、怪人のタイヤをオーバーカムのタイヤで払う。
「ジャッ!?!」
大きく跳ね跳び、姿勢を崩すトカゲ怪人を尻目に、リバースは最終コーナーを抜け、直線を走る。そしてゴールを目前にしてターンすると、後方から追ってきていたトカゲ怪人を真正面に見据え、スロットルを捻る。
「デイヤアアアアアアアアアアアアアッ!!?」
「シャアアアアアアアアアアアアアッ!!」
真正面からぶつかり合う直前、リバースは前輪を撥ね上げ、怪人のあごにタイヤでのアッパーを喰らわせる。
「ぐギエッ!?!」
奇声を上げる怪人を背後に流し、助走に必要な距離を走ってリバースは機首を切り返す。そしてドライバーのバックルを右足に取りつける。
《Full Open》
展開したバックルから声を発すると同時にアクセルをかけ、路面に五体を投げ出す怪人へオーバーカムを走らせる。
「セイヤアッ!!」
そして勢いづいた愛車のシートから跳躍。
「デェイヤアアアアアアアアアアッ!!」
右足を輝かせたまま空中で身を捻り、オーバーヘッドキックの形で、立ち上がりかけた怪人の頭を蹴りつける。
「ぎ、ぎぃええええええええええッ!?!」
苦悶の絶叫を背中で聞きながら、膝立ちに着地するリバース。そのまま頭部クラッシャーを開き、熱を吐き出す。
「ライダー……ドロップッ!!」
技の名を告げると同時にクラッシャーが音を立てて閉じ、爆風が背中を叩く。そして立ちあがったリバースは、目の前で停まった愛車に跨り、ゴールへ向かってアクセルをかける。
「親父ッ! あれはッ!?」
「仮面、ライダーか……?」
亮子の側に集まった村松親子や薫、そして茜を一瞥し、リバースはオーバーカムをサーキットの出口へ向け、走らせる。